Kagaku to Seibutsu 55(4): 256-262 (2017)
解説
植物ホルモン・アブシシン酸の進化と機能植物ホルモン・アブシシン酸獲得のルーツ
Evolution and Function of the Phytohormone Abscisic Acid: Roots of the Phytohormone Abscisic Acid Acquisition
Published: 2017-03-20
植物ホルモンは種子植物に広く存在し,低濃度で生理活性や情報伝達を細胞間で行う物質である.なかでもアブシシン酸は気孔の閉鎖,種子の成熟,休眠に働き,特にストレス応答に重要である.近年,種子植物におけるアブシシン酸レセプターの実体が明らかにされ,シグナル伝達における分子機構の解明がめざましく進んでいる.一方で,種子植物以外でもシアノバクテリア,藻類,コケ,シダ,菌類,動物などからも相次いでアブシシン酸が検出されている.本稿では,藻類におけるアブシシン酸の機能と進化を中心として,さまざまな生物における合成,機能,シグナル伝達について概説する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
植物は環境中でさまざまなストレス(強光,低温,高温,乾燥など)を受けると,植物ホルモンと呼ばれる一連の化合物を合成し,それによって生長や生理活性を調節することで,外的環境に適応している.植物ホルモンは低濃度で自身の生理活性・生長を調節する物質で,種子植物には普遍的に存在している.植物ホルモンの中でもアブシシン酸は特にストレス応答に働いている.アブシシン酸は1961年にAddicottらによってワタの葉と果実の離脱(abscission)を促進する物質として同定された.その後の解析から,器官離脱だけではなく気孔の閉鎖,種子の成熟や休眠にかかわることが明らかにされ,特にストレス応答と密接な関係があることが示された(1)1) S. K. Sah, K. R. Reddy & J. Li: Front. Plant Sci., 7, 571 (2016)..アブシシン酸は乾燥,塩,低温などに応答し細胞内で合成され,これらのストレスに対抗するためのタンパク質発現の誘導や組織の休眠を促す.これらの応答は主に転写制御によって行われている.近年,長年謎であった後述のアブシシン酸レセプターの正体が明らかになり,アブシシン酸を介した遺伝子発現応答におけるシグナル伝達系の分子機構の解明が急速に進んでいる(2)2) K. Hayashi & T. Kinoshita: Nat. Chem. Biol., 10, 414 (2014)..また,アブシシン酸は種子植物以外にも原核生物であるシアノバクテリア,単細胞性の藻類,コケ,シダ,菌類,動物などからも発見されており,進化的な関連性にも注目が集まっている(3~10)3) K. Yoshida: Yakugaku Zasshi, 125, 927 (2005).4) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016).5) Y. Kobayashi & K. Tanaka: Front. Plant Sci., 7, 1300 (2016).6) C. Spence & H. Bais: Plant Biol., 27, 52 (2005).7) K. Nagamune, L. M. Hicks, B. Fux, F. Brossier, E. N. Chini & L. D. Sibley: Nature, 451, 207 (2008).8) H. H. Li, R. L. Hao, S. S. Wu, P. C. Guo, C. J. Chen, L. P. Pan & H. Ni: Biochem. Pharmacol., 82, 701 (2011).9) E. Zocchi, G. Basile, C. Cerrano, G. Bavestrello, M. Giovine, S. Bruzzone, L. Guida, A. Carpaneto, R. Magrassi & C. Usai: J. Cell Sci., 116, 629 (2003).10) S. Puce, G. Basile, G. Bavestrello, S. Bruzzone, C. Cerrano, M. Giovine, A. Arillo & E. Zocchi: J. Biol. Chem., 279, 39783 (2004)..筆者らは近年,単細胞性の紅藻シアニディオシゾン(シゾン)でもアブシシン酸が機能していることを発見し,その分子機構の一端を明らかにした(4, 5)4) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016).5) Y. Kobayashi & K. Tanaka: Front. Plant Sci., 7, 1300 (2016)..本稿では筆者らの研究成果も踏まえ,その進化に注目しつつ,アブシシン酸の獲得やシグナル伝達について概説したい.
アブシシン酸は,種子植物では主に非メバロン酸経路からカロテノイド,キサントキシンを経由して合成される.このうちカロテノイドまでの合成は葉緑体(色素体)内で,キサントキシン以降の合成は細胞質で進行すると考えられている(図1図1■高等植物におけるアブシシン酸合成経路).この際の,最終的なアブシシン酸合成量を決める鍵酵素となるのは葉緑体に局在する9-cis-エポキシカロテノイドジオキシゲナーゼ(NCED)である.一方,アブシシン酸の分解にはP450ファミリーのCYP707A(アブシシン酸8′ハイドロキシレース)が重要な役割を果たし,この酵素の働きによりファゼイン酸に分解される.細胞内アブシシン酸の量は主にこの2つの酵素活性により調整されている(11, 12)11) F. Hauser, R. Waadt & J. I. Schroeder: Curr. Biol., 21, R346 (2011).12) W. Hartung: Funct. Plant Biol., 37, 806 (2010)..種子休眠時や乾燥,低温,塩ストレス時にアブシシン酸は合成され,レセプターとシグナル伝達系を介して休眠やストレス応答機構に関連する遺伝子の発現を誘導する.この際には,特定の転写因子の活性化,もしくは阻害により遺伝子発現が調整される.また,アブシシン酸の効果は遺伝子発現だけでなく,イオンチャンネルの活性調節による浸透圧調整や,ROSをセカンドメッセンジャーとした細胞内Ca2+イオン濃度の変化にも及ぶ(13)13) Y. Zhang, H. Zhu, Q. Zhang, M. Li, M. Yan, R. Wang, L. Wang, R. Welti, W. Zhang & X. Wang: Plant Cell, 21, 2357 (2009)..このように,種子植物におけるアブシシン酸は,水分バランスと浸透圧変化に対する細胞の保護機能も調節している.
アブシシン酸は種子植物だけではなく,シアノバクテリア,藻類,コケ,シダからも検出されている(11, 12)11) F. Hauser, R. Waadt & J. I. Schroeder: Curr. Biol., 21, R346 (2011).12) W. Hartung: Funct. Plant Biol., 37, 806 (2010)..シアノバクテリアではアブシシン酸は検出されるものの,その機能も合成系も明らかにされていない(3)3) K. Yoshida: Yakugaku Zasshi, 125, 927 (2005)..藻類では,ほとんどの緑藻と紅藻からアブシシン酸は検出されるが,機能は不明なものが多く,緑藻クラミドモナスでは乾燥ストレスに応答することが知られているが,その合成系は明らかにされていない(12)12) W. Hartung: Funct. Plant Biol., 37, 806 (2010)..コケ,シダでは乾燥,塩,寒冷・凍結ストレスに応答して合成されることが知られており,気孔の閉鎖にも関与している(12)12) W. Hartung: Funct. Plant Biol., 37, 806 (2010)..コケ・シダでの合成系は,種子植物と同様の経路で行われると考えられている.
一方,植物以外でもアブシシン酸が存在していることが,近年の研究から明らかになった.菌類では,植物感染性のサーコスポラ類やボトリチス類などからアブシシン酸が見いだされている.これらの菌類でのアブシシン酸合成は植物とは異なり,メバロン酸経路で合成されたイソペンテニルピロリン酸を初発物質として,カロテノイドを中間体として経ず合成される(14)14) N. Hirai, R. Yoshida, Y. Todoroki & H. Ohigashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 1448 (2000)..植物病原菌では,アブシシン酸は胞子からの発芽や,付着器の形成を加速させることが生理活性として報告されている.実際,アブシシン酸合成系を破壊した株では植物への感染力が消失するなど,宿主との相互作用にかかわることが示唆されている(6)6) C. Spence & H. Bais: Plant Biol., 27, 52 (2005)..動物では,海綿,ヒドラ,原虫,哺乳類の細胞からアブシシン酸が検出されている.これらの生物でアブシシン酸は,cADPリボースの増大を介して細胞内Ca2+イオン濃度を上昇させ,ファゴサイトーシスや活性酸素生産,走化性の誘導を引き起こす(7~10)7) K. Nagamune, L. M. Hicks, B. Fux, F. Brossier, E. N. Chini & L. D. Sibley: Nature, 451, 207 (2008).10) S. Puce, G. Basile, G. Bavestrello, S. Bruzzone, C. Cerrano, M. Giovine, A. Arillo & E. Zocchi: J. Biol. Chem., 279, 39783 (2004)..特に原虫トキソプラズマでは宿主細胞からの脱出の誘導,ヒトでは血中の好中球の活性化にかかわる詳細な研究が発表されている(7, 8)7) K. Nagamune, L. M. Hicks, B. Fux, F. Brossier, E. N. Chini & L. D. Sibley: Nature, 451, 207 (2008).8) H. H. Li, R. L. Hao, S. S. Wu, P. C. Guo, C. J. Chen, L. P. Pan & H. Ni: Biochem. Pharmacol., 82, 701 (2011)..このことから,ヒトでは新たな炎症性サイトカインとして提唱されている.また,アブシシン酸の合成阻害剤の添加により,検出されるアブシシン酸量が減少することからも,細胞内で合成されることが支持されている(8)8) H. H. Li, R. L. Hao, S. S. Wu, P. C. Guo, C. J. Chen, L. P. Pan & H. Ni: Biochem. Pharmacol., 82, 701 (2011)..
近年のわれわれの研究から,紅藻シゾンでは塩ストレスに応答し,アブシシン酸が生成されることが明らかになった(4)4) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016)..また,アブシシン酸の培養液中への添加により,細胞周期の移行が停止することを見いだした.シロイヌナズナでは,アブシシン酸はテトラピロールの一種であるヘムの細胞内蓄積を誘導することが示されている(15)15) C. Vanhee, G. Zapotoczny, D. Masquelier, M. Ghislain & H. Batoko: Plant Cell, 23, 785 (2011)..このヘムの蓄積は,ストレス環境下で誘導される活性酸素を除去するカタラーゼやペルオキシダーゼ,さらにアブシシン酸分解酵素の活性にヘムが必要であるためと考えられている.一方,われわれは以前の研究で,シゾン細胞周期を細胞内テトラピロールが制御することを見いだしていた(16)16) Y. Kobayashi, Y. Kanesaki, A. Tanaka, H. Kuroiwa, T. Kuroiwa & K. Tanaka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 803 (2009)..そこで,今回見いだしたアブシシン酸によるシゾン細胞周期移行の停止について,テトラピロール分子種の関与の可能性を検討した.解析の結果,アブシシン酸を与えた細胞では,細胞内のヘム蓄積が誘導されていることが明らかになった.一般に,ヘムは細胞内シグナル伝達物質としても働くが,ここでシグナルとして機能するのはタンパク質に結合していない「非結合態」のヘムと考えられている.そこで,アブシシン酸添加後に非結合態ヘム量の変化を測定したところ,ヘムの総量の増加とは逆に非結合態ヘムが減少していることが判明した.さらに,この非結合態ヘムの低下が細胞周期移行の停止の原因であるかどうかを調べるため,アブシシン酸と同時にヘムを培養液に添加して細胞周期の移行を観察したところ,アブシシン酸の効果がヘム添加により打ち消されることを見いだした.したがって,非結合態ヘムがシゾン細胞周期の移行に必要であり,アブシシン酸はこれを減少させることで細胞周期移行を阻害していることが示唆された(4)4) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016)..
それでは,アブシシン酸はどのように非結合態ヘムを減少させるのだろうか.シロイヌナズナでは,アブシシン酸によりTSPOタンパク質(Tryptophan-rich Sensory Protein O)が誘導され,これがヘムスカベンジャータンパク質として非結合態ヘムに結合することで,濃度を低下させることが示されている(15)15) C. Vanhee, G. Zapotoczny, D. Masquelier, M. Ghislain & H. Batoko: Plant Cell, 23, 785 (2011)..シゾンでも,同様にTSPO相同遺伝子がアブシシン酸により誘導されているので,TSPOによる非結合態ヘムの除去がアブシシン酸による細胞周期阻害の分子機構であると考えられた(図2図2■紅藻シゾンにおけるアブシシン酸の機能).
アブシシン酸によるシゾン細胞周期移行停止の生理的意義を明らかにするため,アブシシン酸合成のキー酵素であるNCEDを破壊し,アブシシン酸非生産シゾン株を作製した.野生株とこの変異株の塩ストレス耐性を比較したところ,アブシシン酸非生産株では塩ストレス下での生存率が著しく低下していた.このことからシゾンでは,アブシシン酸が塩ストレスに対して抵抗性を付与していることが示された.また,NCEDの破壊株で予想どおりアブシシン酸が生産できないことから,種子植物と同様の経路でアブシシン酸が合成されていることも確かめられた.さらに,ヘム合成の増加とTSPOの誘導には,転写レべルの制御がかかわることを明らかにした(5)5) Y. Kobayashi & K. Tanaka: Front. Plant Sci., 7, 1300 (2016)..われわれの研究結果は,シゾンがアブシシン酸を合成し,シグナル伝達物質として利用していることを示している.一方で,シゾンが生育する硫酸酸性の培地中ではアブシシン酸は極めて不安定であり,培地を介した細胞間の情報伝達に寄与しているとは考えにくく,細胞内のセカンドメッセンジャーとして機能しているものと想像される.細胞共生により植物が進化した際,最も初期に分岐したのが紅藻であり,紅藻の中でも最も初期に分岐したと考えられているのがシゾンである.このことは,植物の進化の中でもかなり初期の段階から,アブシシン酸を利用したストレス応答機構が獲得されていたことを示している.
前述のように,アブシシン酸は種々の生物から見いだされる.その機能に関しては遺伝子発現の制御,浸透圧調節などが明らかになっているが,アブシシン酸受容体や,そこからのシグナル伝達経路が明らかになっているのは種子植物と哺乳類のみである.シロイヌナズナを用いた遺伝的スクリーニングにより,1990年代に同定された脱リン酸化酵素(PP2C)から,2000年代に入っての真のアブシシン酸レセプターの発見まで,さまざまなアブシシン酸シグナル伝達因子が詳細に調べられてきた(2)2) K. Hayashi & T. Kinoshita: Nat. Chem. Biol., 10, 414 (2014)..現在,シロイヌナズナで明らかにされている,アブシシン酸シグナル伝達系に関するモデルを図3A図3■アブシシン酸のシグナル伝達に示す.シグナルの伝達にはタンパク質リン酸化酵素(SnRK2)の活性化(リン酸化)が必要であるが,アブシシン酸非存在下では,特異的脱リン酸化酵素(PP2C)によりSnRK2が不活性化(脱リン酸化)されている.アブシシン酸がレセプター(PYR/PYL/RCAR)に結合すると,このレセプターがPP2Cと結合して脱リン酸化活性を阻害し,これによりSnRK2の不活性化が解除される.そして最終的に,SnRK2がアブシシン酸応答の転写因子をリン酸化・活性化することで遺伝子発現応答が開始される.同時にSnRK2はリン酸化によりイオンチャンネルなどを活性化・不活性化し,浸透圧調整や気孔の閉鎖も行う(2, 17)2) K. Hayashi & T. Kinoshita: Nat. Chem. Biol., 10, 414 (2014).17) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).(図3A図3■アブシシン酸のシグナル伝達).
このほか,PYR/PYL/RCAR以外のレセプターの存在も示唆されており,いくつかの候補が報告されてきた.最初に報告されたのはMg-キラターゼのHサブユニット(ChlH)である(18)18) N. Mochizuki, J. A. Brusslan, R. Larkin, A. Nagatani & J. Chory: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 2053 (2001)..Mg-キラターゼは葉緑体外包膜に局在し,クロロフィル合成中間体プロトポルフィリンIXにMg2+イオンを挿入する酵素である(18)18) N. Mochizuki, J. A. Brusslan, R. Larkin, A. Nagatani & J. Chory: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 2053 (2001)..ChlHは生化学的な解析から,アブシシン酸と特異的に結合するタンパク質として見いだされたが(18)18) N. Mochizuki, J. A. Brusslan, R. Larkin, A. Nagatani & J. Chory: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 2053 (2001).,下流の遺伝子発現制御をどのようにして行うかはわかっていない.2010年に転写因子のWRKY40とChlHが相互作用する可能性が示されたものの,分子機構は現在も未解明である(19)19) Y. Shang, L. Yan, Z. Liu, Z. Cao, C. Mei, Q. Xin, F. Q. Wu, X. F. Wang, S. Y. Du, T. Jiang et al.: Plant Cell, 22, 1909 (2010)..また,Gタンパク質共役受容体ファミリーのGCR2とGTG1が,アブシシン酸結合タンパク質として同定されている(20, 21)20) X. Liu, Y. Yue, B. Li, Y. Nie, W. Li, W. H. Wu & L. Ma: Science, 315, 1712 (2007).21) S. Pandey, D. C. Nelson & S. M. Assmann: Cell, 136, 136 (2009)..しかし,どちらのタンパク質の変異株でもアブシシン酸応答は完全には失われず(22)22) J. M. Risk, C. L. Day & R. C. Macknight: Plant Physiol., 150, 6 (2009).,またPP2CやSnRK2との関係も明らかにされていない.
広範な植物種においてゲノム解析が進められた結果,PYR/PYL/RCARはコケ植物以上の陸上植物にしか存在しないことが明らかになっている(23)23) D. Takezawa, K. Komatsu & Y. Sakata: J. Plant Res., 124, 437 (2011)..シロイヌナズナでは,PYR/PYL/RCARには14種のホモログが存在し,それぞれでアブシシン酸への結合力が異なっている.このため,組織や外的環境の違いによるレセプターの使い分けがあることが予想されている(24)24) T. Miyakawa, Y. Fujita, K. Yamaguchi-Shinozaki & M. Tanokura: Trends Plant Sci., 18, 259 (2012)..シロイヌナズナにおいて,PP2Cは約80種程度が存在しており,10のグループに分類される(25)25) A. Schweighofer, H. Hirt & I. Meskiene: Trends Plant Sci., 9, 236 (2004)..この中でアブシシン酸応答にかかわるものは一つのグループ(Aグループ)のみであるが,ほかのグループのPP2Cもアブシシン酸非依存的な乾燥,塩,低温などのストレス応答にかかわることが知られている(25)25) A. Schweighofer, H. Hirt & I. Meskiene: Trends Plant Sci., 9, 236 (2004)..したがって,元々ストレス応答に広くかかわっていたPP2Cの中から,アブシシン酸シグナル伝達に特化したグループが生じたと考えられるだろう.さらに車軸藻のゲノム配列(26)26) K. Hori, F. Maruyama, T. Fujisawa, T. Togashi, N. Yamamoto, M. Seo, S. Sato, T. Yamada, H. Mori, N. Tajima et al.: Nat. Commun., 5, 3978 (2014).を用いた検索の結果,われわれは車軸藻もAグループに属するPP2Cをもつ可能性を見いだしている(図4A図4■PP2CとSnRK2の系統樹).
(A)シロイヌナズナ(At),ヒメツリガネゴケ(Pp),車軸藻(Kf)のグループA-PP2Cとシゾン(Cm)PP2Cを用いた系統樹.(B)シロイヌナズナ(At),ヒメツリガネゴケ(Pp),車軸藻(Kf),シゾン(Cm)を用いたSnRK2の系統樹.
シロイヌナズナにおいて,SnRK2は3種のサブファミリーに分類される.これらサブファミリーはいずれもストレス応答にかかわるとされ,特にサブファミリーIIIのSnRK2はアブシシン酸によって強い活性化を受ける.サブファミリーIIには弱くアブシシン酸によって活性化されるもの,活性化されないものの両者が含まれる.サブファミリーIはアブシシン酸により活性化されない(27)27) A. Kulik, I. Wawer, E. Krzywińska, M. Bucholc & G. Dobrowolska: OMICS, 15, 859 (2011)..サブファミリーIIIは車軸藻以上で分岐して生じており,紅藻からは見つからない(図4B図4■PP2CとSnRK2の系統樹).植物における陸上化は車軸藻からと考えられており,陸上化に伴う乾燥などのストレスに対応するため,アブシシン酸を用いるシグナル伝達系が分化したのではないかと考えられる.一方で,紅藻シゾンや緑藻クラミドモナスからはAグループのPP2C,サブファミリーIIIのSnRK2は見つからず,アブシシン酸応答との関連も明らかになっていない.しかし,これら藻類ではアブシシン酸応答が実証されており,今後その分子機構を明らかにしていくことで,アブシシン酸シグナル伝達系の進化がより明確になるものと考えられる.
ヒト好中球では,ランチオニンシンターゼC様タンパク質(LANCL2)がアブシシン酸レセプターとして機能していると報告されている(28, 29)28) L. Sturla, C. Fresia, L. Guida, S. Bruzzone, S. Scarfi, C. Usai, F. Fruscione, M. Magnone, E. Millo, G. Basile et al.: J. Biol. Chem., 284, 28045 (2009).29) C. Fresia, T. Vigliarolo, L. Guida, V. Booz, S. Bruzzone, L. Sturla, M. D. Bona, M. Pesce, C. Usai, A. D. Flora et al.: Sci. Rep., 6, 26658 (2016)..LANCL2はGタンパク質共役受容体ファミリーであり,アブシシン酸の結合によりホスホリパーゼC(PLC)を活性化し,イノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)を生成する.DAGはプロテインキナーゼC(PKC),アデニル酸シクラーゼ(AC)を介してcAMP合成を促す.このcAMPがプロテインキナーゼA(PKA)を介してCD38(NADグリコシドラーゼ)を活性化し,cADPリボースを増加させる.このようにして生じたIP3とcADPリボースが,小胞体のCa2+イオンチャンネルを開き,増大した細胞内Ca2+イオンが最終的にファゴサイトーシスの活性化,活性酸素の生成などを引き起こす(図3B図3■アブシシン酸のシグナル伝達).また,レセプターや作用機序は判明していないが,海綿,ヒドラ,原虫でもアブシシン酸処理によるcADPリボースの増加,細胞内Ca2+イオン濃度の上昇が確認されている(7, 9, 10)7) K. Nagamune, L. M. Hicks, B. Fux, F. Brossier, E. N. Chini & L. D. Sibley: Nature, 451, 207 (2008).9) E. Zocchi, G. Basile, C. Cerrano, G. Bavestrello, M. Giovine, S. Bruzzone, L. Guida, A. Carpaneto, R. Magrassi & C. Usai: J. Cell Sci., 116, 629 (2003).10) S. Puce, G. Basile, G. Bavestrello, S. Bruzzone, C. Cerrano, M. Giovine, A. Arillo & E. Zocchi: J. Biol. Chem., 279, 39783 (2004)..特に原虫トキソプラズマでは,アブシシン酸による細胞内Ca2+イオン濃度の増大が,宿主細胞からの脱出を誘導することが知られている(7)7) K. Nagamune, L. M. Hicks, B. Fux, F. Brossier, E. N. Chini & L. D. Sibley: Nature, 451, 207 (2008)..菌類では,レセプターの候補としてGタンパク質共役受容体ファミリーが示唆されているが,細胞内Ca2+イオン濃度に関する報告はされていない(6)6) C. Spence & H. Bais: Plant Biol., 27, 52 (2005)..
近年の研究から,アブシシン酸は種子植物にとどまらず藻類,菌類,動物でも合成され,機能することが明らかにされてきた.しかしながら,さまざまな生物での合成系,作用機序は大きく異なっており,それらすべてが単一起源とは考えにくい.現在,アブシシン酸の存在が確認されている中で,最も原始的な生物はシアノバクテリアである.シアノバクテリアでは,酸化ストレスに晒された細胞内で,前駆体であるカロテノイドが非酵素的に酸化分解して生成されると考えられている(3)3) K. Yoshida: Yakugaku Zasshi, 125, 927 (2005)..一方で,生理的な機能もシアノバクテリアでは見つかっていないことから,アブシシン酸をシグナル伝達物質として利用するようになったのは,植物では真核藻類からと想像される.今回の筆者らの成果により,原始紅藻シゾンではすでに種子植物と類似した合成系を獲得し,塩ストレス応答に機能していることが示された(4)4) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016)..種子植物では,レセプターPYR/PYL/RCARとPP2C, SnRK2を利用した特異的なシグナル伝達系が確立されている.これらのうち,アブシシン酸シグナル伝達に特異的な因子としては,PYR/PYL/RCARはコケの進化に(23)23) D. Takezawa, K. Komatsu & Y. Sakata: J. Plant Res., 124, 437 (2011).,PP2CとSnRK2は車軸藻の進化に伴って生じている(26)26) K. Hori, F. Maruyama, T. Fujisawa, T. Togashi, N. Yamamoto, M. Seo, S. Sato, T. Yamada, H. Mori, N. Tajima et al.: Nat. Commun., 5, 3978 (2014)..したがって,アブシシン酸シグナル伝達系は植物の陸上化と呼応して獲得されてきたことが示唆される.
動物でのアブシシン酸シグナル伝達獲得の起源に関しては,全く不明である.しかしながら,最も原始的な多細胞動物である海綿でもアブシシン酸が機能しており,動物でもかなり早い段階で獲得されたことが示唆される.また,哺乳類でアブシシン酸レセプターとして発見されたLANCL2はGタンパク質共役受容体であり,関連タンパク質が植物でもアブシシン酸レセプターの候補として報告されていることは興味深い.植物ホルモンとして発見されたアブシシン酸は,現在では非常にグローバルな生体制御物質として,さまざまな生物種で機能していることが,明らかになってきた.今後,さまざまな生物分類群からアブシシン酸関連因子,生理作用の報告が増えると思われ,アブシシン酸獲得の起源についても知見が深まることを期待したい.
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