Kagaku to Seibutsu 55(4): 263-268 (2017)
解説
1細胞レベルの環境応答と選択の計測細胞はどのようにしてストレス環境を生き延びるか?
Measurement of Environmental Response and Selection at the Single-Cell Level: How Do Cells Survive Stress Environments?
Published: 2017-03-20
細胞が,その生存が脅かされるほどの強い環境ストレスを受けたとき,じっと耐えるもの,積極的に応答して状態を変えるもの,あるいは運良く元々適合的な状態にあったために生き延びるものなどがいるかもしれない.そのような強いストレスに置かれたときの個々の細胞の動態を顕微鏡下で観察できれば,ある細胞集団が生き延びたとき,その背後で個々の細胞がどのような生存戦略を用いたのかがわかるだろう.実際,パーシスタンス現象と呼ばれるバクテリアの適応・順応現象の1細胞計測から,生物種や環境に応じた異なる生存戦略が明らかになりつつある.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
生物を取り巻く環境は一定ではなく,ときには過酷なストレス環境にもさらされる.生物はそんななかでも何とか子孫を残し,種をつないでいかなくてはならない.そのため,生物には過酷な環境を生き延びるためのさまざまな「プログラム」が用意されている.たとえば大腸菌などの微生物では,SOS応答(1)1) M. Radman: Basic Life Sci., 5A, 355 (1975).や緊縮応答(2)2) M. Cashel & J. Gallant: Nature, 221, 838 (1969).など,広範なストレスに対する応答機構が備わっている.
しかし,このような環境応答プログラムも完璧ではない.たとえば,激烈な環境変化が,その生物が対応できるよりも早く襲ってくれば,そのプログラムは意味をなさないだろう.また,環境変化を検知するためには,センサーとしての役割を果たす何らかの器官や分子を用意しておく必要があり,それを用意するということ自体が一つのコストになる.環境変化はいつやってくるかわからない場合も多く,もし環境変化が起こらなければ,生物にとってその応答プログラムの存在がむしろ不利に働く(3)3) E. Kussell & S. Leibler: Science, 309, 2075 (2005)..
このような予測不能な環境でも種をつなぐためには,同じ環境に置かれた一つの種内に多様な個体をあらかじめ用意しておくという戦略が考えられる.ファイナンスの世界ではおなじみの「リスク分散(Bet-hedging)」である(3, 4)3) E. Kussell & S. Leibler: Science, 309, 2075 (2005).4) D. Dubnau & R. Losick: Mol. Microbiol., 61, 564 (2006)..この戦略は,後述するように実際にバクテリアの生存戦略の一つとして採用されている.このとき,種の生存を保証するのは一部の個体の生き残りであり,結果として集団内では強い自然選択が起きる.個体レベルの多様性は,遺伝子型の違いと関連づけて考えることが多いが,実際には遺伝子型レベルの差がなくても,個体の表現型には多様性が観察される.このような「表現型ノイズ(Phenotypic noise)」は,大腸菌や枯草菌,出芽酵母などのモデル生物で詳しく調べられており,特にストレス環境にさらされたとき,重要な役割を果たすと考えられている(5~7)5) M. Ackermann: Nat. Rev. Microbiol., 13, 497 (2015).6) A. Eldar & M. B. Elowitz: Nature, 467, 167 (2010).7) G. Balázsi, A. van Oudenaarden & J. J. Collins: Cell, 144, 910 (2011)..このリスク分散戦略には,予期せぬ環境変化にも対応できる利点がある一方で,常に集団の中に,その時点で適応度の低い個体が含まれてしまうコストをもつ(3)3) E. Kussell & S. Leibler: Science, 309, 2075 (2005)..
以上の議論からもわかるように,SOS応答のようなプログラムされた環境応答機構を用意しておく戦略も,多様性を用意しておく戦略も,ともに固有の利点やコストをもっており,生物はこれらの戦略を進化的な履歴や置かれた環境条件に依存しながら,使い分けたり組み合わせたりして,ストレス環境に対応していると考えられる.しかし,細胞を対象にした計測を考える場合,ある環境変化に対して,注目する細胞集団の状態変化が,どのようなスキームに従って生じているのか知ることは一般には難しい.これを知るためには,集団内の個々の細胞で見られる状態変化や,多数の個体群の中で,どのような部分集団が選択されていくかを明らかにする必要がある.
近年,このような情報の取得を可能にする「1細胞計測技術」が開発されている(コラム参照)(8~12)8) P. Wang, L. Robert, J. Pelletier, W. L. Dang, F. Taddei, A. Wright & S. Jun: Curr. Biol., 20, 1099 (2010).9) M. Hashimoto, T. Nozoe, H. Nakaoka, R. Okura, S. Akiyoshi, K. Kaneko, E. Kussell & Y. Wakamoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 3251 (2016).10) T. Danino, O. Mondragón-Palomino, L. Tsimring & J. Hasty: Nature, 463, 326 (2010).11) J. R. Moffitt, J. B. Lee & P. Cluzel: Lab Chip, 12, 1487 (2012).12) G. Lambert & E. Kussell: PLoS Genet., 10, e1004556 (2014)..本稿では,バクテリアなどの微生物にストレスを与えた際に観察される「パーシスタンス現象」を例に,1細胞計測により明らかになりつつある知見を紹介する.
バクテリアが示すストレス環境下での振る舞いとして興味深いものの一つに「パーシスタンス(Persistence)」と呼ばれる現象がある(13~16)13) N. Q. Balaban: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 768 (2011).14) B. R. Levin & D. E. Rozen: Nat. Rev. Microbiol., 4, 556 (2006).15) N. Dhar & J. D. McKinney: Curr. Opin. Microbiol., 10, 30 (2007).16) K. Lewis: Nat. Rev. Microbiol., 5, 48 (2007)..バクテリアのクローン集団に抗生物質などの強いストレスを与えると,生存細胞数が図1図1■パーシスタンス現象における生存細胞数の時間変化のような2つの相をもつ特徴的なカイネティクスをたどって減少していくことがしばしば観察される.このカイネティクスでは,ストレスを与えた直後の生存細胞数の減少率よりも,しばらく時間が経過した2番目の相における減少率のほうが小さくなり,結果として集団は長時間生き残り続けることができる.面白いことに,この生き残った細胞をストレスのない環境に一度戻し,再度同じストレスにさらすと,先と同様のカイネティクスを示しながら生存細胞数が減少する.つまり,2番目の相における細胞のストレス耐性の高さは,いわゆるレジスタント(resistant)と呼ばれるような,遺伝子変異体の存在によって説明されるものではない.このように,遺伝子変異によらずクローン細胞集団がストレス環境下で長時間生き残り続ける現象を「パーシスタンス」と呼ぶ.
バクテリアの遺伝的に均一なクローン集団に抗生物質などの強いストレスを与えると,特徴的な2つの相をもつ生存細胞数の変化が観察される.ストレスを与えた直後の相Iの生存細胞数の減少率に比べて,しばらく時間が経過した相IIの減少率が小さくなっている.その結果,相Iの減少率が持続した場合と比べて,バクテリア集団はストレスにさらされても長時間生き残り続けることができる.
パーシスタンス現象は黄色ブドウ球菌に対してペニシリンを投与する実験のなかでBiggerにより発見された(17)17) J. W. Bigger: Lancet, 244, 497 (1944)..その後,さまざまなバクテリアと抗生物質の組み合わせで,さらには抗生物質以外のストレスに対しても見つかっている(18)18) A. L. Koch: Similarities and Differences of Individual Bacteria within a Clone, in: Escherichia coli Salmonella (1996)..
図1図1■パーシスタンス現象における生存細胞数の時間変化のような集団レベルの生存細胞数の変化が観察される背景として,1細胞レベルでどのようなイベントが進行しているかという情報は,図1図1■パーシスタンス現象における生存細胞数の時間変化のような集団挙動をいくら眺めていても得られない.そのためには,ストレスが与えられる前後を通じて集団内の個々の細胞の振る舞いを観察し,どのような細胞が生き残るのかを知る必要がある.
パーシスタンス現象の1細胞計測はBalabanらにより初めて実現された(19)19) N. Q. Balaban, J. Merrin, R. Chait, L. Kowalik & S. Leibler: Science, 305, 1622 (2004)..Balabanらは図2図2■Balabanらが大腸菌のパーシスタンス現象の1細胞計測に用いたマイクロ流体デバイスの概略に示したような,細胞幅と同程度の幅の溝をマイクロ加工技術により作製した基板を用い,その中に大腸菌を閉じ込め,その様子を顕微鏡を用いてタイムラプス計測した.このデバイスでは,細胞周囲の培養液条件を自由に変えることができ,薬剤投与前後を通じて,細胞の状態変化を1細胞レベルで観察することができる.
Balabanらは細菌のパーシスタンス現象の1細胞計測を初めて実現させた(19)19) N. Q. Balaban, J. Merrin, R. Chait, L. Kowalik & S. Leibler: Science, 305, 1622 (2004)..大腸菌細胞は,PDMS素材に加工された細胞幅程度の溝と半透膜の間に閉じ込められている.半透膜を介して常に新鮮な培地が大腸菌細胞に供給されているので,培養環境を自由に変化させることができ,薬剤投与前後の細胞の状態変化を顕微鏡タイムラプス計測により1細胞レベルで追尾することが可能である.
Balabanらはこの計測を通じて,抗生物質アンピシリンに対する大腸菌のパーシスタンスでは,もともと薬剤投与前から成長停止状態にあった細胞がアンピシリンに対し耐性を示し,生き残ることを明らかにした.ストレスのない環境でも成長しない細胞は,よく「ドーマント細胞(Dormant cell)」と呼ばれるが,この研究結果は,大腸菌のアンピシリンに対するパーシスタンスは,ストレス投与前から存在するドーマント細胞が選択されることにより生じることを示している.
実は,上述のBalabanらの研究における成功の鍵の一つは,パーシスタンス現象の生じる頻度が100~1,000倍程度上昇することが知られているhipA7株を用いたことであった.hipA(High persistance A)はパーシスタンス現象に関与する遺伝子として初めて同定されたもので(20)20) H. S. Moyed & K. P. Bertrand: J. Bacteriol., 155, 768 (1983).,原核生物一般に備わっているtoxin–antitoxin(TA)システムにおけるtoxin タンパク質をコードしている.以下で説明するように,TAシステムはドーマント細胞が生じる分子機構において主要な役割を担っていると考えられている(21, 22)21) E. Maisonneuve & K. Gerdes: Cell, 157, 539 (2014).22) R. Page & W. Peti: Nat. Chem. Biol., 12, 208 (2016).(図3図3■Toxin–antitoxin(TA)システム).
大腸菌において最もよく研究され,かつパーシスタンス現象との関連が強く示唆されているII型TAシステムはtoxinとantitoxinの2つの遺伝子からなる自己抑制的なオペロン単位と理解されている.Toxin遺伝子産物は複製・翻訳阻害活性をもつため細胞成長の妨げとなりうるが,成長状態にある細胞ではantitoxinがtoxinと結合することによってその活性を抑制するとともに,antitoxinおよびtoxin–antitoxin複合体がTAオペロンの転写を抑制している.しかし,ストレス環境下ではLonなどのプロテアーゼが選択的にantitoxinを分解し,解放されたtoxinがその毒性を発揮して細胞の成長を阻害する.さらに,ppGpp(guanosine tetraphosphate)の生成を介した正のフィードバック機構によってtoxinの量がantitoxinを上回る状態が持続されると考えられている(23)23) E. Germain, M. Roghanian, K. Gerdes & E. Maisonneuve: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 5171 (2015)..原理的には,成長状態にある細胞集団であっても,個々の細胞レベルでTAシステムの構成要素の発現ノイズが正のフィードバックによって増幅されることにより,確率的に細胞の成長阻害が生じうる.一方で,ppGppは貧栄養環境に対する緊縮応答におけるシグナル伝達のメディエーターであるので,個々の細胞を取り巻く微小環境の揺らぎによって局所的にppGppの生成が誘導される可能性も否定できない.
(A) Antitoxinの細胞内濃度がtoxinを上回るかまたは同程度の場合,antitoxinおよびtoxin–antitoxin複合体はリプレッサーとして機能し,オペロンの発現を抑制する(左図).一方,toxinがantitoxinに対して過剰に存在する場合にはtoxin–antitoxin複合体はリプレッサーとしての機能を失うことが示されており,オペロンの発現が誘導される(右図).大腸菌では11種のII型TAシステムが存在することがわかっている.(B) Toxinがantitoxinに対して過剰に存在する状態は正のフィードバックによって安定化されうる.HipA toxinの活性はppGppの生成を誘導する.ppGppの蓄積に伴って活性化したLonプロテアーゼはすべてのII型TAシステムのantitoxinを選択的に分解することが知られており,解放されたtoxinが細胞成長を阻害する.
これらの研究結果を受けて生じる疑問は,あらゆるパーシスタンス現象が,ドーマント細胞の選択により起きるのかという問いだろう.実はこれとは異なる様式で生じるパーシスタンス現象も存在する.
ドーマント細胞によらないパーシスタンス現象は,結核菌の近縁種であるMycobacterium smegmatisで見つかっている(24)24) Y. Wakamoto, N. Dhar, R. Chait, K. Schneider, F. Signorino-Gelo, S. Leibler & J. D. McKinney: Science, 339, 91 (2013)..この菌は,結核の治療にも使われるイソニアジド(INH)と呼ばれる人工合成抗菌薬に対してパーシスタンスを示す.
筆者らは,このパーシスタンス現象の1細胞解析をBalabanらの研究と同様に,マイクロ流体デバイスを用いて行った(24)24) Y. Wakamoto, N. Dhar, R. Chait, K. Schneider, F. Signorino-Gelo, S. Leibler & J. D. McKinney: Science, 339, 91 (2013)..その結果,イソニアジド投与に対して生き残る細胞は,投与前にはほかの細胞と変わらず成長しており,成長率を比較しても,最終的に長時間生き残る子孫細胞を生じる細胞と,そのほかの細胞との間で差がないことを明らかにした.しかも薬剤投与下であっても,細胞はゆっくりと成長・分裂を続け,一方で一部の細胞が殺され続けるという,ダイナミックなイベントが集団中で進行していることも明らかになった.つまり,M. smegmatisのパーシスタンス現象は,薬剤投与前から存在するドーマント細胞の選択というような単純なスキームでは説明できない.
ではこのM. smegmatisのパーシスタンスにおいて,細胞の生死運命を分けているものは何だろうか? 実は,細胞の生死には,その内部で発現するKatGと呼ばれる酵素の発現パターンが関係していることがわかっている.KatGという酵素はカタラーゼの一種で,これをノックアウトすると活性酸素に対する耐性が著しく低下する(25)25) V. H. Ng, J. S. Cox, A. O. Sousa, J. D. MacMicking & J. D. McKinney: Mol. Microbiol., 52, 1291 (2004)..一方で,このKatGは細胞内に入ってくるイソニアジドを活性化し,細胞内にINH-NADを作り出す.このINH-NADは細胞壁の主要成分であるミコール酸の合成経路を阻害すると考えられている(26)26) C. Vilchèze & W. R. Jacobs Jr.: Annu. Rev. Microbiol., 61, 35 (2007)..活性化されたイソニアジドは,細胞壁の主要成分の一つであるミコール酸の合成を阻害し,細胞を死に至らしめる.結果として,イソニアジド投与下ではKatGの発現が,細胞の生存にとってむしろマイナスに働くと考えられる.
蛍光タンパク質を用いたライブセルイメージングにより,1細胞レベルでのKatGの発現パターンをイソニアジド投与下で観察すると,これが一過的に強く発現する細胞と,発現しない細胞が集団内にいることが明らかにされている(24)24) Y. Wakamoto, N. Dhar, R. Chait, K. Schneider, F. Signorino-Gelo, S. Leibler & J. D. McKinney: Science, 339, 91 (2013)..さらに,KatGを発現した細胞の生存確率は,発現しない細胞と比べ低くなることも実際明らかになっている.つまり,M. smegmatisのイソニアジドに対するパーシスタンスでは,薬剤投与後の細胞内酵素の発現パターンの違いが重要であることが示されている.
このような薬剤投与後の発現パターンの細胞間での違いが,薬剤投与前からすでに運命づけられていたのかは明らかではない.また,なぜ時間とともに集団全体として耐性が上がっていくのかは,現時点ではわかっていない.
生物は先述のとおり,プログラムされた応答機構と多様性によるリスク分散という2つの様式を用いて環境変化に対応している.プログラムされた応答を実現するには,環境変化を感知する機構を細胞内に用意する必要があり,それをもつコストが生じる.一方,リスク分散戦略をとる場合には,環境に不向きな表現型も集団内に含まれるというコストが発生する.このように,それぞれの様式にはそれぞれのコストが存在するが,2つの様式はどのように使い分けられるべきなのだろうか? この問題を正面から取り扱った理論研究がKussell & Leiblerにより行われている(3)3) E. Kussell & S. Leibler: Science, 309, 2075 (2005)..彼らの研究により,リスク分散戦略は環境変化がまれに生じる場合にプログラムされた応答機構に比べて優位に働くことが示されている.
Kussellらは,異なる生存戦略がそれぞれ優位に機能する環境変化条件を明確化することに成功したが,実際に注目する生物種が与えられた環境においてどのような戦略を採用しているかを実験で明らかにすることは一般的には難しい.特に,M. smegmatisのイソニアジドに対するパーシスタンス現象のように,細胞の成長・分裂と死が同時並行で進行する状況では,集団全体で観察される増殖率(死亡率)の変化に対し,どの程度選択が寄与しているのか,どの程度細胞レベルの応答が寄与しているのか評価することは容易ではない.
実はこの問題は,細胞レベルの系統樹を取得することで解決できる可能性がある.図4図4■抗生物質カナマイシンを投与した際の大腸菌1細胞系統樹の一例は,大腸菌に抗生物質カナマイシンを投与したときに得られた1細胞レベルの細胞系統樹の例である.このような系統樹の中で時系列に注目し,どのような性質をもつ時系列がどの程度現れるかという出現確率を評価すれば,集団中で起こる選択の強さを定量的に評価できることをわれわれは明らかにしている(27)27) T. Nozoe, E. Kussell & Y. Wakamoto: bioRxiv (2016)..実は,ある特定の性質をもつ時系列の出現頻度が,系統樹を先祖細胞の立場に立って見た場合と,子孫細胞に立って見た場合で変わりうるという事実があり,この出現頻度の差が選択の情報をもっていることが示される.
細胞系統樹を取得すると,抗生物質ストレスにさらされた大腸菌の分裂や死亡したタイミング,また子孫細胞からさかのぼって生き残った細胞に特徴的な状態を理解することができる.このような系統樹を適切に評価することによって,集団全体の増殖率の変化に対する選択と応答の寄与を定量的に比較できる可能性がわれわれの研究により示されている(27)27) T. Nozoe, E. Kussell & Y. Wakamoto: bioRxiv (2016)..
重要なのは,集団内部で起こる選択の強さを集団計測で知ることは,ほぼ不可能であるという点である.近年になり1細胞レベルでの発現解析や動態解析が盛んに行われるようになっているが,多くの研究では,1細胞計測の利点として,細胞レベルの詳細情報が得られる点や,細胞間での差を検出できる点が強調されることが多い.しかしより本質的に重要なのは,細胞の状態変化を系統樹情報も併せて取得することで,内部で起こる選択と応答の効果を切り分けて評価できる点だというのが,われわれの考えである.選択は,種分化といった進化プロセスだけでなく,多様性をもつ増殖系には必ず起こる現象であり,その適切な評価なしに,細胞の環境応答の性質を理解することは不可能である.
本稿ではバクテリアのパーシスタンス現象を例に,近年徐々に普及している1細胞計測によりどのような情報が得られるのか,その一端を紹介した.このような計測技術や解析の考え方は,今後,バクテリアの研究だけでなく,がん細胞の抗がん剤への応答や,幹細胞分化などさまざまな分野の解析にも応用されると期待される.
Reference
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