セミナー室

腸内細菌脂質代謝産物に見いだされた腸管バリア保護機能

Junki Miyamoto

宮本 潤基

広島大学大学院生物圏科学研究科

東京農工大学大学院農学研究院

Takuya Suzuki

鈴木 卓弥

広島大学大学院生物圏科学研究科

Ikuo Kimura

木村 郁夫

東京農工大学大学院農学研究院

Soichi Tanabe

田辺 創一

広島大学大学院生物圏科学研究科

Published: 2017-03-20

はじめに

近年,オミクス解析技術の発展によって,腸内細菌の遺伝子とその代謝産物の網羅的解析が可能となり,腸管内での腸内細菌叢の全容とその機能性が明らかとなってきた.その結果,腸内細菌叢の変化が種々の疾患の発症・増悪(炎症性疾患(1)1) C. Huttenhower, A. D. Kostic & R. J. Xavier: Immunity, 40, 843 (2014).,代謝性疾患(2, 3)2) J. L. Sonnenburg & F. Bäckhed: Nature, 535, 56 (2016).3) D. A. Winer, H. Luck, S. Tsai & S. Winer: Cell Metab., 23, 413 (2016).や自己免疫疾患(4)4) A. Zhernakova, S. Withoff & C. Wijmenga: Nat. Rev. Endocrinol., 9, 646 (2013).など)に寄与することが明らかになりつつある.すなわち,腸内細菌が宿主の免疫・代謝機能に重要な役割を果たしており,医学・生物学において最も重要な領域として認識され始めている.本稿では,腸内細菌による食事由来リノール酸代謝産物がin vitroおよびin vivo評価系で腸管バリア保護作用を発揮することを示すとともに,長鎖脂肪酸受容体GPR40を介したそのメカニズムの一端を紹介したい.

腸管バリア機能

われわれの腸管は「内なる外」とも呼ばれ,食品の消化吸収を司ると同時に食品抗原や細菌などに常に暴露されていることから,生体最大の免疫器官としても機能し,免疫細胞や免疫グロブリンの量が全身の60%以上にものぼると言われている.たとえば,小腸に存在するパイエル板領域には,樹状細胞,T細胞やB細胞などの主要な免疫細胞が集中して存在しており,これらの免疫細胞は抗原に対して免疫グロブリンを作製することで,生体内への侵入を防ぐ機能を果たしている.また,腸管上皮細胞は,栄養素の吸収に関与すると同時に,食品や腸内細菌などの抗原の無秩序な侵入を物理的・化学的に制御するバリア機能を担うことが知られている.このような腸管上皮細胞の細胞間に局在するタイトジャンクション(tight junction; TJ)は,OccludinやClaudinなどの膜貫通型タンパク質と,Zonula occludens(ZO)などの細胞内裏打ちタンパク質によって構成され,その機能は各TJ分子の発現量や局在の変化によっても調節されている.また,細胞間の抗原の無秩序な侵入を制御する細胞間接着因子であり,このバリア機能の破綻は種々の疾患の発症に寄与すると考えられている(5)5) S. C. Nalle & J. R. Turner: Mucosal Immunol., 8, 720 (2015)..このようなTJバリアの恒常性を維持することは非常に重要であり,これまでにさまざまな食品成分(プロバイオティクス乳酸菌(6)6) E. Miyauchi, J. O’Callaghan, L. F. Buttó, G. Hurley, S. Melgar, S. Tanabe, F. Shanahan, K. Nally & P. W. O’Toole: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 303, G1029 (2012).,ポリフェノール(7)7) T. Azuma, M. Shigeshiro, M. Kodama, S. Tanabe & T. Suzuki: J. Nutr., 143, 827 (2013).やアミノ酸(8)8) W. Ren, J. Yin, M. Wu, G. Liu, G. Yang, Y. Xion, D. Su, L. Wu, T. Li, S. Chen et al.: PLoS ONE, 9, e88335 (2014).など)がTJバリアの維持・保護に重要な役割を果たすことが明らかとなっている.さらに,ある種の腸内細菌がTJバリアの恒常性維持に重要であることが明らかにされているが(9, 10)9) S. Rakoff-Nahoum, J. Paglino, F. Eslami-Varzaneh, S. Edberg & R. Medzhitov: Cell, 118, 229 (2004).10) E. Cario, G. Gerken & D. K. Podolsky: Gastroenterology, 132, 1359 (2007).,その分子実体は不明なままであった.

腸内細菌と代謝産物

われわれの腸管には,1,000種類以上,100兆個もの腸内細菌が存在し,それぞれがバランスを保ちながら共存している.近年,この腸内細菌のバランスが何らかの刺激で破綻すると,宿主の恒常性に影響を及ぼすことが明らとなった.すなわち,われわれの恒常性を維持するために,腸内細菌のバランスを保つことが非常に重要である.また,宿主の恒常性維持において,腸内細菌が腸管粘膜免疫システムの制御に寄与することと,その分子メカニズムが明らかになりつつある.たとえば,腸内細菌の一種であるセグメント細菌(SFB)は炎症応答に関与するインターロイキン17産生性ヘルパーT細胞(Th17)の分化・誘導に関与することや(11)11) I. I. Ivanov, K. Atarashi, N. Manel, E. L. Brodie, T. Shima, U. Karaoz, D. Wei, K. C. Goldfarb, C. A. Santee, S. V. Lynch et al.: Cell, 139, 485 (2009).,クロストリジウム目細菌群が制御性T細胞(Treg)の分化・誘導に寄与することが明らかとなった(12, 13)12) K. Atarashi, T. Tanoue, T. Shima, A. Imaoka, T. Kuwahara, Y. Momose, G. Cheng, S. Yamasaki, T. Saito, Y. Ohba et al.: Science, 331, 337 (2011).13) K. Atarashi, T. Tanoue, K. Oshima, W. Suda, Y. Nagano, H. Nishikawa, S. Fukuda, T. Saito, S. Narushima, K. Hase et al.: Nature, 500, 232 (2013)..しかしながら,このような腸内細菌の作用が宿主側にどのように寄与しているのか,すなわち,宿主と腸内細菌との相互作用の分子メカニズムまでは不明なままであった.

近年,難消化性多糖類(食物繊維)は腸内細菌の重要な栄養源として利用され,その代謝産物として生成された短鎖脂肪酸が,宿主の免疫・代謝系に重要なシグナル分子として役割を果たすことが明らかになりつつある.たとえば,短鎖脂肪酸の一つである酢酸は,病原性大腸菌O157の感染を予防することや腸管バリア機能を向上させることが明らかになっており(14)14) S. Fukuda, H. Toh, K. Hase, K. Oshima, Y. Nakanishi, K. Yoshimura, T. Tobe, J. M. Clarke, D. L. Topping, T. Suzuki et al.: Nature, 469, 543 (2011).,酪酸はエピジェネティックに作用し,Treg細胞の転写因子であるFoxP3の発現を促進することで大腸炎を改善することも報告されている(15)15) Y. Furusawa, Y. Obata, S. Fukuda, T. A. Endo, G. Nakato, D. Takahashi, Y. Nakanishi, C. Uetake, K. Kato, T. Kato et al.: Nature, 504, 446 (2013)..このほか,細胞膜上の7回膜貫通型受容体(G protein-coupled receptors; GPCRs)である短鎖脂肪酸受容体を介した作用なども報告されている(次項参照).

さらに,腸内細菌が生化学的な水和反応による水酸基の導入を介して,食事由来の不飽和脂肪酸から水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸,共役脂肪酸および部分的に飽和された非メチレン系脂肪酸を産生することが報告され,さらに,マウスの組織においても,これら独特な脂肪酸の存在が明らかになっている(16)16) S. Kishino, M. Takeuchi, S. B. Park, A. Hirata, N. Kitamura, J. Kunisawa, H. Kiyono, R. Iwamoto, Y. Isobe, M. Arita et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17808 (2013)..特に,これら水酸化脂肪酸は,腸管バリア保護(本稿)(17)17) J. Miyamoto, T. Mizukure, S. B. Park, S. Kishino, I. Kimura, K. Hirano, P. Bergamo, M. Rossi, T. Suzuki, M. Arita et al.: J. Biol. Chem., 290, 2902 (2015).,脂肪酸合成・脂質代謝制御(18)18) T. Goto, Y. I. Kim, T. Furuzono, N. Takahashi, K. Yamakuni, H. E. Yang, Y. Li, R. Ohue, W. Nomura, T. Sugawara et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 459, 597 (2015).,免疫制御(19)19) P. Bergamo, D. Luongo, J. Miyamoto, E. Cocca, S. Kishino, J. Ogawa, S. Tanabe & M. Rossi: J. Funct. Foods, 11, 192 (2014).などの機能性に寄与することが見いだされており,腸内細菌の不飽和脂肪酸代謝に依存して,腸管内に生成する脂肪酸がシグナル分子として,宿主の健康に何らかの影響を及ぼしている可能性を示唆している.

GPCRs

Gタンパク質共役型受容体(GPCRs)は,ホルモンや神経伝達物質のようなシグナル伝達分子を感知するのに生理学的に重要な膜タンパク質であり,さまざまな疾患の治療の標的となっている(20)20) A. J. Venkatakrishnan, X. Deupi, G. Lebon, C. G. Tate, G. F. Schertler & M. M. Babu: Nature, 494, 185 (2013)..腸内細菌代謝産物の短鎖脂肪酸は,GPR41, GPR43, GPR109aやOlfr78などに対するリガンドとして同定されており,宿主の恒常性維持に重要な役割を果たすことが明らかとなっている.たとえば,GPR41はエネルギー代謝制御(21)21) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011).や免疫制御(22)22) A. Trompette, E. S. Gollwitzer, K. Yadava, A. K. Sichelstiel, N. Sprenger, C. Ngom-Bru, C. Blanchard, T. Junt, L. P. Nicod, N. L. Harris et al.: Nat. Med., 20, 159 (2014).が報告されており,GPR43も同様に,代謝疾患(23)23) I. Kimura, K. Ozawa, D. Inoue, T. Imamura, K. Kimura, T. Maeda, K. Terasawa, D. Kashihara, K. Hirano, T. Tani et al.: Nat. Commun., 4, 1829 (2013).や免疫疾患(24)24) K. M. Maslowski, A. T. Vieira, A. Ng, J. Kranich, F. Sierro, D. Yu, H. C. Schilter, M. S. Rolph, F. Mackay, D. Artis et al.: Nature, 461, 1282 (2009).などに関与することが明らかとなっている.また,GPR109aは免疫制御(25)25) L. Macia, J. Tan, A. T. Vieira, K. Leach, D. Stanley, S. Luong, M. Maruya, C. Ian McKenzie, A. Hijikata, C. Wong et al.: Nat. Commun., 6, 6734 (2015).を,Olfr78は血圧調節(26)26) J. L. Pluznick, R. J. Protzko, H. Gevorgyan, Z. Peterlin, A. Sipos, J. Han, I. Brunet, L. X. Wan, F. Rey, T. Wang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4410 (2013).をそれぞれ担うことが報告された.このように,宿主の栄養源として捉えられていた食品由来の短鎖脂肪酸が,GPCRsを介することでシグナル分子として作用し,宿主の恒常性維持に重要な役割を果たしていることが明らかにされている.

一方,長鎖脂肪酸受容体であるGPR40やGPR120にもさまざまな機能性が報告されている.たとえば,GPR120は脂肪組織や免疫細胞に高発現することが明らかにされており,食事性肥満の原因遺伝子の一つであること(27)27) A. Ichimura, A. Hirasawa, O. Poulain-Godefroy, A. Bonnefond, T. Hara, L. Yengo, I. Kimura, A. Leloire, N. Liu, K. Iida et al.: Nature, 483, 350 (2012).,マクロファージにおける炎症抑制性シグナルを誘導すること(28)28) D. Y. Oh, S. Talukdar, E. J. Bae, T. Imamura, H. Morinaga, W. Fan, P. Li, W. J. Lu, S. M. Watkins & J. M. Olefsky: Cell, 142, 687 (2010).や腸管ホルモン分泌による代謝改善作用などが報告されている(29)29) A. Hirasawa, K. Tsumaya, T. Awaji, S. Katsuma, T. Adachi, M. Yamada, Y. Sugimoto, S. Miyazaki & G. Tsujimoto: Nat. Med., 11, 90 (2005)..さらに,GPR40は膵β細胞のインスリン分泌を促進すること(30)30) Y. Itoh, Y. Kawamata, M. Harada, M. Kobayashi, R. Fujii, S. Fukusumi, K. Ogi, M. Hosoya, Y. Tanaka, H. Uejima et al.: Nature, 422, 173 (2003).や,腸管ホルモン分泌に寄与することが明らかにされている(31)31) S. Edfalk, P. Steneberg & H. Edlund: Diabetes, 57, 2280 (2008)..このように,種々のGPCRsは栄養センサーとして,免疫系・代謝系をはじめとした宿主の恒常性維持に重要な因子として作用していることが明らかとなっている(図1図1■脂肪酸受容体群とその作用).

図1■脂肪酸受容体群とその作用

本稿では,腸内細菌のリノール酸代謝産物である10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid(HYA)のデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性腸炎モデルマウスの症状緩和作用と,GPR40を介した腸管バリア保護メカニズムを概説したい.

GPCRsを介した腸内細菌代謝産物の腸管バリア保護作用

1. 腸内細菌代謝産物の腸管保護作用

食事脂質中に多量に含まれるリノール酸(ω-6脂肪酸)は,われわれが生命を維持するために摂取する必要がある必須脂肪酸であるが,その摂取量が過剰になると炎症やアレルギー反応を惹起することも知られている(36)36) J. Kunisawa, M. Arita, T. Hayasaka, T. Harada, R. Iwamoto, R. Nagasawa, S. Shikata, T. Nagatake, H. Suzuki, E. Hashimoto et al.: Sci. Rep., 5, 9750 (2015)..近年では,消費者の食事脂質への関心も高まり,亜麻仁油のα-リノレン酸や魚油のDHA, EPAなどのω-3脂肪酸の機能性が期待されている.しかしながら,食事脂質中のリノール酸が腸内細菌によって代謝されることが明らかとなり,このような腸内細菌代謝産物がさまざまな生理活性を示すことが期待されている(16)16) S. Kishino, M. Takeuchi, S. B. Park, A. Hirata, N. Kitamura, J. Kunisawa, H. Kiyono, R. Iwamoto, Y. Isobe, M. Arita et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17808 (2013)..そこで,われわれは腸内細菌のリノール酸初期代謝産物であるHYAの生理機能を明らかにするために,腸管バリア保護作用への影響を検証した.まずはじめに,ヒト腸管上皮様細胞株Caco-2細胞を2層式の培養装置であるTranswell systemに培養し,腸管上皮様に分化させた.分化したCaco-2細胞のapical側からリノール酸代謝産物群(図2図2■リノール酸およびリノール酸代謝産物の構造)を作用させ,その後,炎症性サイトカイン(Interferon(IFN)-γおよびTumor necrosis factor(TNF)-α)でTJ損傷を誘導した.

図2■リノール酸およびリノール酸代謝産物の構造

(文献16より引用・改変)

TJ損傷の指標には,経上皮電気抵抗(TER)およびFITC-dextran透過量で評価した.その結果,リノール酸の初期代謝産物であるHYAにTJ損傷を回復する効果(TERの減少およびFITC-dextran透過量の増加)が観察されたが,その他の代謝産物群に同様の作用は確認されなかった(図3A, B図3■HYAの腸管バリア保護作用).また,HYAの前駆体であるリノール酸にも腸管バリア保護作用が観察されたが,その作用はHYAと比較して僅かであった.さらに,腸管バリア保護作用が観察されたHYAを,DSS誘導性腸炎モデルマウスに投与し,腸炎改善作用を検討した.その結果,DSS誘導性腸炎モデルマウスで顕著な腸炎症状(体重減少,大腸長,糞便スコアや上皮損傷)が観察されたが,HYAの継続的な投与で,その症状が緩和された(図3C, D図3■HYAの腸管バリア保護作用).一方,リノール酸代謝産物の一種であるHYBには,HYAで観察された腸管バリア保護作用やDSS誘導性腸炎モデルマウスの症状緩和作用は観察されなかった.

図3■HYAの腸管バリア保護作用

(A)経時的な経上皮電気抵抗(TER)の変化,(B)FITC-dextran透過量,(C)DSS投与後の体重推移,および(D)大腸長の変化(文献17より引用・改変).
** p<0.01 and * p<0.05 compared with無処理
##p<0.01 and #p<0.05 compared with無添加(もしくは,DSS投与群)
$$p<0.01 compared with HYA

2. TNF受容体発現制御

HYAの腸管バリア保護メカニズムを明らかにするために,TNF受容体の一つであるTNF receptor 2(TNFR2)に着目して検討を行った.TNFR2は,炎症状態などの限られた環境下において発現が誘導されるユニークな受容体で,実際に,炎症性腸疾患患者の腸管組織では,TNFR2が高発現することが報告されている(37)37) E. Mizoguchi, A. Mizoguchi, H. Takedatsu, E. Cario, Y. P. de Jong, C. J. Ooi, R. J. Xavier, C. Terhorst, D. K. Podolsky & A. K. Bhan: Gastroenterology, 122, 134 (2002)..また,NF-κBは免疫応答や細胞の生存などさまざまな生命現象に関与していることが知られている.不活状態ではIκBαなどの阻害タンパク質と結合して細胞質に局在しているが,TNF-αなどの刺激によってIκBαがリン酸化され,プロテアソームによる分解後,NF-κBの核移行によって活性化する.本研究では,IκBαのリン酸化レベルを確認することで,NF-κBシグナルの活性レベルを評価した.IFN-γ刺激したCaco-2細胞はTNFR2を過剰に発現することが知られているが(38)38) F. Wang, B. T. Schwarz, W. V. Graham, Y. Wang, L. Su, D. R. Clayburgh, C. Abraham & J. R. Turner: Gastroenterology, 131, 1153 (2006).,HYAはその発現を正常レベルにまで回復し,その下流であるNF-κBシグナルの活性化も抑制した(図4A図4■HYAはTNFR2発現制御を介したNF-κB経路の抑制).さらに,DSS誘導性腸炎モデルマウスの腸管組織においても,腸管上皮細胞において増加したTNFR2発現を,HYAの経口投与は抑制した(図4B, C図4■HYAはTNFR2発現制御を介したNF-κB経路の抑制).すなわち,リノール酸の初期代謝産物であるHYAは,腸管上皮細胞に発現したTNFR2発現を制御することで,炎症促進シグナルの活性化を抑制し,腸管バリア保護作用を発揮することが示唆された.

図4■HYAはTNFR2発現制御を介したNF-κB経路の抑制

(A)Western blottingによるIκBαのリン酸化,(B)フローサイトメトリーによるTNFR2+腸管上皮細胞の検出と,(C)その割合(文献17より引用・改変).
** p<0.01 and * p<0.05 compared with無処理
##p<0.01 and #p<0.05 compared with無添加(もしくは,DSS投与群)
$$p<0.01 compared with HYA

3. GPR40を介した腸管バリア

HYAの有する腸管バリア保護作用のさらなるメカニズムを解明するために,長鎖脂肪酸受容体であるGPR40に着目して検討を行った.ヒト腸管上皮様細胞株であるCaco-2細胞におけるGPR40の局在を検討した結果,Caco-2細胞のapical側に強く発現していることが明らかとなった(図5A図5■HYAのGPR40シグナルを介した腸管バリア保護作用).次に,human GPR40-expressing HEK293細胞を用いて,Ca2+の流入を解析した結果,HYAは用量依存的にCa2+の流入を促進した.さらに,その活性は内因性アゴニストの一つであるリノール酸よりも高いことが示された(EC50;リノール酸11.3±0.6 μM, HYA 6.0±2.8 μM).一方,HYBは全く活性を示さないことが明らかとなった(図5B図5■HYAのGPR40シグナルを介した腸管バリア保護作用).

さらに,GPR40シグナルがHYAの腸管バリア保護作用に寄与するか否かを検討した.Caco-2細胞に対して,GPR40 antagonistであるGW1100を作用させた際のTERとFITC-dextran透過量を解析した.その結果,GW1100存在下では,炎症性サイトカインの誘導したTERの低下とFITC-dextran透過量の増加に対するHYAの改善作用が消失することが明らかとなった(図5C図5■HYAのGPR40シグナルを介した腸管バリア保護作用).また,TNFR2発現に対するGPR40の影響を検討した結果,GW1100存在下においても,IFN-γ誘導性TNFR2発現は顕著に増加したが,HYAのTNFR2発現制御作用が消失した.さらに,GPR40の下流シグナルであるMEK-ERK経路に着目し,HYAの腸管バリア保護作用を検討した.HYAは経時的にCaco-2細胞のERKのリン酸化を促進しており,その作用は用量依存的であった.MEK-ERK経路の腸管バリアへの影響を検討するために,MEK inhibitorであるU0126存在下でのHYAの腸管バリア保護作用を検討した.その結果,U0126存在下において,HYAの腸管バリア保護やTNFR2発現制御作用が部分的に消失した.すなわち,腸内細菌によるリノール酸の初期代謝産物であるHYAは,長鎖脂肪酸受容体のGPR40を介して,MEK-ERK経路を活性化し,腸管上皮細胞のTNFR2発現を制御することで腸管バリア保護作用を示すことが明らかとなった.

図5■HYAのGPR40シグナルを介した腸管バリア保護作用

(A)GPR40の免疫蛍光染色;FITC-GPR40(緑)およびDAPI(細胞核,青),Bar=20 μm, (B) hGPR40強制発現細胞株におけるCa2+の誘導能,(C)GPR40アンタゴニスト(GW1100)を介した腸管バリア保護作用(文献17より引用・改変).
$$p<0.01 and $p<0.05 compared with HYA

おわりに

近年,腸内細菌叢と宿主のクロストークが盛んに取り上げられており,『腸内細菌学』としての新たな分野が確立されつつある.さまざまな要因(ストレス,加齢,アルコール・喫煙,食生活など)で腸内細菌叢の異常(Dysbiosis)は引き起こされるが,その結果として,腸管での炎症惹起にとどまらず,アルコール性肝障害,肥満,アトピー性皮膚炎,喘息や精神疾患など全身のさまざまな局所・臓器で起こりうる疾患と関連することが明らかとなっている.このような疾患は,Dysbiosisに伴う腸管バリア機能の破綻,その後のエンドトキシンの体内への過剰な侵入が全身性疾患の発症や悪化に寄与しており,腸内細菌叢のバランス,腸管バリア機能および種々の疾患の発症は,密接に関連していると考えられている.

食事由来リノール酸の腸内細菌代謝産物群は,腸管バリア保護作用のみならず,脂肪酸合成・脂質代謝制御や免疫制御などをもつことも示されている.また,それらの作用機序も明らかになりつつあり,疾患に対する予防的な役割をもった高付加価値の機能性食品因子として期待されている.さらに,これら代謝産物群は宿主の生体内に一定量,存在することから,食–腸内細菌叢を介した宿主の恒常性維持に(腸管バリア機能維持を含めた)何らかの生理的役割を担っていると考えられ,その解明が期待される.

Acknowledgments

本研究では,京都大学大学院農学研究科 教授 小川 順先生と助教 岸野重信先生に腸内細菌代謝産物をご供与いただき,さらに,実験を遂行するうえで多大なるご指導・ご助言を賜りました.また,理化学研究所メタボローム研究チームチームリーダー・慶應義塾大学薬学研究科 教授 有田 誠先生には,腸内細菌代謝産物の定量などの解析を中心にご指導・ご助言を賜りました.この場を借りて,諸先生方に心より御礼申し上げます.

Reference

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17) J. Miyamoto, T. Mizukure, S. B. Park, S. Kishino, I. Kimura, K. Hirano, P. Bergamo, M. Rossi, T. Suzuki, M. Arita et al.: J. Biol. Chem., 290, 2902 (2015).

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