巻頭言

構造か活性か

Jun Kawabata

川端

北海道大学大学院農学研究院

Published: 2017-04-20

「物取り」といっても泥棒ではなく,天然素材中から有用な化合物を探し出す天然物化学の手法の一つである,という話はつい先頃(2016年8号)河岸洋和先生が巻頭言に書かれているのでご記憶の読者も多いだろう.筆者も学生時代からずっとこの「物取り」を主たる生業とし,取れてきた化合物に一喜一憂してきた.天然物化学分野に構造活性相関研究があるように,化学構造と生理活性には密接な関係がある.先年のノーベル賞で話題になったエバーメクチンやアルテミシニンはすばらしい薬効で多くの人を救った化合物であるが,その構造だけをみても化学的に十分な魅力を備えている.これはまさに天が二物を与えた希有な例であり,新規で希少性の高い化学構造と顕著な生理活性とは必ずしも両立しないのが通例である.となると構造と活性とどちらに重きを置くべきだろうか.

以前,年会の発表分類の有機化学・天然物化学カテゴリーには「生理活性物質(動物,植物,微生物)」という大きなセクションがあり,申し訳程度に「その他の植物成分」という細目があった.構造的には興味深いもののほとんど生理活性とは無縁の「物取り」をやっていた筆者はいつもこの「その他」組であり,空席の目立つ会場で細々と発表するのが常であった.一度,研究室のボスに急用が生じたときに,生理活性物質セクションで代理発表を務めたことがある.いつもと違う会場をぎっしりと埋めつくす聴衆を演壇から眺めて,こうも違うものかと慨嘆したものだ.かように生理活性こそは天然物化学の正義であり,実学たる農芸化学においての重要性も高いのだと痛感した.

時は移り,時代の趨勢に流されて曲がりになりにも生理活性を指標にした「物取り」をするようになった筆者に,またも正義の鉄槌が下された.植物中からある酵素の阻害活性物質の探索を行い,主活性成分として既知のフラボン配糖体をいくつか同定した.周知のようにこの手のポリフェノール類の酵素阻害性は数多く報告されており,学術的な価値はそれほど高くない.それでも一応データをまとめてある国際誌に投稿したところ,立ちどころに採用された.一方,ついでに同じ植物の弱い活性画分の成分を調べてみると,新規テルペン配糖体を数種単離・構造決定することができた.前例のあまりない構造のものだったので勇躍別の国際誌に送ったところ,「掲載に値するが読者の興味をひくために何らかの生理活性データを加えることが望ましい」との編集者のコメントとともに採択保留でもどってきた.新規化合物であるし,構造的な興味だけで十分学術的価値があるのだと反論したい気分ではあったが,長いものには巻かれろというわけで弱い活性のデータを本文に数行追加して送ると,こんどはすんなり受理された.全く泣く子も黙る生理活性おそるべしだ.

さて,現在では膨大な数の化合物ライブラリによるハイスループットスクリーニングやコンピュータによる構造最適化などの手法が進み,より効率的かつ網羅的な薬剤探索が可能となってきている.こうなると古典的な手作業による生理活性物質探索にはほとんど勝ち目はない.しかし構造的に新規な物質の探索は,従来にない化合物をライブラリに加えることができる点でまだまだ有用のはずだ.実際,発見当初は等閑視されていた化合物に後になって思わぬ生理活性が見いだされることも数多い.今こそ「その他」組の出番ではないか.ただし,行きあたりばったりではさすがに効率が悪い.新規構造を指標に「物取り」を行う効率的な方法がどこかにないものだろうか.