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食品ペプチドで血糖を制御する消化管内分泌系による栄養素認識を利用する

Tohru Hira

比良

北海道大学大学院農学研究院生物機能化学分野食品栄養学研究室

Published: 2017-04-20

食事として摂取したタンパク質は,胃でのペプシン消化,小腸管腔内での膵酵素による管腔内消化,小腸上皮刷子縁膜酵素による膜消化を経て,トリペプチド,ジペプチド,アミノ酸として吸収上皮細胞へと取り込まれ,門脈へ輸送される.この過程において,消化管腔内では多種多様なペプチド断片が生じる.また食品そのものにも高分子のタンパク質だけでなく,それらの部分分解物,あるいは内因性のペプチドが存在する.このような食品ペプチドは,摂取したホストにとって単なるアミノ酸の供給源だけではなく,生体内にてさまざまな生理作用を発揮することが明らかとなり,血中にてアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害するペプチドは機能性食品として実用化されている.

食品由来のペプチドは,消化管で吸収される前に,口腔,消化管腔内でさまざまな生理作用を発揮する.たとえば,口腔内では味覚(旨味,苦味,こく味)を呈し,消化管では胃酸分泌や膵酵素分泌を調節する.このことは,食品ペプチドがシグナル分子として口腔や消化管の細胞に作用することを示している.

消化管上皮に散在する消化管内分泌細胞(enteroendocrine cells)は,管腔内の食品成分を感知してホルモン(消化管ホルモン)を基底膜側に放出し,食後の生理応答(たとえば消化酵素分泌や消化管運動)をコントロールする.

消化管ホルモンの一種グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)は消化管内分泌細胞L cellにて産生され,標的組織(膵島,迷走神経,視床下部など)に発現するGLP-1受容体に結合することで,インスリン分泌促進(インクレチン作用),食欲抑制,胃排出抑制など多様な生理作用を発揮する.内因性のGLP-1と同様にGLP-1受容体に結合してインクレチン作用を発揮する薬剤(GLP-1代替物)は,GLP-1受容体作動薬として近年糖尿病治療に広く用いられている.一方で,GLP-1受容体作動薬(現時点では注射薬)ではなく,GLP-1分泌促進物質の経口摂取により,内因性のGLP-1を増加させることで血糖上昇を抑制できると考えられ,さまざまな食品素材や薬剤が試みられている.

GLP-1の分泌は,グルコースや脂肪酸によって促進されることが知られていたが,筆者らは,食品ペプチドもGLP-1分泌を強く促進することを見いだした.トウモロコシの難消化性タンパク質Zeinの加水分解物(1)1) N. Higuchi, T. Hira, N. Yamada & H. Hara: Endocrinology, 154, 3089 (2013).や,米タンパク質の加水分解物(2)2) Y. Ishikawa, T. Hira, D. Inoue, Y. Harada, H. Hashimoto, M. Fujii, M. Kadowaki & H. Hara: Food Funct., 6, 2525 (2015).が,GLP-1の分泌を促進することで,インスリン分泌促進を介して血糖上昇を抑制することがラットにおいて示され,GLP-1分泌促進をターゲットとすることの有効性が確かめられた.日本農芸化学会の年次大会でも食品成分によるGLP-1分泌促進に関する研究成果発表が年々増加している.

図1■食品ペプチドが消化管への作用を介して血糖上昇を抑制する複数の経路

2000年代に入ってからの味覚受容体の発見以降,消化管にも味覚受容体が発現することや,オーファン受容体のリガンド探索などにより,消化管内分泌細胞での栄養素認識機構が明らかにされている.

筆者らは食品ペプチドの認識機構について,カルシウム感知受容体(Calcium-sensing receptor; CaSR)が,アミノ酸や食品ペプチドの受容体として消化管内分泌細胞において機能することを見いだした(3)3) S. Nakajima, T. Hira & H. Hara: Mol. Nutr. Food Res., 56, 753 (2012)..CaSRは副甲状腺にて細胞外カルシウムを感知して,副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌を調節する受容体として同定されたが,アミノ酸や一部のペプチドによっても活性化されることや消化管での発現が確認されていた.

筆者らの報告以降,CaSRがコレシストキニン(CCK)やGLP-1などの消化管ホルモンを産生する細胞で機能することが,ほかの研究グループからも報告され,近年では消化管の栄養素受容体の一つとして認められている.

GLP-1はインスリン分泌を促進する作用をはじめ,食欲抑制や胃排出抑制の作用をもち,CCKは膵酵素分泌促進,食欲抑制,胃排出抑制作用を有する.筆者らは,in vivoにて消化管CaSRの活性化によりこれら消化管ホルモンの分泌を促して,血糖上昇を抑制できるかを,ラットを用いて検討した(4, 5)4) M. Muramatsu, T. Hira, A. Mitsunaga, E. Sato, S. Nakajima, Y. Kitahara, Y. Eto & H. Hara: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 306, G1099 (2014).5) T. Hira, S. Nakajima & H. Hara: “Food and Nutritional Components in Focus No. 10, Calcium: Chemistry, Analysis, Function and Effects,” ed. by Victor R. Preedy, The Royal Society of Chemistry (London), 2015, p. 396.

食後の急激な血糖上昇は,耐糖能障害の主要な誘導因子であり,これを緩和することは,種々の薬剤,機能性食品素材で実現されている.食後高血糖を抑える手法として,①糖質(デンプン)の消化を抑制する(あるいは遅延させる),②糖質の吸収を抑制する(あるいは遅延させる),③インスリン分泌を高める,などが考えられる.CCKやGLP-1は胃からの内容物の排出速度を低下させる作用(胃排出遅延作用)によりの①や②を介した血糖上昇抑制効果が想定された.

CaSRのアゴニストとして知られるペプチド(γGlu-Cys,プロタミン,ポリリジン)をグルコース溶液に混合してラットに経口投与したところ,CaSRの合成アゴニストと同様に,血糖の上昇が抑制された.これらCaSRアゴニストペプチドを十二指腸に投与することで同様の血糖上昇抑制が確認され,またCaSRのアンタゴニストによってこの作用は解除されたことから,これらのペプチドは小腸でCaSRに作用することが示された.

フェノールレッドを用いた手法により,これらCaSRアゴニストペプチドは胃排出を抑制することが確認されたが,上記の予想に反してCCKやGLP-1よりも,セロトニン(5-HT)がこれらの作用を仲介することが明らかとなった.消化管は体内で最大のセロトニン産生組織であり,セロトニンは消化管内分泌細胞の一つである腸クロム陽性細胞(enterochromaffin cells)にて産生され,消化管運動を調節する.これらの結果から,消化管CaSRを活性化するペプチドが,セロトニン分泌促進→胃排出抑制→小腸へのグルコース移行の遅延,という作用機序によりグルコース吸収を遅らせて血糖上昇を抑制することが示された(図1図1■食品ペプチドが消化管への作用を介して血糖上昇を抑制する複数の経路).

このように,経口摂取した食品ペプチドにより消化管の内分泌系を活性化することで,さまざまな経路で血糖の上昇を抑制できることが示された.食事の組成だけでなく,食べる順番,タイミングなども,消化管ホルモン分泌や消化管機能に大きく影響すると考えられ,今後それら要因も加味した研究により,食品ペプチドに限らずさまざまな食品成分と消化管内分泌系との相互作用の理解と,疾病予防や機能性食品開発への発展が期待される.

Reference

1) N. Higuchi, T. Hira, N. Yamada & H. Hara: Endocrinology, 154, 3089 (2013).

2) Y. Ishikawa, T. Hira, D. Inoue, Y. Harada, H. Hashimoto, M. Fujii, M. Kadowaki & H. Hara: Food Funct., 6, 2525 (2015).

3) S. Nakajima, T. Hira & H. Hara: Mol. Nutr. Food Res., 56, 753 (2012).

4) M. Muramatsu, T. Hira, A. Mitsunaga, E. Sato, S. Nakajima, Y. Kitahara, Y. Eto & H. Hara: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 306, G1099 (2014).

5) T. Hira, S. Nakajima & H. Hara: “Food and Nutritional Components in Focus No. 10, Calcium: Chemistry, Analysis, Function and Effects,” ed. by Victor R. Preedy, The Royal Society of Chemistry (London), 2015, p. 396.