今日の話題

1,000万倍に達するホヤのバナジウム濃縮直接か間接か

Tatsuya Ueki

植木 龍也

広島大学

Romaidi

インドネシア国立イスラム大学マラーン校

Published: 2017-04-20

皆さんは「ホヤ」をご存じだろうか.関東~東北地方では「ホヤ貝」という名前で珍味として売られているので,食べたことがあるかもしれない.ホヤは海中の岩などに付着して生活している動物で,実は貝ではなく,ヒトやサカナなどと同じ「脊索動物」というグループに属する.日本でよく知られているのは食用になるマボヤとアカボヤの2種類だが,世界中で2,000種類以上のホヤが知られている.

脊索動物というのは,一生の間の少なくとも一時期「脊索」という器官をもつグループである.ホヤ類は,卵から孵化するとオタマジャクシ型の幼生になり,1~2日間だけ遊泳生活を行う.この頃は,ホヤの体内には脊索があり,そのほかの構造もヒトやサカナと似ている.しかしその後,ホヤは海底の岩などに付着し,尻尾を吸収して変態し,一生動くことなく固着生活を送る.成体の形は外観上はヒトやサカナからかなりかけ離れたものである.

バナジウムという金属を聞いたことがあるだろうか.身近なものだとスパナなどの工具や包丁に使われているレアメタルである.ホヤとバナジウムを結びつけたのは,19世紀末から20世紀初頭にかけて発展した分析化学である.ドイツ人の化学者マーチン・ヘンツェ博士はその先駆者の一人で,当時の最新の分析法を用いて地中海に棲むさまざまな海産生物に含まれる金属の量を調べた.その結果,ホヤの一種Phallusia mammillataがバナジウムを海水中の濃度(35 nM)の約200万倍に蓄積していることを発見した(1)1) M. Henze: Z. Physiol. Chem., 72, 494 (1911).

生物は金属元素を選択的に体内に取り込み,さまざまな生理機能に使っている(2)2) 道端 齊:“生元素とは何か—宇宙誕生から生物進化への137億年”,NHKブックス,2012..一般的に体内の金属元素の濃度は低いが,なかには「ハイパーアキュムレーター」と呼ばれる,非常に高度に金属を蓄積する生物がある.ホヤは,バナジウムを選択的にかつほかに類を見ないほど高度に蓄積するハイパーアキュムレーターである.ヘンツェ博士の発見以後,多くの生物学者や化学者がこの現象に興味をもって研究を続けてきた.1980年代,道端齊らによって日本各地および世界各地のホヤに含まれるバナジウムなどの金属の量が調べられた.その結果,マボヤやアカボヤにはほとんどバナジウムは蓄積されていないことと,腸性目というグループのホヤに非常に多くのバナジウムが含まれていること,その濃度は海水中の1,000万倍に達することが明らかになった(3)3) 植木龍也,山口信雄:実験医学増刊「代謝研究の最前線」,羊土社,2014, pp. 123–129..最も高度に濃縮しているのは日本産のバナジウムボヤAscidia gemmataである.このホヤは,その特徴であるバナジウムの濃縮にちなんでバナジウムボヤという名前がつけられた(図1A図1■バナジウムを高度に濃縮するバナジウムボヤAscidia gemmata).蓄積されるバナジウムの濃度は環境や地域によらず種によって決まっていて,ホヤ自身の生理的メカニズムによって積極的に濃縮していると言える.

図1■バナジウムを高度に濃縮するバナジウムボヤAscidia gemmata

(A)成体,全長約5 cm.ナイロン籠に付着していた個体を水槽内で撮影した.矢印:入水孔,矢じり:出水孔.(B)血球.2種類の代表的な血球を示す.矢印:シグネットリング細胞(バナジウム濃縮細胞),矢じり:モルーラ細胞.

ホヤは体内のどこに,どのようにしてバナジウムを濃縮するのだろうか.1990年代に道端 齊と金森 寛らが精力的に研究を行った結果,ホヤは鰓や消化管から五価バナジウムを吸収し,最終的には体腔細胞(血球)の一種であるシグネットリング細胞(図1B図1■バナジウムを高度に濃縮するバナジウムボヤAscidia gemmata)の液胞の中に蓄積すること,液胞中ではバナジウムは三価に還元された状態であり,同時に高濃度のプロトンと硫酸イオンが蓄積されていることを明らかにした.1998年から植木も参画し,濃縮・還元に関与するバナジウム結合タンパク質やバナジウム輸送体,陰イオン輸送体など多くの遺伝子を同定し,バナジウムの濃縮・還元過程の全容が見えてきた.なかでもバナジウム結合タンパク質Vanabinは,単にバナジウムと結合するだけではなく,バナジウムを還元する酵素であることもわかり,濃縮・還元プロセスにおいて鍵となるタンパク質と考えられる(4)4) N. Kawakami, T. Ueki, Y. Amata, K. Kanamori, K. Matsuo, K. Gekko & H. Michibata: Biochim. Biophys. Acta, 1794, 674 (2009).

さて今日の話題である,ホヤが外部環境から最初にバナジウムを取り込む器官は,腸と鰓である.ホヤは,海水中のバナジウムを直接取り込むのだろうか,それとも何かの助けを借りて間接的に取り込むのだろうか.前者の可能性を調べるために,筆者らはカタユウレイボヤのゲノム中に存在する8つのバナジウム輸送体候補遺伝子の,輸送能力を調べた.しかしながら,海水中のバナジウム濃度(35 nM)において直接取り込む能力をもった輸送体を見つけることはできなかった.完全に否定したわけではないが,直接ではなく間接的に取り込む機構の可能性を考え始めた.

筆者らが注目したのは腸である.一般に腸内には種々のバクテリアが共生しており栄養の吸収を助けるので,ホヤの腸におけるバナジウムの取り込みの前段階として腸内共生細菌が関与する可能性を検討した.実際,スジキレボヤの腸内のバナジウム濃度は海水中のバナジウム濃度の約2万倍に達することから,バナジウム耐性およびバナジウム濃縮能力をもつ細菌が腸内に共生する可能性が強まった.そこで筆者らは,高濃度のバナジウムを添加した寒天培地を用意し,スジキレボヤの腸内容物からバナジウム耐性細菌の単離を試みた.その結果,9種類のバナジウム耐性細菌を単離することに成功した.うち2種類の細菌が,特に高度にバナジウムを濃縮することがわかった(5)5) T. Romaidi & T. Ueki: Mar. Biotechnol. (NY), 18, 359 (2016)..その後,これら細菌株のバナジウム還元能力についても明らかにした(未発表).すなわち腸内細菌によるバナジウムの一時的な蓄積と還元反応によって,腸内のバナジウムの濃度と化学的状態を変化させ,ホヤ自身の腸細胞がバナジウムを取り込む手助けをするというモデルを構築し,その検証を進めている.

これらの細菌株の研究は,海産動物ホヤ類がいかにしてバナジウムを高選択的に取り込んで蓄積するのかを明らかにする手掛かりになるだけではなく,バナジウムおよび関連する金属のバイオレメディエーションに応用することが可能である.一連の研究の成果は,廃水中の重金属の除去技術および海水中のレアメタル分取技術の基盤となると期待される.

Reference

1) M. Henze: Z. Physiol. Chem., 72, 494 (1911).

2) 道端 齊:“生元素とは何か—宇宙誕生から生物進化への137億年”,NHKブックス,2012.

3) 植木龍也,山口信雄:実験医学増刊「代謝研究の最前線」,羊土社,2014, pp. 123–129.

4) N. Kawakami, T. Ueki, Y. Amata, K. Kanamori, K. Matsuo, K. Gekko & H. Michibata: Biochim. Biophys. Acta, 1794, 674 (2009).

5) T. Romaidi & T. Ueki: Mar. Biotechnol. (NY), 18, 359 (2016).