Kagaku to Seibutsu 55(5): 301-302 (2017)
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細菌の遺伝子重複による環境適応遺伝子の「多コピー化」という細菌のサバイバル戦略
Published: 2017-04-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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細菌が環境に適応する遺伝的要因の一つに,ゲノムDNAの一部が重複することによる多コピー化がある(遺伝子重複).このような遺伝子重複は,複製の過程でしばしば起こり,個々の細菌細胞に「個性」を生じさせるだけでなく,遺伝的多様性を確保することにもつながっている.近年,マイクロアレイや次世代シーケンサーなどのゲノム解析技術が普及し,遺伝子重複に遭遇する機会も増えてきた.ここでは細菌における遺伝子重複を介した環境適応について,最近の知見を含めて紹介する.
遺伝子重複は,最初の2コピー化とその後の多コピー化の2段階に分けることができる(1)1) L. Sandegren & D. I. Andersson: Nat. Rev. Microbiol., 7, 578 (2009)..最初の2コピー化段階ではRecAに依存した相同組換えまたはRecAに依存しない非相同組換えのいずれかによって進行する.組換えが生じた結果,同一配列が連続して2コピー存在するゲノムをもつ細胞とその領域を欠失した細胞が誕生することになるが,環境中の選択圧により生存に適した細胞が選抜されることになる.2コピー化により生じた相同配列間では,RecA依存相同組換えが起こりやすくなるため,コピー数の増加がより有利な環境下では,相同組換えを繰り返すことにより多コピー化が進行することになる.一方,非選択環境下では重複した遺伝子領域はRecA依存相同組換えを経てコピー数を減らすことができるので,環境の変化に応じてコピー数が増減することになる(図1図1■遺伝子重複による環境適応).
大腸菌やサルモネラ菌では,これまでに報告されている遺伝子重複の多くが挿入配列(IS)などの相同配列間で起こっていることから,最初の2コピー化の多くがRecAに依存した相同組換えにより起こると考えられている(1)1) L. Sandegren & D. I. Andersson: Nat. Rev. Microbiol., 7, 578 (2009)..AcrABは大腸菌の多剤耐性に関与するトランスポーターであるが,大腸菌K-12 W3110株ゲノムでは,acrAB遺伝子領域に多数のISが存在しており,これらIS間での相同組換えを介した遺伝子重複を引き起こす可能性がある.一方,大腸菌O157 : H7 Sakai株のゲノムでは,同領域にISは僅かしか存在せず,acrAB領域の遺伝子重複が起こる頻度はW3110株より低いと予想できる.われわれが検証実験を行ったところ,W3110株から出現したアンピシリン耐性株のうち3.8%(208株中8株)がacrAB遺伝子領域の重複により多剤耐性を獲得していたが,O157 : H7 MY-29株から出現したアンピシリン耐性株からは,そのような遺伝子重複は出現しなかった(2)2) 本山志織,ワナシリ・ワナラット,稲岡隆史:食品総合研究所研究報告,80, 87 (2016).このように,大腸菌やサルモネラ菌においては,ゲノム構造によって遺伝子重複の出現頻度が異なっており,ISなどの相同配列を多く含む領域ではほかの領域と比べて遺伝子重複頻度が高くなると考えられる.
枯草菌ゲノムにはISが存在しないことが知られているが,大腸菌やサルモネラ菌と同様に,遺伝子重複が生じる.われわれの研究では,枯草菌168株から出現したテトラサイクリン耐性株のうち,約30%がテトラサイクリン耐性遺伝子(tetB)領域での遺伝子重複に起因するものであり,生じた遺伝子重複の約90%がRecAに依存しない非相同組換えを経て多コピー化したものであった(3)3) W. Wannarat, S. Motoyama, K. Masuda, F. Kawamura & T. Inaoka: Microbiology, 160, 2474 (2014)..このように,枯草菌の遺伝子重複においては,最初の2コピー化の多くがRecAに依存しない非相同組換を介して起こる.したがって,大腸菌やサルモネラ菌では相同配列を含む特定の領域で遺伝子重複が起こりやすいのに対して,枯草菌ではゲノム上のあらゆる領域でランダムに起こると考えられる.
このような遺伝子重複現象は,重複領域の変異頻度を相対的に高めることになるため,多コピー化が維持される環境下では,多コピー化領域の進化速度を加速させることにもなる.このような遺伝子重複を介した適応進化の好例がある.細菌の転写を阻害するリファンピシンの耐性変異はRNAポリメラーゼβサブユニットをコードするrpoB遺伝子の変異であるが,ノカルディア属放線菌の一部には,リファンピシン感受性型と耐性型の2種のrpoB遺伝子を有するものがある(4)4) J. Ishikawa, K. Chiba, H. Kurita & H. Satoh: Antimicrob. Agents Chemother., 50, 1342 (2006)..これは,元々1コピーであったrpoB遺伝子領域が重複後,一方の遺伝子だけにリファンピシン耐性変異が生じたものと推察できる.多くの場合,リファンピシン耐性変異株は野生株よりも増殖速度が低下するため,環境中のリファンピシンの有無によって感受性型と耐性型を使い分ける進化を遂げたのであろう.
また,遺伝子重複は産業微生物の開発にも利用できる.たとえば,カナマイシンの過剰生産株は,生産菌のカナマイシン耐性を増強する(高濃度のカナマイシンで選抜する)ことによって取得できる(5)5) K. Yanai, T. Murakami & M. Bibb: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 9661 (2006)..これはカナマイシンの生合成に関与する遺伝子群と生産菌自身の耐性化にかかわる遺伝子が一つのクラスターを形成しているためであり,カナマイシンによる選抜が,生合成遺伝子クラスター領域での遺伝子重複株の選抜につながった例である.このような遺伝子重複を活用した工業生産株の開発は,ほかの有用微生物でも適用できる可能性がある.
このように,遺伝子重複に関する研究は,基礎から応用に至るまで,さらなる発展が期待される研究テーマである.ここでは,抗生物質耐性のような原因遺伝子が明確なものを中心に紹介したが,さまざまな障害を引き起こす熱ストレスに対しても遺伝子重複を介した適応例が報告されている(6)6) M. M. Riehle, A. F. Bennett & A. D. Long: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 525 (2001)..ここで紹介した例以外にも,多くの遺伝子重複の例が報告されているので,ほかの総説などを参照していただきたい(1, 7)1) L. Sandegren & D. I. Andersson: Nat. Rev. Microbiol., 7, 578 (2009).7) K. T. Elliott, L. E. Cuff & E. L. Neidle: Future Microbiol., 8, 887 (2013)..細菌の環境適応機構については,いまだ不明な部分も多いが,遺伝子重複による環境適応という視点を加えて,検証してはいかがだろうか?
Reference
1) L. Sandegren & D. I. Andersson: Nat. Rev. Microbiol., 7, 578 (2009).
2) 本山志織,ワナシリ・ワナラット,稲岡隆史:食品総合研究所研究報告,80, 87 (2016)
3) W. Wannarat, S. Motoyama, K. Masuda, F. Kawamura & T. Inaoka: Microbiology, 160, 2474 (2014).
4) J. Ishikawa, K. Chiba, H. Kurita & H. Satoh: Antimicrob. Agents Chemother., 50, 1342 (2006).
5) K. Yanai, T. Murakami & M. Bibb: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 9661 (2006).
6) M. M. Riehle, A. F. Bennett & A. D. Long: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 525 (2001).
7) K. T. Elliott, L. E. Cuff & E. L. Neidle: Future Microbiol., 8, 887 (2013).