Kagaku to Seibutsu 55(5): 306-307 (2017)
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ジアゾ基を含む天然物の生合成に関与する新規亜硝酸生合成経路の発見二次代謝産物生合成に特異的な亜硝酸生合成経路
Published: 2017-04-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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放線菌の生産する天然物(二次代謝産物)は1944年にWaksmanがストレプトマイシンを発見して以来,重要な医薬品資源と位置づけられてきた.抗菌活性,抗がん活性,免疫抑制活性などさまざまな生理活性をもつものが存在し,それは放線菌が多様な構造をもつ化合物を生産できることに由来する.興味深いことに,一部の放線菌はジアゾ基をもつ天然物を生産することができる(1)1) C. C. Nawrat & C. J. Moody: Nat. Prod. Rep., 28, 1426 (2011)..ジアゾ基のように反応性の高い置換基をもつ化合物を生物が生産することは驚きに値する.これらの化合物の多くは抗菌活性をもち,その活性にはジアゾ基の脱離により生じる活性分子種が重要であると提唱されている.ジアゾ基の生合成機構や役割は未知の部分が多い.
ジアゾ基の生合成研究において,安定同位体取込み実験が2つ報告されていた.Gouldらはkinamycinの生合成中間体と推定されるstealthin Cを合成し,これがkinamycinへと変換されることを示した(2)2) S. J. Gould, C. R. Meville & M. C. Cone: J. Antibiot., 51, 50 (1998).(図1図1■菅井らにより発見された亜硝酸生合成経路とそれを利用したcremeomycin, kinamycin, azameroneの生合成経路).一方,Winterらはazameroneがジアゾ基をもつ化合物A80915Dに由来すること,そのジアゾ基の遠位の窒素原子(炭素と直接結合していない窒素原子)が硝酸または亜硝酸由来である可能性を示唆した(3)3) J. M. Winter, A. L. Jansma, T. M. Handel & B. S. Moore: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 48, 767 (2009).(図1図1■菅井らにより発見された亜硝酸生合成経路とそれを利用したcremeomycin, kinamycin, azameroneの生合成経路).
ジアゾ基の遠位の窒素原子の由来は,最近行われた菅井らの研究により明白になった.菅井らはジアゾ基をもつ天然物の中でも特に構造が単純なcremeomycin(4)4) J. N. McGuire, S. R. Wilson & K. L. Rinehart: J. Antibiot., 48, 516 (1995).に着目し,その生合成研究に取り組んだ(5)5) Y. Sugai, Y. Katsuyama & Y. Ohnishi: Nat. Chem. Biol., 12, 73 (2016)..まず,cremeomycin生合成遺伝子クラスター(creクラスター)が生産菌であるStreptomyces cremeusよりクローニングされた.さらにStreptomyces albusを利用した異種発現系を用いて,クラスター中に存在する遺伝子の機能解析が行われた.これにより3-amino-2-hydroxy-4-methoxybenzoic acid(3,2,4-AHMBA)がcremeomycin生合成の主要な中間体であること,2つの酵素(CreE, CreD)がcremeomycinのジアゾ基の生合成に必須であることが明らかとなった(図1図1■菅井らにより発見された亜硝酸生合成経路とそれを利用したcremeomycin, kinamycin, azameroneの生合成経路).次にCreE, CreDの詳細な機能解析が行われた.大腸菌を用いて生産された組換え酵素のin vitro解析により,CreEはNADPHを補酵素とし,アスパラギン酸のアミノ基を酸化することでニトロコハク酸を合成することが示された(5)5) Y. Sugai, Y. Katsuyama & Y. Ohnishi: Nat. Chem. Biol., 12, 73 (2016)..また,CreDはニトロコハク酸から亜硝酸の脱離を触媒し,フマル酸と亜硝酸を生産する酵素であることが示された.この亜硝酸がcremeomycinのジアゾ基形成に必須であったわけである.以上の結果から,CreDとCreEによりアスパラギン酸の窒素から生産される亜硝酸がジアゾ基の遠位の窒素原子の源であることが明らかとなった.3,2,4-AHMBAと亜硝酸からcremeomycinを合成する反応を触媒する酵素は,その存在も含めてまだ明らかになっていないが,今後の研究により明らかにされるものと期待される.
CreDとCreEのホモログはStreptomyces属のみならずKutzneria, Microbispora, Mycobacterium, Nocardiaなどのさまざまな属の放線菌のゲノム中に並んでコードされている(5)5) Y. Sugai, Y. Katsuyama & Y. Ohnishi: Nat. Chem. Biol., 12, 73 (2016)..このことから,CreE, CreDによる亜硝酸生合成経路はさまざまな放線菌において二次代謝産物の生産に用いられていると考えられる(5)5) Y. Sugai, Y. Katsuyama & Y. Ohnishi: Nat. Chem. Biol., 12, 73 (2016)..なお,kinamycin生合成遺伝子クラスター(6)6) Z. Huang, K.-K. A. Wang, J. Lee & W. A. van der Donk: Chem. Sci. (Camb.), 7, 5219 (2016).やazamerone類縁体の生合成遺伝子クラスターもCreE, CreDホモログ遺伝子を含んでおり,ジアゾ基の生合成にこの亜硝酸生合成経路が幅広く用いられていることが示唆される.一方,Huangらが近年行った研究により,この亜硝酸生合成経路はジアゾ基以外の窒素–窒素結合をもつ化合物の生合成にも関与することが示唆された.Huangらはfosfazinomycinの生合成遺伝子クラスターにコードされる,CreE, CreDホモログ(FzmM, FzmL)の機能解析を行い,これらが亜硝酸の生合成を担うことを示した(6)6) Z. Huang, K.-K. A. Wang, J. Lee & W. A. van der Donk: Chem. Sci. (Camb.), 7, 5219 (2016).(図2図2■予想されるfosfazinomycinの生合成経路).さらにこの亜硝酸がfosfazinomycinのもつ窒素–窒素結合の生合成に重要であると推測している.
CreD, CreEによる亜硝酸生合成経路は,硝化や脱窒など窒素循環の微生物の一次代謝の亜硝酸生成経路とは根本的に異なっており,放線菌が二次代謝産物の生産を行うために独自に進化させた経路であると考えられる.亜硝酸は有機合成化学では頻繁に用いられるが,微生物が二次代謝産物の生合成にために亜硝酸を生成してこれを利用しているという知見は皆無であった.今後,この経路を利用する二次代謝産物の生合成経路を解析することで,亜硝酸を利用した微生物の物質生産の新たなメカニズムが明らかになるだろう.
Reference
1) C. C. Nawrat & C. J. Moody: Nat. Prod. Rep., 28, 1426 (2011).
2) S. J. Gould, C. R. Meville & M. C. Cone: J. Antibiot., 51, 50 (1998).
4) J. N. McGuire, S. R. Wilson & K. L. Rinehart: J. Antibiot., 48, 516 (1995).
5) Y. Sugai, Y. Katsuyama & Y. Ohnishi: Nat. Chem. Biol., 12, 73 (2016).
6) Z. Huang, K.-K. A. Wang, J. Lee & W. A. van der Donk: Chem. Sci. (Camb.), 7, 5219 (2016).