Kagaku to Seibutsu 55(5): 308-310 (2017)
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ギボシムシ海砂泥地に潜む面白い新口動物群
Published: 2017-04-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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ギボシムシ(擬宝珠虫)は,半索動物門に属する海産無脊椎新口動物である(図1図1■ヒメギボシムシPtychodera flava).半索動物門に属する動物は,世界中で100種ほどが記載されており,海底の砂や泥の中を自由に動き回るギボシムシ綱と,貝殻や岩などに固着して移動することのないフサカツギ綱の二綱に大きく分類される(1)1) K. Tagawa: Curr. Opin. Genet. Dev., 39, 71 (2016)..ギボシムシは一見したところ,ゴカイやミミズの仲間(環形動物)のような姿をしているが,実はその体のつくり(体制・ボディプラン)は,われわれヒトを含めた脊索動物にとても似ている部分があり,この動物が“半索(半分脊索)”と命名されているゆえんである(図2図2■ギボシムシの特徴的な体のつくり).たとえば,ストモコード(口索・口盲管)と呼ばれる器官は,脊索動物の支持器官である脊索と相同であると考えられてきた.筆者が,大学院時代にギボシムシ研究を開始した最初のテーマがその問題に迫るものであった(2)2) K. Tagawa, T. Humphreys & N. Satoh: Mech. Dev., 75, 139 (1998)..ストモコードは,消化管の前端背中部の壁が吻の中に陥入してできたもので,現在では,脊索動物の前方咽頭部から派生した器官と進化的関係があると示唆されている(3)3) N. Satoh, K. Tagawa, C. J. Lowe, J. K. Yu, T. Kawashima, H. Takahashi, M. Ogasawara, M. Kirschner, K. Hisata, Y. H. Su et al.: Genesis, 52, 925 (2014)..また,ギボシムシには神経索が,体幹部の正中線上に背側と腹側の両方に走っており,そのうち背側神経索の前方襟部にある襟神経索と呼ばれる部分は,中空の神経索であり脊索動物の神経管のように発生することから,脊索動物の中枢神経系と相同であると考えられてた(図2図2■ギボシムシの特徴的な体のつくり).これまで,脊索動物の中枢神経系の発生に重要な遺伝子に相当する遺伝子(オーソログ遺伝子)の発現が,ギボシムシにおいてもたくさん調べられてきたが,今のところこの議論に関してはまだ決着がついていない(1)1) K. Tagawa: Curr. Opin. Genet. Dev., 39, 71 (2016)..今後さらに詳しく調べられるべき重要な課題である.
ここで少し,動物の系統関係について説明したいと思う(図3図3■ギボシムシの系統樹).地球上に生息している動物は,これまで140万種ほど報告されているが,その多くは,体制が左右相称な左右相称動物に分類されている.左右相称動物は,さらに2つの分類群,新口動物と旧口動物に分けられる.左右相称動物に属するほとんどの動物門が,旧口動物に分類されるのに対し,ギボシムシなどの半索動物門,ナマコやウニなどの棘皮動物門,そしてわれわれヒトを含めた脊索動物門,の僅か3門が新口動物に分類される(1, 4)1) K. Tagawa: Curr. Opin. Genet. Dev., 39, 71 (2016).4) 佐藤矩行,高橋弘樹,田川訓史:“進化の謎をゲノムで解く”,秀潤社,2015, p. 188..新口動物は,発生学的特徴をいくつか共有しており,たとえば,原口と呼ばれる発生初期にできる胚のくぼみ部分が,将来の肛門になる.また,体腔と呼ばれる体の空所が,初期胚の原腸がくびれて形成される腸体腔型であることも特徴である.半索動物と棘皮動物は,どちらも海の中を漂う繊毛の生えたよく似た幼生期(ディプルリュールラ型幼生)をもっており,ギボシムシの幼生はトルナリア幼生と名づけられている.分子系統学的解析からも,新口動物の中でこの2門が近縁な関係にあることが支持されており,この2門を合わせて水腔動物と呼ぶ(図3図3■ギボシムシの系統樹).棘皮動物は成体に変態する際にボディプランが左右相称から五放射相称へと変わるのに対し,半索動物は左右相称性を維持したまま成体へと変態する.一方で変態後の半索動物の体は,前述のとおり脊索動物に似た特徴をいくつか備えている(図2図2■ギボシムシの特徴的な体のつくり).脊索動物の成体も左右相称である.このように,半索動物は,脊索のない動物から脊索のある動物への変遷を調べる,つまり,ヒトの起源や進化,新口動物の起源や進化,左右相称動物の起源や進化を考えるうえでとても重要な動物群なのである.
2015年11月に遂に,筆者らの研究グループがギボシムシ二種(ヒメギボシムシPtychodera flavaとクビナガギボシムシの一種であるSaccoglossus kowalevskii)のゲノムをNature誌に公表した(5~7)5) K. Tagawa, A. Arimoto, A. Sasaki, M. Izumi, S. Fujita, T. Humphreys, A. Fujiyama, H. Kagoshima, T. Shin-I, Y. Kohara et al.: Zoolog. Sci., 31, 414 (2014).7) 川島武士,Oleg Simakov, 佐藤矩行,田川訓史:“ギボシムシのゲノムから考察する新口動物の起源”,ライフサイエンス新着論文レビューDOI: 10.7875/first.author.2015.117.ゲノムというのはある生物がもつ遺伝情報すべてのことである.1990年代の終わりから,モデル生物を含めた多くのゲノムがこれまで公表されてきた.新口動物3門の中で,半索動物は最後となったが,この報告で明らかになったことは,われわれヒトの祖先,新口動物の祖先は,おそらく現生のギボシムシのような蠕虫状の動物で,鰓裂をもったろ過摂食する動物であっただろうということである.鰓裂は,咽頭部側壁の裂け目で外界への通路であり,脊索動物に特徴的な器官の一つとされているが,現生の動物では脊索動物門以外に,唯一,半索動物門に存在する.化石記録では,絶滅した棘皮動物門の祖先からも見つかっている.このように,鰓裂は,脊索動物に特徴的な器官ではなく,新口動物の共通祖先で獲得された新口動物特有の特徴である.そして,ほかの動物との比較ゲノム解析から,ゲノムの配列だけでなく,染色体上の遺伝子のならび順序(シンテニー)などが,新口動物だけで保存されている部分が明らかとなり,さらにそれらの遺伝子のうち4つの転写因子(ほかの遺伝子の発現を調節する因子)をコードする遺伝子が,新口動物の鰓裂の発生に関与していることがわかった.それ以外にも,新口動物に特異的な遺伝子の中に,粘液の形成に関連する遺伝子が含まれていることも明らかになった.このように,ギボシムシは,進化を考えるうえで重要なミッシング・リンクとなる動物である.
最近では,ギボシムシのもつ高い再生能力が注目されている(1, 8~10)1) K. Tagawa: Curr. Opin. Genet. Dev., 39, 71 (2016).8) T. Humphreys, A. Sasaki, G. Uenishi, K. Taparra, A. Arimoto & K. Tagawa: Zoolog. Sci., 7, 91 (2010).9) 有本飛鳥,佐々木あかね,田川訓史:トピックス ヒメギボシムシの再生,http://www.zoology.or.jp/news/index.asp?patten_cd=12&page_no=413, 2011.10) A. Arimoto & K. Tagawa: Zoolog. Sci., 32, 33 (2015)..ヒトなどの脊椎動物では,体幹部を2つに切断すると,当然ながら死んでしまう.指先ですら切断すると,傷口は塞がるものの元どおりにはならない.しかしながら,ヒトと同じ新口動物に属するギボシムシは,体幹部で2つに切断すると,切断された前方半分からは失われた後方部分が,後方部分からは失われた前方部分が再生し,元どおりになる.またプラナリアのように細かい断片からでも再生可能な種もいる.筆者らは,このギボシムシの再生機構を調べて,ほかの動物と比較解析することで,最終的にはわれわれヒトなどの脊椎動物で再生能が限定されている要因に迫りたいと考えており,現在研究を進めている.まずは,ギボシムシの再生芽で特異的に発現する遺伝子や,細胞の初期化(リプログラミング)にかかわる因子などを調べることで,このテーマに取り組んでいる.
Reference
1) K. Tagawa: Curr. Opin. Genet. Dev., 39, 71 (2016).
2) K. Tagawa, T. Humphreys & N. Satoh: Mech. Dev., 75, 139 (1998).
4) 佐藤矩行,高橋弘樹,田川訓史:“進化の謎をゲノムで解く”,秀潤社,2015, p. 188.
7) 川島武士,Oleg Simakov, 佐藤矩行,田川訓史:“ギボシムシのゲノムから考察する新口動物の起源”,ライフサイエンス新着論文レビューDOI: 10.7875/first.author.2015.117
9) 有本飛鳥,佐々木あかね,田川訓史:トピックス ヒメギボシムシの再生,http://www.zoology.or.jp/news/index.asp?patten_cd=12&page_no=413, 2011.