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低分子による抗体軽鎖変異体の安定化とアミロイド繊維形成の抑制タンパク質安定化はアミロイド形成を抑制する

Yoshito Abe

阿部 義人

九州大学薬学研究院蛋白質創薬学分野

Tadashi Ueda

植田

九州大学薬学研究院蛋白質創薬学分野

Published: 2017-04-20

アミロイドーシスは,アルツハイマー病,クロイツフェルト–ヤコブ病など局所的にアミロイド繊維が沈着する限局型アミロイドーシスと,AL(Antibody Light chain)アミロイドーシス,透析アミロイドーシスなど全身に沈着が見られる全身性アミロイドーシスに分類される.全身性アミロイドーシスの一種であるALアミロイドーシスは多発性骨髄腫に合併して起こる疾患であり,通常,感染からヒトを守る抗体を産生する形質細胞から,抗体L鎖可変部領域の変異体が大量に産生され,アミロイド繊維が全身の臓器に蓄積,沈着し,臓器障害を引き起こす.アミロイド繊維は未変性状態をもつタンパク質が変性し,変性構造もしくは中間体を経由して,特有のβ-シート構造に変化し,アミロイド繊維の核が形成され,最後に核を中心に会合した分子の伸長が起こることによって形成される.ALアミロイドーシスにおいては,抗体L鎖のλ鎖とκ鎖の2つのサブタイプのうち,比較的多いλ鎖の変異体がアミロイド繊維の原因タンパク質となっている.種々のアミロイドーシスと同様に,ALアミロイドーシスにおいても有効な治療薬は少なく,現在,さまざまな観点から治療法が模索されている.

一方で生体内ではオスモライトと呼ばれる一連の低分子化合物群が,ストレスにさらされて不安定化したタンパク質に対して構造を保持するように働いている.オスモライトは化学的にアミノ酸およびその誘導体,メチルアミン,ポリオール,糖類に分類され,タンパク質の安定化に寄与しているという特性からタンパク質製剤の安定化剤としても利用されている.また,オスモライトの一種であるタウリンは高濃度なタンパク質の再活性化(refolding)に利用できる(1)1) Y. Abe, T. Ohkuri, S. Yoshitomi, S. Murakami & T. Ueda: Amino Acids, 47, 909 (2015)..さらにオスモライトであるトレハロースがアルツハイマー病の原因であるアミロイドβのアミロイド繊維化や神経毒性を抑制する(2)2) R. Liu, H. Barkhordarian, S. Emadi, C. B. Park & M. R. Sierks: Neurobiol. Dis., 20, 74 (2005).

そこでスクロース,グルコース,トレハロースなどの糖存在下での抗体軽鎖の変異体のアミロイド繊維形成を調べた(3)3) M. Abe, Y. Abe, T. Ohkuri, T. Mishima, A. Monji, S. Kanba & T. Ueda: Protein Sci., 22, 467 (2013)..抗体軽鎖のλ鎖のうちλ6タイプに属する変異体であるWilは,ALアミロイドーシス患者から単離され,疾患の原因となるアミロイド繊維化タンパク質の一つであると考えられており,抗体軽鎖を原因とするアミロイド繊維形成機構のモデルタンパク質として利用されている.また3Hmut.Wilは野生型のλ6とWilの一次配列を比較してWilに特有な3つのヒスチジンを野生型と同じ残基に変異させた変異体タンパク質である.3Hmut.Wilは酸性条件下(pH 2)におけるアミロイド繊維形成が非常に速いため,比較的短い時間(12時間程度)でアミロイド繊維化について評価できる(4)4) T. Mishima, T. Ohkuri, A. Monji, T. Kanemaru, Y. Abe & T. Ueda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 391, 615 (2010).

この結果,各種の糖が3Hmut.Wilのアミロイド繊維形成を抑制することが確認された.また糖添加によってpH 2における3Hmut.Wilの酸変性状態から未変性状態が誘起されることも観察された.すなわち3Hmut.Wilの酸変性状態と未変性状態との平衡を未変性状態側に傾けることでアミロイド繊維形成を抑制することができると結論した(図1図1■抗体軽鎖の変異体においては糖や低分子化合物を用いて未変性構造(天然状態)へ平衡を傾けることで,アミロイド繊維の形成を抑制することができる).糖によるタンパク質の安定化は選択的水和という機構によるものである(5)5) S. N. Timasheff: Biochemistry, 41, 13473 (2002)..選択的水和とは糖添加により周囲の水分子がタンパク質に近づくことで水和が促進されることである.内部に疎水性残基をもつ球状タンパク質では,変性状態においては疎水面が表面に露出しており,水分子が疎水面に近づくことで不都合な相互作用が起こり,変性状態が不安定化される.そのため相対的に未変性状態が安定化される.選択的水和の効果はトレハロース,スクロース,グルコースの順に大きい.3Hmut.Wilのアミロイド形成の抑制はトレハロース,スクロース,グルコースの順に大きくなっている.すなわち選択的水和によるタンパク質の安定化がアミロイド繊維形成抑制に関与することを示唆している.このような安定化機構はほかのオスモライトにおいても同様に起こると考えられており,抗体軽鎖の変異体タンパク質を未変性状態へ平衡が傾くように安定化すればALアミロイドーシスの予防や抑制に有効であるという可能性を示唆するものである.

Wilを含むALアミロイドーシスの原因である抗体軽鎖は,溶液中で二量体構造をとっており,Wilに関してはX線結晶構造解析でもその構造は明らかになっている(6)6) B. Brumshtein, S. R. Esswein, L. Salwinski, M. L. Phillips, A. T. Ly, D. Cascio, M. R. Sawaya & D. S. Eisenberg: eLife, 4, e10935 (2015)..近年,この結晶構造をもとに二量体間に存在する疎水的なポケットをターゲットとして,そのポケットに入る化合物のスクリーニングが行われた(7)7) C. E. Bulawa, S. Connelly, M. Devit, L. Wang, C. Weigel, J. A. Fleming, J. Packman, E. T. Powers, R. L. Wiseman, T. R. Foss et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 9629 (2012)..スクリーニングにより選ばれてきた化合物は二量体構造を安定化し,アミロイド形成を抑制することが確認されている.これらの化合物の解離定数は数百μMであるが,化合物との複合体構造も解析されており,今後,SBDD(Structure based drug design)を用いた化合物の結合力の向上が検討されると考えられる.同様な機構として家族性アミロイドーシスに対する薬であるタファミジス(2013年に治療薬として承認されている)も原因タンパク質の変異型のトランスサイレチンの四量体構造を安定化し,不安定な解離単量体の変性を抑制することで,アミロイドーシスを抑制する(8)8) P. R. Pokkuluri, A. Solomon, D. T. Weiss, F. J. Stevens & M. Schiffer: Amyloid, 6, 165 (1999).

今回紹介した結果は変異抗体軽鎖の未変性状態構造の安定化を惹起する化合物がALアミロイドーシスの治療に有効であることを示唆しており,未変性状態構造を安定化する化合物の探索は今後の治療薬開発の一つの方向性となるのではないかと考えられる.

図1■抗体軽鎖の変異体においては糖や低分子化合物を用いて未変性構造(天然状態)へ平衡を傾けることで,アミロイド繊維の形成を抑制することができる

Reference

1) Y. Abe, T. Ohkuri, S. Yoshitomi, S. Murakami & T. Ueda: Amino Acids, 47, 909 (2015).

2) R. Liu, H. Barkhordarian, S. Emadi, C. B. Park & M. R. Sierks: Neurobiol. Dis., 20, 74 (2005).

3) M. Abe, Y. Abe, T. Ohkuri, T. Mishima, A. Monji, S. Kanba & T. Ueda: Protein Sci., 22, 467 (2013).

4) T. Mishima, T. Ohkuri, A. Monji, T. Kanemaru, Y. Abe & T. Ueda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 391, 615 (2010).

5) S. N. Timasheff: Biochemistry, 41, 13473 (2002).

6) B. Brumshtein, S. R. Esswein, L. Salwinski, M. L. Phillips, A. T. Ly, D. Cascio, M. R. Sawaya & D. S. Eisenberg: eLife, 4, e10935 (2015).

7) C. E. Bulawa, S. Connelly, M. Devit, L. Wang, C. Weigel, J. A. Fleming, J. Packman, E. T. Powers, R. L. Wiseman, T. R. Foss et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 9629 (2012).

8) P. R. Pokkuluri, A. Solomon, D. T. Weiss, F. J. Stevens & M. Schiffer: Amyloid, 6, 165 (1999).