解説

子宮内高血糖環境より胎児の心臓を保護するω-3系不飽和脂肪酸の役割糖尿病妊婦にとっての妊娠期のエイコサペンタエン酸の摂取

The Role of ω-3 Unsaturated Fatty Acids to Protect the Fetal Heart from the Intrauterine Hyperglycemia: Intake of Eicosapentaenoic Acid during Pregnancy for the Diabetic Pregnant Women

Akio NakaMura

中村 彰男

群馬大学大学院医学系研究科病態腫瘍薬理学

Ritsuko Kawaharada

河原田 律子

高崎健康福祉大学健康福祉学部健康栄養学科

Published: 2017-04-20

胎児期の子宮内環境が生まれてきた子どもの将来の疾病に影響を及ぼすことがいくつかのコホート研究により明らかになりつつある.現在では妊娠期の低栄養環境が生活習慣病の発症に深く関与するというDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)という概念が提唱されている.では,糖尿病の妊婦のように子宮内が高血糖という過栄養環境ではどのようなリスクがあるのだろうか? 本稿では妊婦の子宮内高血糖環境がもたらす子どもへのリスクとそれを改善するω-3系不飽和脂肪酸の役割について解説する.

子宮内環境と子どもの将来の健康

近年,食育は胎児期から行うことがたいへん重要であると考えられている(1)1) J. Stang & L. G. Huffman: J. Acad. Nutr. Diet., 116, 677 (2016)..それは妊娠中の母親が摂取する食事が子どもの将来の生活習慣病などの疾病発症に深くかかわっていることがわかってきたためである.第二次世界大戦の軍事行動に関連した「オランダの冬の飢餓」や「レニングラード包囲戦」,中国共産党による「中国の大躍進政策」などの飢餓状況で出産した子どもたちのその後のコホート研究によりそれらが明らかにされている(2~4)2) T. J. Roseboom, J. H. van der Meulen, A. G. Ravelli, C. Osmond, D. J. Barker & O. P. Bleker: Twin Res., 4, 293 (2001).3) S. A. Stanner & J. S. Yudkin: Twin Res., 4, 287 (2001).4) S. Song, W. Wang & P. Hu: Soc. Sci. Med., 68, 1315 (2009)..この時期に妊娠し,胎児期を低栄養環境で過ごした子どもは低出生体重児(出生体重が2,500 g未満の児)として生まれ,成人後に耐糖能の低下,肥満,高血圧などの生活習慣病や精神疾患を発症リスクが高くなる.この「成人病胎児期発症説」は英国サウザンプトン大学のデビッド・バーカー博士により提唱され(5)5) D. J. P. Barker & C. Osmond: Lancet, 327, 1077 (1986).,現在ではDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)という概念へと発展している(6)6) M. Hanson, K. M. Godfrey, K. A. Lillycrop, G. C. Burdge & P. D. Gluckman: Prog. Biophys. Mol. Biol., 106, 272 (2011).

では,逆に胎児期を過栄養環境で過ごした子どもには悪い影響はないのだろうか? 糖尿病の患者が妊娠し出産する糖尿病合併妊娠,および妊娠により発症する妊娠糖尿病がその答えを与えてくれる.つまり,これらの妊婦の疾病では母体の血糖値が上昇することにより,胎盤を通じて,血糖値の高い血液が胎児に供給される子宮内高血糖状態となる.子宮内高血糖が胎児に及ぼす合併症として,巨大児,低酸素症,多血症,呼吸障害,先天奇形および心肥大などが報告されており,流産,早産の危険リスクが高まり,最悪の場合は子宮内胎児死亡に至るケースもある(7, 8)7) L. L. Barnes-Powell: Neonatal Netw., 26, 283 (2007).8) A. Plagemann: J. Matern. Fetal Neonatal Med., 21, 143 (2008)..しかしながら,子宮内高血糖環境がそれらの疾病にどのように関与しているかはほとんど理解されていない.そこでわれわれは子宮内高血糖動物モデルを作製し,生まれてきた仔の心臓でいったい何が起こっているかを分子レベルで調べる研究を行っている(図1図1■妊婦の高血糖は胎児を子宮内で高血糖環境にさらす).

図1■妊婦の高血糖は胎児を子宮内で高血糖環境にさらす

子宮内高血糖環境はインスリン抵抗性を惹起させ,生まれてきた子どもの心血管イベントを発症させる.

高血糖妊娠モデル動物を用いた分子栄養学的研究

われわれは妊娠2日目のラットにストレプトゾトシンを尾静脈投与することによりインスリン分泌不全の糖尿病妊娠モデルラットを作製した.この際,母胎の血糖値を上手にコントロールすることは非常に重要であった.なぜならば,血糖値が500 mg/dLを超えてくると大部分は子宮内で死産となる(9)9) R. Nasu, K. Seki, M. Nara, M. Murakami & T. Kohama: Endocr. J., 54, 563 (2007)..まずはじめに妊娠中の食餌が生まれる仔に与える影響を検討するために,作製した糖尿病妊娠ラットに,飽和脂肪酸を多く含む高脂肪ラード食(脂肪56.7%)を与えたところ,その死産率はコントロール食(脂肪7%)を与えたラットに比べて有意に高くなった(9)9) R. Nasu, K. Seki, M. Nara, M. Murakami & T. Kohama: Endocr. J., 54, 563 (2007)..これは子宮内高血糖環境に加えて,妊娠期間の飽和脂肪酸を多く含む高脂肪ラード食の摂取が,生まれてきた仔の心血管イベントを増悪した可能性が考えられる.飽和脂肪酸に含まれるパルミチン酸の過度の摂取は心機能障害を引き起こすことが報告されている(10)10) J. D. Salvig & R. F. Lamont: Acta Obstet. Gynecol. Scand., 90, 825 (2011)..それに対して,ω-3系不飽和脂肪酸を多く含む魚油は死産率を減少させることが報告されている(11)11) L. Hooper, N. Martin, A. Abdelhamid & G. Davey Smith: Cochrane Database Syst. Rev., 10, CD011737 (2015)..そこで,糖尿病妊娠ラットに不飽和脂酸を多く含む魚油食,飽和脂肪酸を多く含むラード食,普通食をそれぞれ摂取させ,各群から得た仔の心臓について解析を行った.ラード食を摂取した親から生まれた仔では,死産率や中性脂肪値が高くなったが,魚油食を摂取した仔ではそれらは有意に改善された(12)12) R. Nasu-Kawaharada, A. Nakamura, S. K. Kakarla, E. R. Blough, K. Kohama & T. Kohama: Nutrition, 29, 688 (2013)..生まれたばかりの仔の血糖値は生後4日目まで子宮内高血糖環境の影響で高血糖を示すが,それ以降は正常値に戻る(図2図2■正常および糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の血糖値の推移).そこで,われわれは正常値に戻った4日目の仔の心臓のインスリンシグナル伝達系についてウェスタンブロット法により解析した(12)12) R. Nasu-Kawaharada, A. Nakamura, S. K. Kakarla, E. R. Blough, K. Kohama & T. Kohama: Nutrition, 29, 688 (2013).

図2■正常および糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の血糖値の推移

糖尿病妊娠ラットの仔は生まれた直後は子宮内高血糖の影響で血糖値は高いが,4日目移行は正常に戻る.

インスリンシグナル伝達系の働きは,インスリンがインスリン受容体を介して,phosphoinositide-dependent protein kinase-1(PDK1)やmechanistic target of rapamycin(mTOR)が活性化され,鍵分子であるAktがリン酸化される.Aktのリン酸化によりインスリンシグナル伝達系が活性化されると,glucose transporter type 4(Glut4)が細胞膜へトランスロケーションにより,細胞内へのグルコースの取り込みが促進される(13)13) L. Bertrand, S. Horman, C. Beauloye & J. L. Vanoverschelde: Cardiovasc. Res., 79, 238 (2008).

われわれの実験結果では,ラード食を摂取した糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の心臓では,通常のシグナル伝達とは異なる異常なシグナルが観察された(図3図3■正常および糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の血糖値の推移).インスリンシグナル伝達系にかかわるAktのリン酸化が阻害されており,インスリン抵抗性が惹起されていると考えられた.一方,MAPキナーゼシグナルにおけるp38, c-Jun N-terminal kinase(JNK)のリン酸化レベルは亢進していた.このことは子宮内高血糖により活性酸素種(ROS)が発生し,酸化ストレスや小胞体ストレスが引き起こされ,MAPキナーゼ系シグナルが活性化されていると考えられた(12)12) R. Nasu-Kawaharada, A. Nakamura, S. K. Kakarla, E. R. Blough, K. Kohama & T. Kohama: Nutrition, 29, 688 (2013)..興味深いことは子宮内高血糖環境を経て生まれた仔は生後4日目には血糖値は正常に戻っているがシグナル異常はこの後も継続することである.ところが,子宮内高血糖環境であっても,妊娠中に魚油食を摂取した糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の心臓ではこれらのシグナル異常が改善されていた(12)12) R. Nasu-Kawaharada, A. Nakamura, S. K. Kakarla, E. R. Blough, K. Kohama & T. Kohama: Nutrition, 29, 688 (2013).

図3■正常および糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の血糖値の推移

糖尿病妊娠ラットから生まれた仔で,妊娠期に母ラットがラード食を摂取することにより,死産率は高くなり,仔の心臓におけるインスリン関連シグナルは異常を示した.それに対して魚油食を食べた母ラットから生まれた子どもの死産率は低下し,異常を示したインスリン関連シグナルは改善された.

妊娠期におけるω-3系不飽和脂肪酸摂取

これまでの研究結果より,魚油には子宮内高血糖に暴露された仔の心臓のシグナル異常を改善する効果があることが明らかとなった.では,糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の心臓のシグナル伝達系の異常がなぜ発生するか? また,魚油を摂取させることでなぜ心臓のインスリンシグナル伝達系の異常が改善されるのか? に関しては今のところよくわかっていない.そこで,まずわれわれは魚油のどのような成分にこれらの改善効果があるかについて検討を行った.そこで着目したのが魚油に豊富に含まれるω-3系不飽和脂肪酸である.

脂肪酸は,炭素鎖から構成され,二重結合の有無で飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に大きく分類される(図4図4■脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類される).不飽和脂肪酸には二重結合を1個含む一価不飽和脂肪酸と2個以上存在する多価不飽和脂肪酸がある.さらに多価不飽和脂肪酸は,二重結合の位置がω位であるメチル基末端から数えて何番目に位置するかにより,ω-3系脂肪酸,ω-6系脂肪酸およびω-9系脂肪酸に区別される(14)14) 佐々木 敏,菱田 明監修:“日本人の食事摂取基準2015”. 第一出版, 2014, pp. 110–142.

図4■脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類される

魚油にはω-3系不飽和脂肪酸であるEPAが豊富に含まれる.

飽和脂肪酸は化学的に安定で通常は常温で固体である.動物性油脂のラードなどに多く含まれているパルミチン酸やステアリン酸が代表的な飽和脂肪酸で,特にパルミチン酸は,心血管疾患の危険因子として報告されている(15)15) M. C. de Oliveira Otto, D. Mozaffarian, D. Kromhout, A. G. Bertoni, C. T. Sibley, D. R. Jacobs Jr. & J. A. Nettleton: Am. J. Clin. Nutr., 96, 397 (2012)..一方,不飽和脂肪酸は化学的に不安定で通常は常温で液体である.一価不飽和脂肪酸にはω-9系不飽和脂肪酸としてオリーブ油に多く含まれるオレイン酸があり,血液中のLDLコレステロールを下げる効果があると言われている(16)16) G. M. Wardlaw & J. T. Snook: Am. J. Clin. Nutr., 51, 815 (1990)..ω-6系不飽和脂肪酸のリノール酸,γ-リノレン酸はコーン油やベニバナ油などの植物性油脂に多く含まれ,サラダオイルやマーガリンなどの原材料として冠動脈疾患を減らすと言われたが,最近ではLDLコレステロールだけでなくHDLコレステロールを減らすなど,かならずしも冠動脈疾患に対する良い効果は認められていない(17)17) P. Pietinen, A. Aschrio, P. Korhonen, A. M. Hartman, W. C. Willett, A. Albanes & J. Virtamo: Am. J. Epidemiol., 145, 876 (1997)..ω-3系不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は魚油や藻類に多く含まれる(18)18) P. M. Kris-Etherton, D. S. Taylor, S. Yu-Poth, P. Huth, K. Moriarty, V. Fishell, R. L. Hargrove, G. Zhao & T. D. Etherton: Am. J. Clin. Nutr., 71(Suppl), 179S (2000)..また,α-リノレン酸はシソ油やエゴマ油やくるみなどの陸上植物に多く含まれる.人間は体内でリノール酸からα-リノレン酸を合成することができないため,α-リノレン酸はリノール酸と並び必須脂肪酸である.われわれは体内でα-リノレン酸からEPAそしてDHAに変換することができるが,その変換効率は10~15%と非常に低く,魚油や藻類に含まれるEPAやDHAを直接取ることは重要であると考えられている.特に未熟児や新生児では,EPAやDHA生合成に必要なデサチュラーゼやエロンガーゼの酵素活性が低下していることが知られており,母親がEPAやDHAを多く含む食物を直接摂取することが必要となってくる(19)19) M. M. H. P. Foreman-van Drongelen, J. M. Westdorp, A. C. van Houwelingen, G. Hornstra, T. H. M. Hasaart & C. E. Blanco: Am. J. Clin. Nutr., 57, 829 (1993)..ω-3系不飽和脂肪酸には,脂質改善効果(中性脂肪低下,VLDLコレステロール低下,HDLコレステロール上昇),血小板凝集の抑制作用,血管拡張およびプラークの安定化など多面的な作用が報告されている(20)20) D. Swanson, R. Block & S. A. Mousa: Adv. Nutr., 3, 1 (2012)..臨床においては高純度EPA製剤(エパデール)やDHA/EPA製剤(ロトリガ)に脂質代謝異常改善や心血管系イベントに対する保護効果が示され,高脂質血症や末梢動脈障害の改善・予防薬として臨床で使用されている(21)21) M. Yokoyama, H. Origasa, M. Matsuzaki, Y. Matsuzawa, Y. Saito, Y. Ishikawa, S. Oikawa, J. Sasaki, H. Hishida, H. Itakura et al.; Japan EPA lipid intervention study (JELIS) Investigators: Lancet, 369, 1090 (2007).

このように魚油に豊富に含まれているω-3系不飽和脂肪酸は子宮内高血糖環境で発生した心臓の異常シグナル伝達を改善する可能性のある有力な候補である.そこで,妊娠糖尿病モデルラットを用いてこのEPAの効果について検討した.妊娠期間中,糖尿病妊娠ラットに普通食を摂取させ,EPAを胃ゾンデにて妊娠期間,毎日,経口投与し,生まれた仔の心臓およびそれらの心臓から単離培養した初代心筋培養細胞について,インスリンシグナル伝達系に与える影響を調べた(図5図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響).予想どおり,妊娠中にEPAを摂取した糖尿病妊娠ラットから生まれた仔の心臓およびその心臓から単離培養した初代心筋培養細胞では,インスリンシグナルの異常が改善されていた(22)22) 河原田律子,小浜智子,中村彰男:糖尿病と妊娠,25, 91, (2015)..さらに,糖尿病妊娠ラットの仔から単離した初代心筋培養細胞をインスリンで刺激してもGlut4の細胞膜へのトランスロケーションは阻害されており,インスリン抵抗性が惹起されていることがわかった(22)22) 河原田律子,小浜智子,中村彰男:糖尿病と妊娠,25, 91, (2015)..ところが,妊娠中にEPAを摂取した糖尿病妊娠ラットの仔の心臓から単離された初代心筋培養細胞ではGlut4の細胞膜へのトランスロケーションが改善されていた.このように魚油に含まれるω-3系不飽和脂肪酸のEPAが子宮内高血糖環境で破綻したシグナル異常を改善した可能性が高いことが明らかとなった(22)22) 河原田律子,小浜智子,中村彰男:糖尿病と妊娠,25, 91, (2015).

図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響

妊娠中に普通食および普通食にEPAを添加した栄養補助食を摂取した糖尿病母ラットから生まれた仔の心臓から単離培養した初代心筋培養細胞を用いてインスリンシグナル,糖の取り込み,タンパク質の糖化,炎症性シグナルおよびヒストンのメチル化について検討を行った.EPAは生まれた仔の分子シグナル異常を改善した.

では,なぜ子宮内高血糖環境が仔の心臓のシグナル異常を引き起こしているのだろうか? われわれは糖尿病の母親から生まれた仔の心臓より単離した初代心筋培養細胞についてさらに詳細に検討を行った.子宮内高血糖環境では,多くのタンパク質が酸化ストレスにより産生される終末糖化産物(AGEs: Advanced Glycation End Products)により修飾を受けている可能性が考えられる.最近,AGEsはその受容体であるRAGEを介してさまざまなサイトカインの放出により多くの疾患にかかわっていることが明らかとなり注目されている(23)23) N. L. Reynaert, P. Gopal, E. P. Rutten, E. F. Wouters & C. G. Schalkwijk: Int. J. Biochem. Cell Biol., 81, 403 (2016)..そこで,抗AGEs抗体を用いてタンパク質の糖化を調べてみたところ,糖尿病妊娠ラットの仔の心臓そして単離した初代心筋培養細胞において,さまざまなタンパク質がAGEs化されていることが明らかになった(22)22) 河原田律子,小浜智子,中村彰男:糖尿病と妊娠,25, 91, (2015).図5図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響).このタンパク質のAGEs化はインスリンシグナル伝達系にかかわる酵素の活性阻害や酸化ストレスによる慢性炎症が引き起こす可能性は高いと考えられる.ところが興味深いことに,EPAを摂取した仔の心臓および初代心筋培養細胞ではこれらのタンパク質のAGEs化が有意に抑制されていた(22)22) 河原田律子,小浜智子,中村彰男:糖尿病と妊娠,25, 91, (2015)..子宮内高血糖環境において発生する活性酸素種(ROS; reactive oxygen species)は心筋の発生過程で細胞に慢性炎症を起こさせ,多くのタンパク質を酸化していると考えられる.実際にROSの検出蛍光試薬であるCellROX® Greenを用いて,糖尿病妊娠ラットの仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞を調べて見たところ,単離した初代心筋培養細胞では有意にROSの発生が高かった(図5図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響)(筆者ら,未発表データ).さらに,炎症性シグナル分子のNF-κB, TNFαやIL-6の遺伝子発現レベルをリアルタイムPCRで調べたところ,正常な母ラットから生まれた仔と比較して有意に上昇していた.そしてEPAの摂取はこれらを有意に抑制した(図5図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響)(筆者ら,未発表データ).すでに述べたように,MAPキナーゼ系シグナルも惹起されていることから,胎児期の心臓発生段階で惹起されるこれらの慢性炎症は心臓形成に大きなダメージを引き起こすことは想像できる.さらにわれわれはエピジェネティックス制御の一つであるヒストンコードについても検討を行った.その結果,心臓ではヒストン3のK4およびK9のメチル化が促進されていた(図5図5■生まれてきた仔の心臓から単離した初代心筋培養細胞におけるEPAの影響).そして,妊娠期にEPAを摂取することでヒストン3のK4およびK9のメチル化も抑制された(筆者ら,未発表データ).このように,子宮内高血糖環境で胎児期を過ごした仔から単離した初代心筋培養細胞を用いた解析により,子宮内高血糖がもたらす心臓のシグナル異常はAGEsやROSによる慢性炎症とエピジェネティックスによる複合的な要因により引き起こされている可能性が強く示唆される.

心血管系イベントにかかわるEPAの効果

子宮内高血糖環境から生まれた仔の心臓やその初代心筋培養細胞で見られるシグナル異常が,妊娠中の母親のEPA摂取により改善されることが明らかになってきた.しかしながら,その詳細な分子メカニズムに関してはいまだよく理解されていない.そこで,これまで明らかになっているEPAの心臓保護作用の分子機構をいくつか紹介し,妊娠中のEPA摂取が仔の心臓を保護するメカニズムに迫りたい.

内皮細胞から放出されるエンドセリン1(ET-1)や一酸化窒素は血管平滑筋の収縮制御や血管の維持に大きくかかわっている(24)24) V. Bauer & R. Sotníková: Gen. Physiol. Biophys., 29, 319 (2010)..機械的刺激により新生児ラットの血管内皮細胞からの分泌されるET-1はストレス誘発性心筋肥大症を引き起こす(25)25) T. Yamazaki, I. Komuro, S. Kudoh, Y. Zou, I. Shiojima, Y. Hiroi, T. Mizuno, K. Maemura, H. Kurihara, R. Aikawa et al.: J. Biol. Chem., 271, 3221 (1996)..ヒトの血管内皮細胞において,EPAはインスリン誘導により分泌されるET-1を抑えた(26)26) K. Chisaki, Y. Okuda, S. Suzuki, T. Miyauchi, M. Soma, N. Ohkoshi, H. Sone, N. Yamada & T. Nakajima: Hypertens. Res., 26, 655 (2003)..心筋細胞において,EPAの作用はインスリン刺激によるET-1の遺伝子発現を減らし,その結果,TGF-β1(Transforming growth factor β1)産生やJNKの活性化を抑え,ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(αPPAR-α)を調節することにより心筋肥大症を改善すると考えられている(27, 28)27) N. Shimojo, S. Jesmin, S. Zaedi, S. Maeda, M. Soma, K. Aonuma, I. Yamaguchi & T. Miyauchi: Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol., 291, H835 (2006).28) N. Shimojo, S. Jesmin, S. Sakai, S. Maeda, T. Miyauchi, T. Mizutani, K. Aonuma & S. Kawano: Life Sci., 118, 173 (2014)..さらに2型糖尿病モデルラット(OLETF)の大動脈を用いた研究では,魚油に含まれるω-3系不飽和脂肪酸のEPAはET-1のMAPキナーゼ系シグナルを阻害し,炎症シグナルを抑えることにより,内皮機能不全を含めた心血管系障害を改善すると考えられる(29)29) T. Matsumoto, N. Nakayama, K. Ishida, T. Kobayashi & K. Kamata: J. Pharmacol. Exp. Ther., 329, 324 (2009).

飽和脂肪酸のパルミチン酸は心筋細胞機能不全を引き起こし(30)30) K. Drosatos & P. C. Schulze: Circulation, 130, 1775 (2014).,TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが発現することで,インスリン抵抗性を引き起こすことが報告されている(31, 32)31) M. Jové, A. Planavila, R. M. Sánchez, M. Merlos, J. C. Laguna & M. Vázquez-Carrera: Endocrinology, 147, 552 (2006).32) J. Zhang, W. Wu, D. Li, Y. Guo & H. Ding: Endocrine, 37, 157 (2010)..さらに,ラット心筋芽細胞株(H9C2)を用いた研究ではパルミチン酸はインスリンシグナル伝達系やMAPキナーゼシグナル系により,NF-κB活性が惹起され,心筋細胞でアポトーシスやインスリン抵抗性の原因となることが明らかになっている(33, 34)33) C. D. Wei, Y. Li, H. Y. Zheng, K. S. Sun, Y. Q. Tong, W. Dai, W. Wu & A. Y. Bao: Lipids Health Dis., 11, 135 (2012).34) M. Park, A. Sabetski, C. Y. Kwan, S. Turdi & G. Sweeney: J. Cell. Physiol., 230, 630 (2015)..興味深いことに,ω-3系不飽和脂肪酸のEPAは,パルミチン酸により誘発されるインスリン抵抗性やアポトーシスを抑制することが報告されている(35, 36)35) H. C. Hsu, C. Y. Chen, B. C. Lee & M. F. Chen: Eur. J. Nutr., 55, 2445 (2016).36) S. Cetrullo, B. Tantini, F. Flamigni, C. Pazzini, A. Facchini, C. Stefanelli, C. M. Caldarera & C. Pignatti: Nutrients, 4, 78 (2012).

このようにEPAには炎症性シグナルを抑制することにより心不全などの心血管系イベントを改善する分子機構があることがしだいに明らかになってきた(37)37) P. Kazemian, S. M. Kazemi-Bajestani, A. Alherbish, J. Steed & G. Y. Oudit: Cardiovasc. Drugs Ther., 26, 311 (2012)..では,EPAはどのようにして細胞にシグナルを伝えているのであろうか? 最近,Gタンパク質共役型のオーファン受容体であるGPR120の特異的リガンドとしてω-3系不飽和脂肪酸が同定された(38)38) S. Talukdar, J. M. Olefsky & O. Osborn: Trends Pharmacol. Sci., 32, 543 (2011)..EPAなどのω-3系不飽和脂肪酸はGPR120に結合することで,脂肪細胞において炎症性マクロファージからのサイトカイン産生を減らし,インスリン抵抗性を改善する可能性が示唆された(38)38) S. Talukdar, J. M. Olefsky & O. Osborn: Trends Pharmacol. Sci., 32, 543 (2011)..このGPR120を介した抗炎症作用は,下流のβ-arrestin2/TAK1 binding protein-1を経由して,transforming growth factor-β activated kinase-1(TAK1)を阻害することにより,Toll-like receptorやTNFαなどが関与するシグナルを抑えることにより引き起こされることが明らかになっている(39, 40)39) D. Y. Oh, S. Talukdar, E. J. Bae, T. Imamura, H. Morinaga, W. Fan, P. Li, W. J. Lu, S. M. Watkins & J. M. Olefsky: Cell, 142, 687 (2010).40) A. Ichimura, A. Hirasawa, O. Poulain-Godefroy, A. Bonnefond, T. Hara, L. Yengo, I. Kimura, A. Leloire, N. Liu, K. Iida et al.: Nature, 483, 350 (2012)..GPR120は現在,遊離脂肪酸受容体(FFAR4)と命名され,このFFAR4を標的とした糖尿病や肥満などの生活習慣病の創薬ターゲットとして注目されている(41)41) D. Y. Oh & J. M. Olefsky: Cell Metab., 15, 564 (2012)..しかしながら,心筋細胞におけるGPR120の機能に関してはいまだほとんどわかっていない.

おわりに

2010年タイム誌の表紙には妊婦の写真と「How the First Nine Months Shape the Rest of Your Life」のタイトルが書かれていた(42)42) A. M. Paul.: Time, Oct, 4, 4 (2010)..妊娠期はわれわれの未来を決定する非常に大切な時期であることを暗示している.これまでの多くのコホート研究は妊娠期の子宮内低栄養環境が生まれてくる子どもたちの将来の生活習慣病リスクについて多くのことが示唆された.しかしながら,子宮内過栄養環境がもたらす影響に関しては多くの研究はない.高齢出産に伴う妊婦の2型糖尿病や妊娠糖尿病が増えるにつれて,今後,これらのコホート研究が行われると考えられる.われわれの最近の糖尿病妊娠動物モデルを用いた基礎研究から,子宮内高血糖環境が胎児の心臓の発生段階でどのような分子シグナルに異常が起こっているかに関して少しずつわかってきた.そして,魚油に含まれるω-3系不飽和脂肪酸であるEPAはそのシグナル異常を改善することが明らかになった.しかしながら,ヒストンコードの過剰なメチル化で見られるようなエピジェネティックスな記録がどのような影響を及ぼし,なぜ,EPAはそのメチル化を抑制するのかについてはほとんどわかっていない.これらは今後の重要な課題である.このように,子どもの将来を考えると,妊娠期間の血糖管理は非常に重要であり,できれば薬物療法は基本的に使いたくはない.胎児の正常な発育と将来を考慮すると,食事管理やサプリメントなどによる栄養補助療法を実施することはたいへん意義があると思われる.

Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究は日本学術振興会科学研究費補助金(23650489, 26750054, 15K00809)によるサポートにより行われた.

Reference

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