解説

ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)酵母究極のモデル生物酵母の研究を支えるバイオリソースセンター

National BioResource Project (NBRP) Yeast: A Resource Center for Yeast Researchers

中村 太郎

Taro Nakamura

大阪市立大学大学院理学研究科

北村 憲司

Kenji Kitamura

大阪市立大学大学院理学研究科

杉山 峰崇

Minetaka Sugiyama

大阪市立大学大学院理学研究科

Published: 2017-04-20

2016年のノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生のオートファジーに関する研究は,酵母の突然変異株の取得と原因遺伝子の解析により大きく進展した.酵母は究極のモデル真核生物として,これまでも細胞周期やタンパク質輸送系など,さまざまな生命現象の解明に大きく貢献してきたが,今回の受賞は研究対象としての酵母の有用性を改めて示した.一方,生命科学の研究を効率的に進展させるためには,研究材料すなわちバイオリソースをいかに有効に活用するかが極めて重要である.ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)は,世界最高水準のライフサイエンス基盤整備を進める目的で2002年度からスタートした国家プロジェクトである.NBRP酵母はプロジェクトスタート時から参画しており,これまで15年にわたる事業で,世界トップクラスの酵母リソース機関となった.本稿では,NBRP酵母事業の内容,重要性を紹介し,今後のあり方について考えてみたい.

NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)とは

生命科学研究を効率的に進めるためには,高品質なバイオリソース(研究開発の材料としての動物・植物・微生物の系統・集団・組織・細胞・遺伝子材料などおよびそれらの情報)をいかに迅速に取得できるかが極めて重要である.通常,バイオリソースを入手するには,そのリソースを作製した研究者に直接連絡を取る必要がある.しかしながらこの作業は,依頼者側,提供者側双方に労力や時間の負担が生じるうえ,依頼者側の精神的なハードルも決して低くはない.世界中の研究者が有するバイオリソースを収集,保存,品質管理し,提供する公的な機関(バイオリソースセンター)があれば,研究者がさまざまなバイオリソースを自由に利用することが容易になり,研究推進に大きく貢献できる.日本政府の第2期科学技術基本計画において,世界最高水準のライフサイエンス基盤整備を進めるため,NBRPは文部科学省の事業として2002年度からスタートした.各事業は1期5年間で継続または更新され,2016年度は第3期の最終年度にあたる.2015年度からは日本医療研究開発機構(AMED)に事業が移管された.

NBRPは,(1)中核的拠点整備プログラム,(2)ゲノム情報等整備プログラム,(3)基盤技術整備プログラム,(4)情報センター整備プログラムの4つのプログラムで構成され,各プログラムが連携を図りつつ実施されている.この中で,中核的拠点整備プログラムは,生命科学研究の基盤となる重要で優れた生物種のバイオリソースについて収集・保存・提供を行う拠点を整備することを目的とし,現在はモデル生物を中心とする29種の生物種において,実施機関(大学や研究所など)が定められている.酵母は2002年から本プログラムに加わり,代表機関の大阪市立大学,分担機関の大阪大学と広島大学で事業を進めている.このほか,情報センター整備プログラムは,国立遺伝学研究所のNBRP情報センターが中心となり,(1)中核的拠点整備プログラムで整備されるバイオリソースの所在情報や遺伝情報などのデータベースの構築およびホームページなどを通じたNBRP事業の広報活動などを整備・強化するものである.これらのプログラムについてはNBRPホームページ(http://www.nbrp.jp/index.jsp) および,本誌2010年48巻(1)1) 有泉 亨,江面 浩:化学と生物,48,137 (2010).に詳しい記載があるので,参照して欲しい.

酵母とは

酵母は単細胞世代の長い真菌類の総称で少なくとも1,000種以上は存在する.主として子嚢菌類に属すが,一部担子菌類を含む.通常,出芽により増殖するが,2分裂により増える分裂酵母も知られている.日常の食生活や産業上でも酵母は非常に重要な微生物だが,NBRP酵母ではこの中でも基礎生命科学でよく用いられる2つの種,分裂酵母Schizosaccharomyces pombeおよび出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを主な対象としている(図1図1■酵母の顕微鏡写真).これらの酵母が重要なモデル生物として認められるのは次のような理由による.①古くから産業に用いられ育種されてきたため,遺伝学,生理学,生化学などの知見が豊富に蓄積されている.②世代時間が短く,培養・取り扱いが容易なことに加え,病原性がなく安全な微生物である.③宿主ベクター系が確立しているとともに,遺伝子ノックアウトなど,組換えDNA技術を容易かつ効率的に行うことができる.④核などの細胞内小器官をもつ真核微生物であり,有糸分裂を行うなど,構造と機能の両面で高等生物の細胞と多くの共通点をもつ.⑤DNA複製,転写,スプライシング,翻訳,タンパク質の修飾・細胞内輸送などの基本過程,およびこれらの過程にかかわる遺伝子が高等生物においても高度に保存されている.⑥全ゲノム配列が真核生物で初めて解読され,ポストゲノム研究であるトランスクリプトーム,プロテオーム,メタボロームなどの,いわゆるオミクス研究により情報が高度に集積している.また,それに基づく有用なデータベースが整備されている.⑦各遺伝子のノックアウト株,各種タグや蛍光タンパク質融合発現株などが,ゲノムワイドに整備されている.⑧世界中で研究され,日本にも数多くの研究者コミュニティが存在する.このように,酵母は実験生物として数々の優れた特徴をもつが,特に,突然変異株をもとにした分子遺伝学的アプローチは極めて洗練されている.免疫抑制や寿命制御など多様な生理作用を示すラパマイシンの細胞内標的の同定(プロテインキナーゼのTOR)をはじめ,ノーベル賞に輝いたオートファジー,細胞周期,チェックポイント,タンパク質輸送など生命現象の解明でも酵母が大きく貢献した.細菌のゲノム全体を丸ごと人工合成したVenterらの仕事では,酵母がツールとして最大限活用されており(2)2) D. G. Gibson et al.: Science, 329, 52 (2010).,またタンパク質間相互作用解析のツーハイブリッド法で酵母を身近に感じている研究者も多いだろう.最近では,希少な医薬原料のアルテミシニンやモルヒネなどの天然物の安定安価な供給を目指し,合成経路を再構築した酵母細胞内での人工的な生産が試みられるなど(3, 4)3) C. J. Paddon & J. D. Keasling: Nat. Rev. Microbiol., 12, 355 (2014).4) W. C. DeLoache, Z. N. Russ, L. Narcross, A. M. Gonzales, V. J. Martin & J. E. Dueber: Nat. Chem. Biol., 11, 465 (2015).,合成生物学でも酵母が使われ始めている.

図1■酵母の顕微鏡写真

(A)出芽酵母の位相差顕微鏡像.(B)分裂酵母の蛍光顕微鏡像.緑は分泌小胞に局在するタンパク質をGFPで,赤は細胞膜に局在するタンパク質をmCherryで標識したもの(写真提供:今田一姫氏).

NBRP酵母の事業と主要な保有リソース

業務は,酵母遺伝資源センター(YGRC)が行っている.分裂酵母と出芽酵母は,研究用酵母として双璧をなしており,それぞれの酵母の研究者による管理体制が世界レベルのリソース機関を維持するために欠かせない.NBRP酵母では代表機関の大阪市立大学が分裂酵母,分担機関の大阪大学が出芽酵母を担当している.また,第3期より広島大学が分担機関として菌株リソースのバックアップにかかわっている.酵母遺伝資源運営委員会は,大学,公的研究機関,民間企業など幅広い機関の研究者からなり,研究者コミュニティとの接点に立ち,NBRP酵母の運営に助言を与えている.また,NBRP情報センターと連携し,データベースの構築や課金システムの構築などを行っている.酵母遺伝資源委員を含む酵母研究者からなるデータベースワーキンググループは,酵母研究者コミュニティの意見をデータベースなどの構築に反映させている(図2図2■NBRP酵母の実施体制).

図2■NBRP酵母の実施体制

NBRP酵母の事業は,バイオリソースの収集・保存・提供が3本柱となっている.まず,収集については,分裂酵母は世界でほかに大規模なバイオリソース機関が存在しないため,あらゆるバイオリソースを収集している.一方,出芽酵母は,アメリカAmerican Type Culture Collection(ATC C)など海外にも大規模な機関(後述)が存在するため,主として日本人研究者の作製したバイオリソースを中心に収集し,高い独自性を目指している.また,NBRP酵母独自のデータベース,課金システムを有し事業の効率化を図っている.

個別現象の研究からポストゲノム研究まで,さまざまな酵母バイオリソースが日常の研究から生み出され,急速に蓄積している.先にも述べたように,酵母の研究は歴史的に突然変異株をもとにした分子遺伝学的アプローチが多く行われてきたため,NBRP酵母では,突然変異誘発剤の処理により獲得された突然変異株や系統的に作製された遺伝子破壊株の収集には特に力を入れている.主な保有リソースについて表1表1■NBRP酵母が有する主なリソースにまとめた.分裂酵母は,従来の変異誘発法で得られた細胞周期関連や有性生殖関連の変異株などに加えて,各種遺伝子破壊株など現在約21,000株の菌株リソースを保有する.出芽酵母は,細胞周期関連,リボソーム生合成関連の突然変異株のほか,各種遺伝子破壊株やプロテインホスファターゼ遺伝子の二重破壊株セットなどを含む約26,000株を保有する.NBRP独自のリソースの例として,分裂酵母の約1,000の遺伝子に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させた菌株ライブラリーがある.このライブラリーを構成する菌株は,各遺伝子の局在がカタログ化されており(5)5) A. Hayashi, D. Q. Ding, C. Tsutsumi, Y. Chikashige, H. Masuda, T. Haraguchi & Y. Hiraoka: Genes Cells, 14, 217 (2009).,非常に人気が高い.分裂酵母はLeupold株と呼ばれる1つの系統を中心にこれまで解析が進められてきたが,近年,大規模な遺伝子配列の解析が可能となったことにより,Leupold株とは異なる系統のS. pombeの解析も行われるようになってきた.NBRP酵母では世界中から取得されたS. pombeの野生株を100種類以上保有している.出芽酵母では,個々の遺伝子の過剰発現量の限界を,約5,700種のほぼすべての遺伝子についてゲノムワイドに解析することが可能なgTOW6000菌株リソースコレクション(6)6) K. Makanae, R. Kintaka, T. Makino, H. Kitano & H. Moriya: Genome Res., 23, 300 (2013).,任意のタンパク質にデグロン配列を付加することで,植物ホルモンのオーキシン添加により人為的にタンパク質を細胞内で分解することができるオーキシンデグロンリソース(7)7) K. Nishimura, T. Fukagawa, H. Takisawa, T. Kakimoto & M. Kanemaki: Nat. Methods, 6, 917 (2009).など日本人研究者が作製した,独自性が高く基礎生命科学研究で重宝されかつ幅広く利用できるリソースを取りそろえている.加えて,S. cerevisiae以外にも生命科学研究に利用される出芽酵母Hansenula polymorpha, Kluyveromyces marxianus, Yarrowia lipolyticaなどの変異株も保有している.

表1■NBRP酵母が有する主なリソース
分裂酵母出芽酵母
菌株野生型株S. pombe各種野生型株S. cerevisiae各種野生型株
突然変異株細胞周期関連,有性生殖関連,温度感受性・低温感受性株セットなど細胞周期関連,細胞壁合成関連,セプチン関連,メンブレントラフィック関連,リン酸シグナル伝達関連,リボソーム生合成関連など
遺伝子破壊株有性生殖時に発現する遺伝子等の破壊株セット,染色体広領域欠失株などさまざまな遺伝子破壊株,ほぼすべてのプロテインホスファターゼ遺伝子のシステマティックな二重破壊株セット,特定のプロテインホスファターゼ遺伝子とプロテインキナーゼ遺伝子とのシステマティックな二重破壊株セット,染色体広領域欠失株など
その他Leupold株とは別の系統のS. pombe野生株,緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させた菌株ライブラリーなどgTOW6000菌株リソースコレクション,オーキシンデグロンリソースなど
DNA基本的なベクターセット,遺伝子破壊やタギング用プラスミド,DNAライブラリー(ゲノムライブラリー,完全長cDNAライブラリー,ツーハイブリッド解析用ライブラリー),ゲノムライブラリーおよび完全長cDNAライブラリーを構成するクローン(ゲノムクローン約6万,cDNAクローン約2万)など基本的なベクターセット,遺伝子破壊やタギング用プラスミド,2つのタンパク質の同時発現に有用なデュアルプロモータープラスミド,リボソーム生合成関連遺伝子プラスミド,ゲノムDNAクローンシリーズプラスミド,オーキシンデグロンシステム用プラスミドなど

保有菌株は,20%グリセロール溶液にけん濁し,−80°Cで保存しており,長期にわたる維持が可能である.また,大規模な震災に備えて,大阪市立大学,大阪大学とは地理的に離れている広島大学に,バイオリソースのバックアップ保管を進めている.これまで,いったん失われると復元できない菌株約16,000株についてバックアップを作製,保管した.これは菌株リソース全体の約3分の1を占める.

酵母は遺伝子組換えを自在に行うことができるため,DNAリソースは,菌株リソースと並び,NBRP酵母の双璧をなすバイオリソースである.基本的なベクターのほかに,分裂酵母においては,ゲノムライブラリーを含む各種DNAライブラリー,また,ライブラリーを構成するクローンなど,合計約10万件のDNAリソース,出芽酵母においては,約5,700のDNAリソースを取りそろえている.遺伝子破壊に利用する各種薬剤耐性マーカープラスミド,GFPなどタグ遺伝子を発現するためのプラスミドなどに加えて,オーキシンデグロンシステムを任意のタンパク質に適用するためのDNAリソースも非常に需要が高い.

提供数についても順調に伸びており,昨年度は約5,000件のバイオリソースを提供し,その約3分の2は海外(約30カ国)であった(図3図3■NBRP酵母の提供国(2012年から2016年9月まで)).提供数が多いバイオリソースは,分裂酵母ではDNAライブラリー,GFP遺伝子融合菌株である.出芽酵母では,オーキシンデグロン関連リソース(4)4) W. C. DeLoache, Z. N. Russ, L. Narcross, A. M. Gonzales, V. J. Martin & J. E. Dueber: Nat. Chem. Biol., 11, 465 (2015).が圧倒的な人気を誇る.先端研究用だけでなく,初めて酵母を扱う研究者に便利な基本的なリソースも提供している.収集した新しいバイオリソースの情報は,メーリングリスト(約2,000名)を用いてユーザーに知らせ,最新のバイオリソースをすぐに利用できるようにしている.

図3■NBRP酵母の提供国(2012年から2016年9月まで)

NBRP酵母のデータベースと提供システム

NBRP酵母の事業を効率化し,また使いやすくするためには質の高いデータベースが欠かせない.NBRP情報センターの全面的な協力をもとにNBRP酵母のホームページ,およびゲノム情報にバイオリソース情報をリンクさせたデータベースGenomic Viewerを作成した(図4図4■NBRP酵母のホームページ(左)とデータベース(Genomic Viewer(右))).Genomic Viewerを使えば,NBRP酵母が保有する菌株,DNAリソースおよびその位置情報(どの染色体のどの位置に存在するか)を視覚的に確認できる.また,各バイオリソース情報は,酵母の最もメジャーな国際遺伝子データベース(分裂酵母:イギリスPomBase,出芽酵母:アメリカSaccharomyces Genome Database)のページにリンクされており,関連の遺伝子情報を詳細に知ることが可能である.逆にそれぞれのデータベースからはNBRP酵母のホームページへもリンクされており,そのままバイオリソースのオーダーに移行することが可能である.

図4■NBRP酵母のホームページ(左)とデータベース(Genomic Viewer(右))

ホームページのGenomic Viewerのボタンをクリックすると移行する.

各バイオリソースは,バイオリソース情報の横にあるorderボタンを押すことで,一般的なネットショッピングの感覚で簡単に注文できる.クレジットカード決済を基本としているが,銀行振込による支払いにも対応している.バイオリソース提供に先立ち,利用者とNBRP酵母の間で提供同意書(MTA)を取り交わしている.これまでの紙媒体に代えて,2015年度より電子MTAを導入してオンラインでの締結を可能とした.これにより,これまでかなりの時間が必要であった事前の事務処理が瞬時に終了し,基本的には世界のどの国でもオーダーから1週間程度で研究者のもとにバイオリソースが届くようになった.

国内外の酵母バイオリソース機関

分裂酵母のリソースについては,NBRP酵母は質,量とも世界随一の機関であり,ほかに比較する機関も存在しない.出芽酵母では,基礎生命科学研究のための大規模リソース分譲機関としてNBRP酵母のほかに,アメリカのATC CやドイツのEUROSCARFなどが知られている.これらの機関は歴史も長く,古くからの変異株や非必須遺伝子破壊株シリーズなどのコレクションを保有していることから,NBRP酵母は日本人研究者が作製した有用かつオリジナリティの高い菌株リソースを中心に事業を展開している.このほかにも,オランダのCBS-KNAWやNBRP一般微生物(理化学研究所BRC),NITEのバイオテクノロジーセンターなどが多様な環境から収集された酵母株などの提供を行っている.また,日本醸造協会は酒作りなどに利用される醸造用酵母の,農業生物資源ジーンバンクは実用パン酵母などの提供を行っている.また,DNAリソースについてはNBRP酵母の他に理化学研究所のBRCやアメリカのAddgeneが大規模なリソースを有している.NBRP酵母は,前述の分裂酵母のDNAライブラリーおよびそれをもとにしたクローン,出芽酵母オーキシンデグロンシステムやgTOW6000プラスミドリソースなどの特徴あるリソースを有しており,需要も非常に多い.

成果論文

NBRPのようなリソースに関する事業が,研究の進展にどれだけ貢献したかを正確に評価することは難しいが,これまで,600報を超える論文にNBRP酵母から提供されたバイオリソースが使われている.そのほとんどがハイレベルの国際誌であり,Nature, Cell, Scienceおよびその姉妹紙も多く含まれ,国際的にも高い評価を得る研究の推進に大きく寄与していると思われる.これらの情報は,NBRPホームページからリンクされているResearch Resource Circulation(RRC)システム(http://rrc.nbrp.jp/gatewayAction.do?speciesId=19&target=Entry)を通じて見ることができる.しかしながら,われわれがすべての成果論文を把握することは難しいので,ホームページや学会,メーリングリストなどを使って,NBRP酵母から提供されたバイオリソースを使った論文情報の確実なフィードバックを利用者にお願いしている.

まとめと今後の課題

第1期から第3期までの事業を通して,NBRP酵母の分裂酵母リソースは世界最大随一,出芽酵母は世界最大規模のバイオリソースを有することになった.収集したリソースは地理的に分散して保管し,品質管理も高いレベルで行っている.また,利用者に便利なデータベースと使いやすい課金システムを構築し,ユーザーの視点に立った提供体制を整えている.年間5,000件を超えるバイオリソースの提供を世界30カ国以上に行い,国際的にも高いレベルの研究にも利用されてきた.以上のように,NBRP酵母はその規模,質とも世界最高水準の酵母バイオリソース機関となった.NBRPは今年度から第4期の事業がはじまった.世界最高水準の事業を維持するためには,戦略的収集により,保有バイオリソースを充実させることが欠かせない.しかしながら,研究は常に進展し,新たな研究分野が生まれ,必要とされるバイオリソースは常に変化する.このような流れを見極めつつ,本当に必要なバイオリソースを常にそろえることは容易なことではない.収集だけでなく,NBRPの実施機関が主体あるいはサポートして研究者といっしょに,積極的にバイオリソースを開発していくことは非常に重要であろう.今後は論文などでの研究成果の公開に際して,使用したバイオリソースをNBRP酵母のような公的なバイオリソースセンターに寄託することが条件になると思われる.また,研究組織の流動性が増したため,研究者の異動や退職時に研究室にあったバイオリソースの引き継ぎが困難になるので,これらのバイオリソースを引き継ぐことも重要であり,NBRP酵母の事業はますます多様化していくだろう.予想できない天災や事故が続く昨今の状況では,研究者自身による保管に加えてNBRPにもリソースを保管することは,重要なリソースを損失から守るということにもつながる.需要が多いことももちろん重要であるが,このようにNBRP酵母にさまざまなバイオリソースがあるということが研究者の安心感につながっていくと考えている.

一般的な研究と違い,バイオリソース事業は研究を支えるものであり,華やかな業績を得ることは難しい.しかし,バイオリソースは,これまで行われてきた研究の産物そのものであり,一度途絶えると二度と復元することができない.これまでの事業を適切に継続し,貴重なバイオリソースを未来へ受け継ぐことがNBRP酵母の最も重要な使命と考えている.

Reference

1) 有泉 亨,江面 浩:化学と生物,48,137 (2010).

2) D. G. Gibson et al.: Science, 329, 52 (2010).

3) C. J. Paddon & J. D. Keasling: Nat. Rev. Microbiol., 12, 355 (2014).

4) W. C. DeLoache, Z. N. Russ, L. Narcross, A. M. Gonzales, V. J. Martin & J. E. Dueber: Nat. Chem. Biol., 11, 465 (2015).

5) A. Hayashi, D. Q. Ding, C. Tsutsumi, Y. Chikashige, H. Masuda, T. Haraguchi & Y. Hiraoka: Genes Cells, 14, 217 (2009).

6) K. Makanae, R. Kintaka, T. Makino, H. Kitano & H. Moriya: Genome Res., 23, 300 (2013).

7) K. Nishimura, T. Fukagawa, H. Takisawa, T. Kakimoto & M. Kanemaki: Nat. Methods, 6, 917 (2009).