解説

植物の根毛を作る遺伝子の働き根毛・非根毛型を決めるしくみの遺伝的解析

Plant Root Hair Cell Differentiation: Hair Cell and Hairless Cell Fates are Genetically Determined

Rumi Tominaga

冨永 るみ

広島大学大学院生物圏科学研究科

Published: 2017-04-20

植物は,動物のように餌を探しに出かけたり,より良い環境を求めて移動したりできない.そのため,細胞の形や機能を大胆に変えるしくみを備えることで,柔軟に環境に適応し,繁栄してきた.表皮細胞は,植物が外界に接する最前線であるため,環境に応じて特殊な器官を形成するような進化を遂げている.たとえば根毛は,根の表皮細胞の一部が外側に伸長して形成された器官であり,土中からの水分や養分の吸収に重要な役割を果たす.根毛形成を制御できれば,農業作物への波及効果も期待される.本稿では,表皮細胞分化にかかわる遺伝子CPCの機能を中心に,これまでに明らかにされてきた根毛・非根毛型を決めるしくみについて解説する.

根毛細胞と非根毛細胞

植物は,土中から水分や養分を効率良く吸収する能力を進化させることで,さまざまな環境に適応し生き延びてきた.ほとんどの植物の根の表面には,うぶ毛のような根毛が生えている.根毛は,根の表皮細胞の一部が突出して形成された器官であり,根の表面積を大きくすることで水分・養分の吸収効果を上げる.また,植物体の支持や地上部の成長においても重要な役割を果たす(1)1) N. Tanaka, M. Kato, R. Tomioka, R. Kurata, Y. Fukao, T. Aoyama & M. Maeshima: J. Exp. Bot., 65, 1497 (2014)..維管束植物の根毛形成パターンは,以下の3つのタイプに分けられる.根のすべての表皮細胞から,ランダムに根毛が形成されるタイプ(Type 1),根毛細胞と非根毛細胞が縦横交互に市松模様のように形成されるタイプ(Type 2),根毛細胞列と非根毛細胞列が主根の軸に沿って交互にストライプ状に形成されるタイプ(Type 3),の3つである(2)2) L. Dolan: Ann. Bot. (Lond.), 77, 547 (1996)..モデル植物のシロイヌナズナはType 3に属し,根毛細胞列と非根毛細胞列がストライプ状に規則的に配置され,通常,根の横断面に8個の根毛細胞が形成される(図1図1■シロイヌナズナの根の横断面).根端分裂組織で生じた若い表皮細胞が,根毛細胞に分化するか非根毛細胞に分化するかの運命は,1層内側にある皮層細胞との位置関係により決定される.皮層細胞同士のつなぎ目の外側に位置する表皮細胞,つまり,2つの皮層細胞に接する表皮細胞は根毛細胞に分化し,一つの皮層細胞にしか接していない表皮細胞は非根毛細胞に分化する(3)3) L. Dolan, C. M. Duckett, C. Grierson, P. Linstead, K. Schneider & E. Lawson: Development, 7120, 2465 (1994).図1図1■シロイヌナズナの根の横断面).規則的な根毛・非根毛細胞形成パターンが壊れ,通常よりも根毛が多くなったり少なくなったりしたシロイヌナズナ突然変異体を解析することにより,次々と根毛分化関連遺伝子が明らかにされてきた.ここで言う突然変異体とは,遺伝子に変異が起きた(遺伝子が壊れた)ため,表現型が変化した個体のことである.

図1■シロイヌナズナの根の横断面

2つの皮層細胞(灰色)に接する表皮細胞(黒)は根毛細胞に,それ以外の表皮細胞(白)は非根毛細胞に分化する.

根毛分化を制御する転写因子複合体

野生型のシロイヌナズナに比べ,極端に根毛が少ない突然変異体が見つかり,「気まぐれ」にしか根毛を作らないという意味で,capricecpc)突然変異体と名づけられた(図2図2■シロイヌナズナの根毛形成パターン).ちなみにシロイヌナズナでは,突然変異体名は斜体小文字3文字表記(cpc),遺伝子名は斜体大文字3文字表記(CPC),タンパク質はノーマル大文字3文字表記(CPC)で表す決まりなので,以下はこのルールに従って表記する.根毛が少ないcpc突然変異体の原因遺伝子は,94アミノ酸からなるMyb転写因子をコードしていた.転写因子とは,文字どおり対象となる遺伝子の転写活性化,あるいは不活性化を制御する,細胞分化にとって重要な因子である.このCPC遺伝子をシロイヌナズナ中で過剰に発現させると,野生型の倍以上の根毛を形成した(4)4) T. Wada, T. Tachibana, Y. Shimura & K. Okada: Science, 277, 1113 (1997).図2図2■シロイヌナズナの根毛形成パターン).過剰発現体の作成は遺伝子機能を調べる際によく使われる手法であり,カリフラワーモザイクウィルスの35Sなどの強力なプロモーターを利用し,目的の遺伝子を植物体で過剰に発現させたものである.CPC遺伝子が壊れたcpc突然変異体では根毛が減り,逆にCPC遺伝子過剰発現体では根毛が増えたことから,CPCが根毛を作るための遺伝子であることが明らかになった.

図2■シロイヌナズナの根毛形成パターン

野生型に比べ,cpc突然変異体は根毛が少なく,CPC過剰発現体は根毛が多い.

一方,根毛の多い突然変異体として,werewolfwer),glabra2gl2),glabra3gl3)突然変異体などが単離されている.wer突然変異体の原因遺伝子であるWERは,2つの連続して並んだMybリピートをもつR2R3-Myb転写因子をコードしていた.WERは,bHLH型タンパク質であるGL3とタンパク質間相互作用によりMyb-bHLH転写因子複合体を形成し,下流のGL2遺伝子の転写を活性化する(図3図3■根毛・非根毛細胞における転写因子の働き).GL2遺伝子はホメオドメイン型転写因子をコードしており,非根毛細胞においてさらに下流の根毛形成関連遺伝子群の発現を制御し,根毛の形成を抑制する.CPCはWERの一部とよく似た配列をもっており,CPCがWERの代わりにGL3とくっついてMyb-bHLH転写因子複合体を形成すると,GL2遺伝子のプロモーターに結合できず,GL2が発現しないため根毛が形成されることになる(5)5) R. Tominaga-Wada, T. Ishida & T. Wada: Int. Rev. Cell Mol. Biol., 286, 67 (2011).図3図3■根毛・非根毛細胞における転写因子の働き).

図3■根毛・非根毛細胞における転写因子の働き

非根毛細胞ではWERとGL3を含む転写因子複合体がGL2遺伝子のプロモーターに結合し,GL2の転写を活性化するため非根毛細胞が形成される.CPCは非根毛細胞から根毛細胞に移行し,GL3と複合体を形成する.その結果GL2は発現せず,根毛が形成される.

CPCタンパク質アミノ酸配列のほとんどの部分を占めるR3-Myb領域は,R2R3-MybであるWERタンパク質のR3-Myb領域のアミノ酸配列とよく似ている.そこで,CPCとWERの機能の違いが,どのアミノ酸の違いに由来するのかを明らかにするために,お互いのR3-Myb領域の全部または一部を入れ替えたキメラを作成し,根毛形成における作用を調べた.その結果,WERは僅かなアミノ酸配列の置換でも本来の根毛形成抑制機能を失うのに対し,CPCは,R3-Myb領域全体をWERの配列に入れ替えてもCPCタンパク質として機能し,根毛形成を促進できることがわかった(6)6) R. Tominaga, M. Iwata, K. Okada & T. Wada: Plant Cell, 19, 2264 (2007)..以上の結果などから,CPCは,WERがアミノ酸置換やR2-Myb領域の欠失などによりGL2プロモーターへの結合能を失ったため,本来のWERとは逆の根毛形成促進という新機能を獲得したものであると推察された(図4図4■WERからCPCへの進化モデル).つまり植物は,根毛をなくす働きをもつR2R3-Myb遺伝子WERから,根毛を作る働きをもつR3-Myb遺伝子CPCを進化させ,環境に応じて根毛の数を調節していると考えられる(6)6) R. Tominaga, M. Iwata, K. Okada & T. Wada: Plant Cell, 19, 2264 (2007).

図4■WERからCPCへの進化モデル

WERのR3領域が,アミノ酸置換や,R2領域の欠失などにより,根毛形促進機能を獲得し,CPCに進化したと考えられる.

CPCタンパク質の細胞間移行

CPCの解析を進めていくうちに,CPCタンパク質の興味深い性質が明らかになってきた.CPCタンパク質は,非根毛細胞から根毛細胞に細胞間移行して働いていた(7)7) T. Kurata, T. Ishida, C. Kawabata-Awai, M. Noguchi, S. Hattori, R. Sano, R. Nagasaka, R. Tominaga, Y. Koshino-Kimura, T. Kato et al.: Development, 132, 5387 (2005)..根毛を作る遺伝子であるCPCは,当然,根毛細胞で転写,翻訳されて働いていると予想された.しかしCPC遺伝子が発現している場所を,Promoter::GUS, Promoter::GFPなどのレポーター遺伝子を使った実験や,in situ hybridizationによる転写産物の局在解析により調べると,CPCは非根毛細胞だけで発現していることがわかった(8)8) T. Wada, T. Kurata, R. Tominaga, Y. Koshino-Kimura, T. Tachibana, T. Goto, M. D. Marks, Y. Shimura & K. Okada: Development, 129, 5409 (2002)..一方,CPCタンパク質が存在する場所を,CPC-GFP融合タンパク質の局在や免疫染色法により調べると,CPCタンパク質は根毛細胞の核に存在することが確認された.これらのことから,CPCは,非根毛細胞で作られ,隣の根毛細胞の核まで移行して機能していることが示唆された(7)7) T. Kurata, T. Ishida, C. Kawabata-Awai, M. Noguchi, S. Hattori, R. Sano, R. Nagasaka, R. Tominaga, Y. Koshino-Kimura, T. Kato et al.: Development, 132, 5387 (2005).図3図3■根毛・非根毛細胞における転写因子の働き).なぜCPCがわざわざ隣の細胞から移動して根毛を作るのかについては,今のところ明確な答えは出ていない.根毛細胞列と非根毛細胞列をくっきり正確に形成するためであろうと考えられているが,ほかの因子とのかかわりも含め,今後の研究の進展が待たれる.

CPCホモログ遺伝子の機能

CPCとよく似た配列をもつホモログ遺伝子として,CPCのほかに6つの遺伝子がシロイヌナズナで見つかっている.これらのホモログ遺伝子の過剰発現体も,CPC遺伝子の過剰発現体(図2図2■シロイヌナズナの根毛形成パターン)と同様に根毛が増えたので,CPCと似た根毛形成促進機能を保持していることが確認された.そのため,これらのホモログタンパク質もCPCと同様に非根毛細胞から根毛細胞に移行して働くと予想された.そこで最近筆者らは,CPCホモログの一つであるCPC-LIKE MYB3CPL3)の細胞間移行について調べた.CPL3は,表皮細胞の分化だけでなく,開花や核相の変化など多面的な影響を及ぼす遺伝子である(5)5) R. Tominaga-Wada, T. Ishida & T. Wada: Int. Rev. Cell Mol. Biol., 286, 67 (2011).CPL3を,CPCプロモーター制御下で非根毛細胞特異的に発現させたところ,CPL3タンパク質は非根毛細胞特異的に局在したので,CPL3は細胞間移行しないことが明らかになった(9)9) R. Tominaga-Wada & T. Wada: J. Plant Physiol., 199, 111 (2016)..残りの5つのCPCホモログ遺伝子についても,CPCと共通の機能を維持しつつ独自の機能を獲得した可能性があるが,予備実験などから,細胞間移行できるのは,CPCだけであることを示唆するデータを得ている.CPCがどのようなメカニズムで細胞間を移動しているのか,その詳細については,今のところ謎である.細胞間を移行して根毛を作るCPCと,非根毛細胞にとどまるホモログが,実際にどのような役割を果たしているのかについても,今後の検討課題である.

トライコームの形成制御機構

ところで,根毛形成を制御するCPCCPCホモログ遺伝子は,葉や茎の表皮細胞が分化してできるうぶ毛のような器官であるトライコーム(毛状突起)の形成も同時に制御している.トライコームは,害虫による食害,紫外線,乾燥などから植物体を守る役割を果たす.防虫・抗菌作用のある物質をトライコームに溜め込むことで身を守る植物もいる.ミントやホップの独特の匂い物質も,トライコームに蓄積する.綿の繊維は種子の表皮から生えたトライコームそのものである.近年「塩味のする野菜」として売り出されているアイスプラントは,葉のトライコームに塩分を溜め込んでいる.シロイヌナズナのトライコームは,葉の表皮細胞が突出し,1細胞で3本に枝分かれした角をもつ構造を作る.葉の表面にまばらに生え,通常,束になって形成されることはない.CPCファミリー遺伝子を同時に3つ壊したcpc cpl3 try三重変異体では,トライコームが増え,束状になったトライコームクラスターが形成される(図5図5■シロイヌナズナのトライコーム形成パターン).興味深いことに,cpc突然変異体のように根毛が少なくなると,トライコームは多くなり,逆に,CPC過剰発現体のように根毛が多くなると,トライコームはなくなる傾向がある(図5図5■シロイヌナズナのトライコーム形成パターン).これは,環境の変化に応じて,害虫から身を守るためのトライコームを重点的に作るか,あるいは水分や養分を吸収するための根毛を重点的に作るか,一つの遺伝子発現の変化により,限られた材料を有効に使って生き残ろうとする植物の戦略かもしれない.

図5■シロイヌナズナのトライコーム形成パターン

CPCファミリーの三重変異体(cpc cpl3 try)では,野生型に比べトライコームが多く形成される.逆にCPC過剰発現体では,トライコームが全くなくなる.

おわりに

モデル植物シロイヌナズナで明らかにしたCPC遺伝子の機能を,農業作物へ応用することがこれからの課題である.筆者らはすでにトマトにおけるCPCホモログ遺伝子を同定し,解析に着手している(10)10) T. Wada, A. Kunihiro & R. Tominaga-Wada: PLoS ONE, 9, e109093 (2014)..シロイヌナズナのCPC遺伝子をトマトで過剰発現しても,根毛やトライコームが変化しないことなどから,作物への応用展開は容易ではないと痛感している.将来的には,環境に応じた根毛やトライコーム形態をもつ作物の作出が期待される.

Reference

1) N. Tanaka, M. Kato, R. Tomioka, R. Kurata, Y. Fukao, T. Aoyama & M. Maeshima: J. Exp. Bot., 65, 1497 (2014).

2) L. Dolan: Ann. Bot. (Lond.), 77, 547 (1996).

3) L. Dolan, C. M. Duckett, C. Grierson, P. Linstead, K. Schneider & E. Lawson: Development, 7120, 2465 (1994).

4) T. Wada, T. Tachibana, Y. Shimura & K. Okada: Science, 277, 1113 (1997).

5) R. Tominaga-Wada, T. Ishida & T. Wada: Int. Rev. Cell Mol. Biol., 286, 67 (2011).

6) R. Tominaga, M. Iwata, K. Okada & T. Wada: Plant Cell, 19, 2264 (2007).

7) T. Kurata, T. Ishida, C. Kawabata-Awai, M. Noguchi, S. Hattori, R. Sano, R. Nagasaka, R. Tominaga, Y. Koshino-Kimura, T. Kato et al.: Development, 132, 5387 (2005).

8) T. Wada, T. Kurata, R. Tominaga, Y. Koshino-Kimura, T. Tachibana, T. Goto, M. D. Marks, Y. Shimura & K. Okada: Development, 129, 5409 (2002).

9) R. Tominaga-Wada & T. Wada: J. Plant Physiol., 199, 111 (2016).

10) T. Wada, A. Kunihiro & R. Tominaga-Wada: PLoS ONE, 9, e109093 (2014).