解説

二次代謝天然物を用いたケモセンサーの開発研究天然物化学とナノテクノロジーの融合

Development of a Chemosensor Using a Secondary Metabolite

Masaru Enomoto

榎本

東北大学

Published: 2017-04-20

金ナノ粒子は,大きなモル吸光係数をもつことに加えて粒子間距離に応じて吸収波長が変化するという特徴をもつことから,検査薬や指示薬などのセンサー物質として広く利用されてきた.しかしながら,これまで金表面への担持物質として糖やタンパク質,人工的にデザインされた有機化合物が利用された例は数多く報告されてきたが,二次代謝化合物(天然物)が利用された例はほとんど知られていない.本稿では,これまでに知られているナノ粒子を利用したセンサー物質開発研究について概説したのちに,筆者らが合成に成功した糖鎖に含まれるマンノース残基を特異的に認識する金ナノ粒子PRM-AuNPsについて紹介する.

はじめに(金ナノ粒子について)

「ナノ粒子」と聞くと馴染みのない方が大勢いると思うが,私たち人類は古くからナノ粒子を利用してきた.たとえば,教会の赤いステンドグラスには金ナノ粒子が使われている.もっと馴染み深い例を挙げると,陶磁器の赤の彩色にも使用されている.ちなみに黒の彩色には磁鉄鉱のナノ粒子が使用される.金ナノ粒子の科学的研究を最初に行ったのはFaradayとされているが,本格的に研究されるようになったのは20世紀に入ってからのことである(1)1) 日本化学会(編):“金属および半導体ナノ粒子の化学”,化学同人,2012, p. 11..しかし当初は,凝集性が強く安定的に得ることが難しかったことから用途は限られていた.この状況を一変させたのが,1994年にBrustらにより報告されたアルキルチオールリンカーで修飾した金ナノ粒子の合成法であった(2)2) M. Brust, M. Walker, D. Bethell, D. J. Schiffrin & R. Whyman: J. Chem. Soc., Chem. Commun., 7, 801 (1994)..Brustらにより合成されたこの金ナノ粒子は従来のものとは異なり,濃縮しても再溶解可能であり安定に存在した.これにより金ナノ粒子が抱えていた致命的な欠点が大きく改善されたことに加え,2000年頃から米国をはじめとした先進国がナノテクノロジー研究に力を入れ始めたことによりこの分野の研究が大きく花開いた.現在では金をはじめとしたさまざまな金属のナノ粒子が合成されており,バルクの金属とは大きく異なる興味深い性質を応用して,触媒などの機能性材料として広く利用されている.

さて,金ナノ粒子は古くから内装や日用品の彩色に利用されてきたが,金ナノ粒子の合成技術が発達するにつれて,科学的な「彩色」の材料としても注目を集めるようになった.実際,金ナノ粒子の懸濁液は非常に鮮明な赤色であり,粒径が40 nmの金ナノ粒子の場合,モル吸光係数(ε)が代表的な分子プローブのローダミン6Gの60,000倍にもなる(3)3) 渡辺 茂,山本修司,合田愛理,東 優磨:分析化学,61, 49 (2012)..この鮮明な発色現象はプラズモン効果と呼ばれる現象に由来するが,これを利用して金ナノ粒子は妊娠検査薬などのイムノクロマト法に応用されている.この特徴だけでも彩色の材料として魅力的であるが,金ナノ粒子の最大の分光学的特徴は,粒子の拡散・凝集(粒子径の増減)に応じて紫外可視吸収スペクトルが変化することであろう.拡散状態の金ナノ粒子が凝集すると溶液が赤色から青色へと明確な色調変化を引き起こす.この変化は光度計などの機器を使わずに目視でも確認できることから金ナノ粒子はセンサー物質として注目されてきた.金ナノ粒子が本来から有するこのような性質に加えて,金表面のさまざまな修飾法が報告されたことから,2000年頃から金ナノ粒子の表面に凝集のきっかけとなるトリガー化合物を担持してセンサー物質を創出する研究が数多く報告されている.そこで,次項ではそのような試みについて概説したい.

生体高分子,合成化合物を用いたセンサー物質

生体内では水素結合,親水性・疎水性相互作用のような分子間力による化合物同士の認識が至る所で行われており,特にタンパク質,核酸,糖鎖といった多官能性の生体高分子は生体内でリガンド分子認識の中心的な役割を果たしている.トリガー化合物には標的となる化合物を特異的に認識するような性質が要求されるため,生体内分子認識を利用したセンサー物質開発研究は,世界中の研究者が精力的に行っている.特にレクチンと糖の相互作用はよく研究されている生体内分子認識であるため,ナノ粒子を用いたセンサー物質開発研究の黎明期からこれを利用する試みがなされてきた.たとえば,北野らはグルコース(Glc)を金ナノ粒子上に担持することでコンカナバリンA(Con A)というレクチンを認識する銀ナノ粒子の創製に成功した(4)4) A. Yoshizumi, N. Kanayama, Y. Maehara, I. Makoto & H. Kitano: Langmuir, 15, 482 (1999)..また,片岡らはラクトース(Lac)を金ナノ粒子上に担持することでRCA12というレクチンを認識する金ナノ粒子の創製に成功している(5)5) O. Hidenori, Y. Akiyama, Y. Nagasaki & K. Kataoka: J. Am. Chem. Soc., 123, 8226 (2001).

数ある生体内分子認識の中で最も重要なものはDNAの二重鎖形成であろう.実際に,DNAを利用したセンサー物質は遺伝子診断への応用が期待されることもあり盛んに研究が行われているが,その発端となった研究の一つがMirkinらにより発表されたDNA担持金ナノ粒子(DNA-AuNPs)である(6)6) R. Elghanian, J. J. Storhoff, R. C. Mucic, R. L. Letsinger & C. A. Mirkin: Science, 277, 1078 (1997)..彼らは,標的配列と相補的な配列をもつ一本鎖DNAをプローブとして金ナノ粒子に担持することで,標的配列DNAの有無を溶液の色調変化により検出できる系を開発した.ここまではコンセプトどおりの結果だが,トリガー化合物を金ナノ粒子上に多量化すると,トリガー化合物そのものと異なった性質を示すようになるのがこの分野の研究の興味深いところである.DNA二重鎖が一本鎖へと解離(融解)する温度(融解温度:Tm)は通常のDNAの場合は比較的広い温度幅をもって観測されるが,彼らのDNA-AuNPsにおいてはごく狭い温度範囲内(~3°C)で観測され,Tmも通常のDNAの場合と比べて上昇していた.詳細な機構は原著論文を参考にしていただきたいが(7)7) R. Jin, G. Wu, Z. Li, C. A. Mirkin & G. C. Schatz: J. Am. Chem. Soc., 125, 1643 (2003).,重要なことは①Tmの上昇は標的DNAに対する親和性の向上を意味し,②Tmの温度幅の縮小は塩基対の僅かなミスマッチも検出できることを意味していることである.つまり,DNAを金ナノ粒子上に担持(狭い空間に濃縮)することで,DNAそのものと比較してセンサー物質としての機能が向上したことになる.多量体化に伴うトリガー化合物の機能の向上は筆者の研究でも観察されたので後述する.

合成化合物による分子認識の化学,いわゆる超分子化学は,Pedersen, Cram, Lehnら(1987年ノーベル化学賞)によりその基礎が築かれ,さまざまな分野に影響を及ぼしている.実際,センサー物質開発研究においても彼らが開発したクラウンエーテルやクリプタンドを元にデザインされたトリガー化合物が特定のイオンを検出する際に活躍している(8, 9)8) S.-Y. Lin, S.-W. Liu, C.-M. Lin & C. Chen: Anal. Chem., 74, 330 (2002).9) A. J. Wang, H. Guo, M. Zhang, D.-L. Zhou, R.-Z. Wang & J.-J. Feng: Mikrochim. Acta, 180, 1051 (2013)..また近年ではトリガー化合物を巧妙にデザインすることで,イオンに限らず特定の性質をもった有機化合物を検出することもできる.たとえばGaviñaらは,カルボキシラートイオンをもつリガンドと第三級アミノ基をもつリガンドをともに金ナノ粒子上に担持することで,リン系の神経毒(サリン類縁体)の検出方法を報告した(10, 11)10) A. Martí, A. M. Costero, P. Gaviña, S. Gil, M. Parra, M. Brotons-Gisbert & J. F. Sánchez-Royo: Eur. J. Org. Chem., 2013, 4770 (2013).11) T. Oki, M. Konishi, K. Tomatsu, K. Tomita, K.-I. Saitoh, M. Tsunakawa, M. Nishio, T. Miyaki & H. Kawaguchi: J. Antibiot., 41, 1707 (1988).図1A図1■Gaviñaらによる神経毒検出センサー物質).この金ナノ粒子は,塩基性条件では表面が負に帯電しているために溶液中で分散状態にある(図1B図1■Gaviñaらによる神経毒検出センサー物質).しかし,有機リン系の神経毒化合物が存在するとヒドロキシ基の脱離に伴って第四級アンモニウムカチオン(正電荷)が生成するため,電気的に粒子同士が引きつけ合うことになる.これにより粒子の凝集が惹起されて色調変化が観察される.簡便な検出系であるにもかかわらず,この方法によりDCNPというリン系の毒物を76~81 ppmという極めて低濃度でも検出可能である.

図1■Gaviñaらによる神経毒検出センサー物質

天然物を利用したセンサー物質

これまでに紹介したセンサー物質は,糖やタンパク質,あるいは人工的にデザインされた比較的単純な有機化合物を担持した金ナノ粒子である.もともと筆者は天然物化学を主体に研究を行ってきたこともあり,天然物と金ナノ粒子を組み合わせた研究に興味をそそられて調査を行った.すると意外なことに,天然物を担持した金ナノ粒子はこれまでにほとんど知られていなかった.自然界には多様な生物活性を示す天然物が数多く知られており,それらの活性発現機構を上手く利用できれば,これまで検出が困難であった物質や系において,目的物質の検出が可能であろうと考察された.

核酸,アミノ酸,糖は生体高分子の構成成分として,遺伝,代謝,シグナル伝達など重要な役割を果たしている.このうち糖鎖は,結合様式が多様なことやサンプルの増幅が容易ではないなどの理由から比較的解析が難しい.糖鎖の解析にはレクチンが有効であるが,固定化が必ずしも容易ではないという問題がある.したがって,レクチン様の活性発現機構をもつ天然物ならば,金ナノ粒子表面に担持することで糖を検出するセンサー物質として機能すると期待された.このような機能を有する天然物として,放線菌から単離・構造決定された抗真菌・抗HIV活性天然物プラジミシン(pradimicin; PRM)に着目した(11)11) T. Oki, M. Konishi, K. Tomatsu, K. Tomita, K.-I. Saitoh, M. Tsunakawa, M. Nishio, T. Miyaki & H. Kawaguchi: J. Antibiot., 41, 1707 (1988).図2A図2■PRM AとFA-1の構造式(A),PRMとマンノースの結合・解離過程の概念図(B)).PRMは,真菌の浸透圧を調節するSln1という糖タンパク質のマンノース(Man)残基に結合し,その機能を阻害することで抗真菌活性を発現する(12, 13)12) Y. Sawada, K.-I. Numata, T. Murakami, H. Tanimichi, S. Yamamoto & T. Oki: J. Antibiot., 43, 715 (1990).13) Y. Sawada, M. Hatori, H. Yamamoto, M. Nishio, T. Miyaki & T. Oki: J. Antibiot., 43, 1223 (1990)..一方,HIVウイルスに対しては,ウイルス表面のgp120という糖タンパク質のMan残基に結合することで,ウイルスの感染過程を阻害して活性を発現する(14)14) A. T. Tochikura, T. F. Tochikura, O. Yoshida, T. Oki & N. Yamamoto: Virology, 176, 467 (1990)..PRMとManの結合様式は沖らと中川らそれぞれにより詳細に研究され,PRM 2分子がCa2+イオンを介して,14位と2′位の2つのヒドロキシ基による水素結合とA環部分によるCH/π相互作用(図2A図2■PRM AとFA-1の構造式(A),PRMとマンノースの結合・解離過程の概念図(B)青色部分)でMan2分子と結合するモデルが提唱されている(15~22)15) T. Ueki, K.-I. Numata, Y. Sawada, T. Nakajima, Y. Fukagawa & T. Oki: J. Antibiot., 46, 149 (1993).22) Y. Nakagawa, T. Doi, T. Taketani, K. Takegoshi, Y. Igarashi & Y. Ito: Chemistry, 19, 10516 (2013)..2分子のPRMとCa2+イオンから生じた複合体は,2分子のManと結合して[PRM2/Ca2+/Man2]複合体となる.これはさらに2分子のManと結合して[PRM2/ Ca2+/Man4]複合体となり,これらはやがてオリゴマー化して沈殿する(図2B図2■PRM AとFA-1の構造式(A),PRMとマンノースの結合・解離過程の概念図(B)).

図2■PRM AとFA-1の構造式(A),PRMとマンノースの結合・解離過程の概念図(B)

PRMのこのような活性発現機構を考慮すると,PRMを金ナノ粒子上に固定できれば,Ca2+イオンとMan存在下でPRMの凝集に伴って金ナノ粒子も凝集することになるので,Manの有無を簡便に検出できるのではないかと考えた.そこでPRMの活性発現機構に着目して,Manを簡便に検出できるセンサー物質の開発を目指して研究を行った

PRM担持金ナノ粒子(PRM-AuNPs)の合成と設計

PRMを金ナノ粒子に担持するにあたり,活性を損なわないようにPRMを修飾する必要がある.既知の構造活性相関によれば4′位の二級アミノ基(図2A図2■PRM AとFA-1の構造式(A),PRMとマンノースの結合・解離過程の概念図(B)赤色部位)を修飾しても活性は大きく損なわれないことが報告されているので(23)23) H. Kamachi, S. Iimura, S. Okuyama, H. Hoshi, S. Tamura, M. Shinoda, K. Saitoh, M. Konishi & T. Oki: J. Antibiot., 45, 1518 (1992).,4′位の二級アミノ基をアルキル化することでPRMを修飾し,目的とするPRM担持金ナノ粒子(PRM-AuNPs: 1)を合成することにした.

1の合成経路を図3図3■PRM担持金ナノ粒子(PRM-AuNPs: 1)の合成経路に示した.PRMは溶解性が低い化合物であることからPRMを担持した金ナノ粒子も溶解性が低下することが懸念された.そこで,金ナノ粒子の水溶性を担保するために,PRMをもつリンカーだけでなく,末端にヒドロキシ基をもつリンカーも同時に担持することにした.まず,既知のジスルフィド2の一方の末端のヒドロキシ基をそのままにして(24)24) H. Shimizu, M. Sakamoto, N. Nagahori & S.-I. Nishimura: Tetrahedron Lett., 63, 2418 (2007).,もう一方の末端をアルキンヘと変換し,リンカー3を調製した.これをテトラクロロ金(III)カリウム共存下,水素化ホウ素ナトリウムで還元することによりチオールリンカーが担持された金ナノ粒子4を合成した.動的光散乱法を用いて粒径を測定したところ,4の粒径はおよそ15 nmであった.つづいてPRMの修飾を行った.まず,既知化合物から導いたα-ブロモアセトアミド誘導体6とPRM FA-1(PRMの類縁体の一つ)を反応させて7を得た(25)25) X. Wan & S. Liu: Macromol. Rapid Commun., 31, 2070 (2010)..この化合物と金ナノ粒子4をHuisgen反応により連結することで目的とするPRM-AuNPs(1)の合成を完了した(26)26) T. R. Chan, R. Hilgraf, K. B. Sharpless & V. V. Fokin: Org. Lett., 6, 2853 (2004).

図3■PRM担持金ナノ粒子(PRM-AuNPs: 1)の合成経路

PRM-AuNPsの機能評価

まず,1の紫外可視吸収スペクトルの測定を行ったところ,その極大値は510 nmであった.PRMそのものと金ナノ粒子4についても測定を行ったところ,それぞれの極大値は460と530 nmであったことから,PRMの吸収スペクトルが金ナノ粒子の表面プラズモン共鳴の影響を受けて赤方シフトしていることが観察された.

次に,1のMan認識能を評価した.1のリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4, PRM部分14 μM相当)にManを0.50当量,CaCl2を0.25当量ずつ同時に添加し,60°Cで50分間インキュベート後に遠心処理をして(5,000 g, 5分)紫外可視吸収スペクトルを測定した(図4図4■PRM-AuNPs溶液へのマンノースの添加に伴う紫外可視吸収スペクトルの変化).すると,Manの添加に伴い,吸光度の減衰が観察され,4.3当量のMan添加後は初期値のほぼ1/2の吸光度となった.これは粒子の凝集に伴い沈殿が生成していることに由来する.実際に8.6当量添加後の遠心処理では明確な凝集が目視でも確認できた.また,ManとCaCl2の添加量を増やすにつれてスペクトルの赤方シフトも観察された.これはコロイド粒子の近接・凝集に由来していると考えられた.そこで,8.6当量添加後の溶液中の粒子の粒径を動的光散乱法により測定したところ670 nmと測定された.これは4の粒径のおよそ45倍であり,ManとCaCl2の添加による粒子の凝集を確認することができた.これらの結果から,1は期待どおりManを認識するセンサー物質として機能することがわかった.

図4■PRM-AuNPs溶液へのマンノースの添加に伴う紫外可視吸収スペクトルの変化

つづいて,1の解離定数を算出した(27)27) P. Thordarson: Chem. Soc. Rev., 40, 1305 (2011)..PRMとManの結合は,[PRM2/Ca2+/Man2]複合体を生成する第一結合と,[PRM2/Ca2+/Man4]複合体を生成する第二結合からなるが,第二結合の結合力は第一結合と比較して1/40であることが報告されているので,その影響は小さいと考えられる(21)21) Y. Nakagawa, T. Doi, Y. Masuda, K. Takegoshi, Y. Igarashi & Y. Ito: J. Am. Chem. Soc., 133, 17485 (2011)..加えて,1.1当量のMan添加以降はスペクトルの赤方シフトが観察されなかったことから,この間の赤方シフトがPRMとManの第一結合に対応しており,第二結合の影響は排除できると考察された.そこで,0~1.1当量の間の極大値シフト幅から第一結合の解離定数を求めたところ,10 μMと算出された.PRM自体の第一結合の解離定数は96 μMであることから,PRMを金ナノ粒子に担持することにより解離定数が1/10,つまり結合力がおよそ10倍になったことが示唆された.これは,いわゆるクラスター効果(多価結合効果)による影響と考えられた(28~31)28) M. Mammen, S.-K. Choi & G. M. Whitesides: Angew. Chem. Int. Ed., 37, 2754 (1998).31) 榎本 賢:有機合成化学協会誌,73, 388 (2015)..リガンド1分子では結合力が弱い場合でも,リガンドが狭小領域に濃縮されて存在する場合は多点で受容体に結合できるので,結合がエントロピー的に有利になる(この現象はマジックテープをイメージすると理解しやすい).この効果は生体分子でも知られており,たとえば,細胞表面の脂質ラフト構造では糖鎖が集合化することでタンパク質に対する認識能を高めている.1の場合もPRMが金ナノ粒子表面の狭い空間に濃縮されて存在することで,PRM単独の場合と比べてManに対する結合力が向上したと説明できる.実は,金ナノ粒子を用いたセンサー物質開発研究において,このような効果はしばしば観察される.先述の北野らによるCon A認識銀ナノ粒子の研究においてもクラスター効果は報告されており(4)4) A. Yoshizumi, N. Kanayama, Y. Maehara, I. Makoto & H. Kitano: Langmuir, 15, 482 (1999).,この効果はセンサー物質を開発する際にナノ粒子を使用する大きな利点となっている.

さらに,Man特異性を確認することを目的としてほかの糖についても添加実験を行った.PRMはD-Man選択的に結合し,ほかのヘキソースには結合しないことが報告されている(17)17) T. Ueki, M. Oka, Y. Fukagawa & T. Oki: J. Antibiot., 46, 465 (1993)..そこでD-GlcとD-Galをそれぞれ用いて,D-Manのときと同様の条件で添加実験を行った.すると,8.0当量のD-Glc, D-Galを1のリン酸ナトリウム緩衝液にそれぞれ添加しても紫外可視吸収スペクトルに明確な変化は観察されず,1はMan特異性を保っていることが確認された.

これまでの実験から,1が単糖のManを選択的に認識することが確認されたので,多糖およびオリゴ糖に含まれるMan残基に対する認識能の評価を行った(図5図5■オリゴ糖8, 9,糖ペプチド10およびペプチド11の構造式).まず,マンナンを用いて添加実験を実施したところ,Manのときと同様に明確なスペクトルの減衰が確認された.Man残基を含むオリゴ糖8と含まないオリゴ糖9についての添加実験では,8についてはスペクトルの減衰が確認されたが,9については8.0当量添加しても減衰は確認されなかった.PRMは糖鎖中の非還元末端に位置するMan残基,すなわち1位-置換Man残基と,1,6位-二置換Man残基を認識することが知られており(19, 22)19) K. Fukagawa, Y. Tsukamoto, T. Oki & Y. C. Lee: Glycobiology, 8, 407 (1998).22) Y. Nakagawa, T. Doi, T. Taketani, K. Takegoshi, Y. Igarashi & Y. Ito: Chemistry, 19, 10516 (2013).,これまでの結果はPRMのMan残基認識能に関する既知の報告と一致する.しかし,糖ペプチド10に対して同様に滴定実験を行ったところ,興味深いことに,スペクトルの減衰が確認された.10には3つのMan残基が含まれているものの,これらはすべて糖鎖内部に存在している.しかも,2つは1,2位-二置換で,残る一つは1,3,6位-三置換である.これまでのところ,糖鎖内に含まれているMan残基のうち2,3,4位のヒドロキシ基に置換基を有するものに対してPRMが結合できるという報告は知られていなかった.スペクトル減衰の原因として10に含まれるペプチド部分のアミノ酸残基が,1に対して非特異的に結合している可能性が考えられたので,10のペプチド部分に相当する11を化学合成して滴定実験を行った.その結果,111の紫外可視吸収スペクトルに影響を与えず,1が認識しているのは10の糖鎖部分であることが示唆された.これまでに1,6位-二置換Man残基がPRMによって認識されうることは報告されているが,10のMan残基は1,3,6位-三置換で立体的に混んだ位置にある.10の部分構造である8のスペクトル変化が,10のそれと似ていたことから,110の中央部分の二置換Man部位を認識している可能性が考えられた.詳細な機構は不明だが,この認識を可能にしたのはクラスター効果の可能性がある.つまり,クラスター効果により結合力がPRMそのものよりも向上したことで,これまで結合力が弱すぎて認識できなかった置換様式のMan残基を1が認識した可能性が考えられた(32)32) M. Enomoto, Y. Igarashi, M. Sasaki & H. Shimizu: Tetrahedron, 71, 2603 (2015).

図5■オリゴ糖8, 9,糖ペプチド10およびペプチド11の構造式

おわりに

以上,これまでに知られている金ナノ粒子を利用したセンサー物質開発研究とともに,天然物をトリガー化合物に用いた筆者らによるセンサー物質開発研究について解説した.天然物は,生体高分子や人工的な超分子化合物と異なり,これまでにトリガー化合物として用いられることはなかった.その理由を金ナノ粒子の研究を発展させてきた材料科学者の立場から考えると,天然物は手が出しにくい化合物であったからかもしれない.核酸やペプチド,糖といった生体高分子は天然物に比べて入手しやすく,合成法や修飾法も確立されている.人工的な超分子化合物も天然物と比較すれば,合成や修飾が容易である.その一方,天然物は希少な場合も多く,専門家でなければ合成・修飾も簡単ではない.しかし,ほかの研究分野と同様に,天然物化学を取り巻く技術も日進月歩であり,状況は変わりつつあるように思える.たとえば,ケミカルバイオロジー研究の発展に伴い,天然物と標的タンパク質の関係性が明らかになることで活性発現機構が明確にわかるようになった.さらに,タンパク質の修飾を目的としたbioorthogonal(生体直交)反応の開発も盛んに行われており,これを複雑な天然物にも応用することで既存法よりも簡便に修飾できるようになった.天然物の入手方法に目を移しても,本来の生産微生物から化合物を単離する方法だけでなく,生合成遺伝子を他微生物に導入して有用天然物の生産効率を向上させることも可能になりつつある.このように,天然物をセンサー物質に利用するうえでの問題点が完全に解決できているわけではないが,以前に比べればハードルは大きく下がっていると言えるだろう.ここまで読んでお気づきの方もいるかと思うが,これらの技術はすべて農芸化学の守備範囲である.材料科学者にとって開拓が難しかったこの学際領域を切り拓いて種をまき,収穫できるのは農芸化学分野の研究者であると思う.天然物化学は日本のお家芸の一つと言われるまでに発展したが,最近の医薬品開発においては,合成化合物をスクリーニング源とする薬剤開発が主流になっている.もちろん,依然として天然物は有用な医薬資源であることに変わりはないが,新たな学問領域で活躍する天然物の姿も見てみたいと夢見ている.

Acknowledgments

本研究の遂行にあたり,貴重なPRMをご恵与くださいました五十嵐康弘教授(富山県立大学),オリゴ糖8をご恵与くださいました松尾一郎教授(群馬大学),糖ペプチド10をご恵与くださいました東京化成工業株式会社様に厚く御礼申し上げます.また,有益なご助言を賜った清水弘樹主任研究員,佐々木正秀グループリーダー(産業技術総合研究所)に深く感謝申し上げます.本研究の実施にあたっては,日本学術振興会科学研究費補助事業(若手研究(B)) および秋山記念生命科学振興財団(研究助成奨励)よりご支援をいただきました.この場をお借りして深謝いたします.

Reference

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