Kagaku to Seibutsu 55(5): 351-354 (2017)
バイオサイエンススコープ
農薬の安全管理を巡る状況について安全な農薬を確保するために
Published: 2017-04-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
農薬は,農作物を病害虫の被害から保護し,品質の良い農産物を安定的に国民に供給するために欠かせない資材であり,安全で良質な農産物を生産し,消費者に安定的に供給するために,農薬の安全の確保とその適正使用を推進していく必要がある(図1図1■農薬の使用目的,図2図2■農薬の安全確保の必要性).
一方,農薬を含む生産資材価格の引き下げおよび生産資材関連産業の国際競争力の強化を図るため,さまざまな検討が進められている.
このため,農林水産省では,農薬の登録審査の国際調和を図り,より安全性が高く質の良い農薬がわが国で早期に登録され,将来にわたって生産者に安定的に供給されるように登録審査制度の運用を順次見直している.本稿では,農薬および農薬登録の基礎(1)1) 農林水産省:農薬の基礎http://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_tisiki/index.htmlとわが国の農薬登録制度の見直しの状況などを紹介する.
わが国では,農薬は,農薬取締法で規制されている.農薬取締法では,「農薬」とは,「農作物(樹木及び農林産物を含む.以下「農作物等」という.)を害する菌,線虫,だに,昆虫,ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する.)の防除に用いられる殺菌剤,殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む.)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる植物成長調整剤,発芽抑制剤その他の薬剤をいう.」とされている(図3図3■農薬の定義).このため,一般的な殺虫剤,殺菌剤,除草剤のような化学合成されるものだけでなく,農作物等の病害虫を防除するための「天敵」も農薬とみなされている.
農薬の安全確保などを図るため,「農薬取締法」に基づき,製造,輸入から販売そして使用に至るすべての過程で厳しく規制されている(以前は販売規制が中心だったが,無登録農薬の販売・使用が社会問題となったことを受け,平成14年12月の法改正で製造・輸入・使用の規制が加わった).その中心となっているのが,「登録制度」で,一部の例外を除き,国(農林水産省)に登録された農薬だけが製造,輸入および販売できるという仕組みとなっている.また,登録に必要な基準値の設定,安全性の評価は,厚生労働省,環境省および食品安全委員会が行っている(図4図4■関係府省の役割(農薬登録まで)).
農薬の登録申請に当たって農薬の製造者や輸入者は,病害虫や雑草の防除に効果があるか,作物に害を与えないか,人に毒性がないか,作物や環境に残留しないかなどをさまざまな試験により確認し,その結果を整えて,農林水産大臣に申請する(実際の提出は,独立行政法人農林水産消費安全技術センター(以下,FAMIC)を経由する).新たな農薬の開発には,およそ10年の歳月と百億円を超える経費が必要になるといわれており,国内では毎年約10種類程度の新しい有効成分の農薬が登録されている.国内農薬メーカーの新規農薬の開発力は,世界的にも優れたもので,平成26年までの10年間に世界で農薬として認められた新しい系統の30化合物のうち,57%は国内農薬メーカーが開発している(2)2) 神山洋一:日本農薬学会誌,40, 247 (2015)..
農薬メーカーからの申請を受けた農林水産省はFAMICにその農薬の登録検査を指示し,FAMICでは,提出された試験成績などに基づいて,農薬の品質の適正化とその安全かつ適正な使用の確保のため,農薬の薬効をはじめ毒性や作物・土壌に対する残留性などについて総合的に検査し,農林水産省にその結果を報告する.この結果から,農林水産省はその農薬を登録するか判断している.
特に,安全性については,農薬使用者の安全性,農薬が使用された農作物を食べた場合の安全性および散布された環境に対する安全性に関する検査を行っている.これらの安全性を確認するために,登録申請メーカーは,信頼性のおける試験機関においていくつもの毒性試験,残留試験,環境への影響試験などを行う必要がある.FAMICでは,提出された試験の結果から総合的に判断し,農薬が人や環境に与える影響について検査している.人や家畜に対する毒性を調べるために行われる毒性試験は,大きく分けて,短期間に多量の農薬を摂取した場合の毒性(急性毒性)と,少量であっても長期間に農薬を摂取した場合の毒性(慢性毒性)を試験するものがあり,急性毒性試験は主に農薬を使用する人への影響を,慢性毒性試験は農薬が使用された農作物を食べる人に与える影響を調べている.
農薬は,病害虫や雑草などの防除,作物の生理機能の抑制などを目的として農作物に散布され,目的とした作用を発揮した後,徐々に分解するものの,直ちに消失するわけではない.このため作物に付着した農薬が収穫された農作物に残り,これが人の口に入ったり,農薬が残っている農作物が家畜の飼料として利用され,ミルクや食肉を通して人の口に入ることも考えられ,このように農薬を使用した結果,作物などに残った農薬を「残留農薬」と言っている.この残留農薬が人の健康に害を及ぼすことがないように,農薬の登録に際して安全性に関する厳重な審査が実施されている.
通常,作物の表面に散布された農薬は,大気中への蒸発,風雨による洗い流し,光および水との反応による分解などで,散布日から時間が経つにつれて減少していくが,その一部は収穫時の作物に残留する.ある使用方法で農薬を使用した場合に最終的に農産物に残留する農薬の濃度を把握するために実施される試験を「作物残留試験」と言い,申請されている使用方法で実施された作物残留試験の結果を用いて,その農薬のさまざまな食品を通じた長期的な摂取量の総計がADI(一日摂取許容量)を超えないこと(日本の場合は,ADIの8割)および個別の食品からの短期的な摂取量がARfD(急性参照用量)を超えないことを確認する.そのうえで,定められた使用方法に従って適正に使用した場合に残留しうる農薬の最大の濃度が,食品衛生法に基づき厚生労働大臣が定める「残留農薬基準」として設定される.作物に残留しうる農薬の最大濃度を推定するにあたっては,気象条件など種々の外的要因により残留濃度が変動する可能性を考慮している.
平成27年度から農業の体質強化対策の大きな柱の一つとして,政府(規制改革推進会議)および与党プロジェクトチーム(農林水産業骨太方針策定プロジェクトチーム)で,「生産資材の価格形成の仕組みの見直し」が議論された.
その結果,「農業競争力強化プログラム」(3)3) 農林水産省:農業競争力強化プログラムhttp://www.maff.go.jp/j/kanbo/nougyo_kyousou_ryoku/index.htmlがとりまとめられ,その内容は,政府の「農林水産業・地域の活力創造プラン」に盛り込まれた(平成28年11月).
そのなかで,農薬については,国際的対応が特に重要であり,農薬取締法の運用を国際標準に合わせる方向で抜本的に見直すこととされている.
これを受けて,農林水産省では,国内外を問わず,高品質で安全な農薬を迅速に農業者に供給していくために,農薬登録制度の国際調和をさらに進めていくこととしている.
農林水産省では,「CodexやOECD等における国際基準等と国内制度の調和」と,「科学的な情報・知見・データに基づくリスク管理」を基本的な考え方として,「農薬行政の刷新」に取り組んでおり,少し専門的になるが,農薬登録制度の見直しの状況を紹介する.主な取組状況は以下のとおり(図5図5■農薬登録制度の刷新のための主な取組).
農薬登録に必要な安全性評価に係る試験は,信頼性確保のための国際的な基準(GLP)に適合した機関で実施することが,OECD加盟国間でのデータの相互受け入れの条件にもなっており,それまでの毒性試験に加え,作物残留試験もGLPの対象に追加した.
消費者の健康リスクの評価に用いる作物残留試験の例数を増やすことで,より現実に即したリスク評価を可能とするとともに,試験データが国際的にも通用しうるものとした.
新しい成分の農薬の登録に当たって,人の健康や環境への影響の有無を判断した科学的根拠などを,消費者,農薬の使用者,農薬使用の指導者に示すとともに,審査の透明性を確保するため,農薬の「審査報告書」を作成し,公表することとした.
農薬登録制度の国際調和の一環として,農薬の登録申請時に提出する資料について,多くのOECD加盟国が共通で採用している「OECDドシエ様式」を導入(平成27年5月~)し,あわせて,試験成績などの電子データや英語で記載された試験成績の受け入れを開始した(平成26年5月~).
国産飼料の増産が見込まれていることに対応して,農薬の登録申請時に畜産物への残留を評価するための試験データを新たに要求し,畜産物を経由したその農薬の摂取が消費者の健康に悪影響を及ぼさないことを確認して,その農薬を国内で飼料作物などに使用できるようにする仕組みを導入した.
厚生労働省がARfDを用いた短期暴露評価の結果から,残留基準値の見直しを進めているため,一部の農薬で,従来の使用方法では残留基準値を超過して,食品衛生法に基づく回収などを求められる可能性がでてきた.このため,農林水産省では,消費者の健康を守りつつ,生産現場に混乱が生じることがないよう,農薬メーカー自らARfDを想定して短期暴露評価をし,登録を受けている農薬の使用方法を変更する必要がある場合には,ARfDの設定や残留基準値の改定を待たずに,十分な時間的猶予をもって変更登録の申請を行うよう各農薬製造メーカーに必要な要請を行っている.
農薬登録制度の国際基準との調和や評価・審査のためのデータ作成の負担軽減のため,個別の作物ごとの登録に加えて,最新の科学的知見に基づいた作物群による登録を可能とすることを目的とした検討を進めている.具体的には,Codexの食品分類を基に,作物群による登録の基礎となる作物分類を作物の種類ごとに作成するとともに,作物残留試験データを作成すべき代表作物の選定,薬効・薬害試験例数の見直し作業などを進めており,果樹類については29年度から導入し,その後,野菜類などに拡大していくこととしている.
農薬の各種成分の組成を管理する仕組み(いわゆる原体規格)を導入することで,有効成分と不純物の組成を定め,安全性を確認することにより,これまで原則として認められなかった農薬原体の製造方法の変更が可能になり,新しい技術の導入によりコスト削減に資することが期待されている(平成29年4月~).
通常,農薬の登録審査は,各国で別々に行われるが,国際共同評価(グローバルジョイントレビュー)は,新規農薬登録申請時に,農薬メーカーが登録を希望する複数の国に同時に申請を行い,登録審査国は,評価分野ごと(残留,毒性など)に審査を分担し,効率良く評価を行うことで,同時期に複数の国で農薬登録が可能となる仕組みである.現在,カナダ,米国をはじめ,OECD諸国を中心とした複数の国で実施されており,日本も,様式の統一や人材育成を行い,グローバルジョイントレビューに着手している.
農薬の安全確保の取組は,科学技術の発展に対応できるようするとともに,透明性を確保することが重要である.このことは,日本に限らず,国際的にも共通であり,わが国においても農薬登録制度の国際調和を図ることがますます必要となってくる.
Reference
1) 農林水産省:農薬の基礎http://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_tisiki/index.html
2) 神山洋一:日本農薬学会誌,40, 247 (2015).
3) 農林水産省:農業競争力強化プログラムhttp://www.maff.go.jp/j/kanbo/nougyo_kyousou_ryoku/index.html