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緑藻クラミドモナスの走光性と細胞レンズ効果藻類の「眼」の赤い色の役割

Noriko Ueki

植木 紀子

東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所

Ken-ichi Wakabayashi

若林 憲一

東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所

Published: 2017-05-20

光合成生物にとって,刻々と変わる光環境のなか,光の指す方向と強度に応じた行動を取ることは生存のために必須である.光環境に応じて泳ぎ方を変化させる遊泳性微細藻類は,この「光行動」の良い研究材料である.なかでも緑藻クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii和名コナミドリムシ)は,迅速な光行動を示すこと,1倍体であるため光行動に異常のある突然変異株を得ることが容易なことなどから,光行動研究に最適の生物として広く使われている.クラミドモナスは単細胞生物であり,細胞側面に光受容装置「眼点」を一つもつ.細胞前端に鞭毛が2本生えており,これらを平泳ぎのように動かして泳ぐ.人間の平泳ぎと異なるのは,2本の鞭毛の打面がずれているために自転しながら泳ぐことである.

眼点は2つの部品からなる.一つは葉緑体内にある光反射板(カロテノイド色素層;そのため眼点は赤く見える),もう一つはその外側,細胞膜にある光センサー(光受容タンパク質チャネルロドプシン)である(図1A図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).反射板の正面からきた光は反射によって増幅されてセンサーに当たり,逆に細胞の内側を通ってきた光は反射板に遮られてセンサーに届かない.つまり眼点は高指向性光受容装置である.また,チャネルロドプシンは光を感じると陽イオンを通すチャネルタンパク質である.光を受容すると陽イオンが流入し,それがきっかけとなって細胞内Ca2+濃度が上昇すると考えられている.全体として見ると,細胞の進行方向に対して横から光が当たると,細胞が自転して眼点の向きが変わるたびにセンサーが感じる光強度は大きく増減する.それに伴い細胞内Ca2+濃度が変動することで,細胞は光源方向を正確に感知する.

細胞内Ca2+濃度の変動は何をもたらすか.実は,2本の鞭毛の打つ強さのバランスがCa2+濃度に依存して変化する(1)1) R. Kamiya & G. B. Witman: J. Cell Biol., 98, 97 (1984)..眼点が光源側を向いてCa2+濃度が10−7 M程度に上昇すると眼点から遠い鞭毛(トランス鞭毛)が強く,その後眼点が逆側を向いて10−9 M程度に下がると眼点側の鞭毛(シス鞭毛)が強く打つ.つまり眼点がどちら側にあるときも光源から遠い側の鞭毛を強く打つため,細胞はだんだん光源方向に傾いて泳ぐ.これが正の走光性である(2)2) N. Isogai, K. Yoshimura & R. Kamiya: Zoolog. Sci., 17, 1261 (2000)..一方,光から逃げる負の走光性の場合は,何らかの因子によって光感受から片方の鞭毛の強打までの時間が自転半周期分遅れるか,もしくはCa2+濃度に対する反応が2本の鞭毛で逆になることで実現すると考えられている(図1B図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).

この走光性の正と負(符号)を入れ替える因子は長い間謎とされてきたが,筆者らの以前の研究によって明らかになった.細胞内の酸化還元(reduction-oxidationの略でレドックスと呼ばれる)状態変化である.細胞内は通常は酸化によるタンパク質などの変性を防ぐため,やや還元的に保たれている.しかし,光合成や呼吸の活性の変化などによって一時的に酸化的に,あるいは過剰に還元的に変化する.以前,光合成活性変化によって走光性の符号が入れ替わるという報告があったことから,筆者らは細胞内レドックス状態が直接の要因ではないかと考えた(3)3) T. Takahashi & M. Watanabe: FEBS Lett., 336, 516 (1993)..実験の結果,細胞を酸化的にする活性酸素種(ROS)で処理をすると正の走光性を,逆に還元的にするROS消去剤で処理すると負の走光性を示した(4)4) K. Wakabayashi, Y. Misawa, S. Mochiji & R. Kamiya: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 11280 (2011).図1C図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).おそらくクラミドモナスは,受容した光強度情報を,光合成を通して「細胞内レドックス状態」情報へと変換し,「いま光を浴びるべきか,逃げるべきか」を判断しているのだろう.

このレドックスによる走光性符号切り替えの発見によって,研究の新しい展開が可能になった.細胞内の酸化・還元状態と走光性の正・負の関係が崩れる新しい突然変異株を単離し,そのような株の原因遺伝子が同定できれば,この切り替え制御について分子レベルの知見が得られるだろう.筆者らは野生株と逆,つまり酸化すると負,還元すると正の走光性を示す株を得ることに成功した(5)5) N. Ueki, T. Ide, S. Mochiji, Y. Kobayashi, R. Tokutsu, N. Ohnishi, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, K. Tanaka, J. Minagawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 5299 (2016).図1C図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).この新しい走光性符号逆転変異株lts1-211の原因遺伝子を同定したところ,カロテノイド色素を作る過程で重要な働きを示す酵素に異常があることがわかった.カロテノイド色素といえば眼点の反射板の部分である.顕微鏡観察すると,たしかにlts1-211細胞には野生株細胞に見られる赤い眼点がなかった(図1A図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).

なぜ眼点の反射板がないと逆向きに泳ぐのだろう? これまでの考え方では,反射板である色素層がなくなると,光がどこから来たのかわからなくなり,走光性を示さなくなるはずである.しかし,lts1-211株は,符号は逆ではあるものの走光性自体は示す.そこで筆者らが思い至ったのが細胞レンズ効果である.それ自体は菌類などで報告されているよく知られた現象で,球状の透明な細胞が凸レンズのように働いて光を集めるというものである.もしもクラミドモナス細胞にもレンズ効果があるとすると,反射板のないlts1-211株ではセンサーが光源側を向いて直接光を浴びたときよりも,光源と反対側を向いて細胞によって集光された光を浴びたときのほうが「(より)明るい」と感じるだろう(図1D図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).「明るい」と感じた後の鞭毛の調節の仕方が野生株と同じならば,野生株と反対の方向に泳ぐだろう.

図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果

A. クラミドモナス野生株とlts1-211株細胞の明視野像と眼点の模式図.眼点は赤い色素層による光反射で高指向性光受容を行う.lts1-211には赤い色素がない.B. クラミドモナスの走光性の模式図.眼点の高指向性光受容と自転遊泳を組み合わせて光源方向を感知し,2本の鞭毛を打つバランスを変化させて正または負の走光性を示す.C. 培養液に活性酸素薬剤(上)または活性酸素消去剤(下)処理をして右から光を当てた.野生株はそれぞれ正,負の走光性を,lts1-211はその逆符号の走光性を示す.D. lts1-211の逆符号走光性を説明する細胞レンズ仮説.E.(左)顕微鏡の視野絞りに,OHPシートに印刷した「化学と生物」の「化」の字を置いた.(右上)クラミドモナス細胞をスライドガラスに接着させ,焦点面を上にあげていくと(右下)各細胞の上に「化」の字が結像した.Bar=10 µm

この仮説を証明するためには,細胞にレンズ効果があることを示さなければならない.しかし,クラミドモナス細胞は光を吸収する葉緑体をもつことから,レンズ効果はないという否定的な説があった.筆者らは,シンプルな方法でレンズ効果を実証した.凸レンズなら像を結ぶはずである.そこで,顕微鏡の光路上に字や絵を置いてクラミドモナスを観察し,焦点面を少し上にずらしてみた.すると,確かに細胞一つひとつの上に像が結ばれた(図1E図1■クラミドモナスの眼点,走光性,細胞レンズ効果).lts1-211細胞は,細胞レンズ効果を帳消しにするための反射板である色素層を失ったため,光源方向を誤認したと考えられる.おそらくクラミドモナスの祖先にあたる生物は,自らの体が細胞レンズ効果をもち,光受容体単独では光源方向を誤認してしまうことから,進化の過程で光受容体を裏打ちする位置に光反射板(色素層)を置くという戦略をとったのだろう.

今回の研究により,走光性の符号を正しく決めるというクラミドモナスにとって重要な生存戦略の反応のうち,根元の部分である「光源方向を正しく認識する」メカニズムが明らかになった.今後はその下流にあたる,細胞が自らのレドックス状態をどのように判定し,その情報をどのようにして鞭毛に伝えているのかという情報伝達経路を明らかにしたい.この研究を通じて,光合成生物に共通するレドックス感受のメカニズムや,鞭毛を使って走性を示す生物に共通する運動制御メカニズムに出会えることを期待している.

Reference

1) R. Kamiya & G. B. Witman: J. Cell Biol., 98, 97 (1984).

2) N. Isogai, K. Yoshimura & R. Kamiya: Zoolog. Sci., 17, 1261 (2000).

3) T. Takahashi & M. Watanabe: FEBS Lett., 336, 516 (1993).

4) K. Wakabayashi, Y. Misawa, S. Mochiji & R. Kamiya: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 11280 (2011).

5) N. Ueki, T. Ide, S. Mochiji, Y. Kobayashi, R. Tokutsu, N. Ohnishi, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, K. Tanaka, J. Minagawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 5299 (2016).