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亜リン酸デヒドロゲナーゼを利用した微生物の選択的培養技術バイオプロセス実用化の可能性を高める低コストで環境低負荷型の培養技術

Ryuichi Hirota

廣田 隆一

広島大学大学院先端物質科学研究科

Akio Kuroda

黒田 章夫

広島大学大学院先端物質科学研究科

Published: 2017-05-20

有用微生物を使った物質生産,いわゆるバイオプロセスにおける微生物培養は,一般に数百~万リットルの非常に大きな規模で行われる.このような規模の微生物培養では,雑菌汚染(コンタミネーション)が起こると,生産性が低下するだけでなく設備の復旧にも時間と費用を要し,巨額の損失をもたらす.培養装置や原料の加熱・蒸煮はコンタミネーションの抑止に非常に有効であるが,規模が大きくなるにつれてエネルギーの投入量や維持管理のコストが増大するため,採算の合わないプロセスでは利用できない.目的とする微生物を高純度かつ安価に大規模培養するということは,一見単純そうに思えて実は簡単には達成することのできない,バイオプロセスの実用化における極めて重要な課題である.

バイオ燃料生産のように未滅菌の原料が用いられる場合は,エタノールなどの生産物によって雑菌の増殖を抑制したり,雑菌が生育しにくいpHや塩濃度で生育できる宿主株を使って,増殖における優位性が得られるような条件で選択性を維持するなどの方法が採られている(1)1) L. S. Gronenberg, R. J. Marcheschi & J. C. Liao: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 462 (2013)..しかし,すべてのプロセスでこのような優位性を作り出せるというわけではないし,増殖のコントロールが難しく雑菌の抑制が不十分になることもある.実際に酵母を使ったバイオエタノール生産では雑菌(主に乳酸菌)の増殖によって最大27%の生産性が犠牲になっているとの報告もある(2)2) K. M. Bischoff, S. Liu, T. D. Leathers, R. E. Worthington & J. O. Rich: Biotechnol. Bioeng., 103, 117 (2009)..抗生物質を使えば,簡単に雑菌を抑えることができるが,コストの問題もさることながら耐性菌の出現リスクを高めるという公衆衛生上の問題があるため,大量に使用することは難しい.

それでは,目的とする微生物に,簡単に増殖の優位性を与えることはできないだろうか? 筆者らは微生物のリン代謝機構を研究してきたなかで,「亜リン酸」というリン化合物を代謝するバクテリアの機能に着目した.亜リン酸(HPO32−)とは,リンの酸化数が+3価の還元型のリン化合物であり,一般的に知られる+5価のリン酸(HPO42−)とは違って通常の生物は利用することができない.しかし,ある種のバクテリアには,亜リン酸デヒドロゲナーゼ(PtxD)という酵素によって亜リン酸をリン酸に酸化し,リン源として利用するものが存在する(3)3) A. K. White & W. W. Metcalf: Annu. Rev. Microbiol., 61, 379 (2007).図1a図1■PtxDを用いた微生物の選択的培養).そこで,ptxDを目的の微生物に導入し,亜リン酸をリン源として供給とすれば,ptxD導入株だけが増殖できると考えられる.われわれは,酵母,バクテリア(大腸菌)においてこのアイデアの実証を試みた.分裂酵母は亜リン酸で全く増殖することができないが,当研究グループが取得した土壌細菌Ralstonia sp. 4506株(4)4) R. Hirota, S. Yamane, T. Fujibuchi, K. Motomura, T. Ishida, T. Ikeda & A. Kuroda: J. Biosci. Bioeng., 113, 445 (2012).由来のptxDを導入したところ,亜リン酸を利用して効率良く生育できるようになった(5)5) K. Kanda, T. Ishida, R. Hirota, S. Ono, K. Motomura, T. Ikeda, K. Kitamura & A. Kuroda: J. Biotechnol., 182–183, 68 (2014)..大腸菌の場合は,ptxDに加え亜リン酸輸送体PtxABC遺伝子を導入することで,リン酸使用時とほぼ同等の速度で増殖させることが可能であった.雑菌が混入した場合を想定し,ptxD導入株(大腸菌)に対して約50倍の野生型大腸菌および約100倍の枯草菌をそれぞれ同時に植菌し,亜リン酸をリン源とする合成培地で培養を行った.いずれの場合でも,培養終了時(48時間後)にはptxD導入株が96%以上の割合で優占化していることが明らかとなった(図1b図1■PtxDを用いた微生物の選択的培養).つまり,雑菌が含まれる培地を使用しても,本手法を用いれば目的株のみを選択的に培養できることが明らかとなった.ちなみに,亜リン酸は抗生物質に比べて圧倒的に安く入手できるうえ,化学工業から発生する年間約3万トンの副産廃棄物を利用することも可能である(6)6) 廣田隆一,黒田章夫:“バイオ変換による貴重リン資源の回収・有効利用技術”,バイオベース資源確保戦略(CMC出版),2015, p. 135..培養液に抗生物質などの薬剤を添加した場合には特別な排水処理が必要になることも併せ考えると,環境にも配慮したシステムであると言えよう.

ただ,本手法にも解決すべき課題がいくつかある.その一つは培地へ混入する可能性のあるリン酸のコントロールである.工業用培地の原料は,コストを抑えるために植物残渣などのRaw materialが一般的に用いられるが,このような原料にはリン酸が含まれがちである.リン酸が培地中に多量に持ち込まれると,雑菌が増殖する猶予を与えてしまうため,できるだけ混入を抑えたい.最近,マサチューセッツ工科大学の研究グループは,PtxDを利用した培養手法の大規模培養における有効性の検証を行い,トウモロコシ由来の原料を使用する場合でも,リン酸が多く含まれる胚芽の割合が少ないフラクションから得られるものを使えば,ptxD導入株(酵母)の選択的性にほぼ問題がないことを報告している(7)7) A. J. Shaw, F. H. Lam, M. Hamilton, A. Consiglio, K. MacEwen, E. E. Brevnova, E. Greenhagen, W. G. LaTouf, C. R. South, H. van Dijken et al.: Science, 353, 583 (2016)..また,排水処理の研究分野では安価にリン酸を除去する優れた技術や素材が多く開発されている(6)6) 廣田隆一,黒田章夫:“バイオ変換による貴重リン資源の回収・有効利用技術”,バイオベース資源確保戦略(CMC出版),2015, p. 135..これらの技術を利用してコストをかけずに原料のリン酸を除去するのも有効であるかもしれない.ほかの問題として挙げられるのは,このケースに限ったことではないがptxD導入株が組換え体に該当することであろう.誌面の都合上,詳細は割愛させていただくが,われわれは最近,ptxD導入大腸菌のリン代謝系を再構築することで,亜リン酸だけしか利用できない性質を作り出すことに成功した.亜リン酸は環境中に存在しないため,この株は培養槽外に漏出したとしても生存することができず,将来的に生物学的封じ込め効果を搭載した安全・安心な実用的培養手法として発展できる可能性がある.

近年の合成生物学やシステムバイオロジーなどの技術によって,さまざまな有用微生物株が作り出されている.これらのポテンシャルを最大限に活用するためにも,実験室条件でのパフォーマンスを実規模培養でも十分に発揮させることができる培養技術の重要性はますます増していくと思われる.PtxDによって生育の必須元素であるリンの獲得における優位性を与えるという本手法は,バイオプロセス実用化の可能性を高める技術として貢献できるのではないかと考えている.

図1■PtxDを用いた微生物の選択的培養

a. PtxDによる亜リン酸の酸化.亜リン酸はPtxDによってNAD依存的に酸化され,リン酸とNADHを生じる.この反応は熱力学的に極めて進行しやすく,ほぼ不可逆的に進行するためNADH再生系としても有効である(4)4) R. Hirota, S. Yamane, T. Fujibuchi, K. Motomura, T. Ishida, T. Ikeda & A. Kuroda: J. Biosci. Bioeng., 113, 445 (2012)..b. モデルコンタミ菌として用いた枯草菌(Bacillus subtilis)とptxD導入大腸菌の競合培養.ptxD導入大腸菌に対して約100倍の枯草菌をMOPS-グルコース培地(亜リン酸0.5 mM)に植菌し,それぞれの生育を調べた.c. PtxDを用いた選択培養の概念図.コンタミ菌は亜リン酸を利用できないため,未滅菌培地の使用あるいは装置や培地滅菌の簡易化が可能になる(文献7を改変して作製).

Reference

1) L. S. Gronenberg, R. J. Marcheschi & J. C. Liao: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 462 (2013).

2) K. M. Bischoff, S. Liu, T. D. Leathers, R. E. Worthington & J. O. Rich: Biotechnol. Bioeng., 103, 117 (2009).

3) A. K. White & W. W. Metcalf: Annu. Rev. Microbiol., 61, 379 (2007).

4) R. Hirota, S. Yamane, T. Fujibuchi, K. Motomura, T. Ishida, T. Ikeda & A. Kuroda: J. Biosci. Bioeng., 113, 445 (2012).

5) K. Kanda, T. Ishida, R. Hirota, S. Ono, K. Motomura, T. Ikeda, K. Kitamura & A. Kuroda: J. Biotechnol., 182–183, 68 (2014).

6) 廣田隆一,黒田章夫:“バイオ変換による貴重リン資源の回収・有効利用技術”,バイオベース資源確保戦略(CMC出版),2015, p. 135.

7) A. J. Shaw, F. H. Lam, M. Hamilton, A. Consiglio, K. MacEwen, E. E. Brevnova, E. Greenhagen, W. G. LaTouf, C. R. South, H. van Dijken et al.: Science, 353, 583 (2016).