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モデル生物線虫C. elegansを用いた熟成ニンニクの機能解析硫化アリル化合物は酸化ストレス応答経路を活性化し寿命延長に寄与する

Takahiro Ogawa

小川 貴裕

湧永製薬株式会社試薬・診断薬事業部

Yukihiro Kodera

小寺 幸広

湧永製薬株式会社創薬研究所

Masaki Mizunuma

水沼 正樹

広島大学大学院先端物質科学研究科

広島大学健康長寿拠点

Published: 2017-05-20

ニンニク(Allium sativum L.)は,中央アジアが原産地とされるネギ科の多年草で,5,000年以上前から世界各国で栽培された記録が残る最も古い栽培植物の一つである.紀元前1,500年以前に書かれたとされる古代エジプトの薬物医学書に,疲労,衰弱,神経系疾患,心循環系疾患などに効果があるとして,ニンニクを使った22の処方が記されているように,古くから食用としてだけでなく医療用としても利用されてきたことがわかる.

ニンニクを切ったりつぶしたりすると特徴的な“ニンニク臭”がしてくる.この臭いは,ニンニクに特徴的な硫黄含有アミノ酸であるアリインに由来している.ニンニクが傷つけられると,アリインにアリイナーゼという酵素が作用してアリシンという硫黄化合物に変換させ,さらにアリシンからアリルスルフィド類などの疎水性の揮発性成分が生じ,これらが“ニンニク臭”の素となっている.アリルスルフィド類のうちジアリルトリスルフィドには,アポトーシスによるがん抑制作用や血栓の形成に関与する血小板凝集抑制作用があることが報告されている.また,同じくアリシンから生成するアホエンなどの疎水性硫黄化合物も血小板凝集抑制作用を有するという報告がある.

一方,ニンニクをアルコール水溶液中で長期熟成させると,S-アリルシステイン(SAC)やS-アリルメルカプトシステイン(SAMC)などの水溶性の硫黄含有アミノ酸が生成する.SACは優れた吸収性と血中安定性を有し,肝障害予防効果や大腸がん予防効果,抗酸化作用などさまざまな薬理作用が報告されている(1)1) H. Amano, D. Kazamori, K. Itoh & Y. Kodera: Drug Metab. Dispos., 43, 5 (2015)..SAMCも同様に,大腸がん細胞株の増殖抑制作用や肝保護,抗酸化作用を有するとの報告がなされてきた(2~4)2) H. Shirin, J. T. Pinto, Y. Kawabata, J. W. Soh, T. Delohery, S. F. Moss, V. Murty, R. S. Rivlin, P. R. Holt & I. B. Weinstein: Cancer Res., 61, 2 (2001).3) I. Sumioka, T. Matsura, S. Kasuga, Y. Itakura & K. Yamada: Jpn. J. Pharmacol., 78, 2 (1998).4) N. Ide, H. Matsuura & Y. Itakura: Phytother. Res., 10, 4 (1996)..本稿では,ニンニクの熟成中に生成するSACとSAMCに着目し,これら化合物が生体にどのように作用し,その薬理作用を発揮しているかについて,特に抗酸化作用にスポットを当てて紹介したい.

ヒトを含め生物の多くは,呼吸や食餌によってエネルギーを産生し生命活動を維持しているが,同時に生体内では活性酸素種(ROS)が生成され,タンパク質や脂質,DNAが損傷を受けている.生体はROSを直接除去したり,受けた損傷を修復したりすることで恒常性を維持しているが,ROSによるダメージが長期間持続(酸化ストレス)すると,細胞が老化し,アテローム性動脈硬化症や神経系疾患,がん,慢性疲労症候群などさまざまな疾患が引き起こされると言われている.つまり,細胞内の酸化ストレス状態を改善することは,老化や疾患の発症,進展を遅らせ,健康寿命を延ばすことにもつながると言える.近年,酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウスなどの真核モデル生物を用いた老化・寿命研究が世界中で行われ,老化の基本的な仕組みには生物間で共通点が多いことがわかってきた.筆者らは,モデル生物の中でも多細胞で,短期間(1カ月程度)で寿命解析ができ,さまざまな分子遺伝学的解析手法が利用可能な線虫(C. elegans)を用いて,SACとSAMCが寿命や関連するシグナル伝達経路に及ぼす影響について調べた.

野生型の線虫にSAC, SAMCを投与して寿命を調べた結果,SAC, SAMCは平均生存日数を有意に延長させることを見いだした(5)5) T. Ogawa, Y. Kodera, D. Hirata, T. K. Blackwell & M. Mizunuma: Sci. Rep., 6, 21611 (2016)..さらに,SAC, SAMCをあらかじめ投与した線虫では,酸化剤や熱処理によりもたらされる細胞内のROSの蓄積と生存率の低下が顕著に抑制された.IIS(インスリン/IGF(insulin-like growth factors)シグナル伝達経路)は,多くの生物で広く保存され,糖や脂質の代謝を制御し細胞の生育に重要な役割を担う.線虫においてIISは,酸化ストレス応答転写因子であるDAF-16(FOXOホモログ)(6)6) C. Kenyon, J. Chang, E. Gensch, A. Rudner & R. Tabtiang: Nature, 366, 6454 (1993).とSKN-1(Nrfホモログ)(7)7) J. H. An & T. K. Blackwell: Genes Dev., 17, 15 (2003).を直接抑制している.IISの構成因子であるDAF-2やPI3Kの機能を欠損させた線虫では,DAF-16とSKN-1が活性化され,酸化ストレス応答遺伝子群の発現増加と寿命延長が起こる.また近年,DAF-16とSKN-1がmTORC2(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体2)–SGK-1経路の下流で,温度依存的に線虫の寿命を調節することも示された(8)8) M. Mizunuma, E. Neumann-Haefelin, N. Moroz, Y. Li & T. K. Blackwell: Aging Cell, 13, 5 (2014)..筆者らは,SAC, SAMCはDAF-16経路には関与しないが,SKN-1の標的遺伝子で第2相解毒酵素をコードするgst-4(グルタチオンS転移酵素)の発現を顕著に誘導することを見いだした.さらに,skn-1欠損変異株ではSAC, SAMCによるgst-4の発現誘導や寿命延長は認められないため,これらの化合物がSKN-1を介して寿命延長をもたらすと考えられた(図1図1■SAC, SAMCによる酸化ストレス応答経路SKN-1/Nrfを介した線虫の寿命延長メカニズム).転写因子Nrf2は,通常Keap1タンパク質と相互作用して負に制御されている(9)9) G. P. Sykiotis & D. Bohmann: Sci. Signal., 3, 112 (2010)..細胞が酸化ストレスや異物にさらされると,Keap1が外れNrf2のストレス応答スイッチが入る.線虫においてもWDR-23というタンパク質が,Nrf2–Keap1に似た制御機構によってSKN-1の活性を制御していると考えられている(10)10) K. P. Choe, A. J. Przybysz & K. Strange: Mol. Cell. Biol., 29, 10 (2009)..RNAi(RNA干渉)という手法を用いてwdr-23の発現を抑制するとSKN-1が活性化されgst-4の発現誘導が起こるが,SACやSAMCはさらなるgst-4の発現上昇をもたらさないことから,SKN-1あるいはWDR-23に作用してSKN-1タンパク量を調節することで,酸化ストレス抵抗性を付与し寿命を延長すると考えられる.

図1■SAC, SAMCによる酸化ストレス応答経路SKN-1/Nrfを介した線虫の寿命延長メカニズム

ニンニクを長期間熟成するとSACやSAMCのようなさまざまな水溶性硫黄含有アミノ酸が生成される.SAC, SAMCはSKN-1転写因子を活性化して下流の酸化ストレス応答遺伝子群の発現を促し,線虫のストレス抵抗性の向上と寿命延長をもたらすと考えられる.

ニンニクやその加工物には,SACやSAMC以外にも多様な硫黄含有化合物が生成される.S-メチルシステインやS-1-プロペニルシステインなどいくつかの化合物も,さまざまな生物活性を有するとの報告がある.筆者らは,gst-4の発現誘導を指標にニンニクに由来する23種類の硫黄含有化合物のSKN-1経路活性化能を調べた.興味深いことに,SAC, SAMCのように硫化アリル基を有する5つの化合物のみがgst-4の発現を誘導した.また,化合物中のスルフィド結合を形成する硫黄原子の数とgst-4の発現量が相関することや,アリル基に結合した硫黄原子が活性に必須であること,システイン構造も活性に寄与することがわかった.各化合物の取り込み量や細胞内での2次的な代謝の影響など詳細に調べる必要があるが,ここで得られた知見は,SKN-1/Nrfを標的とした化合物創出の足がかりとなるかもしれない.

数千年も前から,人類はニンニクを食用または医療用として利用し,今日まで受け継いできた.科学技術の進歩により,多くの特徴的な成分やその生成機構が明らかにされ,長年経験的に利用されてきたニンニクがもつさまざまな薬理作用についても科学的に証明されてきた.現在,筆者らのグループを含め世界中で多くの研究者が,この魅力ある植物の多岐にわたる薬理作用の分子機構を顕かにする研究に取り組んでいる.

Reference

1) H. Amano, D. Kazamori, K. Itoh & Y. Kodera: Drug Metab. Dispos., 43, 5 (2015).

2) H. Shirin, J. T. Pinto, Y. Kawabata, J. W. Soh, T. Delohery, S. F. Moss, V. Murty, R. S. Rivlin, P. R. Holt & I. B. Weinstein: Cancer Res., 61, 2 (2001).

3) I. Sumioka, T. Matsura, S. Kasuga, Y. Itakura & K. Yamada: Jpn. J. Pharmacol., 78, 2 (1998).

4) N. Ide, H. Matsuura & Y. Itakura: Phytother. Res., 10, 4 (1996).

5) T. Ogawa, Y. Kodera, D. Hirata, T. K. Blackwell & M. Mizunuma: Sci. Rep., 6, 21611 (2016).

6) C. Kenyon, J. Chang, E. Gensch, A. Rudner & R. Tabtiang: Nature, 366, 6454 (1993).

7) J. H. An & T. K. Blackwell: Genes Dev., 17, 15 (2003).

8) M. Mizunuma, E. Neumann-Haefelin, N. Moroz, Y. Li & T. K. Blackwell: Aging Cell, 13, 5 (2014).

9) G. P. Sykiotis & D. Bohmann: Sci. Signal., 3, 112 (2010).

10) K. P. Choe, A. J. Przybysz & K. Strange: Mol. Cell. Biol., 29, 10 (2009).