Kagaku to Seibutsu 55(6): 375-377 (2017)
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NAADPを基本分子としたバーチャルスクリーニングによる分子プローブの開発とその後コンピューターによる研究の効率化
Published: 2017-05-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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カルシウムイオン(Ca2+)は神経伝達,筋収縮,受精,ホルモン分泌などさまざまな生体機能の調整において重要な役割を果たしている.小胞体内においてCa2+放出を誘導するD-ミオイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3),サイクリックアデノシン二リン酸リボース(cADPR)などのほかに,ニコチン酸ジヌクレオチドリン酸(nicotinic acid adenine dinucleotide phosphate; NAADP,図1図1■NAADPとNed-19上)がリソソームにおいてCa2+放出を誘導することが近年発見された(1)1) A. H. Guse & H. C. Lee: Sci. Signal., 1, re10 (2008)..このNAADPは,膵臓・脳・心臓といった組織で働いていることがわかっていた(2)2) H. C. Lee: J. Biol. Chem., 280, 33693 (2005).が,そのメカニズムや生物学的機能については不明な点が多かった.
これまで,Ca2+貯蔵庫を同定するためにbafilomycin A1(H+-ATPase阻害剤),thapsigargin(小胞体におけるCa2+ポンプ阻害剤),glycylphenylalanine 2-naphthylamide(リソソームの浸透圧溶解を誘導)といった間接的に働く分子プローブが広く利用されてきた.NAADPもその受容体の活性化・不活性化に利用されてきたが,NAADPには膜透過性がないためピペットかリポソームを通して細胞内に導入しなければならないこと,またこの技術は取り扱える細胞が数個に限られてしまうことであった.またNAADP分子の構造変異体も合成されているが,これら類縁体に関して構造–活性の相関は見いだせるものの,NAADPよりもはるかに活性が低下するという問題があった.
以上のことから,NAADPに関する研究をより迅速に発展させるため,NAADPにより調整されるCa2+放出に対して,直接的かつ選択的に関与する分子プローブの開発が望まれていた.これらを解決する手段として,われわれは「バーチャルスクリーニング」に注目した.バーチャルスクリーニングとは,受容体や酵素などのタンパク質を創薬などのターゲットとして,その立体構造(X線結晶構造および生理活性に関与していると考えられる三次元構造)に基づき,in silico(コンピューターを用いて)で化合物を探索する方法である.バーチャルスクリーニングは創薬の分野では一般的に利用されているが,基礎生物学解明のための分子プローブ開発には,当時(2008年頃)はそれほど利用されていなかった.そこでわれわれは,NAADPを基本分子としたバーチャルスクリーニングによる分子プローブの開発とその有用性について検討した(3)3) E. Naylor, A. Arredouani, S. R. Vasudevan, A. M. Lewis, R. Parkesh, A. Mizote, D. Rosen, J. M. Thomas, M. Izumi, A. Ganesan et al.: Nat. Chem. Biol., 5, 220 (2009)..
NAADPの活性コンフォメーションは不明であったため,ソフトウェアOmegaを用いて考えうるNAADPコンフォメーションを探索して40個の推定構造を得た.これら40個の推定構造に類似した化合物を,数百万個ある化合物のデータベースZINCの中から検索した結果,100個以上の化合物がヒットした.次に,NAADPとヒット化合物の三次元構造についてROCSを用いて比較,NAADPとヒット化合物の電荷分布についてEONを用いて比較し,その相同性をランクづけした.電荷分布に基づくランクは構造および正・負電荷のオーバーラップも反映したTanimotoスコアを用いた結果(スコアは−0.31~0.85),3次元構造のみで探索した化合物の上位10個をNrd(NAADP ROCS discovered),電荷に基づいて探索した化合物上位15個(5個は新規化合物)をNed(NAADP EON discovered)と名づけ,Tanimotoスコアに基づいて番号をつけた.化合物が市販されていない場合には,次点の化合物を用いた.これらの化合物はすべて,NAADPと二次元構造は異なるが,三次元構造ではTanimotoスコアが示すように類似していた.
選抜した化合物は,ウニ卵破砕液を用いてアンタゴニスト活性試験を行った.ウニ卵は,哺乳類との類似性があり,構造安定性が高く,また3種すべてのCa2+放出セカンドメッセンジャー(IP3, cADPR, NAADP)に対する反応がよく調べられている.選抜した化合物群はNAADPのEC50値に対する量的阻害を調べることでアンタゴニスト活性を調べた.その結果,25種のうち21種でアンタゴニスト活性が確認され,そのうちの4種に強いアンタゴニスト活性を確認できた.生理活性が確認された化合物のうち,NAADPの働きを顕著に阻害した化合物Ned-19(図1図1■NAADPとNed-19下,構造的Tanimotoスコア:0.67,電荷的:0.65)に注目した.
Ned-19は100 μMで効果的にNAADPによるCa2+放出を阻害したが,IP3やcADPRによるCa2+放出は阻害しないという特異性を示した.しかしながら,市販のNed-19はジアステレオマーの混合物であることがF-NMR, H-NMR,逆相HPLCの結果から判明した.コンピューターによる三次元構造の比較では,L-トリプトファン由来のトランス体が最も良いオーバーラップを示していた.これらジアステレオマーの生理活性を調べるため,L-トリプトファンを出発化合物として,鍵反応にPictet–Spengler反応を用いることによってtrans-Ned-19, cis-Ned-19をそれぞれ合成した.生物試験の結果,Ca2+放出阻害(IC50 trans/cis=6 nM/800 nM)および[32P]標識NAADP結合阻害試験(IC50 trans/cis=0.4 nM/15 μM)の両方において,トランス体がシス体よりも強い活性を示した.このアンタゴニスト活性濃度と結合阻害濃度の違いはNAADP受容体への結合が不可逆的であることに起因しているためと考えられる.log Pは化合物の疎水性あるいは脂溶性を表す物性値であり,脂溶性の高い化合物(分配係数Pの高い薬物)であるほど膜透過性がよい.Ned-19はlog Pが3.68であるため細胞膜透過性があり,無傷細胞でも効果があるのではと考え,Ned-19(100 μM)を含む人工海水中でインキュベートした無傷ウニ卵にNAADPを添加したところ,予想どおりCa2+の放出は誘導されなかった.また,哺乳動物細胞中でもアンダゴニスト活性が確認できるかを調べるため,マウス膵臓β細胞を用いてパッチ法により確認したところ,NAADPによるCa2+放出は阻害された.以上のことから,Ned-19はウニ卵および哺乳動物細胞において細胞透過性アンタゴニストとして働くことが確認された.トリプトファンの誘導体であるNed-19は蛍光をもつ.そこで,無傷細胞中のNed-19が結合したNAADP受容体を紫外アルゴンイオンレーザー(Ex 351, Em 365 nm)を使用した共焦点顕微鏡を用いて可視化を試みたところ,NAADP受容体に結合していることが確認できた.さらにNed-19をリード化合物としてさまざまな誘導体を合成,それら誘導体を用いてアッセイした結果,NAADP受容体上には2つ以上の結合部位があることを証明した(4)4) D. Rosen, A. M. Lewis, A. Mizote, J. M. Thomas, P. K. Aley, S. R. Vasudevan, R. Parkesh, A. Galione, M. Izumi, A. Ganesan et al.: J. Biol. Chem., 284, 34930 (2009)..
有機化学者にとって,期待する反応が進行したとき,化合物が結晶化したとき,綺麗に精製できたとき,天然物合成ではその全合成が達成できたときなど,さまざまな喜びがある.そして,見いだした化合物をほかの研究者やグループが用いて実験を行い,新たな発見や知見が論文などで報告された場合もある.Sakuraiらは,ウイルスが細胞に感染する侵入経路について研究を行い,その侵入を防ぐ薬剤として「ベラパミル」などのカルシウム拮抗薬が有効であることを見いだし,trans-Ned-19も同様にエボラウイルスなどのフィロウイルス感染を防止することを報告している(5)5) Y. Sakurai, A. A. Kolokoltsov, C.-C. Chen, M. W. Tidwell, W. E. Bauta, N. Klugbauer, C. Grimm, C. Wahl-Schott, M. Biel & R. A. Davey: Science, 347, 995 (2015)..また,Kintzerらは,シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のTPC1とtrans-Ned-19の結晶を作製し,そのX線結晶構造解析(分解能2.87 Å)を行った結果,trans-Ned-19が小孔ドメインをVSD2へ固定することによってアロステリックに作用していると報告している(6)6) A. F. Kintzer & R. M. Stroud: Nature, 531, 258 (2016)..
以上のように,われわれが見いだしたNed-19がさまざまなグループによって研究利用されていることはたいへん喜ばしい.なお,われわれはプロセス化学的研究も行っており,前駆体であるtrans-Ned-19メチルエステルをグラム単位で合成することに成功している.さまざまな生物種に対してNed-19の効果を調べてみたいが,有機合成化学を主とする現研究室では生物試験を行う技術を有していないため,さらに多くの研究者にNed-19およびNed-19誘導体をご利用いただければ幸いである.
Reference
1) A. H. Guse & H. C. Lee: Sci. Signal., 1, re10 (2008).