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染色体にリボソームRNA遺伝子の無い環境細菌の発見予想外なゲノム構造と進化

Mizue Anda

按田 瑞恵

東京大学大学院理学系研究科

Published: 2017-05-20

染色体には生存に必須な遺伝子が存在し,親から子へと安定に受け渡すことで生物は命をつないでいる.細菌の染色体構造は多様で,通常大腸菌の染色体のように一つの環状DNAだが,線状染色体や複数染色体も知られている.複数染色体では,最大のものは主染色体,それより小さなものは第二染色体,第三染色体(以下,第n染色体と略)と呼ばれ,細胞周期と同調して複製され,分配機構によって娘細胞に受け渡される(1)1) E. S. Egan, M. A. Fogel & M. K. Waldor: Mol. Microbiol., 56, 1129 (2005)..一方,多くの細菌はプラスミドと呼ばれる一般に小さな環状DNAをもち,たとえば薬剤耐性遺伝子のような特定の条件下で必要となる遺伝子が存在している.プラスミドは染色体とは独立して自律的に複製し,低コピーだと分配機構が用いられ,高コピーだと確率的に分配される.

必須遺伝子の有無で染色体かプラスミドかを区別できるといっても,判断に困ることが多い.そこで慣例的に用いられてきたのがリボソームRNA(rRNA)オペロン(rrn)である.rRNAはタンパク質合成を担うリボソームの構成要素で,rRNA遺伝子はすべての生物がもつ必須遺伝子である.主染色体のみ,あるいは主染色体と第n染色体上に1~15コピーのrrnが分布することは,当然のことと考えられてきた.しかし最近われわれは,確率的に分配されうる高コピーレプリコン(9~10 kb)のみにrrnが存在している環境細菌Aureimonas ureilyticaを発見した(2)2) M. Anda, Y. Ohtsubo, T. Okubo, M. Sugawara, Y. Nagata, M. Tsuda, K. Minamisawa & H. Mitsui: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 14343 (2015).のでここに紹介する.

Aureimonas属はαプロテオバクテリア綱Aurantimonadaceae科の好気性自由生活型細菌で,大気中の塵や植物を含むさまざまな環境から分離されているものの,その性状はほとんど知られていない.われわれの研究から,マメ科植物ダイズの根粒共生が破綻すると葉圏細菌叢が激変し,特にA. ureilyticaの存在比率が増加することが明らかとなっていた(3, 4)3) S. Ikeda, T. Okubo, T. Kaneko, S. Inaba, T. Maekawa, S. Eda, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: ISME J., 4, 315 (2010).4) S. Ikeda, M. Anda, S. Inaba, S. Eda, S. Sato, K. Sasaki, S. Tabata, H. Mitsui, T. Sato, T. Shinano et al.: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1973 (2010)..マメ科植物が根粒菌だけでなく葉圏細菌をも制御するという新しい植物–微生物相互作用を理解するため,Aureimonasをダイズから選択的に分離培養する方法を構築し(5)5) M. Anda, S. Ikeda, S. Eda, T. Okubo, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: Microbes Environ., 26, 172 (2011).,遺伝的特徴づけを目的としてAureimonas sp. AU20株のゲノム解読を行った.

構築したAU20株の完全ゲノムは3.7 Mbの染色体と8つのレプリコンからなり,リボソームタンパク質をはじめとするハウスキーピング遺伝子は染色体から見つかったが,唯一のrrnは9.4 kbのレプリコン(pAU20rrn)に存在していた(図1A図1■染色体にrRNA遺伝子のないゲノム構造と進化).pAU20rrnと染色体をつなぐリードや,相同な配列は見つからないことから,染色体に挿入される可能性は考えにくい.16S rRNA遺伝子をプローブとするサザンブロッティングを行ったところ,唯一のrrnが9.4 kbのレプリコンのみに存在することが証明された.

図1■染色体にrRNA遺伝子のないゲノム構造と進化

A: Aureimonas sp. AU20株のゲノムマップ.B: Aurantimonadaceae科細菌の16S rRNA遺伝子による系統樹とゲノム構造の概要.rrnが存在するレプリコンを推定した株名を黒字で示す.詳細は文献2.

pAU20rrnの複製と分配にかかわる遺伝子を調べてみると,プラスミド型複製開始タンパク質をコードするrepAと複製起点oriVが見つかったが,分配にかかわる遺伝子は見つからなかった.RepAとoriVの構造は,γプロテオバクテリア綱Pseudomonasの高コピープラスミドpPS10と類似していた.pAU20rrnのコピー数を定量PCRで調べたところ,対数増殖期で18コピー存在し,pPS10のコピー数(15コピー)に匹敵することから,pAU20rrnも確率的に分配されうる高コピーレプリコンであると結論づけた.以上から,AU20株はrrnの無い染色体とrrnの存在する高コピーレプリコンからなる新規のゲノム構造をもつことが判明した.また,pAU20rrnはレプリコンサイズが小さく,高コピーであり,分配関連遺伝子が欠如しているという点で既知のrrnが存在するレプリコンと異なり,新しいタイプのレプリコンであることも明記したい.

もし本ゲノム構造がAU20株のみで見られるならば,環境中あるいは実験過程で短期的に生じたゲノム構造を偶然観察している可能性がある.そこで,近縁なAurantimonadaceae科細菌12菌株のドラフトゲノムを新たに解読し,rrnの存在するレプリコンを推定した.結果として,AU20株と16S rRNA遺伝子配列が99.3%以上一致するA. ureilytica 4株は,地理的分布や分離源を問わず,9~10 kbの高コピーレプリコンのみにrrnを有していた(図1B図1■染色体にrRNA遺伝子のないゲノム構造と進化).一方,16Sが97.2%以下の近縁株は染色体に2~4コピーのrrnが存在すると推定された.以上から,A. ureilyticaの共通祖先においてrrnの存在する高コピーレプリコンの獲得と染色体からのrrnの欠失というゲノム再編成が起こることで本ゲノム構造が確立したという進化的道筋が考えられ,細菌のゲノム進化は予想以上にダイナミックであることが示された.

本ゲノム構造の生物学的意義を考えてみると,まず遺伝子量の増加が挙げられる.染色体上のrrnを欠損することでコピー数を変化させた大腸菌の研究から,rrnのコピー数が高いほど,環境変化に素早く対応できることが知られている(6)6) C. Condon, D. Liveris, C. Squires, I. Schwarts & C. Squires: J. Bacteriol., 177, 4152 (1995).A. ureilyticaでも同様ならば,先の研究(3, 4)3) S. Ikeda, T. Okubo, T. Kaneko, S. Inaba, T. Maekawa, S. Eda, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: ISME J., 4, 315 (2010).4) S. Ikeda, M. Anda, S. Inaba, S. Eda, S. Sato, K. Sasaki, S. Tabata, H. Mitsui, T. Sato, T. Shinano et al.: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1973 (2010).で見られた存在比率の増加は,本ゲノム構造を有することが原因の一つかもしれない.ほかの意義として,rrnを染色体から離すことで新しい転写制御機構を得ている可能性や,16S rRNA遺伝子の水平伝播への関与が挙げられる.

現時点で本ゲノム構造をもつことが判明している細菌はA. ureilyticaのみである.2014年11月時点で2,767株の完全ゲノムを調べたが,本ゲノム構造をもつ細菌は見つからなかった.rrnが染色体マーカーとして用いられてきた歴史を踏まえると完全ゲノムデータベースから見つからないのは当然とも言える.2016年10月時点では53門74綱171目386科1,947属39,764株68,915個のゲノムプロジェクトが完了・進行しているので(Genomes Online Database; GOLD),今後,ドラフトゲノムデータベースから本ゲノム構造を効率的に探索する方法を構築し,ゲノム構造としての一般性を明らかにすることが期待される.(本稿で紹介した研究は,東北大学生命科学研究科において実施し,一部は日本学術振興会特別研究員奨励費の助成を受けて行われた.)

Reference

1) E. S. Egan, M. A. Fogel & M. K. Waldor: Mol. Microbiol., 56, 1129 (2005).

2) M. Anda, Y. Ohtsubo, T. Okubo, M. Sugawara, Y. Nagata, M. Tsuda, K. Minamisawa & H. Mitsui: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 14343 (2015).

3) S. Ikeda, T. Okubo, T. Kaneko, S. Inaba, T. Maekawa, S. Eda, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: ISME J., 4, 315 (2010).

4) S. Ikeda, M. Anda, S. Inaba, S. Eda, S. Sato, K. Sasaki, S. Tabata, H. Mitsui, T. Sato, T. Shinano et al.: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1973 (2010).

5) M. Anda, S. Ikeda, S. Eda, T. Okubo, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: Microbes Environ., 26, 172 (2011).

6) C. Condon, D. Liveris, C. Squires, I. Schwarts & C. Squires: J. Bacteriol., 177, 4152 (1995).