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食環境が骨髄由来体性幹細胞の分化能に影響を及ぼす機能性食品は体性幹細胞を標的としたアンチエイジングや疾患予防の素材となりうるか?

Sachie Nakatani

中谷 祥恵

城西大学薬学部薬科学科

Kenji Kobata

古旗 賢二

城西大学薬学部薬科学科

Published: 2017-05-20

ヒトの若年者の骨髄は赤色であるが,加齢に伴い骨髄が黄色変性することが臨床現場においてよく知られている.この骨髄の黄色化は骨髄中に占める脂肪組織の増加が原因であると考えられている.骨粗鬆症患者の骨髄は黄色化が進行し,骨形成能力が低下している可能性が報告されている(1)1) J. Justesen, K. Stenderup, E. N. Ebbesen, L. Mosekilde, T. Steiniche & M. Kassem: Biogerontology, 2, 165 (2001)..このような骨髄の変性はなぜ,どのようにして起こるのか? この現象には骨髄中に存在する体性幹細胞の加齢変化が関与し,それを食習慣が調節する可能性が明らかになりつつあるので紹介する.

幹細胞とは「自己複製能力」と「多分化能」を併せ持つ未分化細胞である.幹細胞は分化全能性をもつ胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)と,限定的な分化能を有する体性幹細胞に分類される.体性幹細胞は生体内でさまざまな組織に存在することが報告されており,骨髄中には造血幹細胞(hematopoietic stem cell; HSC)や間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell; MSC),腸には腸管幹細胞,脳には神経幹細胞などが存在し,各組織に必要な細胞の供給源となっている.従来,体性幹細胞は組織中のニッチに守られ存在し,多分化能を維持し続けると考えられていた.しかし,加齢や疾患に伴い,体性幹細胞の性質が変化することが明らかになってきた.

体性幹細胞の性質変化に組織の微細環境が関与する可能性がマウスで報告された(2)2) L. Singh, T. A. Brennan, E. Russell, J. H. Kim, Q. Chen, F. B. Johnson & R. J. Pignolo: Bone, 85, 29 (2016)..骨髄中に存在するMSCは,骨芽細胞,脂肪細胞,軟骨細胞などへの分化能を有しており,骨髄を採取後に細胞培養ディッシュ上で培養することで,浮遊するHSCとディッシュ面に接着するMSCに分離することができる.報告によると,分離した若齢マウス由来のMSCを老齢マウスに移植した場合は,老齢マウス由来同士でMSCを移植した場合と比較して高い生着率を示した.しかし,移植後のMSC由来細胞の分化能を評価した結果,若齢マウス同士の移植では骨髄由来細胞がほとんど脂肪組織に分化しなかったのに対し,若齢マウスのMSCを高齢マウスに移植すると,脂肪組織に分化する割合が顕著に高値を示した.これは,加齢に伴う骨髄中の微細環境変化がMSCの分化応答性を修飾した可能性を示している.

骨髄中の微細環境は,加齢だけではなく食事内容の影響も受け,MSCやHSCの分化能に影響を与えることがin vivo実験で複数報告されている.高脂肪食の摂取は骨密度低下を誘導することは広く知られているが,若齢マウスに高脂肪食を12週間摂取させた後に骨髄を採取し,HSCおよびMSCを分離培養した結果,HSCからの破骨細胞への分化が促進された.MSCでは,骨芽細胞への誘導刺激あるいは脂肪細胞への誘導刺激で,いずれの細胞への分化も促進された(3)3) L. Shu, E. Beier, T. Sheu, H. Zhang, M. J. Zuscik, E. J. Puzas, B. F. Boyce, R. A. Mooney & L. Xing: Calcif. Tissue Int., 96, 313 (2015)..すなわち,高脂肪食の摂取はHSCおよびMSC双方の分化能を高める可能性が示された.また,高フルクトース食を摂取させ,メタボリックシンドローム状態にしたラットのMSCを分離培養した研究では,通常ラットと比較して,骨芽細胞への分化が抑制され,脂肪細胞の分化が促進されている(4)4) J. I. Felice, M. V. Gangoiti, M. S. Molinuevo, A. D. McCarthy & A. M. Cortizo: Metabolism, 63, 296 (2014)..これら肥満誘導動物のMSCの分化能に関する結果には若干の違いがあるものの,食習慣の乱れが骨髄中の微細環境を変化させ,骨粗鬆症や生活習慣病のリスクを増加させる可能性を示している.一方,サプリメントや食品成分の摂取が骨髄中の微細環境に影響を与えて体性幹細胞の分化応答を変化させることも少しずつ報告されている.高脂肪食を摂取させたマウスにN-アセチルシステインを摂取させると,高脂肪食摂取によって誘導されるHSCから破骨細胞への分化が抑制され,その結果,骨密度の低下を予防できる可能性が示された(5)5) J. J. Cao & M. J. Picklo: J. Nutr., 144, 289 (2014).

我々も機能性食品の継続摂取が,造血幹細胞の分化応答性に影響を与えることを見いだした(6)6) H. Asai, S. Nakatani, T. Kato, T. Shimizu, H. Mano, K. Kobata & M. Wada: Biol. Pharm. Bull., 39, 1035 (2016)..閉経後骨粗鬆症モデル(OVX)マウスにグルコサミンを12週間摂取させると,大腿骨海綿骨密度を有意に増加させた.このマウスの骨髄を採取し,HSCの分化応答性を確認した結果,通常食を摂取させたOVXマウスではHSCから破骨細胞への分化が促進されるのに対し,グルコサミンを継続摂取させたOVXマウスから分離したHSCは破骨細胞への分化が抑制された.この結果は,ある種の食品成分の継続摂取が骨髄中の微細環境を調節し,体性幹細胞の応答性変化を通じて加齢変性や疾患を予防できる可能性を示している.

以上の報告から,加齢や食習慣は骨髄中の微細環境の変化を通じて,体性幹細胞の分化応答性を制御し,さまざまな加齢変性およびそれに伴う疾患の一因になることが明らかになった(図1図1■骨髄由来体性幹細胞の分化応答性変化とその要因).つまり,これらの体性幹細胞の応答性は,食事内容で善くも悪くも制御できる可能性があることを示している.ヒトにおいても,もし,長期にわたる食事内容が組織中の微細環境を変化させ,体性幹細胞の分化応答性を制御できるのだとしたら,生活習慣病のなりやすさといった「体質を科学する」足掛かりとなる可能性があると考えている.また,従来の食品成分の研究では,培養細胞株や初代培養細胞に成分を添加して評価する手法が多く見られる.しかし,成分の吸収・分布・代謝・排泄を考慮すると,実際の生体でのイベントとはかけ離れたものになってしまう.今回紹介した研究手法のように,食品成分を継続摂取させたときの体性幹細胞の応答性および分化能を評価することは,より生体に近く,食品機能研究の新しい手法になると考えている.

図1■骨髄由来体性幹細胞の分化応答性変化とその要因

Reference

1) J. Justesen, K. Stenderup, E. N. Ebbesen, L. Mosekilde, T. Steiniche & M. Kassem: Biogerontology, 2, 165 (2001).

2) L. Singh, T. A. Brennan, E. Russell, J. H. Kim, Q. Chen, F. B. Johnson & R. J. Pignolo: Bone, 85, 29 (2016).

3) L. Shu, E. Beier, T. Sheu, H. Zhang, M. J. Zuscik, E. J. Puzas, B. F. Boyce, R. A. Mooney & L. Xing: Calcif. Tissue Int., 96, 313 (2015).

4) J. I. Felice, M. V. Gangoiti, M. S. Molinuevo, A. D. McCarthy & A. M. Cortizo: Metabolism, 63, 296 (2014).

5) J. J. Cao & M. J. Picklo: J. Nutr., 144, 289 (2014).

6) H. Asai, S. Nakatani, T. Kato, T. Shimizu, H. Mano, K. Kobata & M. Wada: Biol. Pharm. Bull., 39, 1035 (2016).