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鉄硫黄クラスターをもたない生物の作出改変バクテリアを活用して鉄硫黄クラスターの生合成メカニズムを解き明かす

Naoyuki Tanaka

田中 尚志

筑波大学高細精医療イノベーション研究コア

Miaki Kanazawa

金澤 美秋

埼玉大学大学院理工学研究科

Yasuhiro Takahashi

高橋 康弘

埼玉大学大学院理工学研究科

Published: 2017-05-20

鉄硫黄(Fe-S)クラスターは非ヘム鉄と無機硫黄原子からなるコファクターで,一般的には[2Fe-2S],[4Fe-4S],[3Fe-4S]の形でタンパク質内部のシステイン残基に配位結合している.Fe-Sクラスターをもつタンパク質は総じてFe-Sタンパク質と呼ばれており,バクテリアから高等動植物に至るまで普遍的に分布している.その種類は500種類を超えており,呼吸鎖電子伝達系や光合成などのエネルギー代謝から遺伝子の発現制御に至るまで,生命活動の根幹を担っている(1, 2)1) R. Lill: Nature, 460, 831 (2009).2) E. L. Mettert & P. J. Kiley: Biochim. Biophys. Acta, 1853, 1284 (2015)..これらFe-Sタンパク質の機能を支えているのがFe-Sクラスターの生合成系である.その一つ,ISC(iron sulfur cluster)マシナリーはα-, β-, γ-プロテオバクテリアから真核生物のミトコンドリアに,また,SUF(sulfur mobilization)マシナリーは古細菌を含む原核生物全般と植物の色素体に分布している(3)3) Y. Takahashi & U. Tokumoto: J. Biol. Chem., 277, 28380 (2002)..例外的に,大腸菌などのエンテロバクター科の細菌は,ISCとSUFマシナリーの両方を保持している.ISCとSUFマシナリーは,いずれも6種類以上の成分から構成されているが,Fe-Sクラスターを組み立てアポ型タンパク質(クラスターをいまだ保持していないFe-Sタンパク質)に渡すというメカニズムは,両マシナリーで全く異なると考えられている(図1図1■大腸菌の鉄硫黄クラスター生合成マシナリー).筆者らは,その具体的なメカニズムの解明に向けて研究を行っている.

図1■大腸菌の鉄硫黄クラスター生合成マシナリー

Fe-Sクラスターの生合成系については,大腸菌や窒素固定細菌,真核生物では出芽酵母を用いた研究が盛んに行われているが,メカニズムについての理解はあまり進んでいない.その要因として,Fe-Sクラスターの中間体が非常に不安定であるため捉えにくいことが挙げられる.加えて,in vitroの実験では,鉄イオンの非特異的な結合やFe-Sクラスターの非酵素的な形成がバックグラウンドとなるため,in vivoの反応を忠実に再現することが難しい.一方,in vivoでは,Fe-Sクラスターの生合成系が生物の生存に必須であることが解析の障害となっている.大腸菌ではISCとSUFの二重欠損は合成致死となるため,これまでは,遺伝子の人為的な発現抑制や温度感受性プラスミドの入れ替えといった解析手段に限られていた(4)4) U. Tokumoto, S. Kitamura, K. Fukuyama & Y. Takahashi: J. Biochem., 136, 199 (2004).

なぜFe-Sクラスターの生合成系は大腸菌の生育に必須なのか? この点について,大腸菌が有する130種類以上のFe-Sタンパク質について洗い直したところ,生育に必須と報告されているのは,イソプレノイド合成経路(MEP経路)にかかわるIspGとIspHのみであることに気がついた.そこで,大腸菌のMEP経路をFe-Sタンパク質が関与しない放線菌由来のメバロン酸(MVA)経路に代謝改変したうえで,iscsufオペロンの二重破壊を試みたところ,クラスター合成系の完全欠損株(ISCとSUFの二重欠損株)がMVA存在下でのみ生育できることを見いだした(5)5) N. Tanaka, M. Kanazawa, K. Tonosaki, N. Yokoyama, T. Kuzuyama & Y. Takahashi: Mol. Microbiol., 99, 835 (2016).図2図2■鉄硫黄クラスターを合成できなくても生育可能な大腸菌変異株).これらの欠損株では,Fe-Sタンパク質の活性はどれも検出限界以下であった.すなわち,MVA経路からイソプレノイドを合成させて,MEP経路のIspGとIspHの必須性を回避することにより,Fe-Sクラスターを全くもたなくても生育可能な大腸菌変異株を初めて構築することができた.Fe-Sタンパク質は,TCA回路や電子伝達系などのエネルギー代謝や,遺伝子の発現制御,障害DNAの修復,tRNA/rRNAの修飾など,さまざまな細胞機能に関与しているが,大腸菌ではこれらのすべてが機能しなくても,イソプレノイドさえ合成できれば生存できるということが判明した.ただし,その生育速度は非常に遅く,倍化時間は3時間程度であった.また,エネルギー生産は発酵に依存しており,アミノ酸やビタミン類などは栄養豊富な培地から供給される必要がある.近年,真核生物では翻訳終結やリボソームのアセンブリーに必須なRli1タンパク質や,DNAの複製を担うDNAポリメラーゼα, δ, ε,さらにDNAプライマーゼなども,Fe-Sクラスターをもつことが報告されている(1, 6)1) R. Lill: Nature, 460, 831 (2009).6) V. D. Paul & R. Lill: Biochim. Biophys. Acta, 1853, 1528 (2015)..一方,古細菌ではRNAポリメラーゼがFe-Sタンパク質である.したがって,真核生物や古細菌では,代謝改変といった方策でクラスター生合成系の必須性を回避することは,ほとんど不可能と考えられる.すなわち,Fe-Sクラスター生合成系を完全に欠失させることができるのは,バクテリアにユニークな特徴と言えよう.

図2■鉄硫黄クラスターを合成できなくても生育可能な大腸菌変異株

Fe-Sクラスターを全くもたなくても生育できる大腸菌を用いることにより,クラスター生合成系のあらゆる遺伝子群を自在に操作・改変することが可能になった(5)5) N. Tanaka, M. Kanazawa, K. Tonosaki, N. Yokoyama, T. Kuzuyama & Y. Takahashi: Mol. Microbiol., 99, 835 (2016)..ISCマシナリーの7種類の成分(IscS, IscU, IscA, HscB, HscA, Fdx, IscX)について,重要性(必須性)について検討したところ,IscS, IscU, IscA, HscB, HscA, Fdxの6種類がISCマシナリーの機能に必須であること,また,6種類の因子はどれも[4Fe-4S]クラスターの形成に必要だが,そのうちIscAは[2Fe-2S]クラスターの形成には関与しないことが判明した.さらに,IscU(クラスターの新規形部位)内の二次的な変異によってHscA/HscB(シャペロン/コシャペロン)の欠損がサプレスされることも見いだした.これらの特徴は,Fe-Sクラスターを全く作れないという変異バックグラウンドで初めて見いだすことができた.現在,SUFマシナリーについても解析を進めており,その作動機構についても新たな知見が得られつつある(7)7) K. Hirabayashi, E. Yuda, N. Tanaka, S. Katayama, K. Iwasaki, T. Matsumoto, G. Kurisu, K. Fukuyama, Y. Takahashi, K. Wada et al.: J. Biol. Chem., 290, 29717 (2015)..これらin vivoの研究から得られた知見を足掛かりとして生化学的な解析を発展させ,最終的にはISCとSUFマシナリーの作動メカニズムの全容を明らかにしたいと考えている.

大腸菌以外の生き物に目を向けてみると,Fe-Sクラスターの生合成系には著しい多様性が認められる.大腸菌変異株の相補実験用いて異種生物由来の生合成系を比較解析することにより,それぞれの特性を明らかにすることができれば,多様化の生理学的/進化的意義をバクテリアの生存戦略と関連づけて理解できるのではないかと期待している.一方,ヒトでのクラスター合成系(ISCマシナリー)の異常は神経変性疾患や鉄代謝異常による病態とも関連していることが知られている.クラスター生合成メカニズムの解明は,基礎研究のみならず,応用研究にも貢献できると考えている.

Reference

1) R. Lill: Nature, 460, 831 (2009).

2) E. L. Mettert & P. J. Kiley: Biochim. Biophys. Acta, 1853, 1284 (2015).

3) Y. Takahashi & U. Tokumoto: J. Biol. Chem., 277, 28380 (2002).

4) U. Tokumoto, S. Kitamura, K. Fukuyama & Y. Takahashi: J. Biochem., 136, 199 (2004).

5) N. Tanaka, M. Kanazawa, K. Tonosaki, N. Yokoyama, T. Kuzuyama & Y. Takahashi: Mol. Microbiol., 99, 835 (2016).

6) V. D. Paul & R. Lill: Biochim. Biophys. Acta, 1853, 1528 (2015).

7) K. Hirabayashi, E. Yuda, N. Tanaka, S. Katayama, K. Iwasaki, T. Matsumoto, G. Kurisu, K. Fukuyama, Y. Takahashi, K. Wada et al.: J. Biol. Chem., 290, 29717 (2015).