解説

線虫C. エレガンスの休眠・寿命を制御するインスリン様ペプチドインスリン様分子の新たな生理機能

Insulin-Like Peptides Regulating Diapause and Lifespan of the Nematode Caenorhabditis elegans: New Physiological Functions of Insulin-Like Molecules

Tsuyoshi Kawano

河野

鳥取大学農学部

Published: 2017-05-20

「休眠」は多くの生物種における優れた生存戦略の一つである.モデル生物・線虫C. elegansは生育環境の悪化に応答して幼虫時に生育を停止し,休眠ステージに入る.これまでの研究から,①C. elegansの休眠制御にはインスリン様シグナルが関与すること,②40種存在すると推定されるインスリン様ペプチドのうち一部のペプチドがインスリン様シグナルの亢進・抑制を行うこと,③インスリン様シグナルは寿命制御にも関与すること,④インスリン様シグナルによる寿命制御は哺乳動物にも共通であること,などが明らかとなった.本稿ではC. elegansの休眠・寿命を制御するインスリン様ペプチドを中心として,それらの構造と機能などについて概説する.

線虫C. elegansのインスリン様ペプチド研究の背景

線虫C. elegansの「休眠」に関する研究は,1975年にRessellらによる休眠幼虫(耐久型の第3期幼虫であり耐性幼虫と呼ぶ)の発見に端を発する(1)1) R. C. Cassada & R. L. Russell: Dev. Biol., 46, 326 (1975)..その後,Riddle・Albertらによる変異株の作出とエピスタシス解析などの遺伝学的手法を用いた研究に進展した(2)2) D. L. Riddle, M. M. Swanson & P. S. Albert: Nature, 290, 668 (1981)..このうち,温度感受性変異株daf-2dauer formation abnormal-2)は1齢ならびに2齢幼虫時に制限温度下(25°C)に置かれると構成的に耐性幼虫となる(dauer larva formation).1993年にKenyonらは,このdaf-2変異体の成虫寿命は野生株の約2倍であることを報告した(3)3) C. Kenyon, J. Chang, E. Gensch, A. Rudner & R. Tabtiang: Nature, 366, 461 (1993)..そして,1997年に木村・Ruvkunらによってdaf-2遺伝子の正体が明らかにされた.この遺伝子はインスリン受容体様タンパクをコードしていたのである(4)4) K. D. Kimura, H. A. Tissenbaum, Y. Liu & G. Ruvkun: Science, 277, 942 (1997)..この発見を契機にインスリン様ペプチド遺伝子の探索が過熱した.なお,1998年に解明されたゲノム配列上ではインスリン受容体様タンパクをコードする遺伝子はdaf-2のみである(5)5) C. elegans Sequencing Consortium: Science, 282, 2012 (1998)..休眠・寿命制御機構ならびに細胞内情報伝達の詳細に関しては,成書に譲る(6~8)6) P. J. Hu: WormBook, doi/10.1895/wormbook.1.144.1, http://www.wormbook.org. (2007).7) C. T. Murphy & P. J. Hu: insulin/insulin-like growth factor signaling in C. elegans, WormBook, doi/10.1895/wormbook.1.164.1, http://www.wormbook.org. (2013).8) 本田陽子,本田修二,河野 強:“老化の生物学”,化学同人,2014, p. 164.図1図1■線虫C. elegansの生活環とインスリン様シグナル).

線虫C. elegansのインスリン様ペプチド遺伝子の発見と推定ペプチド構造

インスリン様ペプチドとはインスリンと構造上類似するペプチドの総称であり,必ずしも生理機能を同じくするものではない.したがって,インスリン特有の3対のジスルフィド結合を有するものであればインスリン様ペプチドということになる.血糖値の調節に働くインスリンは,プロセッシング(3対のジスルフィド結合が形成された後,C鎖が切断・除去される工程)によって生じる2本のポリペプチド(B鎖,A鎖)がA鎖内に1対の,A鎖–B鎖間に2対のジスルフィド結合を有する構造をとる.同様の構造を有するリラキシンは間接や靱帯の弛緩効果を有する.一方,インスリン様成長因子IGFは1本鎖ポリペプチド(B, C, Aドメインからなり,Cドメインは切断・除去されない)がインスリンと同様の3対のジスルフィド結合を形成し,発生・成長・発達に関与する.インスリン様ペプチドは哺乳動物のみならず,マメ科植物,軟体動物,昆虫類など幅広い生物種に存在する.

先に述べたようにC. elegansのゲノム解読は1998年に終了しており,約100Mbの塩基配列が明らかとなった(5)5) C. elegans Sequencing Consortium: Science, 282, 2012 (1998)..多細胞生物で初のゲノム解読終了である.これを契機にポストゲノム研究が進展し,RNAi・遺伝子破壊などの逆遺伝学的手法を用いた機能解析が容易になった(9, 10)9) A. Fire, S. Xu, M. K. Montgomery, S. A. Kostas, S. E. Driver & C. C. Mello: Nature, 391, 806 (1998).10) K. Gengyo-Ando & S. Mitani: Biochem. Biophys. Res. Commun., 69, 64 (2000)..上述のように1997年に休眠・寿命制御にかかわるdaf-2遺伝子がインスリン受容体様タンパク質をコードしていることが明らかとなり(4)4) K. D. Kimura, H. A. Tissenbaum, Y. Liu & G. Ruvkun: Science, 277, 942 (1997).,DAF-2リガンドであるインスリン様ペプチドの探索が加速した.1998年に筆者らは,当時進行中であったゲノムプロジェクト情報を基にインスリンと同様のジスルフィド結合を有するインスリン様ペプチドCeinsulin-1(現在の名称はINS-18),Ceinsulin-2(現在の名称はINS-17)をコードするcDNAをRACE法により同定し,C. elegans研究者の同人誌Worm Breeder’s Gazette上に公表した(11)11) T. Kawano, K. Takuwa, T. Nakajima & Y. Kimura: Worm Breed. Gaz., 15, 47 (1998)..同年,Duretらはゲノム情報より10種のインスリン様遺伝子の存在を予想し,推定ペプチドの高次構造モデルを示した.推定されたインスリン様ペプチドはジスルフィド結合様式によりType-α(3種),Type-β(6種),Type-γ(1種)に分類された(12)12) L. Duret, N. Guex, M. C. Peitsch & A. Bairoch: Genome Res., 8, 348 (1998)..このうち,Type-γはインスリンと同一の3対のジスルフィド結合様式を有する.筆者らが発見したCeinsulin-1, -2もType-γに属する.2001年にPierceらは37種のインスリン様遺伝子を同定し(上述の12種のインスリン様遺伝子を含む),それらの遺伝子にins番号を付与しins-1-37と命名した(13)13) S. B. Pierce, M. Costa, R. Wisotzkey, S. Devadhar, S. A. Homburger, A. R. Buchman, K. C. Ferguson, J. Heller, D. M. Platt, A. A. Pasquinelli et al.: Genes Dev., 15, 672 (2001)..現在,40種のインスリン様遺伝子が同定されているが,このうちdaf-28のみがins番号を付与されていない.これは,順遺伝学的に得られた変異株daf-28が既に存在しており,原因遺伝子を特定するとインスリン様遺伝子であったことによる(14)14) W. Li, S. G. Kennedy & G. Ruvkun: Genes Dev., 17, 844 (2003).図2図2■インスリン様ペプチドの推定構造と分類).

線虫C. elegansのインスリン様ペプチドによる休眠・寿命制御

多数のインスリン様遺伝子の存在が示唆されていたことから,当初,1遺伝子の機能抑制(RNA干渉)・機能破壊(遺伝子破壊)・過剰発現では目立った表現型は得られないと考えられていた(冗長性).筆者らは,遺伝子破壊線虫が流布していない(ナショナルバイオリソースプロジェクト(線虫)ならびにC. elegans Gene Knockout Consortiumが立ち上がっていない)2000年にRNA干渉によってCeinsulin-1(INS-18)が寿命制御に関与することを示した(15)15) T. Kawano, Y. Ito, M. Ishiguro, K. Takuwa, T. Nakajima & Y. Kimura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 273, 431 (2000)..これにより,多数存在するインスリン様遺伝子の一つの機能抑制を行うことにより,冗長性を越えて生理機能の解析が可能であることが示された.以降,RNA干渉・遺伝子破壊・過剰発現により多数のインスリン様遺伝子の休眠・寿命制御への関与が示された.最近,Fernandes de Abreuらはインスリン様遺伝子破壊線虫の休眠・寿命などの変動を網羅的に検証した(16)16) D. A. Fernandes de Abreu, A. Caballero, P. Fardel, N. Stroustrup, Z. Chen, K. Lee, W. D. Keyes, Z. M. Nash, I. F. Lo’pez-Moyado, F. Vaggi et al.: PLoS Genet., 10, e1004225 (2014)..これまでに示されたインスリン様ペプチドの休眠・寿命への関与を表1表1■各インスリン様ペプチドの休眠・寿命制御効果にまとめる.このうち,INS-1, -17, -18, -23はインスリン様シグナルに対してアンタゴニスティックに働き,シグナルを抑制する(13, 17~19)13) S. B. Pierce, M. Costa, R. Wisotzkey, S. Devadhar, S. A. Homburger, A. R. Buchman, K. C. Ferguson, J. Heller, D. M. Platt, A. A. Pasquinelli et al.: Genes Dev., 15, 672 (2001).17) Y. Matsunaga, K. Nakajima, K. Gengyo-Ando, S. Mitani, T. Iwasaki & T. Kawano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 762, 168 (2012).18) Y. Matsunaga, K. Gengyo-Ando, S. Mitani, T. Iwasaki & T. Kawano: Biochem. Biophys. Res. Commun., 423, 478 (2012).19) T. Matsukawa, Y. Matsunaga, T. Iwasaki, K. Nagata, M. Tanokura & T. Kawano: Pept. Sci., (2017), in press..しかしながら,これらのペプチドがDAF-2受容体の拮抗的アンタゴニストなのかパーシャルアゴニストなのかは明らかにされていない.ここで,拮抗的アンタゴニストとは受容体に結合はするが,従来のリガンドとは異なり受容体を全く活性化しない分子を言う.拮抗的アンタゴニストが受容体に結合すると,従来のリガンドの受容体への結合ならびに受容体活性化を阻害する.また,パーシャルアゴニストとは受容体に結合し,僅かながら受容体を活性化する分子を言う.パーシャルアゴニストが拮抗的に受容体に結合すると,従来のリガンドの受容体への結合を阻害し,結果的に受容体活性化を弱める.現在のところ,アンタゴニストとして機能するインスリン様ペプチドはすべての生物種において知られておらず,たいへん興味深い問題である.

表1■各インスリン様ペプチドの休眠・寿命制御効果
分子種Type幼虫休眠誘導幼虫休眠打破成虫寿命延長分子種Type幼虫休眠誘導幼虫休眠打破成虫寿命延長
DAF-28β抑制促進抑制INS-20αなしなしなし
INS-1β促進抑制促進INS-21αなしなしなし
INS-2βなしなしなしINS-22αなしなしなし
INS-3βなしなしなしINS-23α促進抑制なし/促進
INS-4β抑制なしなしINS-24αなし不明不明
INS-5βなしなしなしINS-25αなしなしなし
INS-6β抑制促進抑制INS-26α抑制なしなし
INS-7β抑制なし抑制INS-27α抑制なしなし
INS-8βなしなしなしINS-28α抑制なしなし
INS-9βなしなしなしINS-29αなしなしなし
INS-10β促進抑制なしINS-30αなしなしなし
INS-11γなしなしなしINS-31αなしなしなし
INS-12γ抑制促進なしINS-32γ促進不明不明
INS-13γなしなしなしINS-33α抑制なしなし
INS-14γなしなしなしINS-34αなしなしなし
INS-15γなしなしなしINS-35α抑制なし抑制
INS-16γなしなしなしINS-36αなし不明不明
INS-17γ促進なしなしINS-37γなし不明不明
INS-18γ促進抑制促進INS-38γなしなしなし
INS-19γなしなしなしINS-39αなし不明抑制
は特に効果が大きいことを示す.
INS-23の寿命延長効果は筆者らとFernandes de Abreuらで結果が異なる.
線虫C. elegansの40種のインスリン様ペプチド(DAF-28, INS-1~39)の幼虫休眠誘導・打破ならびに成虫寿命延長効果を一覧表にまとめた.RNAi, 遺伝子破壊,過剰発現による表現型を参照した.生理機能が認められないものが半数以上に上る.休眠のみに関与するもの,寿命のみに関与するもの,両者に関与するものなどさまざまな分子種が存在する.幼虫休眠誘導・幼虫休眠打破・成虫寿命延長それぞれにおいて主に機能する分子種は限られている.

線虫C. elegansのインスリン様ペプチドの多様な機能

インスリン受容体様タンパクDAF-2は多様な生命現象を制御する.これに呼応して,リガンドである種々のインスリン様ペプチドも多様な生命現象に関わる.インスリン様ペプチドINS-1は連合学習(エサの有無と塩濃度あるいはエサの有無と温度との関連づけ)に関与するとして脚光を浴びた(20, 21)20) M. Tomioka, T. Adachi, H. Suzuki, H. Kunitomo, W. R. Schafer & Y. Iino: Neuron, 51, 613 (2006).21) E. Kodama, A. Kuhara, A. Mohri-Shiomi, K. D. Kimura, M. Okumura, M. Tomioka, Y. Iino & I. Mori: Genes Dev., 20, 2955 (2006)..この研究は「老化に伴う記憶能力低下」に一石を投じることとなった.また,INS-27ならびに-31は病原体抵抗性に関与し,INS-23ならびに-27は熱耐性に関与する(16)16) D. A. Fernandes de Abreu, A. Caballero, P. Fardel, N. Stroustrup, Z. Chen, K. Lee, W. D. Keyes, Z. M. Nash, I. F. Lo’pez-Moyado, F. Vaggi et al.: PLoS Genet., 10, e1004225 (2014)..INS-3ならびに-33は生殖系を制御するとの報告があった(22)22) D. Michaelson, D. Z. Korta, Y. Capua & E. J. Hubbard: Development, 137, 671 (2010)..ヒトデの生殖巣刺激ホルモンがインスリン様ペプチドであり,Gタンパク質共役膜7回貫通型受容体(GPCR)を介する可能性が示唆された(23)23) M. Mita, M. Yoshikuni, K. Ohno, Y. Shibata, B. Paul-Prasanth, S. Pitchayawasin, M. Isobe & Y. Nagahama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 9507 (2009)..また,哺乳動物のリラキシン受容体は長いN末端細胞外領域にロイシンリッチリピートを有するLGR(Leucine-rich repeart-containing G protein-coupled Receptor)であることが判明している(24)24) S. Y. Hsu, K. Nakabayashi, S. Nishi, J. Kumagai, M. Kudo, O. D. Sherwood & A. J. Hsueh: Science, 295, 671 (2002).C. elegansのインスリン様ペプチドにもDAF-2受容体ではなくGPCRを介して機能するものが存在するかもしれない.

線虫C. elegansのインスリン様ペプチドの合成・分泌制御

産生されたペプチドホルモンは分泌されることにより生理機能に与る.ヒトインスリンは膵臓ランゲルハンス島β細胞で産生され分泌される.血中グルコース濃度に応答したインスリンの分泌機構はよく調べられており,その機構に基づく糖尿病治療薬も多数開発されている.また,インクレチンはインスリンの分泌を促進する消化管ペプチドであり,その分解酵素阻害剤も糖尿病治療薬として用いられている(25)25) 糖尿病と治療薬:http://kusuri-jouhou.com/pharmacology/diabetes.html.キイロショウジョウバエにも7種のインスリン様ペプチド(Drosophila insulin-like peptides; Dilps)が存在するが,このうちDilp-5は栄養状態によりその発現が制御される(26)26) N. Okamoto & T. Nishimura: Dev. Cell, 35, 295 (2015).C. elegansのインスリン様ペプチドとしては,DAF-28が産生細胞ASIにおいて生育環境の悪化(生育密度上昇・餌の枯渇)に応答して分泌が抑制されることが知られている(14)14) W. Li, S. G. Kennedy & G. Ruvkun: Genes Dev., 17, 844 (2003)..この分泌制御因子としてASNA-1が同定され,ヒトASNA1オーソログは膵臓ランゲルハンス島β細胞においてインスリンの分泌を制御することが明らかとなった(27)27) G. Kao, C. Nordenson, M. Still, A. Ronnlund, S. Tuck & P. Naredi: Cell, 128, 577 (2007)..また,最近,三谷らは2型糖尿病のリスクファクターであるメタロプロテアーゼADAMTS9の線虫オーソログGON-1がDAF-28, INS-7, -18の分泌制御にかかわることを示した(28)28) S. Yoshina & S. Mitani: PLoS ONE, 10, e0133966 (2015)..ごく最近,筆者らは,寿命・休眠を制御するINS-35に関して,①主に腸で産生されるINS-35は通常生育時には偽体腔側に分泌され,②休眠時には内腔側に分泌方向を変え,③休眠が打破されると再び偽体腔側に分泌されることなどを発見した(29, 30)29) Y. Honda, A. Higashibata, Y. Matsunaga, Y. Yonezawa, T. Kawano, A. Higashitani, K. Kuriyama, T. Shimazu, M. Tanaka, N. J. Szewczyk et al.: Sci. Rep., 2, 487 (2012).30) Y. Matsunaga, Y. Honda, S. Honda, T. Iwasaki, H. Qadota, G. M. Benian & T. Kawano: Nat. Commun., 7, 10573 (2016).図3図3■INS-35の分泌極性の可逆的変動).この「生育状況に応答した分泌極性の可逆的変動」は内分泌学の常識を覆すものであった.これまでの内分泌学の考えは「①神経細胞・上皮細胞において分泌性ペプチドはトランスゴルジネットワークで選別され分泌小胞に濃縮・パッケージングされる.②その際,分泌小胞の送達先は小胞に付着している種々の分子であらかじめ決定済みである.③よって,送達先(頂端側/基底側)は分泌性ペプチドごとに一定である.」というものである.上述のASNA-1はINS-35の分泌制御因子でもあったが,分泌極性の変動には関与しなかった(30)30) Y. Matsunaga, Y. Honda, S. Honda, T. Iwasaki, H. Qadota, G. M. Benian & T. Kawano: Nat. Commun., 7, 10573 (2016)..現在,筆者らは,遺伝学的手法を用いて分泌極性変動制御因子の同定を試みている.

図1■線虫C. elegansの生活環とインスリン様シグナル

左図はC. elegansの生活環を示す.十分な餌があり適度な生育密度の場合には通常生育を行う.卵から孵化したC. elegansは4期の幼虫期を経て成虫となり産卵する.この間約3日である.1~2齢幼虫時に生育環境が悪化(高い生育密度・餌不足・高温)すると幼虫休眠する.生育環境が改善されると休眠を打破して4齢幼虫となり生育を続ける.休眠打破線虫と非休眠線虫の成虫寿命は変わらない.右図はC. elegansの休眠・寿命を制御するインスリン様シグナル経路を示す.動物種間でよく保存されている.C. elegansにはシグナルを亢進あるいは抑制する2種のインスリン様ペプチドが存在する.シグナル下流の転写因子DAF-16(哺乳動物FOXOのオーソログ)がリン酸化されると細胞質にとどまり,通常生育し(幼虫休眠しない),通常の寿命を全うする.

図2■インスリン様ペプチドの推定構造と分類

線虫C. elegansには40種のインスリン様ペプチドが存在すると推定される.予想されるジスルフィド結合の数・様式によりType-α, -β, -γに分類される.Type-γは哺乳動物のインスリンと同一の3対のジスルフィド結合を有する.

図3■INS-35の分泌極性の可逆的変動

上図に線虫C. elegansの雌雄同体成虫の体制を示す.下図にINS-35分泌の模式図を示す.通常生育時には腸で産生されたINS-35は偽体腔側に分泌され,インスリン様シグナルを亢進する.また,分泌されたINS-35の一部は体腔細胞に取り込まれる.一方,幼虫休眠時にはINS-35は内腔側へと分泌方向を変え,内腔に蓄積され徐々に分解される.休眠打破時には再び分泌方向を変え,偽体腔側に分泌される.

おわりに

これまでのC. elegansのインスリン様ペプチドに関する研究から,解決すべき興味深い課題が浮上した.何故C. elegansには多数のインスリン様遺伝子が存在するのか? どのようにして各々のインスリン様ペプチドがそれぞれ特有の生命現象に与するのか? なぜC. elegansのインスリン様ペプチドにはアンタゴニスト/パーシャルアゴニストが存在するのか? どのようにして多数のインスリン様ペプチドが唯一の受容体DAF-2を介して多様な生命現象に与するのか? 各々のインスリン様ペプチドの時空間的発現・分泌はどのように制御されているのか? などなど.今後の研究の進展が待たれる.

Reference

1) R. C. Cassada & R. L. Russell: Dev. Biol., 46, 326 (1975).

2) D. L. Riddle, M. M. Swanson & P. S. Albert: Nature, 290, 668 (1981).

3) C. Kenyon, J. Chang, E. Gensch, A. Rudner & R. Tabtiang: Nature, 366, 461 (1993).

4) K. D. Kimura, H. A. Tissenbaum, Y. Liu & G. Ruvkun: Science, 277, 942 (1997).

5) C. elegans Sequencing Consortium: Science, 282, 2012 (1998).

6) P. J. Hu: WormBook, doi/10.1895/wormbook.1.144.1, http://www.wormbook.org. (2007).

7) C. T. Murphy & P. J. Hu: insulin/insulin-like growth factor signaling in C. elegans, WormBook, doi/10.1895/wormbook.1.164.1, http://www.wormbook.org. (2013).

8) 本田陽子,本田修二,河野 強:“老化の生物学”,化学同人,2014, p. 164.

9) A. Fire, S. Xu, M. K. Montgomery, S. A. Kostas, S. E. Driver & C. C. Mello: Nature, 391, 806 (1998).

10) K. Gengyo-Ando & S. Mitani: Biochem. Biophys. Res. Commun., 69, 64 (2000).

11) T. Kawano, K. Takuwa, T. Nakajima & Y. Kimura: Worm Breed. Gaz., 15, 47 (1998).

12) L. Duret, N. Guex, M. C. Peitsch & A. Bairoch: Genome Res., 8, 348 (1998).

13) S. B. Pierce, M. Costa, R. Wisotzkey, S. Devadhar, S. A. Homburger, A. R. Buchman, K. C. Ferguson, J. Heller, D. M. Platt, A. A. Pasquinelli et al.: Genes Dev., 15, 672 (2001).

14) W. Li, S. G. Kennedy & G. Ruvkun: Genes Dev., 17, 844 (2003).

15) T. Kawano, Y. Ito, M. Ishiguro, K. Takuwa, T. Nakajima & Y. Kimura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 273, 431 (2000).

16) D. A. Fernandes de Abreu, A. Caballero, P. Fardel, N. Stroustrup, Z. Chen, K. Lee, W. D. Keyes, Z. M. Nash, I. F. Lo’pez-Moyado, F. Vaggi et al.: PLoS Genet., 10, e1004225 (2014).

17) Y. Matsunaga, K. Nakajima, K. Gengyo-Ando, S. Mitani, T. Iwasaki & T. Kawano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 762, 168 (2012).

18) Y. Matsunaga, K. Gengyo-Ando, S. Mitani, T. Iwasaki & T. Kawano: Biochem. Biophys. Res. Commun., 423, 478 (2012).

19) T. Matsukawa, Y. Matsunaga, T. Iwasaki, K. Nagata, M. Tanokura & T. Kawano: Pept. Sci., (2017), in press.

20) M. Tomioka, T. Adachi, H. Suzuki, H. Kunitomo, W. R. Schafer & Y. Iino: Neuron, 51, 613 (2006).

21) E. Kodama, A. Kuhara, A. Mohri-Shiomi, K. D. Kimura, M. Okumura, M. Tomioka, Y. Iino & I. Mori: Genes Dev., 20, 2955 (2006).

22) D. Michaelson, D. Z. Korta, Y. Capua & E. J. Hubbard: Development, 137, 671 (2010).

23) M. Mita, M. Yoshikuni, K. Ohno, Y. Shibata, B. Paul-Prasanth, S. Pitchayawasin, M. Isobe & Y. Nagahama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 9507 (2009).

24) S. Y. Hsu, K. Nakabayashi, S. Nishi, J. Kumagai, M. Kudo, O. D. Sherwood & A. J. Hsueh: Science, 295, 671 (2002).

25) 糖尿病と治療薬:http://kusuri-jouhou.com/pharmacology/diabetes.html

26) N. Okamoto & T. Nishimura: Dev. Cell, 35, 295 (2015).

27) G. Kao, C. Nordenson, M. Still, A. Ronnlund, S. Tuck & P. Naredi: Cell, 128, 577 (2007).

28) S. Yoshina & S. Mitani: PLoS ONE, 10, e0133966 (2015).

29) Y. Honda, A. Higashibata, Y. Matsunaga, Y. Yonezawa, T. Kawano, A. Higashitani, K. Kuriyama, T. Shimazu, M. Tanaka, N. J. Szewczyk et al.: Sci. Rep., 2, 487 (2012).

30) Y. Matsunaga, Y. Honda, S. Honda, T. Iwasaki, H. Qadota, G. M. Benian & T. Kawano: Nat. Commun., 7, 10573 (2016).