解説

メスの目移りを防ぐオスメダカ恋敵に奪われないための二重の戦略

Don’t Look at Other Males: Two Strategies for Guarding Females from Rival Males

Saori Yokoi

横井 佐織

基礎生物学研究所バイオリソース研究室

東京大学理学系研究科生物科学専攻

Published: 2017-05-20

多くの動物は,自らの子孫を残すためにさまざまな配偶戦略をもつ.たとえばオスに着目して考えると,オス間競争に勝利し,メスから配偶者として受け入れられる(配偶者選択される)必要があり,これらを単独に研究した例はこれまでに多く存在した.しかしながら,オス間競争とメスの配偶者選択との相互作用については,3個体に着目する難しさからか,不明な点が多く残されている.本稿では,分子遺伝学的手法を利用可能なメダカを用い,オス,オス,メスの三者関係によって誘起される配偶者防衛行動に着目することで,オス間競争とメスの配偶者選択との相互作用の一部について明らかになったことを紹介したい.

はじめに

多くの動物において,自らの子孫を残すためにはさまざまな行動が必要である.オスに着目して考えると,攻撃行動などのオス間競争において勝利し,ライバルオスを牽制することや,メスに求愛をして配偶者として受け入れられる(メスの配偶者選択)ことが必要である.そして,こうしたオス間競争(オス–オス関係)やメスの配偶者選択(メス–オス関係)といった二者関係に基づいた行動については,これまでに積極的に研究が行われてきた.たとえば,オス間競争に勝利したオスの配偶成功率が高いことは,ゼブラフィッシュ(1)1) C. G. Paull, A. L. Filby, H. G. Giddins, T. S. Coe, P. B. Hamilton & C. R. Tyler: Zebrafish, 7, 109 (2010).やマカクザル(2)2) J. M. Rodriguez-Llanes, G. Verbeke & C. Finlayson: Anim. Behav., 78, 643 (2009).を含むさまざまな動物で報告されており,メスの配偶者選択についても,動物種によって異なるさまざまな判断基準に基づき,メスが配偶相手のオスを選ぶことが報告されている(3)3) M. D. Jennions & M. Petrie: Biol. Rev. Camb. Philos. Soc., 72, 283 (1997)..しかしながら,オス間競争とメスの配偶者選択との相互作用や,配偶成功率との関係性についてはほとんど研究がなされていなかった.分子遺伝学的手法を利用可能な動物を用いておらず,詳細な解析が困難であったことや,当該研究には少なくともオス,オス,メスの三者関係に着目する必要があるが,研究室内での行動観察が困難であったことなどが背景としてあると考えられる.

そこでわれわれは,分子遺伝学的手法を利用可能なメダカにおいて,オス,オス,メスの三者関係に着目した.そして,メダカにおける「配偶者防衛行動」を発見し,当該行動を定量する新規アッセイ系を確立した.配偶者防衛行動は,「オスがメスに追従し,ライバルオスとメスとの配偶行動を阻止する行動」と定義され,さまざまな動物種において観察が報告されている(4)4) 長谷川寿一,長谷川眞理子:“進化と人間行動”,東京大学出版会,2000..しかしながら,その分子基盤については未知な点が多く残されていた(詳細については後述).

本稿では,当該行動の分子基盤解析の結果明らかになったことと,その結果を基に検証した,メダカにおけるオスの配偶者防衛行動(オス間競争)とメスの配偶者選択行動との相互作用について紹介したい.

配偶者防衛行動

配偶者防衛行動は,オスがメス(配偶相手,または将来的な配偶相手)に追従し,ライバルオスとメスとの配偶行動を阻止する行動,と定義され,昆虫から霊長類までさまざまな動物種で観察が報告されている(4)4) 長谷川寿一,長谷川眞理子:“進化と人間行動”,東京大学出版会,2000..たとえば,トンボのオスは尾に存在する付属器でメスの首を挟んだ状態で飛行し(タンデム飛行),ほかのオスとメスが交尾しないよう見張るという行動を示すことや,カササギのオスはメスに追従して行動し,ほかのオスが近づくと追い払う行動を示すことが知られている.生態学的分野で研究が進んでいる配偶者防衛行動であるが,研究室内で再現可能な実験系は存在せず,分子機構についての検証はほとんど行われていなかった.われわれは,メダカが「ライバルオスとメスとの間の位置をキープし,両者の接触を防ぐ」ことを発見し(図1図1■メダカの配偶者防衛行動の概要(上面図)),研究室内で再現可能な新規行動定量アッセイ系を確立した(5)5) S. Yokoi, T. Okuyama, Y. Kamei, K. Naruse, Y. Taniguchi, S. Ansai, M. Kinoshita, L. J. Young, N. Takemori, T. Kubo et al.: PLoS Genet., 11, e1005009 (2015)..実際,当該行動で勝利したオスのほうが,敗北したオスよりも多くの子孫を残したことから,この行動がメダカにおける配偶者防衛行動であることを,世界に先駆けて示した.そして,当該アッセイ系を用いることで,配偶者防衛行動の特性を検証し,分子遺伝学的手法を利用してその分子基盤解析を目指した.

図1■メダカの配偶者防衛行動の概要(上面図)

メダカのオス(♂1)は,メス(♀)とライバルオス(♂2)の間に割り込み,その位置をキープする.実際に,この行動で勝利したオスは多くの子孫を残すことができたことから,当該行動はメダカにおける配偶者防衛行動(メスとライバルオスとの配偶行動を阻止する行動)だと考えられた.

バソトシンシステムは正常な配偶者防衛行動に必要である

配偶者防衛行動を制御する分子機構の解析を目指し,われわれはバソトシンに着目した.バソトシンは9アミノ酸から構成されるペプチドホルモンであり,バソプレシンの非哺乳類ホモログである.一般的にはバソプレシン,バソトシンともに,水分吸収を調節するホルモンとして,腎臓における機能がよく知られている.一方で,近年脳における機能にも注目が集まってきており,求愛行動や攻撃行動といった社会性行動をさまざまな動物において制御すること(6)6) J. L. Goodson & A. H. Bass: Brain Res. Brain Res. Rev., 35, 246 (2001).や,哺乳類の一種であるプレーリーボールにおいてはオスメス間の絆を深める効果があることが報告されている(7)7) J. T. Winslow, N. Hastings, C. S. Carter, C. R. Harbaugh & T. R. Insel: Nature, 365, 545 (1993)..しかしながら,配偶者防衛行動への関与はこれまで検証されていなかったうえ,既存研究のほとんどは薬理学的手法を用いたもので,遺伝学的解析はほとんどなされていなかった.われわれはまず,バソトシン受容体の阻害剤を腹腔内投与すると配偶者防衛行動が抑制されることを見いだした.そして,このバソトシン受容体阻害剤は,脳に主に発現するバソトシン受容体である,V1a1受容体と,V1a2受容体に作用することから(腎臓に主に発現するバソトシン受容体はV2受容体),バソトシンと,V1a1, V1a2受容体の遺伝子変異体を,TILLING法,TALEN法を用いて作出した.TILLING(Targeting Induced Local Lesion IN Genome)法とは,変異原処理によりゲノムにランダム変異が起きているライブラリーから,目的遺伝子に変異をもつものをスクリーニングし,凍結精子を人工授精させることで,目的変異体を得るという方法である(8)8) Y. Taniguchi, S. Takeda, S. M. Furutani, Y. Kamei, T. Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M. Yamazoe et al.: Genome Biol., 7, R116 (2006)..われわれは3つの着目遺伝子それぞれについて,1アミノ酸置換変異体を得た.

それに対し,TALEN(Transcription activator-like effector nuclease)法においてはフレームシフトによる遺伝子機能欠損個体の作出が期待できる.植物の病原菌であるXanthomonas属の細菌はTAL effectorタンパク質をもっており,タンパク質がもつリピート構造におけるアミノ酸の組み合わせを変えることで,特定のDNA配列特異的に結合させることが可能である.TALENはTAL effectorタンパク質とFokI(二量体化することでDNA切断活性を示すヌクレアーゼ)とを融合させたものであり,目的遺伝子におけるDNA切断を誘導し,不完全修復に伴うフレームシフトを引き起こすことができる(9)9) S. Ansai, K. Inohaya, Y. Yoshiura, M. Schartl, N. Uemura, R. Takahashi & M. Kinoshita: Dev. Growth Differ., 56, 98 (2014)..実際,われわれはV1a1, V1a2受容体の機能欠損個体をTALEN法により作出し,TILLING法で作出した変異体と同様の行動形質を示すことを確認した.

これらの手法を用いて作出した各変異体を用いて行動実験を行った結果,V1a1受容体遺伝子変異体オスは正常な配偶者防衛行動を示すこと,V1a2受容体遺伝子変異体オスは配偶者防衛行動を全く示さないことが見いだされた.さらに,バソトシン遺伝子変異体オスにおいては配偶者防衛行動を示すが,正常オスと競わせると負ける傾向にある,というマイルドな配偶者防衛行動異常が検出され,これらの結果より,バソトシンによるV1a2受容体の活性化が正常な配偶者防衛行動に必要であることを示唆された(5)5) S. Yokoi, T. Okuyama, Y. Kamei, K. Naruse, Y. Taniguchi, S. Ansai, M. Kinoshita, L. J. Young, N. Takemori, T. Kubo et al.: PLoS Genet., 11, e1005009 (2015).図2図2■メダカにおける配偶者防衛行動の分子基盤解析結果).

図2■メダカにおける配偶者防衛行動の分子基盤解析結果

バソトシンや,その受容体の変異体オス(オス2)は,配偶者防衛行動において正常オス(オス1)に敗北する傾向にあったことから,バソトシンシステムが正常な配偶者防衛行動に必要であると考えられた.

メダカは持続的な配偶者防衛行動を示す

分子機構解析と並行して配偶者防衛行動の特性を検証するうちに,われわれは意外な結果を見いだしていた.メダカのオスは,メスの性周期によらず,ほぼ1日中配偶者防衛行動を示していたのである(5)5) S. Yokoi, T. Okuyama, Y. Kamei, K. Naruse, Y. Taniguchi, S. Ansai, M. Kinoshita, L. J. Young, N. Takemori, T. Kubo et al.: PLoS Genet., 11, e1005009 (2015).

一般的に長期間の配偶者防衛行動はエネルギー消費が大きく,自らの生存に不利に働くと考えられており,当該行動は多くの動物において繁殖期にのみ観察されることが報告されている(10)10) G. A. Parker: Behaviour, 48, 157 (1974).

これに対し,メダカメスの性周期は24時間で毎朝1度だけ産卵するにもかかわらず,メダカのオスは午後の時間帯においても午前と同様に配偶者防衛行動を示したことから,この持続的な配偶者防衛にはなんらかの適応的意義が存在する可能性が高いと考えられた.

一方,われわれは以前,メダカのメスは「そばにいた」オスを視覚的に記憶し,この「親密化したオス」を配偶相手として選ぶ傾向にある(メスの配偶者選択)ことを見いだしていた(11)11) T. Okuyama, S. Yokoi, H. Abe, Y. Isoe, Y. Suehiro, H. Imada, M. Tanaka, T. Kawasaki, S. Yuba, Y. Tanigushi et al.: Science, 343, 91 (2014)..そこでわれわれは,持続的な配偶者防衛により,メスがライバルオスを見て記憶することを妨害するとともに,自らの存在をメスにアピールし,記憶されやすくすることで,翌朝メスに選ばれやすくなるというメリットが存在するのではないかという仮説(図3図3■オスの配偶者防衛行動とメスの配偶者選択との関係性(作業仮説))を立て,検証することにした(12)12) S. Yokoi, S. Ansai, M. Kinoshita, K. Naruse, Y. Kamei, L. J. Young, T. Okuyama & H. Takeuchi: Front. Zool., 13, 21 (2016).

図3■オスの配偶者防衛行動とメスの配偶者選択との関係性(作業仮説)

メダカのオスは持続的に配偶者防衛行動を示すことにより,メスと敗北オスとの親密化を妨害し,メスにとって最も親密度の高いオスとなるように試みる(左図).メスは親密度の低いオスよりも,親密度の高いオスの求愛を受け入れる傾向にあるため(右図),持続的に配偶者防衛行動を示したオスは自らの子孫を残しやすくなる.

ライバルオスとメスとの親密化妨害は可能である

まず,オス2匹,メス1匹の状況で,メスとの親密化妨害が実際に起きているのかを検証するために,オスの配偶者防衛行動とメスの配偶者選択行動を連続して観察,定量可能な,次のような系を確立した(図4図4■オスの配偶者防衛行動とライバルオスとメスとの親密化妨害の関係性検証実験).

図4■オスの配偶者防衛行動とライバルオスとメスとの親密化妨害の関係性検証実験

実験前夜にオス(メスからの距離によって,遠位オス,または近位オス)とメスとを透明な仕切りで隔離した.そして翌朝,仕切りと近位オスとを取り除いた.水槽内にメスと遠位オスのみが存在する状況にした際,メスが遠位オスの求愛を受け入れるまでに要した時間を計測した.グループ1:実験前夜に遠位オスとメスの2匹を投入したグループ.メスは遠位オスを見て親密化できたため,翌朝,30秒ほどと短い時間で遠位オスを受け入れた.グループ2:実験前夜に,遠位オス,近位オス(配偶者防衛行動を示す),メスの3匹を投入したグループ.メスと遠位オスとの間には近位オスが存在し,メスは遠位オスと親密化できなかったため,翌朝遠位オスを受け入れるまでに約70秒かかった.グループ3:実験前夜に,遠位オス,近位オス(V1a2受容体変異体オス.配偶者防衛行動を示さない),メスの3匹を投入したグループ.メスと遠位オスとの間には近位オスが存在するが,配偶者防衛行動が示されなかったことにより,メスは遠位オスを見て親密化できたため,翌朝,30秒ほどと短い時間で遠位オスを受け入れた.

実験前日に水槽を透明な仕切り2枚で3区画に分けて,グループ1においては両端の区画に,オス1匹(メスから遠いオス,以降「遠位オス」)とメス1匹の計2匹を投入.グループ2においては,端の区画から順に,オス1匹(遠位オス),オス1匹(メスから近いオス,以降「近位オス」),メス1匹,の計3匹を投入した.グループ2においては,近位オスが配偶者防衛行動を示すことが確認された.そして翌朝,近位オスと,2枚の仕切りを取り除き,遠位オスの求愛に対するメスの受け入れの程度を評価した.するとグループ1においては,メスは遠位オスを30秒ほどと,短い時間で受け入れたのに対し,グループ2においては70秒ほどと,2倍以上の時間がかかった(図4図4■オスの配偶者防衛行動とライバルオスとメスとの親密化妨害の関係性検証実験).この結果は,グループ1においてはメスが遠位オスを視認し,親密化が起きたのに対し,グループ2においては,近位オスが配偶者防衛を示し,メスによる遠位オスの視認を妨害したため,メスと遠位オスとの親密化が不十分であったことを示唆している.しかしながらこの実験のみでは,「ライバルオスとメスとの親密化妨害には,ライバルオスよりもメスから近い位置にオスが存在する必要がある」可能性が残されており,「ライバルオスとメスとの間の位置をキープする」という配偶者防衛行動の必要性を検証することは不可能であった.そこでわれわれは,近位オスとして配偶者防衛を示さない変異体を用いることで,ライバルオスとメスとの親密化妨害における配偶者防衛の必要性を検証することにした.

ライバルオスとメスとの親密化妨害において配偶者防衛行動は必要である

前述のとおり,V1a2受容体変異体オスは「配偶者防衛行動を示さない変異体」であることから,このオスを近位オスとして用いた試行を行った(図4図4■オスの配偶者防衛行動とライバルオスとメスとの親密化妨害の関係性検証実験).具体的には,実験前日に水槽を透明な仕切り2枚で3区画に分け,端の区画から順に正常オス1匹(遠位オス),V1a2受容体変異体オス1匹(近位オス),メス1匹を投入した(グループ3).このとき,V1a2受容体変異体オスはメスから近い位置には存在するが,配偶者防衛行動を示さないことを定量的に確認した.そして翌朝しきり2枚とV1a2受容体変異体オスを取り除き,正常遠位オスの求愛に対するメスの受け入れの程度を評価した.その結果このグループ3において,メスは遠位オスを30秒ほどで受け入れ,近位オスを投入しなかったグループ1の結果との間に有意差は検出されなかった(図4図4■オスの配偶者防衛行動とライバルオスとメスとの親密化妨害の関係性検証実験).よって,メスとライバルオスの親密化を妨害するためには,ライバルオスよりもメスから近い位置を維持するだけでは不十分であり,配偶者防衛行動により,メスがライバルオスを視認できないようにすることが必要であると考えられた.

メスとの親密化は子孫をより多く残すうえで重要な意味をもつ

ここまでの検証結果から,持続的な配偶者防衛行動がメスとライバルオスとの親密化を妨害していることが示唆された.では,メスとの親密化は,メダカの三者関係において実際に子孫を残すうえで重要な要素なのであろうか.われわれは最後にこの事項について検証を行った(図5図5■三者関係における,メスとの親密化と配偶行動成功率との関係性検証実験).実験前日,仕切りのない水槽にメス1匹と,GFP蛍光をもつオス1匹,もたないオス1匹を放ち,どちらのオスが配偶者防衛行動において勝利するかを検証した.そして,グループ1は特に処理を行わず(自由遊泳),グループ2においては配偶者防衛において非勝利オス(敗北または引き分けであったオス)のみをメスが見ることができるように隔離をした.つまりグループ2において,勝利オスは持続的な配偶者防衛行動を示すことができず,メスは非勝利オスとのみ親密化可能である.

図5■三者関係における,メスとの親密化と配偶行動成功率との関係性検証実験

実験前夜に,オス2匹とメス1匹を水槽に放ち,配偶者防衛行動における勝敗を検証した.その後2とおりの処理を行い,翌朝3匹を一つの水槽へ投入し,メスから受精卵を採取.どちらのオスの精子由来の受精卵かを検証し,その割合を算出した.グループ1:配偶者防衛の勝敗チェック後,隔離処理を行わなかったグループ.非勝利オスが残す子孫の割合は低かった.グループ2:配偶者防衛の勝敗チェック後,メスが非勝利オスのみと親密化できるように隔離したグループ.勝利オスの求愛をメスが拒否する様子が頻繁に観察され,非勝利オスが残す子孫の割合はグループ1と比較して約20%上昇した.

翌朝3匹を同じ水槽に投入し,メスから受精卵を回収した.そして,各受精卵でGFPが発現しているか否かを検証することで,どちらのオスの精子由来か,父親検定を行った.グループ1においては以前の報告のとおり,実験前日に勝利したオスがより多くの子孫を残していた.一方,グループ2における勝利オスの配偶成功率はグループ1と比較し,約20%も低い結果となった(図5図5■三者関係における,メスとの親密化と配偶行動成功率との関係性検証実験).隔離されていた勝利オスは,ライバルオスよりも積極的にメスに求愛するものの,親密化が不十分のために拒絶され続け,一方,勝利オスの隙をついてライバルオスがメスに求愛すると,メスはそれをすぐに受け入れる,という様子が頻繁に観察された.配偶者防衛行動にはライバルオスとメスとの直接的な接触妨害の意味合いがあると考えられているが,メダカの三者関係においてメスとの親密化はときにこの効果以上に,自らの子孫を残すうえで重要な意味をもつことが示唆された.

おわりに

メダカのオスは持続的に配偶者防衛行動を示すことにより,メスがライバルオスを見て親密化することを妨害し,自らを配偶相手として選ばせる可能性を上昇させていることが示唆された.一般的に配偶者防衛行動は,「ライバルオスとメスとの直接的な接触を防ぐ」という生態学的意義があると報告されている.少なくともメダカの三者関係においてはこれに加え,「メスがライバルオスを配偶相手として選ぶ確率を下げる」という意義も存在し,エネルギー消費が激しいにもかかわらず,配偶者防衛行動を持続的に行う生態学的意義につながっていると考えられた(図3図3■オスの配偶者防衛行動とメスの配偶者選択との関係性(作業仮説)).

一方,メダカのメスが「親密化したオス」を配偶相手として選ぶ生態学的意義はこれまで不明であったが,本研究から「親密化したオス」とは「配偶者防衛で勝利したオス」である可能性が高く,より健康で強いオスとの子孫を残すことができるというメリットがあると考察できる.

今後は,「配偶者防衛行動により,ライバルオスとメスとの親密化を防ぐ」という機構がほかの動物にも存在するのか,検証が必要だろう.特に一夫一妻制を示すある種の動物は,配偶者防衛行動を示し,かつ,親密であるペア相手に対して親和的な行動を示すことが知られており,同様の機構が存在する確率は高いと考えられる.また,本研究は分子遺伝学実験用のメダカを用いて,研究室内で3個体のみを用いた実験であった.そこで今後は,野生のメダカを用いてビオトープなどのより自然に近い環境で,同様の現象が起きるかを検証したいと考えている.

さらに,今回配偶者防衛行動への関与が明らかになったバソトシンは,バソプレシンとして哺乳類にも存在することから,バソプレシンによる配偶者防衛行動の制御が哺乳類にも存在する可能性が考えられる.ヒトにおいて,配偶者防衛行動は嫉妬心により誘起されるという報告も存在する(13)13) D. M. Buss: Neuroendocrinol. Lett., 23(Suppl. 4), 23 (2002).ことから,バソプレシンがヒトの嫉妬心を制御しているのかもしれない.

本研究が,雌雄間の絆形成や嫉妬心の進化的起源を探るうえでの良いモデルとなることを期待している.

Reference

1) C. G. Paull, A. L. Filby, H. G. Giddins, T. S. Coe, P. B. Hamilton & C. R. Tyler: Zebrafish, 7, 109 (2010).

2) J. M. Rodriguez-Llanes, G. Verbeke & C. Finlayson: Anim. Behav., 78, 643 (2009).

3) M. D. Jennions & M. Petrie: Biol. Rev. Camb. Philos. Soc., 72, 283 (1997).

4) 長谷川寿一,長谷川眞理子:“進化と人間行動”,東京大学出版会,2000.

5) S. Yokoi, T. Okuyama, Y. Kamei, K. Naruse, Y. Taniguchi, S. Ansai, M. Kinoshita, L. J. Young, N. Takemori, T. Kubo et al.: PLoS Genet., 11, e1005009 (2015).

6) J. L. Goodson & A. H. Bass: Brain Res. Brain Res. Rev., 35, 246 (2001).

7) J. T. Winslow, N. Hastings, C. S. Carter, C. R. Harbaugh & T. R. Insel: Nature, 365, 545 (1993).

8) Y. Taniguchi, S. Takeda, S. M. Furutani, Y. Kamei, T. Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M. Yamazoe et al.: Genome Biol., 7, R116 (2006).

9) S. Ansai, K. Inohaya, Y. Yoshiura, M. Schartl, N. Uemura, R. Takahashi & M. Kinoshita: Dev. Growth Differ., 56, 98 (2014).

10) G. A. Parker: Behaviour, 48, 157 (1974).

11) T. Okuyama, S. Yokoi, H. Abe, Y. Isoe, Y. Suehiro, H. Imada, M. Tanaka, T. Kawasaki, S. Yuba, Y. Tanigushi et al.: Science, 343, 91 (2014).

12) S. Yokoi, S. Ansai, M. Kinoshita, K. Naruse, Y. Kamei, L. J. Young, T. Okuyama & H. Takeuchi: Front. Zool., 13, 21 (2016).

13) D. M. Buss: Neuroendocrinol. Lett., 23(Suppl. 4), 23 (2002).