解説

薬物代謝・薬物動態研究の最近の動向と展望医薬品開発研究を中心として

Recent Progress and Prospect of Drug Metabolism/Pharmacokinetics Research Contributing to Drug Development

横井

Tsuyoshi Yokoi

名古屋大学大学院医学系研究科

織田 進吾

Shingo Oda

名古屋大学大学院医学系研究科

Published: 2017-05-20

薬物代謝の情報は,医薬品開発におけるリード化合物の選択に,毒性発現の解明に,治験における有用性と安全性の確保に,臨床における個別薬物療法の実践において重要な役割を担っている.近年の医薬品開発を取り巻く状況は,目覚ましい変化の渦中にある.こうした状況下で,薬物代謝や薬物動態の研究成果は,非臨床および臨床研究を広範に支えており,創薬の効率化と加速化に貢献している.本稿では,薬物代謝・薬物動態研究の視点から,今日の医薬品開発研究に関する最近の進歩を中心に解説する.

医薬品開発の現状と課題

多大な時間や費用と人的資源を必要とする医薬品開発において,承認に至る新薬の数は年々減少してきている.新薬に要求される薬効および安全性のハードルが高くなってきているが,開発中止の要因については,近年大きな変化が報告されている.1991年には薬物動態および生物学的利用能が問題となった開発中止が全体の40%を占めていたが,2000年には10%まで急激に低下した(1)1) I. Kola & J. Landis: Nat. Rev. Drug Discov., 3, 711 (2004)..さらに2008~2010年には1%に(2)2) J. Arrowsmith: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 87 (2011).,2011~2012年にはゼロ%になったと報告された(3, 4)3) J. Arrowsmith: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 328 (2011).4) J. Arrowsmith & P. Miller: Nat. Rev. Drug Discov., 12, 569 (2013).図1図1■医薬品開発中止の動向(文献4から引用)).すなわち,1990年から2000年頃までに,薬物動態研究,特に薬物代謝に関する研究が著しく進展した.さらに,2000年から今日まで,その研究成果を実際の創薬に活かすことを目指した研究成果が結実した時期であると考えられる.

図1■医薬品開発中止の動向(文献4から引用)

2011年と2012年の2年間のPhase II以降の開発中止事例148件のうち105件についての内訳を示す.(A)Phase II以降で期待した薬理作用(efficacy)が得られない事例が56%あり,次いで安全性(safety)に関する問題が28%と大別された.さらに,最近の動向をPhase II(B)とPhase IIIおよび上市後も含めた場合(C)の解析を示す.Bの2008~2010年に1%のみPK-PD(pharmacokinetics/bioavailability)の問題事例があったが,それ以後の時期およびPhaseにおいてはPK-PDの問題はなかった.薬理作用については,さまざまな理由から解消することは難しいと考えられているが,次に高い割合の安全性については,より多くの患者数や,長い投与期間によって顕在化する場合が多い.こうした安全性の問題は,今後の研究成果によって解消することが期待されている.

一方,開発途中における中止の要因のうち,薬効・薬理または安全性に起因する中止は,1990年から今日まで25年以上にわたって,それぞれ20~40%と20~30%と報告されており,顕著な改善は認められていない(1~4).薬効・薬理については,既存薬に対してさらに強い薬理活性,または何らかのメリットが必須であるために,中止要因に占める割合は高くなる.したがって,改善の余地は,毒性発現を低減させることであり,毒性の予測は今後の研究が大きく寄与できる範疇であると考えられている.特に薬物性肝障害(DILI: drug-induced liver injury)の発現は,臨床試験中止および市販後の撤退の主な原因となっている.

2001年に筆者は本誌の解説に「薬物代謝酵素の遺伝的多型と個別薬物療法」という表題で寄稿した(5)5) 横井 毅:化学と生物,39, 368 (2001)..第I相および第II相薬物代謝酵素の個体差について表現型と遺伝子型のそれぞれの理解について概説し,さらに個別薬物療法への適用に向けた解説をした.この時期は,薬物代謝酵素にかかわるさまざまな研究が進展し,臨床における適切な薬物療法に貢献できる情報を発信する段階となっていた.さらに,臨床において,薬物代謝・薬物動態に起因する副作用や薬物間相互作用の発現を予測し,回避できる可能性が期待され始めた時期でもあった.その後,今日までの約15年間に,創薬のさまざまな段階において薬物代謝・動態研究に関する多くの新しい成果が,創薬研究および臨床薬物療法に取り入れられてきた.以上の背景から,本稿では薬物代謝・薬物動態の研究領域と医薬品開発とのかかわりとその進歩について,ADMET(吸収Absorption,分布Distribution,代謝Metabolism,排泄Excresion,毒性Toxicityを統合した略称)の視点から,最近の研究動向を取り上げ,併せてこの分野の将来を展望する.

Absorption: 経口薬剤の消化管吸収の予測の困難さ

薬はそのほとんどが経口投与薬剤として開発が指向されるが,消化管内における溶解性を予測することは容易ではなく,現況では,その評価には信頼できる手法やガイドラインがない.EUでは現在OrBiTo(oral biopharmaceutics tools)プロジェクトという経口薬剤の効率的開発研究のコンソーシアムが活動中である.すなわち,酸性薬物は胃内では溶解しにくく,小腸で溶解する.一方,塩基性薬物は胃内で易溶であり,腸内では溶けにくいため,胃内で溶解した薬剤がまとまって腸内へ移行しやすい.このために,腸内で過飽和や沈殿が生成される可能性が高く,この予測が難しい問題である.従来は,酸性および塩基性薬剤のいずれについてもpH依存性の溶解試験によって評価を行ってきたが,その予測性は高くない.一方,中性薬物は消化管内では吸収に伴って溶解が起きるために,吸収の指標であるオクタノール/水分配係数(Log P)を指標として古くから予測がなされてきた.さらに,消化管吸収の種差については,サルよりもイヌが良い予測性を示す場合が多いことも事実であり,種差を考慮したヒトin vivo吸収予測の難しさも言われている.

消化管吸収を予測する研究は,たとえば人工の模擬胃液と模擬腸液を作成し,胃,十二指腸と空腸を模した連接チャンバーを用いて,胃排出速度やpHや液量の変化について消化管内での変化速度をシュミレーションした系で測定する試みなどがなされている.さらには,Log Pをはじめとした化合物の物性学的数値と化学構造から,in silicoで予測するデータベースの構築も試みられており,今後の研究の進展が期待されている.

P450(CYP)の発現量は,小腸上部で高く,小腸下部へいくほど発現量が著しく低下している.またヒト小腸のCYPは全体の80%以上がCYP3A, 20%程度がCYP2Cであり,肝臓と比べて発現している分子種に大きな偏りがある.また,小腸にはグルクロン酸転移酵素も比較的高く発現しており,肝臓には発現していない分子種(UGT1A8, UGT1A10)の発現も知られている.さらに,小腸絨毛表面は比較的低いpHである.こうした小腸に関する複雑な状況を鑑み,酸性中性塩基性のそれぞれの薬物の溶解性のみならず,暴露濃度の変化や代謝酵素の寄与および個体差などを総合的に見積もることが必要である.この領域の研究は進展しつつあり,今後の成果が期待されている.

Distribution:測定機器の性能の進歩に支えられ

薬物代謝・薬物動態研究の近年の長足の進歩は,分析機器の性能の飛躍的向上に支えられていると言っても過言ではない.特に薬物動態研究者が得意とする質量分析装置(MS)は,近年極めて高度に発展しつつある.MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)-TOF(飛行時間型)MSは,現在では汎用性の高い装置であり,薬物のみならずペプチド,タンパク質などを広い質量領域で測定可能である.この手法においては,MS検出装置の感度が年ごとに高くなり,筆者のように古い研究者には隔世の感がある.最近では,高感度MALDI-TOF MS/MSを用いて,被験薬の未変化体および代謝物のイメージングMSが行われている.たとえば,組織切片を用いて,空間分解能10 µmでの分析により,未変化体薬物および代謝物の分布が組織片上のイメージングとして可視化される.これには膨大なデータの取得とイメージ描画への変換作業が必要であるが,操作を迅速・簡便にする改良がなされつつある.

10~50万FWHM(Full Width at Half Maximum:半値全幅と訳される分解能の指標)の分解能によって,組織中の代謝物分布を十分に知ることができるが,次世代装置としてFT-ICR MS(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置)が開発されており,1,000万FWHMを超える装置も報告されている.このレベルの測定では,内因性物質との十分な分離測定のみならず,代謝物の主な構成元素も解析することが可能である.最近は,空間分解能も格段に向上してきている.現状では,こうした最先端機器は高価であるが,現在われわれがELISAで1 pg/mL程度の感度で血漿サイトカイン,ケモカインを測定している日常の実験操作を,こうした装置を用いた網羅的な定量解析に置き換えることが可能である.

測定機器の長足な進歩は,代謝物のみならず,薬物代謝酵素やトランスポーターをはじめとしたタンパク質や脂質の定量解析も可能にした.近い将来には,僅かな組織片やバイオプシ材料において,直接,薬物,代謝物,酵素類,脂質,糖鎖などのさまざまな物質の定量的発現をイメージ描画できるようになると思われる.これは,動態と薬理と安全性を同時評価できる可能性を示しており,創薬研究の手技手法にも変革が訪れつつある.

Metabolism: In vitroからヒトin vivo動態予測における定量的外挿(IVIVE)

近年,in vitroデータからヒトin vivoの動態について,定量的な外挿が可能になったことは,薬物代謝・動態研究の集大成の成果であると言える.ヒトin vivo動態予測の研究には長い歴史があり,古くはヒトin vivo PK予測法として,動物の体重と動物のPKパラメーターを用いて予測するアロメトリックスケーリングという方法が用いられてきた.その後,1980年代にクリアランスの概念に基づいた数理モデルを構築し,肝クリアランスを定量的に予測する手法が用いられた.1990年代には,実験動物およびヒト肝ミクロゾームや肝細胞(ヘパトサイト)が容易に入手可能になった.これによりヒト肝臓における第I相および第II相の薬物代謝酵素や薬物輸送を考慮した同時評価が可能になり,ヒトin vivo動態予測が格段に進歩した.現在では薬学の教科書にも掲載されているコンパートメントモデルの活用が一般化してきた.しかしながら,肝臓に関するパラメーターのみでは,予測が困難な場合も少なからずあり,さらなる研究がなされた.2000~2005年頃から,ヒト小腸のCYPは,その80%以上がCYP3Aで占められており,小腸CYP3Aによって代謝される影響(肝外クリアランス)を考慮する必要があると言われるようになった.ヒト小腸組織が比較的容易に入手可能になったことも研究をサポートした.こうしていわゆる,肝外代謝クリアランスを考慮したコンパートメントモデルの計算が行われるようになった.こうした背景によって,現在活用されているIVIVE(in vitroin vivo extrapolation)と称されるようになったヒトにおける動態のin vivo外挿の精度が向上し,医薬品開発に活用されている.特に非臨床開発段階において,新規のリード化合物として,適度な肝クリアランスを示し,体内動態が良好な候補化合物を選択するために使用されていることが,開発中止理由から薬物動態が消滅したことの主たる説明であると考えられる.

さらに,近年はヒトにおける代謝経路に立脚し,P450以外の酵素の関与を考慮し,精度の向上を目指す研究も報告されている.特に,肝臓の主たる第II相抱合酵素である硫酸転移酵素とグルクロン酸転移酵素には,げっ歯類とヒトの間には大きな種差がある.げっ歯類では前者が,ヒトでは後者が主として作用するために,これらの酵素による代謝の影響を受けやすい化合物は,肝外代謝のみならず種差も考慮する必要がある(後述).

Metabolism: 低クリアランス薬について

2000年頃から創薬におけるHTS(high throughput screening)の利用が促進され,早期の非臨床スクリーニング試験として,主としてヒト肝ミクロゾーム(滑面小胞体と粗面小胞体の両方をミクロゾームと総称する)を用いた化合物ライブラリーのHTSが実施されるようになった.本誌にも詳しい解説が2008年に掲載された(6)6) 須藤正樹,渡邉修造,稲垣泰介:化学と生物,46, 859 (2008)..HTSの導入に伴って,ヒト肝における初回通過効果を受けにくく,肝ミクロゾームに対して代謝安定性が高い化合物,すなわち肝P450酵素で代謝を受けにくいリード化合物が選択される傾向が強くなった.In vivo代謝クリアランスの予測には,in vitro代謝クリアランスを測定(未変化体の減少量を指標とする場合が多い)することが必須である.特にin vitro試験系から予測されたPKパラメーターは,ヒトにおける薬理動態や毒性発現の予測に用いられるが,従来の数十分間のincubation法によっては,被験化合物が非常に安定な場合には正確な測定が困難であった.この問題を解決するために,ヒト肝細胞を用いた代謝反応を数段階に分けて反復させる方法や,代謝活性が高いさまざまな培養細胞試験系(後述)を用いるなどの工夫が行われるようになった.こうした検討の結果,代謝安定性が高いリード化合物において,従来は10倍以上あったヒトin vitroin vivoクリアランス予測値の差異を2~3倍程度の範囲内で予測できる実用性が高い評価試験系が可能になってきた.しかしながら,低クリアランスのリード化合物にはnon-CYP代謝の問題(後述)が生じる可能性が高いことが明らかにされ,新たな問題となった.最近では,P450による代謝を適度に受けやすく,さらに同時に複数のCYP分子種で代謝されるリード化合物を選択することによって,代謝能の個体差とnon-CYP代謝による影響を回避しようとする傾向がある.

Metabolism: Non-CYP酵素による代謝予測の必要性と問題点

低クリアランスのリード化合物を選択することにより,P450以外の第I相や第II相薬物代謝酵素で代謝される場合が多くなった(7)7) M. A. Cerny: Drug Metab. Dispos., 44, 1246 (2016)..これは最初から意図したことではなく,P450による代謝を受けにくく,非常に安定したリード化合物を選択した結果として,こうした現象が表立ってきた.前述のIVIVEによる予測法はP450代謝を中心に構築されたものであるために,2005年頃からいわゆるnon-CYPによる代謝動態のIVIVE予測が必要と言われ,同一のリード化合物について,in vitroクリアランスが低いCYP代謝の予測に加えて,non-CYP代謝の予測・評価が報告されてきた.特にグルクロン酸転移酵素(UGT: UDP-glucuronosyl transferase),アルデヒドオキシダーゼとエステラーゼの3種類の薬物代謝酵素が問題となる場合が報告され,それぞれのnon-CYP酵素について適切な予測法が考案されるようになった.

UGTはミクロゾーム膜に深く埋もれた酵素であるため,in vitro代謝速度はヒト肝ミクロゾームよりも肝細胞のほうが速いために,肝ミクロゾームを用いたIVIVEはin vivoクリアランスを過小評価することになる.そこで,ミクロゾーム膜のUGTへの基質薬物のアクセスを改善する研究がなされた.その結果,ミクロゾーム膜のUGTを阻害している長鎖不飽和脂肪酸の影響をBSA(bovine serum albumin)を添加することにより,改善されることが見いだされた.In vitroクリアランスを5倍程度過小評価していた系が,BSA添加によって2倍程度まで改善したと報告されている(8)8) P. J. Kilford, R. Stringer, B. Sohal, J. B. Houston & A. Galetin: Drug Metab. Dispos., 37, 82 (2009)..BSA添加効果は,被験薬(基質)とその代謝にかかわるUGT分子種の組み合わせによって異なることに注意が必要であるが,この方法は,UGTとP450の複数の酵素が関与する化合物の動態予測の改善法として実用化されている.

近年,アルデヒドオキシダーゼによる代謝の寄与が大きいリード化合物が,臨床試験において予期しない毒性発現によって開発が中止される例が報告されるようになった(9)9) J. M. Hutzler, R. S. Obach, D. Dalvie & M. A. Zientek: Expert Opin. Drug Metab. Toxicol., 9, 153 (2013)..アルデヒドオキシダーゼは,ミクロゾームではなく,可溶性画分(サイトゾル画分)に存在する酵素であるため,ヒト肝サイトゾルや肝S9画分を用いて検討する必要がある.さらに,P450と同様に,遺伝子多型を考慮し,代謝能が低い個体と高い個体の肝細胞を比較検討する必要もある.集団における平均値を知るためには,10~15名のpooledヒト肝細胞や,50~150名のpooledヒト肝ミクロゾームが入手可能であり,個体差を考慮した評価系も構築されている.その結果,約10倍の過小評価を,数倍程度まで改善されることが報告されている.加水分解酵素であるエステラーゼは,可溶性画分や血中に活性がある分子種として知られている.アルブミンにもエステラーゼ様活性がある.エステラーゼは分子種多様性が高く,最近になり,その性質や阻害剤などの詳しい報告がなされたことから(10)10) S. Oda, T. Fukami, T. Yokoi & M. Nakajiam: Drug Metab. Pharmacokinet., 30, 30 (2015).,近い将来,IVIVE予測系に組み入れられるものと思われる.さらに,詳細な検討が必要な場合としては,たとえば腎臓のUGTによる代謝や,血中のエステラーゼによる代謝の定量的な寄与を,肝外臓器として考慮する場合などがある.しかし,放射標識体を作成する前の非臨床スクリーニング段階のリード化合物が,主にどの肝外臓器による代謝の影響を受けるかを簡便に知ることは現状では比較的難しい課題であり,今後の展開が期待される.

ADMET: ヒト由来およびヒト型試料

医薬品開発における薬物代謝・薬物動態の長足の進歩は,(1)ヒト由来試料,特にヒト肝ミクロゾームや肝細胞が容易に入手出来るようになったこと,(2)さまざまな新規の細胞やモデル動物を用いた試験系が提供されるようになったことの2点の貢献が挙げられる.市販のヒト肝ミクロゾームや肝細胞は凍結して提供されるため,必要時に実験に供することができる.薬物代謝酵素の遺伝子多型やHLA型が既知のヒト肝由来試料が入手できることや,多人数の試料をpoolした肝由来試料は個体差を考慮した検討を可能にしている.さらに,ヒト小腸や腎臓の試料やPBMC(peripheral blood mononuclear cell,末梢血単核球細胞)も容易に入手できることも,幅広い検討を可能にしている.

ヒト肝細胞はこの領域の研究にとって,有用性が極めて高い材料であるが,lot差が大きく,単一lotの供給量が少ないことに加え,短期間の培養で酵素活性が急速に失われるために,長期培養が困難であるというデメリットがある.肝細胞を長期間培養できるように,さまざまな方法によるスフェロイド培養方法が提案されている.また,HepaRG細胞はヒト肝腫瘍由来細胞株であるが,P450などの活性が初代肝細胞と同程度に発現しており,大量培養も可能であるため,近年使用報告が多い.upcyte Hepatocyteは,長期培養に必要な遺伝子をレンチウイルスベクターを用いて導入して作成する肝細胞であり,応用性が高い.iPS由来肝細胞は,成人肝細胞まで分化ができておらず,今後の研究の発展が待たれている.

モデル動物では,ヒト肝臓を有するマウスが数種類報告されている.なかでも,PXBマウスは,肝臓の約80%がヒト由来細胞に置換されたマウスであり,動態・毒性研究や薬効評価などに幅広く利用されている.しかし,肝臓以外の臓器はマウスであることと,げっ歯類の代謝酵素活性は一般にヒトよりも比活性が高いことに注意が必要である.

化粧品の開発には動物愛護と保護の3Rの原則(Replacement, Reduction, Refinement;代替法,使用数の削減,改良による苦痛の軽減)が厳しく適用されつつあるが,近い将来には医薬品の開発にも適用が進んでくると考えられる.今後,in silicoアプローチを含めた,さらなる新規の手技手法によるin vitro予測法の開発が望まれている.

Toxicity: 薬物性肝障害(DILI)と反応性代謝物

医薬品による毒性の多くは用量依存的に発現し,その予測・回避は可能である.しかし,市販後に初めて重篤な薬疹,肝障害やアレルギー反応などの毒性が発現することがあり,特異体質性(idiosyncratic)毒性と言われている.その発症頻度は稀であり,必ずしも用量依存性を示さず,既知の薬理作用と無関係に発症するために予測が困難とされている.前述のように,薬による臓器障害は,主代謝臓器である肝臓に基因する場合が多い.図2図2■薬物性肝障害(DILI)の発症機序には薬物性肝障害(DILI)の機序を示す.P450による代謝的活性化反応によって生成された「反応性代謝物」は,細胞構成成分などとアダクト(付加体)を形成することによって,細胞ストレスやミトコンドリア障害などを起こし,細胞毒性を発現する.反応性代謝物は肝臓で主にグルタチオン抱合を受けて解毒される.しかし,解毒能が細胞毒性に劣るとDILIの発症に至ると説明できる.しかし,さまざまな機序によって発症する障害を網羅的に予測することは困難であり,特に炎症や免疫因子の関与を予測できる適切な試験系がないことが問題である.紙面の都合上,詳しくは関連する総説を参照していただきたい(11)11) S. Oda & T. Yokoi: Yakugaku Zasshi, 135, 579 (2015).

図2■薬物性肝障害(DILI)の発症機序

特異体質性DILIが報告されているほとんどの薬について,反応性代謝物の存在が同定または推定されている.反応性代謝物は主として肝グルタチオン抱合反応によって解毒される.解毒反応を免れた反応性代謝物は,生体内成分への結合や免疫・炎症因子の活性化などを経て,さまざまな毒性発現経路を介して,DILIを惹起すると考えられている.

非臨床創薬段階において毒性発現の回避を目的として,表1表1■DILIの予測パラメーターにおける従来のin vitro試験法と動物を用いたin vivo試験法の比較に示すさまざまな試験が実施される.これら7種類の代表的な試験はいずれも高いspecificity(true negative rate)を示すが,sensitivity(true positive rate)が低いことを改善する試験系の開発が必要である.通常の実験動物を用いたin vivo試験のsensitivityも52%に留まっているが,現状では,in vivo動物試験が重要な役割をしていることを示している(12)12) P. J. O’Brien, W. Irwin, D. Diaz, E. Howard-Cofield, C. M. Krejsa, M. R. Slaughter, B. Gao, N. Kaludercic, A. Angeline, P. Bermardi et al.: Arch. Toxicol., 80, 580 (2006)..最近の報告では,臨床試験に入ったリード化合物が最終的に市場に出る確率は,8~10%と言われており,毒性発現によって中止に至る割合が依然として高い.したがって,特に高いsensitivityを示すin vitro DILI予測試験系の開発が強く求められている.

表1■DILIの予測パラメーターにおける従来のin vitro試験法と動物を用いたin vivo試験法の比較
試験名Sensitivity(%)Specificity(%)
DNA合成1092
タンパク質合成497
グルタチオン枯渇1985
スーパーオキシド誘導197
カスパーゼ3誘導595
細胞膜障害299
細胞生存率1092
動物in vivo試験52
(文献12から引用)

Toxicity: DILIにおける炎症・免疫因子の役割と予測試験系の構築

われわれの研究グループは,idiosyncratic DILIの原因薬であるハロタン,カルバマセピン,ジクロフェナクやフェニトインなどの臨床薬を用いて,重篤な肝障害を野生型マウスに惹起させ,モデルを作成した(11, 13)11) S. Oda & T. Yokoi: Yakugaku Zasshi, 135, 579 (2015).13) E. Kobayashi, M. Kobayashi, K. Tsuneyama, T. Fukami, M. Nakajima & T. Yokoi: Toxicol. Sci., 111, 302 (2009)..作出したDILIモデル動物の肝臓および血中の,サイトカインやケモカインをはじめとして,免疫・炎症関連因子の変動を調べ,idiosyncratic DILI特異的なバイオマーカーとなる因子を検索した.その結果,有用と思われる因子であるS100A8/A9(S100 calcium-binding protein A8/A9),NLR family pyrin domain containing 3(NALP3),RAGE(receptor for advanced glycation endproducts),IL-6, IL-8やIL-1βを選択した(図3図3■肝臓における免疫反応の活性化を介した薬物性肝障害(DILI)の発症機序).これらの因子をバイオマーカーとして,in vitro cell-based試験の構築への適用研究を行った(14)14) A. Yano, S. Oda, T. Fukami, M. Nakajima & T. Yokoi: Toxicol. Lett., 228, 13 (2014)..適切な細胞株やミクロゾームの使用条件などを精査し,さらにHepaRG細胞を活用し,HepG2細胞と併用する試験系を構築した.その結果,sensitivityとspecificityがそれぞれ96%と51%の新たな試験系を提案することができた(15)15) S. Oda, K. Matsuo, A. Nakajima & T. Yokoi: Toxicol. Lett., 241, 60 (2016)..特に高いsensitivity値が系の有用性を示していると考えられる.

図3■肝臓における免疫反応の活性化を介した薬物性肝障害(DILI)の発症機序

生体内で解毒反応を免れた反応性代謝物は,さまざまな毒性発現経路を介してDILIを惹起するが,免疫反応活性化を介したDILI発症機序の一部を示す.反応性代謝物がDAMPsの発現を刺激し,マクロファージやクッパー細胞から,さまざまなサイトカインやケモカインの遊走を促す.その結果,好中球の浸潤を伴う肝障害が起きる.こうした自然免疫系のみならず,獲得免疫系もDILIの増悪に関与している.ハロタン,カルバマザピン,フルクロキサシリンなどの薬はTh17細胞を,メチマゾールやジクロキサシリンなどの薬はTh2細胞を介した免疫反応を活性化することにより,肝障害を増悪させている.また,特定の白血球型HLAタイプを有するヒトが,特定の肝障害薬に対するリスクが高いことに関して研究が進展しており,非臨床における予測試験系の確立が期待されている.DAMPs: Damage-associated molecular patterns, HMGB1: High-mobility group box protein 1, IL: Interleukin, MIP-2: Macrophage inflammatory protein-2, TLRs: Toll-like receptors, TNF-α: Tumor necrosis factor-α.

Toxicity: Idiosyncratic DILIの予測に向けて

Idiosyncratic DILIの原因薬や中止化合物のほぼすべてについて,反応性代謝物の関与が強く示唆されている.特に市販後のDILI発症は,社会的損失が大きいために,予測・回避を目指した研究は重要である.反応性代謝物を生成する代謝酵素は主にP450であるが,P450を介さず,UGTや硫酸転移酵素による代謝物が毒性に関与する場合もあるため,リード化合物や被験薬の代謝プロファイルについてはあらかじめ十分に検討する必要がある.UGTによって生成されるアシルグルクロニド代謝物のin vivoにおける毒性についても関心がもたれている(16, 17)16) A. Iwamura, K. Watanabe, S. Akai, T. Nishinosono, K. Tsuneyama, S. Oda, T. Kume & T. Yokoi: Drug Metab. Dispos., 44, 888 (2016).17) S. Oda, Y. Shirai, S. Akai, A. Nakajima & K. Tsuneyama: J. Appl. Toxicol., in press. 10.1002/jat.3388

DILI発症時にはさまざまな生体応答反応が起きているため,血中または当該臓器におけるmRNAやタンパク質の発現変動を網羅的に解析し,DILIの予測バイオマーカーを探索することにはメリットがある.これを目的としたコンソーシアムである日本のTGP(Toxicogenomics Project)では,遺伝子発現変動と病理や生化学値の変動も含めた膨大なデータベースを公開提供している(18)18) Open TG-GATEs: http://toxico.nibiohn.go.jp.われわれは,DILIの副作用発現に先立ち,早い時間に血漿中のマイクロRNA(miRNA)が発現変動することから,予測バイオマーカーとなりうることを提案してきた(19~21).miRNAをはじめとしたさまざまなnon-coding RNAや血中のエクソソームは,炎症・免疫因子と協奏して,病態や病型のバイオマーカーとなると予想されており,idiosyncratic DILIの機序解明と予測研究の糸口となることを期待したい.

Future prospective:おわりに

本稿では薬物代謝・薬物動態が関与する医薬品開発について,筆者の視点からいくつかの最近の話題を取り上げたが,紙面の都合上,紹介できなかった創薬に関連する最新の話題も多い.科学の進化と深化に伴い,極めて多様化してきた創薬ターゲットに対して,open innovationと言う形態のseeds捜しが盛んになってきた.さらに,産官学の共同研究が推進され,学における創薬支援の体制も整えられてきており,目まぐるしい変化の時代が訪れている.近年,薬物代謝・薬物動態に基因する開発中止の可能性はほとんど払拭されたが,安全性に基因する中止事例は減少していない.開発中止をもたらす毒性発現の理解には,薬物代謝・薬物動態の理解が必須であり,体内動態の包括的で定量的な理解なくしては,医薬品開発に資する毒性評価システムの構築は困難であると考えられる.重篤なidiosyncratic毒性を理解し,回避することを目指した研究の今後の成果が待たれている.

Reference

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