Kagaku to Seibutsu 55(6): 421-425 (2017)
セミナー室
ヒト介入試験によるそば,大豆,タマネギの機能性の検証機能性の高い生鮮食品摂取による健康増進の可能性
Published: 2017-05-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
ヒトを対象にした食品の機能性に関する科学的評価については,平成27年度から開始された機能性食品表示制度の導入に伴い,多くの食品企業が機能性食品の開発や販売に関心を寄せている.機能性食品の科学的評価には,ヒトを対象にした試験が不可欠であるが,北海道情報大学(江別市)では,平成21年に食の臨床試験システム“江別モデル”(健康情報科学研究センター)を立ち上げ,道内外の食素材の健康機能の評価に取り組んでいる.登録ボランティアは約7,000名(平成29年1月現在)に達し,全国の公的機関や民間の食品研究所から60件以上の臨床試験を受託している.
本稿では農研機構「機能性をもつ農林水産物・食品開発プロジェクト」のテーマとして採択された中から,抗酸化作用による動脈硬化の予防効果が期待できるルチンを豊富に含むダッタンソバ「満天きらり」,食後中性脂肪の上昇抑制に効果が期待できるβ-コングリシニンを多く含む大豆「ななほまれ」,およびの軽度認知症の改善の可能性のあるケルセチン高含有タマネギ「クエルゴールド」の3つの食素材についてヒト介入試験による機能評価の結果について紹介する.なお,これらのすべての試験は,北海道情報大学生命倫理委員会にて承認されたのち実施した.
ルチンはポリフェノールの一種で,抗酸化作用や脂質代謝改善作用を有していることから,ルチンを含有するダッタンソバは機能性素材として注目されている(1)1) T. Morishita, H. Yamaguchi & K. Degi: Plant Prod. Sci., 10, 99 (2007)..しかしダッタンソバは強力なルチン分解活性も有するため,ルチンが分解して強烈な苦みが生じてしまい敬遠されがちであった(2~4)2) T. Suzuki, Y. Honda, W. Funatsuki & K. Nakatsuka: Plant Sci., 163, 417 (2002).3) T. Yasuda, K. Masaki & T. Kashiwagi: Nippon Shokuhin Kogyo Gakkaishi, 39, 994 (1992).4) T. Yasuda & H. Nakagawa: Phytochemistry, 37, 133 (1994)..新品種「満天きらり」はルチンを高含有し,分解もしにくいため苦味が発生せず,ルチンを高含有する機能性素材として期待されてきた(5)5) T. Suzuki, T. Morishita, Y. Mukasa, S. Takigawa, S. Yokota, K. Ishiguro & T. Noda: Breed. Sci., 64, 344 (2014)..「満天きらり」の脂質代謝改善作用および抗酸化作用に関する有用性を明らかにするため,本学健康情報科学研究センターでボランティアを対象に介入試験を実施した.
介入試験は,プラセボを対照とする二重盲検並行群間比較試験で実施し,スクリーニング検査を行い動脈硬化指数が正常値からやや高め(2.25±0.65,平均±標準偏差)の被験者150名を本試験に組み入れた.被験者を「満天きらり」配合蕎麦摂取群(75名)とプラセボ麺摂取群(75名)に,性別,年齢,動脈硬化指数が均一になるように第三者機関で割り付けを行った.摂取期間は12週間とし,4週ごとおよび摂取終了3週後に検査を行った.検査項目は,酸化マーカー(酸化LDL, TBARS),脂質項目,血糖項目,体組成とした.
試験結果については,試験中止者は5名おり,うち自己都合による中止が3名,有害事象による中止が2名であった.有害事象による中止2名(いずれもプラセボ食品摂取群)は試験食品との因果関係はなかった.試験完遂者は145名であったが,試験食品摂取率不足の1名を解析から除外し,有効性解析は144名で実施した.解析の結果,酸化LDLと動脈硬化指数については被験食品摂取による改善は認められなかったが,酸化マーカーのTBARSは,被験食品群で摂取8週後において有意に改善した(プラセボ食品群の変化量:0.86±3.95 μM,被験食品群の変化量:−0.56±3.62 μM, p=0.027)(図1図1■1: TBRASの継時的変化,2: 体重の継時的変化,3: 体脂肪率の継時的変化-1).また体重については被験食品群で摂取8週後において有意に改善した(プラセボ食品群の変化量:0.02±1.18 kg,被験食品群の変化量:−0.35±0.82 kg, p=0.030)(図1-2図1■1: TBRASの継時的変化,2: 体重の継時的変化,3: 体脂肪率の継時的変化).さらに体脂肪率についても被験食品群で摂取4週後において有意に改善した(プラセボ食品群の変化量:0.36±1.07%,被験食品群の変化量:−0.30±2.39%,p=0.038)(図1-3図1■1: TBRASの継時的変化,2: 体重の継時的変化,3: 体脂肪率の継時的変化).脂質項目,血糖項目については,被験食品による効果は認められなかった.以上の結果より,ルチン高含有「満天きらり」加工食品の継続摂取は抗酸化作用および体重,体脂肪低減作用を有する可能性があることが強く示唆された(6)6) M. Nishimura, T. Ohkawara, Y. Sato, H. Satoh, K. Ishiguro, T. Noda, T. Morishita & J. Nishihira: J. Funct. Foods, 26, 460 (2016)..
大豆β-コングリシニンは中性脂肪低減効果などの健康増進効果を有するものの,必要摂取量が多いことから現在サプリメントの形状でのみ提供されている.そこでβ-コングリシニン高含有大豆(7)7) T. Ogawa, E. Tayama, K. Kitamura & N. Kaizuma: Jpn. Soc. Breed., 39, 137 (1989).を利用して,通常の食品で必要量の摂取が可能なレベルに高含有化した大豆加工食品を開発し,ヒトへの健康増進効果,特に脂質代謝改善作用を,ヒト介入試験により検討した.
介入試験は,ダッタンソバと同様に,プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験で実施した.スクリーニング検査を行い,中性脂肪値が正常値からやや高めの被験者150名を本試験に組み入れた.被験者背景は男性45名,女性105名,平均年齢54歳,中性脂肪値111.8±44.5 mg/dL(平均値±標準偏差)であった.被験者を高β-コングリシニン大豆摂取群(75名)と低β-コングリシニン大豆摂取群(75名)に,性別,年齢,空腹時中性脂肪値が均一になるように第三者機関で割り付けを行った.試験食品は大豆フレーク21 g(8食),豆乳200 mL(3食),蒸し大豆42 g(3食)を1日2食,1週間で14食摂取させることとした.摂取期間は12週間で,4週ごとに検査を行い,脂質項目(TG, TC, HDL-C, LDL-C)や血糖項目(空腹時血糖,HbA1c,インスリン),体組成(体重,体脂肪率,BMI)などの測定を行った.
試験中止者は12名おり,うち自己都合による中止が8名,有害事象による中止が4名であった.有害事象による中止4名のうち2名は試験食品との因果関係は認められなかった.プラセボ食品摂取群でも2名の有害事象事例があったが,食品との因果関係は認めなかった.試験完遂者は138名であったが,試験食品摂取率不足(80%以下)2名と試験期間中の試験食品以外の大豆加工食品摂取過剰2名を除外し,134名で有効性解析を行った.解析の結果,高β-コングリシニン大豆摂取群でプラセボ食品摂取群と比較して,空腹時中性脂肪値が摂取4週後,摂取12週後において有意に低下した(摂取4週後のプラセボ食品摂取群変化量:0.27±44.13 mg/dL,摂取4週後の高β-コングリシニン大豆摂取群変化量:−20.31±43.74 mg/dL, p=0.035),(摂取12週後のプラセボ食品摂取群変化量:−0.14±65.83 mg/dL,摂取12週後の高β-コングリシニン大豆摂取群変化量:−21.30±46.21 mg/dL, p=0.041)(図2図2■空腹時中性脂肪の継時的変化-1).以上の結果は,高β-コングリシニン大豆加工食品を継続摂取することにより,血中中性脂肪が改善することが示唆された(8)8) M. Nishimura, T. Ohkawara, Y. Sato, H. Satoh, Y. Takahashi, M. Hajika & J. Nishihira: Nutrients, 8, 491 (2016)..
これまでのケルセチンはアルツハイマー病モデルマウスを用いた実験で,記憶(音刺激による静止行動)障害の進行が遅延するが報告されているが(9)9) M. Hayakawa, M. Itoh, K. Ohta, S. Li, M. Ueda, M. Wang, E. Nishida, S. Islam, C. Suzuki, K. Ohzawa et al.: Neurobiol. Aging, 36, 2509 (2015).,ヒトを対象にしたケルセチンの認知機能に関する研究は十分実施されていない.このため,本試験はケルセチン高含有タマネギの認知機能改善効果に関する有効性を明らかにするために実施した.
介入試験は,プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験とした.スクリーニング検査を行い健常および軽度の認知機能低下が認められる被験者60名(男31名,女29名)を本試験に組み入れた.また,本試験ではスタディーパートナーとして被験者の家族などを試験に参加を依頼した.被験者をケルセチン高含有タマネギ粉末(ケルセチン配糖体摂取量60 mg/1日)摂取群(30名)とケルセチンをほとんど含まない白タマネギ粉末摂取群(30名)に,性別,年齢,認知機能検査の点数が均一になるように第三者機関で割り付けを行った.摂取期間は24週間とし,摂取開始前,摂取12週後,摂取24週後に認知機能検査と血液検査,摂取開始前に採便を行った.主要評価項目はミニメンタルステート検査(MMSE)と認知機能検査とし,副次評価項目は協力者アンケート,血液検査(脂質,血糖,酸化マーカー)とした.
試験中止者は10名おり,うち6名は自己都合による中止,うち4名は有害事象による中止であったが,試験食品との因果関係を認めなかった.最終被験者人数は50名であり,解析除外者はいなかったため,有効性解析は50名で実施した.解析の結果から,主要評価項目のMMSEについては,全体解析では群間比較で有意差を認めなかったが(図3図3■ミニメンタルステート検査の点数の変化量(全被験者)),年齢中央値の層別解析の結果,年齢が若い集団(72歳未満の集団)では,被験食品摂取群で摂取24週後において有意に改善した(プラセボ食品摂取群の変化量:−0.31±2.10点,被験食品摂取群の変化量:1.64±2.11点,p=0.019)(図4図4■ミニメンタルステート検査の点数の変化量(年齢が若い集団)).興味深いことに,副次評価項目の協力者アンケートの「症状の重症度」では被験食品摂取群で摂取12週後および摂取24週後において改善傾向が認められた.同様に,協力者アンケートの「協力者の負担度」でも被験食品摂取群で摂取12週後において改善傾向が見られた.以上の結果から,ケルセチン高含有タマネギ加工食品の継続摂取は認知機能改善作用を有することが強く示唆された.
脂質異常症を病因とする生活習慣病の拡大は医療費の増大につながるなど大きな社会問題となっており,食の改善を通した脂質代謝改善は重要な課題となっている.同時に,超高齢社会となったわが国において認知症の患者数は増加しており,厚生労働省の調査によると65歳以上の高齢者について,認知症有病者数は約462万人,軽度認知症患者数は約400万人と推計されている.認知症は患者本人のQuality of Lifeの低下を引き起こすのみではなく,介護のために家族の負荷も生じ,経済的,社会的な負担が極めて大きい.しかしながら,根本的な治療法はないことから多くの対策が検討されており,機能性食品の摂取による認知症の予防が有用であると考えられている.このように,健康維持・増進のための食の重要性がますます高まっている.本稿では,ルチン高含有ダッタンソバ,β-コングリシニン高含有大豆,およびケルセチン高含有タマネギの健康機能性の高い食材についてヒト介入試験を実施し,ダッタンソバと大豆は脂質代謝異常を改善,またタマネギは軽度認知症に改善効果のあることを紹介した.
ルチン高含有「満天きらり」加工蕎麦の摂取による明確な抗動脈硬化作用および酸化LDL低下作用や脂質代謝改善作用,血糖改善作用も認められなかったが,抗酸化マーカーであるTBARSについては摂取8週後において被験食品摂取群で有意に低値を示した.また,体重,BMIについても摂取8週後において被験食品摂取群で有意に低値を示し,体脂肪率についても摂取4週後において被験食品摂取群で有意に低値を示した.この結果から,ルチン高含有「満天きらり」加工蕎麦の摂取による抗酸化作用および体重,体脂肪低減作用のあることが強く示唆される.今後はin vivo試験やin vitro試験を実施し,その作用機序および精製したルチンとの機能性の違いを明確にする必要があると考えている.
また,高β-コングリシニン大豆加工食品の継続摂取は空腹時中性脂肪改善作用を有することを示した.今後は高β-コングリシニン大豆の加工および調理方法の違いによる効果の違い,あるいはルチン高含有蕎麦との組み合わせた食事メニューによる効果的な脂質改善効果による健康増進の可能性について検討する必要があると考えている.
一方,ケルセチン高含有タマネギについては,MMSEにおいて全体解析では群間比較で有意差は認められなかったが,年齢中央値の層別解析の結果,若い集団(72歳未満の集団)では被験食品摂取群で摂取24週後において有意に改善した.このことから,ケルセチン高含有タマネギ加工食品の継続摂取は認知機能改善作用を有する可能性があると考えている.今後は評価項目や摂取期間を増やした介入試験を実施することにより,ケルセチン高含有タマネギ加工食品の認知機能改善作用についてより明確な結論が得られるものと考えている.
機能性の高い生鮮食品摂取により,以下の結果を得た.
1. ルチン高含有「満天きらり」加工食品を12週間継続摂取することにより,体重と体脂肪率が改善し,抗酸化作用を示すこと
2. 高β-コングリシニン大豆「ななほまれ」を12週間継続摂取することにより,空腹時中性脂肪値が摂取4週後,摂取12週後に改善すること
3. ケルセチン高含有タマネギ「クエルゴールド」を24週間継続摂取することにより,認知機能が有意に改善すること
今後は,多くの生鮮食品摂取の介入試験を実施し,科学的エビデンスに基づく健康食品の開発を進めていきたい.
Reference
1) T. Morishita, H. Yamaguchi & K. Degi: Plant Prod. Sci., 10, 99 (2007).
2) T. Suzuki, Y. Honda, W. Funatsuki & K. Nakatsuka: Plant Sci., 163, 417 (2002).
3) T. Yasuda, K. Masaki & T. Kashiwagi: Nippon Shokuhin Kogyo Gakkaishi, 39, 994 (1992).
4) T. Yasuda & H. Nakagawa: Phytochemistry, 37, 133 (1994).
7) T. Ogawa, E. Tayama, K. Kitamura & N. Kaizuma: Jpn. Soc. Breed., 39, 137 (1989).