プロダクトイノベーション

清酒酵母のリンゴ酸高生産に寄与する変異遺伝子の同定と育種への応用ゲノム解析で醸される清酒の味わい

Hiroaki Negoro

根来 宏明

月桂冠株式会社総合研究所

Atsushi Kotaka

小高 敦史

月桂冠株式会社総合研究所

Kengo Matsumura

松村 憲吾

月桂冠株式会社総合研究所

Yoji Hata

洋二

月桂冠株式会社総合研究所

Published: 2017-05-20

はじめに

清酒には,すっきり滑らか,香り華やか,濃醇で旨味たっぷりなど,さまざまなタイプが存在する.これは,各酒蔵がそれぞれに特色を出した酒造りを行った結果である.清酒は使用できる原料が法律により厳しく定められており,主として米,米麹,醸造アルコールといった原料のみを使って製造される.それにもかかわらず,上記のようなさまざまなタイプの香味を造りだせるのは,原料(水,米),発酵制御,微生物(主に酵母や麹菌)などの取り扱い方を工夫し,ねらった味となるように調節しているためである.今回は,酒造りの主役といっても過言ではない酵母に着目して,育種と遺伝学的解析を進めるなかで得られたいくつかの知見を簡単に解説したい.

清酒の味わい

清酒の味わいには,糖やアルコールに加え,アミノ酸,有機酸,エステル類,無機成分など非常に多くの成分が関与している(1)1) 財団法人日本醸造協会:“醸造物の成分”,日本醸造協会,1999, p. 1..一般的には,糖分が多くアルコール度数が低い(日本酒度がマイナス側に振れる)と甘口,糖分が少なくアルコール度数が高い(日本酒度がプラス側に振れる)と辛口になる.清酒の製造過程で生じるコハク酸,クエン酸,リンゴ酸,乳酸などの有機酸も味に大きく影響しており,有機酸の濃度(酸度)が高いほど濃醇な味わいとなり,低ければ淡麗な味わいとなる.日本酒度が同じであれば,酸度の高い酒は辛く感じ,低い酒は甘く感じるとされるため,有機酸には味を引き締める働きがある.清酒中の有機酸の多くは酵母によって作られることから,酸味のコントロールには酵母の使用法が重要となる.

清酒酵母

酒造りには「清酒酵母」と呼ばれる清酒醸造に適した酵母が用いられる.清酒酵母は出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeに属する2倍体であり,エタノールや香気成分の生産に優れるといった特徴をもつ.代表的な清酒酵母である「きょうかい7号(K-7)」と遺伝的に近縁とされる,いわゆる“K-7グループ”が専ら使用されている(すべての株の親株がK-7という意味ではない).K-7グループの中にもさまざまな醸造特性の菌株が存在し,目的とする酒質に応じて使い分けることができる.酒蔵によっては使用した酵母を商品ラベルに記載しており,注意深く見ればK-7のほかにK-9, K-10, K-1801など(いずれもK-7グループ)を目にすることができるだろう.各種菌株には,日本醸造協会から頒布されるものもあれば,各酒蔵が独自に取得したものもある.それぞれがバラエティに富んだ特長をもっており,清酒の多様性に貢献している.

もし新しい特性の菌株が欲しい場合には,育種法の開発から行う必要があるが,清酒酵母の育種には特有の難しさが存在する.第一に,清酒酵母の特徴として胞子形成能が非常に低く,掛け合わせによる育種が容易に行えない.第二に,2倍体から突然変異体を直接得る場合には,劣性変異であると形質が現れにくい.そうかといって目的の形質が現れやすいように変異を強く誘導すると,ゲノム上の多くの箇所に変異が入り,発酵する力が弱くなるなど往々にして目的外の悪影響を生じることとなる.これらの清酒酵母の特徴は,安定した形質を管理するという面においては好ましい性質であるが,酵母育種を行うにあたってはハードルとなる.しかし,この困難を克服して新しい形質を産み出すことが酵母育種の醍醐味であり,これまでに数多の技術者の努力によってさまざまな種類の菌株が取得されてきた.われわれも旧来よりさまざまな酵母育種に取り組んでおり,一つの例としてリンゴ酸の生産能が高い酵母が挙げられる(2)2) 相川元庸,水津哲義,市川英治,川戸章嗣,安部康久,今安 聰:醗工,70, 473 (1992).

リンゴ酸高生産酵母

リンゴ酸は清酒に含まれる主要な有機酸の一つであり,発酵中に酵母が生産する.さわやかな酸味をもつため,酸味にインパクトをもたせた清酒を造る場合は,リンゴ酸含有量を高くすると好ましい味になるとされる.これまでに清酒業界ではリンゴ酸高生産酵母の育種法が数多く開発されており(3, 4)3) 吉田 清:醸協,90, 751 (1995).4) T. Asano, N. Kurose & S. Tarumi: J. Biosci. Bioeng., 92, 429 (2001).,われわれはコハク酸デヒドロゲナーゼの阻害剤であるコハク酸ジメチル(DMS)感受性をもつ株を取得する育種法を開発している(2)2) 相川元庸,水津哲義,市川英治,川戸章嗣,安部康久,今安 聰:醗工,70, 473 (1992)..これらの酵母について,リンゴ酸高生産となるメカニズムがいくつか報告されている(4, 5)4) T. Asano, N. Kurose & S. Tarumi: J. Biosci. Bioeng., 92, 429 (2001).5) S. Nakayama, K. Tabata, T. Oba, K. Kusumoto, S. Mitsuiki, T. Kadokura & A. Nakazato: J. Biosci. Bioeng., 114, 281 (2012)..一方で,高生産という表現型をもたらす変異遺伝子について具体的には報告されていなかった.酵母研究の発展という観点から見ると,2011年にK-7の全ゲノムが解読され(6)6) T. Akao, I. Yashiro, A. Hosoyama, H. Kitagaki, H. Horikawa, D. Watanabe, R. Akada, Y. Ando, S. Harashima, T. Inoue et al.: DNA Res., 18, 423 (2011).,次世代シーケンシング技術が急速に普及したことにより,多くの清酒酵母が互いにどのような変異をもつか解析するためのプラットフォームが整ってきたと言える.ゲノム上のどのような変異が有機酸の生成に影響しているのか解明できれば,今後の酵母育種において有用な情報となることは想像に難くない.そこでわれわれは,DMS感受性を指標に取得したリンゴ酸高生産酵母を用いて,それらの形質を与える変異遺伝子の同定を行った.また得られた結果を応用し,リンゴ酸生産能を自在に制御する育種法の開発を行ったので併せて紹介する.

原因遺伝子の特定

はじめに,K-7と並んで広く使用される清酒酵母「きょうかい901号(K-901)」を親株として,DMS感受性を指標とする手法により(2)2) 相川元庸,水津哲義,市川英治,川戸章嗣,安部康久,今安 聰:醗工,70, 473 (1992).,リンゴ酸高生産酵母「K-901H」を取得した.清酒醸造においてK-901HはK-901の2.2倍のリンゴ酸生産能を示した.次に,K-901とK-901Hの間でリンゴ酸生産能が異なる原因の解明に取り組んだ.まずはコハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のサンガーシーケンスや,TCA回路遺伝子のリアルタイムPCRによる発現解析を行ったが,明確な結果は得られなかった.そこで近年広まっている次世代シーケンシング技術を利用し,新たな知見の取得を試みた.K-901とK-901Hを全ゲノムシーケンス解析に供し,互いに変異をもつ遺伝子の抽出を行った結果,150個の遺伝子上にミスセンス変異やナンセンス変異を検出した.実験者にとって悩ましいのは,変異遺伝子を抽出したものの,いったいどの変異がリンゴ酸生産能に影響しているのかを絞り込むことである.リンゴ酸生成に影響を与えている変異なので,TCA回路や解糖系,糖新生,アミノ酸合成などの中心代謝に関連した遺伝子がやはり候補になるだろうと推測し,酵母の遺伝子データベースの情報を元にして個別に調べていった.こうして順に調べていくなか,4個ほど検討した段階でVID24という遺伝子がK-901H型の変異(Gly131Arg)をもつことにより,リンゴ酸高生産かつDMS感受性となることを見いだした(7)7) H. Negoro, A. Kotaka, K. Matsumura, H. Tsutsumi & Y. Hata: J. Biosci. Bioeng., 121, 665 (2016)..これは数あるリンゴ酸高生産清酒酵母において原因となる変異遺伝子を同定した初めての例であり,四半世紀以上前に開発された育種法に遺伝子情報をひも付けすることができた.150個の候補の中から4個の中に“当たり”が含まれていたことは,中心代謝系の遺伝子から絞り込んだ推測が正しかったと同時に,幸運であったと言えるだろう.

リンゴ酸高生産となる機構

さて,VID24(別名GID4)という遺伝子名からは,中心代謝系の酵素を思い浮かべてもピンとこないであろう.VIDとはvacuolar import and degradationを意味し,Vid24はGID(glucose induced degradation deficient)複合体の構成要素として知られている.GID複合体はグルコースの存在に応答し,標的タンパク質をユビキチン化し液胞へ誘導して分解させる役割をもつ(条件によってはプロテオソームにも誘導する)(8)8) J. Regelmann, T. Schüle, F. S. Josupeit, J. Horak, M. Rose, K. D. Entian, M. Thumm & D. H. Wolf: Mol. Biol. Cell, 14, 1652 (2003)..なぜこの複合体での変異がリンゴ酸生成能を上昇させるかを解明するため,VID24変異株の細胞内で何が起きているか検証した.GID複合体はFbp1, Pck1, Mdh2, Icl1などの糖新生に関連するタンパク質を標的とすることが知られており(8, 9)8) J. Regelmann, T. Schüle, F. S. Josupeit, J. Horak, M. Rose, K. D. Entian, M. Thumm & D. H. Wolf: Mol. Biol. Cell, 14, 1652 (2003).9) G. C. Hung, C. R. Brown, A. B. Wolfe, J. Liu & H. L. Chiang: J. Biol. Chem., 279, 49138 (2004).,これらの糖新生酵素がリンゴ酸高生産能に寄与していると推察した.遺伝子破壊や酵素活性測定により各糖新生酵素の影響を調べると,Mdh2(細胞質リンゴ酸デヒドロゲナーゼ)がVID24変異株のリンゴ酸生成能上昇に関与していることが明らかになった.また,VID24破壊株を作製して有機酸生成能を比較した結果,K-901H型のVID24変異は機能欠損をもたらす変異であると考えられた.VID24破壊株では細胞内にMdh2を蓄積すると報告されている(9)9) G. C. Hung, C. R. Brown, A. B. Wolfe, J. Liu & H. L. Chiang: J. Biol. Chem., 279, 49138 (2004)..実験結果と過去の報告を併せて考えると,分解制御を受けなくなったMdh2によりオキサロ酢酸をリンゴ酸に変換する経路が強化され,リンゴ酸高生産となったと推察した(図1図1■細胞内におけるリンゴ酸生成のモデル図).嫌気的な環境である清酒もろみにおいては,リンゴ酸は酵母の細胞質内で還元的経路(つまり,Mdh2によるオキサロ酢酸からリンゴ酸への変換)により生成するという機構が提唱されており(10)10) S. Motomura, K. Horie & H. Kitagaki: J. Inst. Brew., 118, 22 (2012).,われわれの仮説を支持するモデルであると考えられた.

図1■細胞内におけるリンゴ酸生成のモデル図

グルコースの存在に応答してGID複合体がMdh2を分解へ導く.Vid24の機能が欠損するとMdh2の分解制御が解除され,リンゴ酸への経路が増強される.

育種への応用

リンゴ酸高生産酵母の原因遺伝子とメカニズムに関する生化学的な知見が得られたので,これを酵母育種へ応用した例を紹介する.清酒酵母は通常2倍体であり,変異が導入される際にはヘテロ接合型あるいはホモ接合型のいずれかとなる.K-901HのVID24変異はヘテロ接合型であったことから,この変異がもたらすリンゴ酸高生産は半優性あるいは優性の形質であると推測した.もし半優性であれば,変異をホモ接合型とした場合にリンゴ酸生産能がさらに上昇する可能性がある.これを検証するために,遺伝子工学的な手法により変異をヘテロおよびホモ接合型とした株を作製した.その結果,変異型VID24のコピー数に応じてリンゴ酸生産能とDMS感受性が上昇したことから,半優性であることが判明した.これにより,VID24の変異型を操作することで,清酒中のリンゴ酸を自在に制御できると考えられた.

しかし,上記で作製したホモ接合型変異株を清酒醸造に使用することは,遺伝子組換え技術を利用しているため難しい(たとえ遺伝子組換え体に該当しないセルフクローニングであっても,あまり受け入れられていないのが現状である).そこで外来遺伝子を用いる操作を一切含まない,ヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity; LOH)によるホモ接合型変異株の取得を目指した(11)11) A. Kotaka, H. Sahara, A. Kondo, M. Ueda & Y. Hata: Appl. Microbiol. Biotechnol., 82, 387 (2009)..ヘテロ接合型と変異ホモ接合型はリンゴ酸生産やDMS感受性などの表現型が異なるため,育種に利用できると考えてスクリーニングの系を構築した.ここでは詳細な方法は割愛するが,DMS存在下でのナイスタチン処理や,ハイスループットなリンゴ酸生産能の評価法を組み合わせることで,K-901Hを親株としてホモ接合型VID24変異株(K-901H×2)をLOHにより得ることができた.K-901H×2を用いて清酒醸造を行うと,リンゴ酸含有量がK-901の4.5倍,K-901Hの2.2倍となり,ねらいどおりリンゴ酸生産能がさらに強くなっていた(表1表1■育種酵母を用いて醸造した清酒の分析値).また,K-901H×2はエタノール生産能がK-901Hと同程度で,でき上がった清酒も(酸味がとても強いという特徴はあるが)良好な香味であり,実用的な製造に耐えうる株であった.以上をまとめると,VID24変異と接合型を指標として,外来遺伝子を使用せずにリンゴ酸の生産能が異なる実用清酒酵母を育種することができた(12)12) H. Negoro, A. Kotaka, K. Matsumura, H. Tsutsumi, H. Sahara & Y. Hata: J. Inst. Brew., 122, 605 (2016).図2図2■取得したリンゴ酸高生産酵母とVID24変異の接合型).

表1■育種酵母を用いて醸造した清酒の分析値
K-901K-901HK-901H×2
エタノール(%)18.118.018.0
日本酒度+11.8+9.8+8.6
酸度2.423.134.05
アミノ酸度1.461.271.38
有機酸(mg/L)リンゴ酸2665311187
コハク酸640833813
乳酸566586550
クエン酸678270

図2■取得したリンゴ酸高生産酵母とVID24変異の接合型

おわりに

取得したVID24変異酵母(K-901H, K-901H×2)を用いると清酒の酸味を自在にコントロールすることができ,冒頭で述べたようなバリエーション豊かな清酒の醸造に貢献できる.たとえば,さわやかな酸味を効かせた清酒や,甘酸っぱくフルーティな清酒の製造に用いることができる.特にK-901H×2は高エタノール生産かつリンゴ酸超高生産という点で,従来取得されていたリンゴ酸高生産酵母とは醸造特性が異なるため,これまでになかった酒質の開発に役立っている.

知られている清酒酵母の育種法のなかには,ターゲットとなる遺伝子が明らかになっているものもあれば,目的の表現型は現れるが生化学的な機構は未解明なものもある.今回述べたリンゴ酸高生産酵母は後者の一つを明らかにしたものであり,全ゲノム解析のような技術革新を活用すればブラックボックスのふたを開けられることを示せた.今後も生化学的機構がいまだ明らかにされていないほかの清酒酵母についても,遺伝子レベルで原理を明らかにしていきたい.得られた結果は知的好奇心を満たすだけでなく,次の新たな育種法を産む原動力となるだろう.最終的には,新たな味わいを造る技術につなげ,読者の皆様に楽しんでいただけるような清酒を造り出すことが目標である.

Reference

1) 財団法人日本醸造協会:“醸造物の成分”,日本醸造協会,1999, p. 1.

2) 相川元庸,水津哲義,市川英治,川戸章嗣,安部康久,今安 聰:醗工,70, 473 (1992).

3) 吉田 清:醸協,90, 751 (1995).

4) T. Asano, N. Kurose & S. Tarumi: J. Biosci. Bioeng., 92, 429 (2001).

5) S. Nakayama, K. Tabata, T. Oba, K. Kusumoto, S. Mitsuiki, T. Kadokura & A. Nakazato: J. Biosci. Bioeng., 114, 281 (2012).

6) T. Akao, I. Yashiro, A. Hosoyama, H. Kitagaki, H. Horikawa, D. Watanabe, R. Akada, Y. Ando, S. Harashima, T. Inoue et al.: DNA Res., 18, 423 (2011).

7) H. Negoro, A. Kotaka, K. Matsumura, H. Tsutsumi & Y. Hata: J. Biosci. Bioeng., 121, 665 (2016).

8) J. Regelmann, T. Schüle, F. S. Josupeit, J. Horak, M. Rose, K. D. Entian, M. Thumm & D. H. Wolf: Mol. Biol. Cell, 14, 1652 (2003).

9) G. C. Hung, C. R. Brown, A. B. Wolfe, J. Liu & H. L. Chiang: J. Biol. Chem., 279, 49138 (2004).

10) S. Motomura, K. Horie & H. Kitagaki: J. Inst. Brew., 118, 22 (2012).

11) A. Kotaka, H. Sahara, A. Kondo, M. Ueda & Y. Hata: Appl. Microbiol. Biotechnol., 82, 387 (2009).

12) H. Negoro, A. Kotaka, K. Matsumura, H. Tsutsumi, H. Sahara & Y. Hata: J. Inst. Brew., 122, 605 (2016).