Kagaku to Seibutsu 55(7): 440-443 (2017)
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生合成仮説に基づいたナフトキノン二量体天然物の全合成天然物化学における有機合成化学の役割
Published: 2017-06-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
全合成研究は天然から得られる有機化合物(天然物)を入手容易な化合物から人工的に合成する研究である.20世紀に花開いたこの研究分野から,これまで数多くの天然物の全合成が達成され,またその過程でさまざまな反応が開発されてきた.天然から得られる化合物をなぜわざわざ合成する必要があるのか?—化合物の構造決定,微量天然物の供給,新規反応の開発などさまざまな目的が考えられる.そのなかで本稿では化合物の構造決定に注目する.天然物を植物や微生物から直接単離する際,得られるサンプル量はしばしばごく微量となる.その貴重なサンプルを用いて正確に構造を決定するのは至難の業である.特に自然界は,右手と左手のように鏡写しの関係にある構造(鏡像異性体)のうちどちらか一方のみを生産している場合が多く,単離した天然物が右手・左手どちらに相当するのか(絶対立体配置)を直接決定するのは困難を極める.X線結晶構造解析*1試料の結晶化を必要としない結晶スポンジ法も開発されている.,(1~3)1) 田村千尋:化学と生物,18, 128 (1980).2) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 495, 461 (2013).3) 猪熊泰英,藤田 誠:化学,68, 35 (2013).,円二色性(CD)もしくは振動円二色性(VCD)励起子キラリティー法(4~6)4) N. Harada & K. Nakanishi: “Circular Dichroic Spectroscopy: Exciton Coupling in Organic Stereochemistry,” University Science Books, 1983.6) T. Taniguchi & K. Monde: J. Am. Chem. Soc., 134, 3695 (2012).など,絶対立体配置を決定する手法はいくつか存在する.しかしこれらを適用できずに絶対立体配置が未決定なままの天然物も多い.一方,全合成では単純な原料から段階的に天然物の骨格を構築するため,目的の天然物だけでなく合成過程で得られる安定な中間体を用いて詳細な構造決定を行うことが可能である.本稿では,最近筆者らが達成したJuglocombin A (1),B (2),およびJuglorescein (3)の初の全合成と絶対立体配置の決定について紹介する(7)7) S. Kamo, K. Yoshioka, K. Kuramochi & K. Tsubaki: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 10317 (2016); Highlighted in Synfacts, 12, 1000 (2016)..
筆者らが注目したJuglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3)は2005年に放線菌から単離されたナフトキノン二量体天然物である(8)8) H. Lessmann, R. P. Maskey, S. Fotso, H. Lackner & H. Laatsch: Z. Naturforsch., 60b, 189 (2005).(図1A図1■(A)ナフトキノン二量体天然物Juglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3).(B)天然物1~3の推定生合成.(C)天然物1~3の全合成.(D)化合物12のCDスペクトル).これら天然物は,核磁気共鳴(NMR)を中心とした各種スペクトルデータを詳細に解析することで,平面構造が決定されている.一方,天然物のCDスペクトルなどから立体化学の決定が試みられたが,相対および絶対立体配置の決定には至っていない.そこでこれら天然物の全合成を行い,絶対立体配置を決定しようと考えた.
今回われわれは天然物1~3の生合成仮説に着目し,合成計画を立案した.天然物1~3は同種の放線菌より単離されたナフトキノン天然物Juglomycin C (4)の二量化反応を経て生合成されると推定されている(図1B図1■(A)ナフトキノン二量体天然物Juglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3).(B)天然物1~3の推定生合成.(C)天然物1~3の全合成.(D)化合物12のCDスペクトル).この生合成仮説に基づき,天然物4あるいはその誘導体をフラスコ内で二量化させることができれば,天然物1~3の骨格を効率的かつ立体選択的に構築できると考えた.ここで天然物1~3の絶対立体配置は未決定であるが,天然物4の絶対立体配置はS体であることが報告されている(9, 10)9) H. Lessmann, J. Krup, H. Lackner & P. G. Jones: Z. Naturforsch., 44b, 353 (1989).10) S. Kamo, S. Maruo, K. Kuramochi & K. Tsubaki: Tetrahedron, 71, 3478 (2015)..そこで,天然物4と同様の絶対立体配置を有する基質を用い合成を行った.実際の合成経路を図1C図1■(A)ナフトキノン二量体天然物Juglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3).(B)天然物1~3の推定生合成.(C)天然物1~3の全合成.(D)化合物12のCDスペクトルに示す.
まず2つの既知化合物5と6をカップリングして化合物7を得た.その後化合物7の酸化を行い,Juglomycin C誘導体(8)を得た.ここで合成に用いた化合物6はL-アスパラギン酸より合成しており,これを用いて合成した化合物8の絶対立体配置はJuglomycin C (4)と同じS体である.この化合物8を用いて鍵反応である二量化反応を検討したところ,酸素雰囲気下に塩基(ジアザビシクロウンデセン;DBU)を作用させることで所望の二量化反応が進行し,化合物9を立体選択的に与えることを見いだした.この二量化反応は括弧内に示すように,安定な五員環配座(中央)を経由して立体選択的に進行していると考えられる.
つづいて立体選択的に得られた二量体9を共通中間体としてJuglocombin A (1),B (2)とJuglorescein (3)の合成を行った.まず化合物1と2を合成するに当たり,鍵中間体9の2,3-位エポキシドの還元を検討した.種々の還元条件(酢酸中亜鉛粉末を用いる条件や,トルエン中でモリブデンヘキサカルボニルを作用させる条件など)を検討したが,一般的な手法はどれもうまく進行しなかった.さらなる検討の結果,ニコチンアミド誘導体10および11を用いる条件でエポキシドの還元的開環—脱水—生じたナフトキノンの還元を連続的に行うことに成功し,安定な中間体12へと導くことができた.
ここで中間体12のCDスペクトルを測定し,合成品の絶対立体配置を決定した(図1D図1■(A)ナフトキノン二量体天然物Juglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3).(B)天然物1~3の推定生合成.(C)天然物1~3の全合成.(D)化合物12のCDスペクトル).まず中間体12には合計8種類の立体異性体が考えられるが,二次元NMRスペクトル解析(ROESY)から相対立体配置を決定し,2種類まで絞り込むことができた.つづいて2種類の立体異性体[(2′R,3′R,9R)-12および(2′S,3′S,9S)-12]について計算化学的手法(時間依存密度汎関数法;TDDFT)(11)11) 堀 憲次,山本豪紀:“Gaussianプログラムで学ぶ情報化学・計算化学実験,”丸善株式会社,2006.を用いてCDスペクトルを予測した.そして計算により得られたCDスペクトルと実測のCDスペクトルとを比較することで,中間体12の絶対立体配置を(2′R,3′R,9R)-12と決定した.
つづいて化合物12より4段階の官能基変換を行い,Juglocombin A (1),B (2)の初の全合成を達成した.また合成した1および2は単離者らの報告と同様に非常に不安定であったため,単離文献に従い対応するジメチルエステル誘導体2′へと変換し構造決定を行った.合成した誘導体2′の各種スペクトルデータは天然物誘導体のデータと一致し,また比旋光度も一致したことから,天然物の絶対立体配置を決定した.
つづいてもう一つの天然物Juglorescein (3)の合成に移る.まず鍵中間体9より側鎖第一級アルコールをカルボン酸へと酸化した後,さらに酸処理を行うと2,3-位エポキシドが開環し分子内でラクトンを形成した化合物13が得られた.このとき酸で活性化したエポキシドの背面から上部側鎖のカルボン酸が付加してエポキシドが開環しラクトンが形成されると考えられる.そのため化合物13の2 位 C–O結合と3 位水酸基の間の立体化学はantiとなる.以上の結果から化合物13の絶対立体配置を2R,3R,2′R,3′R,9Sであると決定した.最後に化合物13よりラクトンの加水分解を行うことで,Juglorescein (3)の初の全合成を達成した.また合成品の各種スペクトルデータは天然物のデータと一致し,さらに比旋光度の値も一致したことから天然物の絶対立体配置を決定することができた.
以上のように,生合成仮説に基づいた合成経路を設計することで,天然物Juglocombin A (1),B (2)およびJuglorescein (3)を効率的に合成することに成功した.特に全合成に推定生合成反応を取り入れることで,多数の不斉点を有する天然物骨格を効率的かつ立体選択的に構築することができた.その結果,全合成に必要な工程数を大幅に減らすことに成功した.さらに合成品の絶対立体配置を決定し,天然物のスペクトルデータと比較することで,これまで未決定であった天然物の絶対立体配置を明らかにした.今後は合成品を用いた生物活性評価や構造活性相関研究へと研究を展開していく予定である.
Reference
3) 猪熊泰英,藤田 誠:化学,68, 35 (2013).
4) N. Harada & K. Nakanishi: “Circular Dichroic Spectroscopy: Exciton Coupling in Organic Stereochemistry,” University Science Books, 1983.
5) 原田宣之,中西香爾:“円二色性スペクトル—有機立体化学への応用—,”東京化学同人,1982.
6) T. Taniguchi & K. Monde: J. Am. Chem. Soc., 134, 3695 (2012).
8) H. Lessmann, R. P. Maskey, S. Fotso, H. Lackner & H. Laatsch: Z. Naturforsch., 60b, 189 (2005).
9) H. Lessmann, J. Krup, H. Lackner & P. G. Jones: Z. Naturforsch., 44b, 353 (1989).
10) S. Kamo, S. Maruo, K. Kuramochi & K. Tsubaki: Tetrahedron, 71, 3478 (2015).
11) 堀 憲次,山本豪紀:“Gaussianプログラムで学ぶ情報化学・計算化学実験,”丸善株式会社,2006.
*1 試料の結晶化を必要としない結晶スポンジ法も開発されている.