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植物へのカリウム供給源としての土壌微生物バイオマス土壌微生物は窒素やリンだけでなくカリウムも抱え込んでいる

Susumu Asakawa

浅川

名古屋大学大学院生命農学研究科

Kohei Yamashita

山下 昂平

名古屋大学大学院生命農学研究科

現在,片倉コープアグリ株式会社

Published: 2017-06-20

カリウムは窒素,リンと並ぶ植物の三大必須栄養元素の一つである.光合成,炭水化物の植物体内での転流,気孔の開閉,膜電位の調節,細胞内の浸透圧や酵素機能の維持など,植物の生育に不可欠な役割を果たしている.また,作物はカリウムの要求量が多く,その吸収量は窒素に匹敵する(1)1) 尾和尚人:“肥料の事典”,朝倉書店,2006, p. 207..土壌中のカリウムは,分析操作上の便宜的な形態として,水溶性,交換性,非交換性に分けられており,互いに平衡関係にある.植物が直接吸収する形態は水溶性のカリウムイオンであり,その減少を補うのが粘土鉱物などの負荷電に吸着した交換性のカリウムとされている(図1図1■土壌中のカリウムの動態と主な形態).土壌中のカリウムの動態を考える際には,イオンあるいは無機粒子に存在するカリウムの形態のみが想定されてきた.土壌中の生物はカリウムの動態にはかかわっていないのであろうか? カリウムは生物の細胞内の主要な無機陽イオンであり,細菌や糸状菌の細胞では0.18~0.2 M以上と,細胞外に比べ高い濃度が維持されている.そのため,微生物体内に存在するカリウム(微生物バイオマスカリウム)もまた,土壌中のカリウムの動態にかかわる重要な形態の一つであると考えられる.

図1■土壌中のカリウムの動態と主な形態

これまでは,微生物バイオマスカリウム以外の水溶性,交換性,非交換性の3形態のみが土壌中でのカリウムの動態にかかわっていると考えられていた.近年,直接定量する測定法が確立され,微生物バイオマスカリウムは交換性カリウムの27%にも達することが明らかとなった.

土壌中の窒素やリンの動態における微生物バイオマスの重要性は広く認識されている(2)2) 早野恒一:“新・土の微生物(2)”,博友社,1997, p. 133..土壌微生物は有機物などを分解・無機化する過程で増殖・成長し,炭素,窒素,リン,塩類などの養分の一部をバイオマスに取り込む.それらの菌体が死滅すると微生物により分解され,バイオマス中の養分の一部が土壌中へ放出される.土壌有機物,なかでも腐植物質の分解速度は極めて遅く,半減期が数千年以上の場合もある.それに対し,土壌微生物バイオマスの分解速度は速く,代謝回転時間(turn over time)は年から月のオーダーである.土壌有機物中に占める微生物バイオマスの割合は2~3%に過ぎないが,植物への可給態養分の供給に果たす微生物バイオマスの役割は大きい.

微生物バイオマスは一般には大型の動物や植物根以外の土壌中の全生物体量を指し,細菌,糸状菌などがその大部分を占める.1976年にJenkinsonら(3)3) D. S. Jenkinson & D. S. Powlson: Soil Biol. Biochem., 8, 209 (1976).によって,土壌をクロロホルム燻蒸で殺菌した後に無機化される炭素を測定することにより,微生物バイオマス炭素量を求める方法(クロロホルム燻蒸法)が開発された.その後,微生物バイオマス窒素やリンの測定法が考案され,研究が大きく発展し,土壌中の養分の貯蔵・供給者として微生物バイオマスの重要性が明らかにされてきた.

しかし,微生物バイオマスカリウムはほとんど注目されることはなく,見過ごされてきた.これには,微生物バイオマスカリウムを直接定量する方法がなかったことが大きな原因であったと思われる.土壌の微生物バイオマス炭素量と純粋培養により求めた微生物細胞の平均的な炭素とカリウムの比率から,バイオマスカリウム量を計算により推定していたのである.ようやく最近になって,Lorenzら(4)4) N. Lorenz, K. Verdell, C. Ramsier & R. P. Dick: Soil Sci. Soc. Am. J., 74, 512 (2010).によりクロロホルム燻蒸法による微生物バイオマスカリウムの測定法が確立された.Lorenzらはこの方法を用い,アメリカの畑土壌で微生物バイオマスカリウム量を測定することにより,バイオマス中のカリウム量が交換性カリウム量の37%に相当することを明らかにし,土壌中のカリウムの貯蔵源としての微生物バイオマスの重要性を示した.

水田を対象に土壌中の微生物バイオマスカリウム量を測定した研究結果(5)5) K. Yamashita, H. Honjo, M. Nishida, M. Kimura & S. Asakawa: Soil Sci. Plant Nutr., 60, 512 (2014) (Corrigendum, 62, 570 (2016)).を紹介しよう.水稲栽培中に経時的に採取した水田土壌の微生物バイオマスカリウム量は8~43 mg K kg−1であり,平均すると交換性カリウム量の27%に相当した.面積当たりの微生物バイオマスカリウム量を試算すると26 kg K ha−1となり,水稲への1作あたりの施肥量(82 kg K ha−1)の32%に相当した.また,土壌へのカリウムの補給源ともなる家畜ふん堆肥や稲わら堆肥を長期間連年施用すると,微生物バイオマスカリウム量と交換性カリウム量は有機物無施用の土壌よりも大きく増加した.興味深いことに,交換性カリウム量に対する微生物バイオマスカリウム量の割合は有機物無施用の土壌でより大きく,特に,長期間カリウム施肥を行わず,カリウムが欠乏状態にある土壌では交換性カリウム量より微生物バイオマスカリウム量のほうが大きい値を示した.

カリウムには窒素やリンとは異なり有機態の化合物がないこともあり,土壌中での動態への微生物の関与は意識しにくいと思われる.紹介した研究結果は土壌中のカリウムの動態に「微生物が抱え込んでいるカリウム」がかかわっていることを示唆しており,図1図1■土壌中のカリウムの動態と主な形態に示すようにイオンや無機粒子に存在する形態だけでなく,微生物バイオマスカリウムも考慮する必要がある.今後,微生物バイオマスカリウムの代謝回転速度を測定することにより,微生物バイオマスからのカリウムの流れを定量化し,植物へのカリウムの供給源としての土壌微生物バイオマスの重要性を明らかにしたい.

Reference

1) 尾和尚人:“肥料の事典”,朝倉書店,2006, p. 207.

2) 早野恒一:“新・土の微生物(2)”,博友社,1997, p. 133.

3) D. S. Jenkinson & D. S. Powlson: Soil Biol. Biochem., 8, 209 (1976).

4) N. Lorenz, K. Verdell, C. Ramsier & R. P. Dick: Soil Sci. Soc. Am. J., 74, 512 (2010).

5) K. Yamashita, H. Honjo, M. Nishida, M. Kimura & S. Asakawa: Soil Sci. Plant Nutr., 60, 512 (2014) (Corrigendum, 62, 570 (2016)).