今日の話題

土壌細菌叢の化学的撹乱に対するロバスト性経時的な土壌メタゲノム解析から見えてきたこと

Hiromi Kato

加藤 広海

東北大学大学院生命科学研究科

Masataka Tsuda

津田 雅孝

東北大学大学院生命科学研究科

Published: 2017-06-20

次世代シーケンス技術の普及により,さまざまな環境のメタゲノムデータが近年爆発的なスピードで蓄積されている.土壌環境はその莫大な微生物多様性によってメタゲノム解析が最も難しい環境の一つであり,土壌メタゲノムシークエンスの大規模プロジェクトが世界的に進行中であるものの(1)1) J. Nesme, W. Achouak, S. N. Agathos, M. Bailey, P. Baldrian, D. Brunel, A. Frostegard, T. Heulin, J. K. Jansson, E. Jurkevitch et al.: Front. Microbiol., 7, 73 (2016).,そのメタゲノムの地理的または時間的な変動はいまだ十分に捉えられていない.われわれは特定環境因子の変動に対する土壌メタゲノムの時間的変動を明らかにするために,汚染歴のない土壌を有害化学物質で人工的に汚染した後に経時的なメタゲノム解析を実施し,棲息細菌叢の系統組成や機能遺伝子組成がどのような変遷をたどるのかを検討した(2)2) H. Kato, H. Mori, F. Maruyama, A. Toyoda, K. Oshima, R. Endo, G. Fuchu, M. Miyakoshi, A. Dozono, Y. Ohtsubo et al.: DNA Res., 22, 413 (2015)..土壌のメタゲノム解析のほとんどは野外開放系の土壌を対象としており,このような土壌ではさまざまな物理的・化学的・生物学的環境因子が同時に変動するため,どの因子がメタゲノム組成の変動に関与したかの特定が難しい.そこでわれわれは,ガラスポットに土壌を入れた閉鎖系を採用し,一定条件(暗所25°C)での実験を行った.特に外界からの生物的遮断は,「新たな微生物の出入りのない条件」で細菌叢がどこまで変化し,また戻ることが可能なのかを調べるうえで極めて重要である.またわれわれは,変動させる環境因子として有害化学物質を取り上げ,閉鎖系土壌に易分解性の3-クロロ安息香酸(3CB)と3種の難分解性多環芳香族化合物(フェナントレンとビフェニル,カルバゾール)を同時添加した.本土壌では,棲息微生物の働きによって,3CBは3週目までに分解,ほか3種の多環芳香族化合物は3週目前後で分解が始まり,12週目には検出下限にまで分解された.

このような分解様式を念頭に置いて,汚染化直前の0週目,そして,汚染後の1, 3, 6, 12,および24週目でメタゲノムDNAを抽出し,Roche 454 GS FLX Titaniumによる16S rRNA遺伝子のPCRアンプリコンシーケンスで菌叢解析を,Illumina GA IIxによるショットガンメタゲノムシーケンス(75塩基×2)で機能遺伝子解析を実施した.特に16S rRNA遺伝子のPCRには,真核生物ならびにミトコンドリア由来のrRNA遺伝子の増幅を最小限にしつつ,原核生物のV3–V4領域を増幅できる非縮重型オリジナルプライマー(3)3) H. Mori, F. Maruyama, H. Kato, A. Toyoda, A. Dozono, Y. Ohtsubo, Y. Nagata, A. Fujiyama, M. Tsuda & K. Kurokawa: DNA Res., 21, 217 (2014).を使用した.16S rRNA遺伝子解析によって,汚染後にBurkholderiaを含むProteobacteriaの急激な優占化が起きたが,汚染化合物が消失していた24週目には元の菌叢組成へと戻る傾向が見られた.このような菌叢組成が元の状態へと戻る現象を生態学では「レジリエンス」と呼ぶが,土壌細菌叢が実際にレジリエンスを示すかについては,いまだに議論されている(4)4) A. Shade, H. Peter, S. D. Allison, D. L. Baho, M. Berga, H. Burgmann, D. H. Huber, S. Langenheder, J. T. Lennon, J. B. Martiny et al.: Front. Microbiol., 3, 417 (2012)..ただ,後述のショットガンメタゲノム解析では,菌叢の機能遺伝子組成(KEGG orthologyの組成)も24週目には元に戻る傾向を示しており,今回の結果は土壌細菌叢のレジリエンスの実例の一つとみなせる.

ショットガンメタゲノム解析では,KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)による機能遺伝子の解析のほか,ACLAME(A CLAssification of Mobile Genetic Elements)やPOGs(Phage Orthologous Groups)データベースを用いたファージDNAやプラスミドDNAの解析も行った.その結果,汚染土壌で最も増殖したBurkholderiaを宿主とするファージの存在,そして,宿主減少に伴ったファージの爆発的増加が確認された.この結果から,汚染物質(主に3CB)分解によって増殖したBurkholderiaのファージ捕食による減少が推定でき,ファージによる“Kill-the-Winner”現象(5)5) F. Rodriguez-Valera, A. B. Martin-Cuadrado, B. Rodriguez-Brito, L. Pasic, T. F. Thingstad, F. Rohwer & A. Mira: Nat. Rev. Microbiol., 7, 828 (2009).が土壌環境でも起きていたと示唆された.微生物集団は個体システムと同様に,さまざまな撹乱にあらがって機能を維持する能力(ロバストネス)を有すると考えられているが(6, 7)6) H. Kitano: Nat. Rev. Genet., 5, 826 (2004).7) B. Stenuit & S. N. Agathos: Curr. Opin. Biotechnol., 33, 305 (2015).,細菌叢のどの要素によってロバストネスが発揮されるかは不明な点が多い.本研究で見られたファージ捕食によるBurkholderiaの減少は,菌叢変動におけるネガティブフィードバックと言えよう.また,ショットガンメタゲノムの機能解析によって,ほかのいくつかのロバストネスの要素が浮き上がってきた.フェナントレンは主に6週目前後で盛んに分解されたが,メタゲノムでの代謝遺伝子数の増減様式から,Mycobacteriumによるフタル酸経由のフェナントレン分解が起きたと予想された.その一方で同時期には,Proteobacteriaタイプのフタル酸分解遺伝子や,ナフタレン経路へと分岐させる分解遺伝子の数も増加していた(図1図1■土壌細菌叢によるフェナントレンの協調的分解).したがって,多環芳香族系のような化合物が土壌で分解される場合,単一細菌種で完全分解されるのではなく,多様な分類群の細菌がさまざまな分解過程に関与していた可能性が示唆された.また,メタゲノムの機能遺伝子の変動様式を調べた結果,上記の芳香族化合物代謝遺伝子のように分解に伴って数的に増減する遺伝子群以外に,増減しない様式を示す遺伝子群が存在した.このような遺伝子は,主に基本代謝にかかわるものが多く,調べた146のKEGGパスウェイのうちの100が,菌叢組成の激しい変動時でも,安定した組成を維持した.この結果は,異種細菌間の機能冗長性に起因すると考えられるが,土壌細菌叢の組成が変化しても基本的な代謝については機能を維持できる遺伝子的ポテンシャルを有していると言えよう.今回の研究で認められた土壌メタゲノムの時間的変動性と,そこから見いだされたロバスト性は,トランスクリプトームやプロテオームなどのさまざまなオミクス解析手法を用いて土壌細菌叢の振る舞いを研究する際の基盤的情報となろう.

図1■土壌細菌叢によるフェナントレンの協調的分解

縦軸はメタゲノムDNAにおける遺伝子の存在量(当該遺伝子のリード数を,遺伝子長およびサンプルのユニバーサルシングルコピー遺伝子のリード数で標準化した),横軸は芳香族化合物添加後の時間(週)を示す.赤,Actinobacteria;オレンジ,α-proteobacteria;青,β-proteobacteria;緑, γ-proteobacteria.文献2のデータを抜粋.

Reference

1) J. Nesme, W. Achouak, S. N. Agathos, M. Bailey, P. Baldrian, D. Brunel, A. Frostegard, T. Heulin, J. K. Jansson, E. Jurkevitch et al.: Front. Microbiol., 7, 73 (2016).

2) H. Kato, H. Mori, F. Maruyama, A. Toyoda, K. Oshima, R. Endo, G. Fuchu, M. Miyakoshi, A. Dozono, Y. Ohtsubo et al.: DNA Res., 22, 413 (2015).

3) H. Mori, F. Maruyama, H. Kato, A. Toyoda, A. Dozono, Y. Ohtsubo, Y. Nagata, A. Fujiyama, M. Tsuda & K. Kurokawa: DNA Res., 21, 217 (2014).

4) A. Shade, H. Peter, S. D. Allison, D. L. Baho, M. Berga, H. Burgmann, D. H. Huber, S. Langenheder, J. T. Lennon, J. B. Martiny et al.: Front. Microbiol., 3, 417 (2012).

5) F. Rodriguez-Valera, A. B. Martin-Cuadrado, B. Rodriguez-Brito, L. Pasic, T. F. Thingstad, F. Rohwer & A. Mira: Nat. Rev. Microbiol., 7, 828 (2009).

6) H. Kitano: Nat. Rev. Genet., 5, 826 (2004).

7) B. Stenuit & S. N. Agathos: Curr. Opin. Biotechnol., 33, 305 (2015).