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植物病原性糸状菌のユニークな活物寄生戦略宿主の免疫反応を抑えるために形成される細胞内の膜凝集体

Yoko Nishizawa

西澤 洋子

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Eiichi Minami

栄一

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Published: 2017-06-20

植物にも外敵から積極的に身を守る免疫機構がある.たとえば植物は,菌類の細胞壁成分であるキチンの断片を細胞膜上の受容体で認識し,溶菌酵素やファイトアレキシンなどの抗菌物質を作り始める.それでは,植物病原菌はどのようにしてこの宿主免疫を回避して感染するのだろうか.イネいもち病菌を例に,最近明らかになった活物寄生戦略を紹介する.

イネいもち病菌(Pyricularia oryzae,旧Magnaporthe oryzae,以下,いもち病菌)は世界各地で稲作に深刻な被害をもたらす病原性糸状菌である.葉面上で発芽した胞子は発芽管の先端に付着器細胞を分化させる.メラニン化した付着器から出た侵入糸はイネ表皮細胞の細胞壁を貫通し,その後20時間ほどで,隣接したイネ細胞に侵入菌糸が拡がっていく.蛍光タンパク質遺伝子を利用して感染初期の侵入菌糸の挙動とイネ細胞内の変化が詳しく解析された結果,いもち病菌の興味深い感染様式が明らかになってきた.いもち病菌はイネの細胞膜や液胞膜を破壊することなく陥入させる形で侵入し,感染初期の侵入菌糸はイネ由来の膜に包まれた状態で伸長する.この膜はExtra-invasive hyphal membrane(EIHM)と呼ばれる(1)1) P. Kankanala, K. Czymmek & B. Valent: Plant Cell, 19, 706 (2007)..イネ細胞内で伸び始めた侵入菌糸の先端にはBiotrophic interfacial complex(BIC)と呼ばれるドーム状のEIHMの凝集体が形成される(2)2) C. H. Khang, R. Berruyer, M. C. Giraldo, P. Kankanala, S. Y. Park, K. Czymmek, S. Kang & B. Valent: Plant Cell, 22, 1388 (2010)..やがて侵入菌糸は丸みを帯びた細胞となり,BICの位置は侵入菌糸の伸長先端から側部に移る.侵入菌糸は分岐,伸長を続け,壁孔を通って隣接細胞に侵入し(1)1) P. Kankanala, K. Czymmek & B. Valent: Plant Cell, 19, 706 (2007).,そこで再び菌糸先端にBICが形成される.以上の菌の挙動とそれに伴うイネ細胞内の経時変化は,タイムラプス蛍光イメージング手法により動画で捉えられている(3)3) S. Mochizuki, E. Minami & Y. Nishizawa: Microbiology Open, 4, 952 (2015).

病原菌は感染時にエフェクターと呼ばれる多種多様なタンパク質を分泌して宿主免疫を回避する.いもち病菌では,これまでに200種以上の分泌タンパク質遺伝子の発現が感染初期に誘導されることが明らかになっているが,1遺伝子を破壊しても表現型が変化しないことが多いため,それらの機能に関する知見は少ない.いもち病菌のエフェクターには,Pwl2やAvrPiz-tなどイネ細胞内に移行する細胞内エフェクターと,Bas4やSlp1などの細胞外エフェクターが知られている.蛍光タンパク質で標識された細胞内エフェクターは主にBICで観察されるため,BICを介してイネ細胞内に移行すると考えられている.一方,細胞外エフェクターは菌の細胞壁とEIHMの間のマトリックスにとどまるため侵入菌糸に沿って観察されるが(4)4) E. Oliveira-Garcia & B. Valent: Curr. Opin. Microbiol., 26, 92 (2015).,特に強いシグナルがBICで観察される.筆者らは,この両タイプのエフェクターが蓄積する部位をBIC基部と呼んでいる(3)3) S. Mochizuki, E. Minami & Y. Nishizawa: Microbiology Open, 4, 952 (2015)..蛍光タンパク質で標識した各種イネといもち病菌を使ってBIC周辺を高解像度で観察した結果,BICはイネの細胞質を巻き込んだEIHMの凝集体で,それを液胞膜が取り囲んでいることが示された.また,Pwl2はBIC内で直径~500 nmの小胞状に局在することが明らかになった(3, 5)3) S. Mochizuki, E. Minami & Y. Nishizawa: Microbiology Open, 4, 952 (2015).5) Y. Nishizawa, S. Mochizuki, N. Yokotani, T. Nishimura & E. Minami: Physiol. Mol. Plant Pathol., 95, 70 (2016)..これらの観察結果から,細胞内エフェクターは侵入菌糸から分泌された後,BIC基部にトラップされ,BIC内で膜融合によってイネ細胞質に移行すると推測される.最近,いもち病菌に作らせた蛍光タンパク質のイネ細胞内への移行は,細胞内エフェクターのプロモーターおよび分泌シグナル領域があれば十分であることが明らかになった(6)6) T. Nishimura, S. Mochizuki, N. Ishii-Minami, Y. Fujisawa, Y. Kawahara, Y. Yoshida, K. Okada, S. Ando, H. Matsumura, R. Terauchi et al.: PLoS Pathog., 12, e1005921 (2016)..それではなぜ,BIC基部の細胞外エフェクターはイネ細胞内に移行しないのだろうか.いもち病菌エフェクターの局在性はそのプロモーター領域に依存するという報告もあり,エフェクターの宿主細胞への取り込み機構は今後の解析が待たれる.

BIC形成は菌の病原性発動プロセスの一つなのか,それともイネの免疫応答の一つなのか,その意義は不明であった.最近,感染時特異的に発現量が増加するいもち病菌の分泌タンパク質遺伝子の一つがBIC形成を担うことが明らかとなり,RBF1Required for focal BIC formation 1)と名づけられた(6)6) T. Nishimura, S. Mochizuki, N. Ishii-Minami, Y. Fujisawa, Y. Kawahara, Y. Yoshida, K. Okada, S. Ando, H. Matsumura, R. Terauchi et al.: PLoS Pathog., 12, e1005921 (2016).RBF1の発現はBIC形成の直前にあたる付着器からの侵入時と隣接細胞への伸展時に一過的に誘導される.そして,RBF1破壊株(Δrbf1)ではドーム状のEIHM凝集体が形成されず,BIC基部局在性エフェクター由来の蛍光シグナルが侵入菌糸に沿って散在することが明らかになった(図1図1■イネいもち病菌の活物寄生メカニズム).興味深いことに,Δrbf1ではイネ葉への病原性が著しく低下する.被侵入部に褐変化を伴う細胞死が誘引され,菌の伸展がストップするのである.また,Δrbf1接種葉では複数のエフェクターのイネへの移行レベルが低下し,ジテルペノイド型ファイトアレキシン合成をはじめとするイネの免疫応答が亢進する.一方,Δrbf1は内生サリチル酸の分解によって免疫力を低下させたイネや,サリチル酸シグナルのアンタゴニストといわれるアブシジン酸で処理したイネでは増殖できた.これらのことから,いもち病菌は侵入時にRbf1タンパク質を分泌し,イネの細胞内にBIC基部を形成すること,そして,ドーム状のBIC形成がエフェクター群の機能発現に重要であり,いもち病菌の活物寄生戦略の一つであることが明らかになった(図1図1■イネいもち病菌の活物寄生メカニズム).

図1■イネいもち病菌の活物寄生メカニズム

いもち病菌は感染時特異的にRBF1遺伝子を発現し,Rbf1タンパク質を分泌して宿主膜凝集体(BIC)を形成する.ドーム状のBICが形成されないと宿主免疫応答が亢進し,菌は増殖できない.

RBF1はデータベース上,P. oryzaeに特異的な遺伝子であり,サザン分析で見る限り,メヒシバやタケ等から分離された遠縁のいもち病菌には存在しない(6)6) T. Nishimura, S. Mochizuki, N. Ishii-Minami, Y. Fujisawa, Y. Kawahara, Y. Yoshida, K. Okada, S. Ando, H. Matsumura, R. Terauchi et al.: PLoS Pathog., 12, e1005921 (2016)..また,これまで報告されてきたエフェクターに比べてサイズが大きく,グリシン(22.8%)とアラニン(19.5%)に富む658アミノ酸残基をコードする.どのようにしてRbf1タンパク質が侵入菌糸先端にBIC基部を形成するのか,その分子機構の解明は今後の課題であるが,感染の鍵となる遺伝子が同定されたことから,本遺伝子の働きを抑止するという新しいタイプのいもち病防除法の開発研究が期待される.

Reference

1) P. Kankanala, K. Czymmek & B. Valent: Plant Cell, 19, 706 (2007).

2) C. H. Khang, R. Berruyer, M. C. Giraldo, P. Kankanala, S. Y. Park, K. Czymmek, S. Kang & B. Valent: Plant Cell, 22, 1388 (2010).

3) S. Mochizuki, E. Minami & Y. Nishizawa: Microbiology Open, 4, 952 (2015).

4) E. Oliveira-Garcia & B. Valent: Curr. Opin. Microbiol., 26, 92 (2015).

5) Y. Nishizawa, S. Mochizuki, N. Yokotani, T. Nishimura & E. Minami: Physiol. Mol. Plant Pathol., 95, 70 (2016).

6) T. Nishimura, S. Mochizuki, N. Ishii-Minami, Y. Fujisawa, Y. Kawahara, Y. Yoshida, K. Okada, S. Ando, H. Matsumura, R. Terauchi et al.: PLoS Pathog., 12, e1005921 (2016).