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高等植物のペクチン生合成および分解に関与する糖質関連酵素群高等植物におけるペクチン合成および分解メカニズム解明の夜明け

Takao Ohashi

大橋 貴生

大阪大学生物工学国際交流センター

Published: 2017-06-20

ペクチンは高等植物のみに見られる酸性多糖類の総称であり,レモンやオレンジなどの柑橘類の皮およびトマトやリンゴなどの果実より熱水やキレート剤によって抽出される.ペクチンは細胞分裂の最初に合成される一次細胞壁および隣接する細胞間の薄い層である細胞間層(または中葉)に存在し,細胞壁の基本骨格を担うセルロース微小繊維間の隙間を埋めるマトリックス多糖,および細胞接着に関与している.ペクチンは,ガラクトースの6位のヒドロキシメチル基がカルボキシル基にまで酸化されたD-ガラクツロン酸(GalUA)を主要構成成分としている.ペクチンの化学構造は古くから解析が進んでおり,ホモガラクツロナン(HG),ラムノガラクツロナン-I(RG-I),ラムノガラクツロナン-II(RG-II)の3つの構造領域に分類されることが知られている(1)1) M. A. Atmodjo, Z. Hao & D. Mohnen: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 747 (2013).

HGはペクチンの中で最も多量に含まれる構造で全ペクチンの60%以上を占めている.HGはα1,4-結合したポリガラクツロン酸を主骨格とし,6位のカルボキシル基の約80%がメチルエステル化,2および3位の水酸基の約10%がアセチル化修飾を受けている.また,β-1,3-D-キシロース(β-1,3-Xyl)修飾を受けたHGも存在しキシロガラクツロナンと呼ばれている.水棲植物特異的に,水田やため池などで見られる浮草(Lemnaceae)や海草の一種である甘藻(アマモ,Zosteraceae)などにおいて,HGの2位にD-アピオース(Api)がβ-結合したアピオガラクツロナンが見られる.

RG-IはL-ラムノース(Rha, 6-デオキシ-L-マンノース)とGalUAの二糖繰り返し構造([4-GalUAα1,2-Rhaα1-]n)を主骨格に有し,主要成分としてα-L-アラビノースやβ-D-ガラクトース(Gal)から,また植物種によっては微量成分としてα-L-フコース(Fuc)やβ-D-グルクロン酸からなる側鎖が[4-GalUAα1,2-Rhaα1-]n内のRha残基の4位に結合している.水分を吸収した種子が分泌するムシゲルにもRG-Iが豊富に含まれているが,細胞壁に含まれるRG-Iと異なり,このRG-Iではこれらの側鎖構造が付加していないことが知られている.

RG-IIはHGを主骨格とし,4つの異なる側鎖A–Dが結合し,ペクチンのなかでも最も複雑な構造領域である.これらの側鎖は希少糖であるApi, 2-O-メチル-Xyl, 2-O-メチル-Fuc, L-Gal, 3-C-カルボキシ-5-デオキシ-L-キシロース(L-アセル酸),3-デオキシ-D-lyxo-ヘプツロサル酸(Dha),および3-デオキシ-D-manno-オクツロソン酸(Kdo)を含み,少なくとも12種類の単糖が20種類以上の異なる結合様式で結合している.驚くべきことにRG-IIは非常に複雑な構造をしていながら,進化の過程で非常によく保存されており,コケ植物以降のすべての陸上植物に含まれている(2)2) 西谷和彦,梅沢俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013, p. 25.

植物粗抽出タンパク質を用いたペクチン生合成関連酵素のin vitro活性測定などの生化学的解析,およびペクチン特異的抗体などを用いた細胞生物学的解析により,ペクチンの生合成は主にゴルジ体で行われ,分泌経路に乗って細胞壁へ運ばれること考えられている.(1)ペクチンは非常に複雑な化学構造を有すること,(2)個々の単糖残基が異なる様式のグリコシド結合で付加されること,(3)単糖成分および部位特異的にメチル基やアセチル基修飾されることを考慮すると,少なくとも糖転移酵素とメチル基転移酵素のような修飾酵素を合わせて67種類の酵素群がペクチンの生合成にかかわっていると考えられる.ペクチン生合成酵素の分子同定はほかの細胞壁合成酵素に比べて遅れていたが,2006年のHG合成にかかわるα1,4-GalUA転移酵素をコードしているGAUT1遺伝子の同定を契機に(3)3) J. D. Sterling, M. A. Atmodjo, S. E. Inwood, V. S. K. Kolli, H. F. Quigley, M. G. Hahn & D. Mohnen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 5236 (2006).,現在までに,ほかにもそれぞれRG-I側鎖であるガラクタン合成にかかわる β1,4-Gal転移酵素(GALS1–3),RG-II側鎖A内のα1,3-Xylの転移にかかわるα1,3-Xyl転移酵素(RGXT1–4),キシロガラクツロナンのβ1,3-Xyl側鎖の転移にかかわるβ1,3-Xyl転移酵素(XGD1)遺伝子群が遺伝子産物のin vitro酵素活性とともに同定されている.

ペクチンの最も主要な構造領域であるHGはゴルジ体での合成過程でペクチンメチル基転移酵素の作用により,GalUAのカルボキシル基が高度にメチルエステル化された状態で細胞壁に運ばれる.その後,細胞壁中で適宜ペクチンメチルエステラーゼ(PME)により脱メチルエステル化を受け,メチルエステル化の度合いが時空間的に制御される.PMEの作用により少なくとも9残基の連続した脱メチルエステル化を受けた領域が生じると,カルシウムイオンを介したイオン結合により,HG鎖が会合し,ゲル化を引き起こし,結果として細胞壁が硬化する(4)4) S. Wolf, G. Mouille & J. Pelloux: Mol. Plant, 2, 851 (2009)..一方,また別のPMEの作用によりHG鎖がランダムに脱メチル化されると,ポリガラクツロナーゼ(PG)やペクチン酸リアーゼ(PL)などにより分解されやすくなり,細胞壁が軟化していく.また細胞壁にはそれぞれのPME特異的にPME阻害タンパク質(PMEI)が存在し,PMEに結合して,PME活性を抑制している.これらの酵素タンパク質群が協調的に働き,HG鎖のメチルエステル化の度合いを制御することで,細胞壁の硬さや緩みなどの物理的強度がダイナミックに調整されている.そのペクチンの物理的特性の変化が,結果としてトマトなどの果実の成熟や,落葉時の葉の離脱などの植物の成長や細胞・組織の形作りに影響を及ぼしている.

これらHG鎖の分解修飾にかかわる酵素群はそれぞれが大きなタンパク質ファミリーを形成しており,たとえばモデル植物のシロイヌナズナではそれぞれ66, 69, 69,および26種類のPME, PMEI, PG,およびPLが存在している.これらの酵素群の数を見ただけでも,植物がいかにHG鎖の修飾に多大なエネルギーを費やし,ペクチンの構造制御が植物にとっていかに重要であるかを物語っている.そのなかでもPGは古くから研究されてきており,特にトマトおよびメロン,バナナなどの果実の成熟とともにPG活性が上昇することが数多く報告されている.PGは図1図1■シロイヌナズナ由来PGタンパク質の系統樹に示すように少なくともクレードAからFまで6つのクレードに分類されることが報告され(5, 6)5) M. Torki, P. Mandaron, R. Mache & D. Falconet: Gene, 242, 427 (2000).6) K.-C. Park, S.-J. Kwon & N.-S. Kim: Genes Genomics, 32, 570 (2010).,果実の成熟に関与する分泌型PGはクレードAに属している.クレードBおよびFに属するADPG1およびADPG2遺伝子は長角果(アブラナ科植物に見られる果実の一種)の開裂に,QRT2およびQRT3遺伝子は花粉四分子の分裂に関与することが明らかにされている.ほかにもクレードEおよびCに属するPGX1およびPGX2遺伝子が幼植物の伸長に関与していることが報告されている.これらのPGは組換え酵素を用いて,PG活性を有することが示されているが,そのほか残りのPGについては,ほとんど機能解析されておらず,これらが本当にPG活性を有しているかどうかですら定かではない.上述したPGはすべて可溶性PGであり,細胞壁に分泌されていると考えられる.一方で,アズキやペチュニア花粉管のミクロソームを用いたHG合成にかかわるα1,4-GalUA転移酵素に関する研究で,ミクロソーム中にPG活性が見いだされている(7)7) K. Akita, T. Ishimizu, T. Tsukamoto, T. Ando & S. Hase: Plant Physiol., 130, 374 (2002)..未同定PGのなかにこのミクロソームに存在する膜結合型のPGがあると考えて,すべてのシロイヌナズナPGの推定アミノ酸配列に対して,膜貫通ドメイン予測ツール(SOSUIおよびTMHMM)を用いて配列解析を行ったところ,複数の推定PGアミノ酸配列中に膜貫通ドメインが予測された(8)8) 大橋貴生,ムスタファナビラーサリ,松下宗義,三崎 亮,藤山和仁:日本農芸化学会2015年度大会シンポジウム要旨,https://jsbba.bioweb.ne.jp/cgi-bin/jsbba_db/jsbba_summary.cgi?id=48483.従来の細胞壁分泌型PGとは全く異なり,膜結合型PGがペクチン生合成の場であるゴルジ体を含むミクロソームに存在すれば,従来に全くないタイプのPGとなり,非常に興味深い.しかし,これらの推定PG中のどの遺伝子が膜結合型PGをコードしているか,膜画分の中でも細胞内のどこに局在するのか,局在している細胞膜で何をしているのか(生体内の基質は何か)については全くの不明である.今後,組換え酵素の酵素活性測定解析,遺伝子変異植物を用いた機能解析が進めば,これらの問に対する答えが垣間見えてくるであろう.

図1■シロイヌナズナ由来PGタンパク質の系統樹

Reference

1) M. A. Atmodjo, Z. Hao & D. Mohnen: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 747 (2013).

2) 西谷和彦,梅沢俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013, p. 25.

3) J. D. Sterling, M. A. Atmodjo, S. E. Inwood, V. S. K. Kolli, H. F. Quigley, M. G. Hahn & D. Mohnen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 5236 (2006).

4) S. Wolf, G. Mouille & J. Pelloux: Mol. Plant, 2, 851 (2009).

5) M. Torki, P. Mandaron, R. Mache & D. Falconet: Gene, 242, 427 (2000).

6) K.-C. Park, S.-J. Kwon & N.-S. Kim: Genes Genomics, 32, 570 (2010).

7) K. Akita, T. Ishimizu, T. Tsukamoto, T. Ando & S. Hase: Plant Physiol., 130, 374 (2002).

8) 大橋貴生,ムスタファナビラーサリ,松下宗義,三崎 亮,藤山和仁:日本農芸化学会2015年度大会シンポジウム要旨,https://jsbba.bioweb.ne.jp/cgi-bin/jsbba_db/jsbba_summary.cgi?id=48483