解説

疎水化したデンプン粒の穀物食品への影響小麦デンプン粒表面タンパク質の重要性

Effects of Hydrophobicity of Starch Granule Surface on Wheat Products: Importance of Wheat Starch Granule Surface Protein

Masaharu Seguchi

瀬口 正晴

神戸女子大学

Published: 2017-06-20

小麦粉を白くしようと始まった小麦粉クロリネーションを調べるうちに,コロイド的観察から小麦デンプン粒の疎水化が見つかり,さらに小麦粉の乾熱処理(120°C,2時間),長時間の室温放置でも同じ疎水化が見つかった.これまで不明だったカステラの小麦粉エージングによる高品質化の原因が小麦デンプン粒の疎水化であろうと推察され,小麦デンプン粒表面のタンパク質の関与が大きいことがわかった.小麦粉を乾熱処理,あるいは長時間の室温放置で生じた疎水性により,ホットケーキ組織弾力性向上,高品質カステラの製造,米粉パンの場合にはその疎水性による小麦グルテニンSS結合の還元による米粉パンの製パン性低下などに影響していることがわかった.

白い粉が欲しい

小麦は米に比べて外皮が堅く,胚乳部に強く密着していて容易に除きにくい.このため粒を砕いて堅い外皮を除いて小麦粉とする.ヒトは白い粉が欲しくて小麦の皮を除く製粉技術を進歩させ,かなり白い小麦粉が得られるようになった.しかしなかなかそれ以上白くならなかった.これは古代エジプト,ギリシャ,ローマ時代からの話である.白いパンや白いケーキが食べたい.古代より小麦粉をいかに白くするかは大きな問題であった.さらに行われたのが薬物による漂白効果であり,具体的には塩素ガスによる漂白(クロリネーション)効果である.小麦粉中のカロチノイド系色素ルテインの分解である.小麦粉のクロリネーションによる漂白は効果的であった.94年以上前から薄力小麦粉の塩素ガスによる改良効果が米国で行われてきた(1)1) C. H. Bailey & A. H. Johnson: J. Assoc. Off. Agric. Chem., 6, 63 (1923)..クロリネーションには漂白効果以外,ケーキ品質の改良効果も発見された.ケーキ容積がよくなり,きめが均質になり,色の白いケーキとなり,ケーキの形も均一になり,食感もよくなった(2~6)2) W. F. Sollars: Cereal Chem., 35, 100 (1968).3) L. T. Kissell: Cereal Chem., 36, 168 (1959).4) J. T. Wilson & D. H. Donelson: Cereal Chem., 42, 25 (1965).5) B. S. Miller, H. B. Trimbo & R. M. Sandstedt: Food Technol., 21, 377 (1967).6) B. C. S. Gaines & J. R. Donelson: Cereal Chem., 59, 378 (1982)..ケーキ中のフルーツホールデイング性なども生じた(7)7) S. J. Cornford: J. Sci. Food Agric., 12, 693 (1961)..クロリネーションの小麦粉への影響は多岐にわたり,小麦タンパク質(8)8) C. C. Tsen & K. Kulp: Cereal Chem., 48, 247 (1971).,デンプン(9)9) K. Kulp & C. C. Tsen: Cereal Chem., 49, 194 (1972).,脂質(10, 11)10) R. W. Youngquist, D. H. Hughes & J. P. Smith: Cereal Sci. Today, 14, 90 (1969).11) L. T. Kissell, J. R. Donelson & R. L. Clements: Cereal Chem., 56, 11 (1979).,ペントサン(12)12) K. Kulp: Baker’s Dig, 46, 26 (1972).,吸水性(13)13) G. Huang, J. F. W. Inn & E. Varriano-marston: Cereal Chem., 59, 500 (1982).,親油性(14)14) W. C. Shuey, O. H. Rask & P. E. Ramastad: Cereal Chem., 40, 71 (1963).で研究されてきた.小麦粉すべてへの影響がクロリネーションで現れた(15)15) E. Varriano-marston: Cereal Foods World, 30, 339 (1985).

ホットケーキの誕生

60年ほど前,ホットケーキの生まれた頃は,日本人の食生活はというと相変らず,ごはん,沢庵の漬け物,梅干し,魚の干物といった塩分の濃い,低カロリーの日本食だった.外国の映画を見て,オーブンで焼きたてのケーキを自分の子どもにも食べさせたいとお母さんが思うようになるのは当然である.しかし日本ではというとオーブンは台所にはない.あるものはフライパンである.当時このフライパンを使ってサッと焼き,熱いうちに食べるホットケーキが考えだされた.しかしこのホットケーキはケーキ適性が悪く,口腔内ですぐに団子状になり組織弾力性を失った.当時海外では小麦粉のクロリネーションを行っていた.この方法を導入すると日本のホットケーキ改良に非常に有効であった.クロリネーション小麦粉で焼くと,口腔内でホットケーキの組織弾力性が保持された(図1図1■小麦粉のクロリネーションによる変化;黒丸はホットケーキの容積,白丸は組織弾力性).こうしてクロリネーション小麦粉はホットケーキ用の小麦粉として用いられるようになった.しかし工場内での塩素ガス使用の危険性,ケーキからくる塩素ガスの人体への衛生面からの危険性など,日本ではまもなく中止された.米国ではなおこの改良方法が広く用いられている.クロリネーションを止めたがその代替え方法がなかった.小麦粉のクロリネーションでなぜホットケーキに強く組織弾力性が生じたのかは不明だったからである.小麦粉のクロリネーション処理が何らかの重要な化学的変化を引き起こし,ホットケーキの組織改良に関与していることは明らかであるがその原因は不明であった.しかし,小麦粉のクロリネーション処理の衛生面は決して良好なモノではなく,世界中でこの改良方法の回避が強く求められていた.小麦粉に塩素ガスを混合すると生じるこの効果とは何なのかがわからないとこの方法を回避して,もっと安全な方法を得ることができない.クロリネーション処理方法(16)16) Wallace & Tiernam: Instruction Book Number SK-1643 for instllation, operation and maintenance of Wallace & Tiernan apparatus. Wallace & Tiernan Inc., 25 Main Street, Belleville, N.J., 1954.は,室温で回転する箱の中に一定量の小麦粉(水分含量14%ほど)を入れ,塩素ガスをその中に直接吹き込むやり方である.一瞬のうちに小麦粉の色は白くなり,塩素の匂いは消える.小麦粉の一部を取り,水に懸濁後,pHを測定してその処理レベルを計るのである.ホットケーキの組織弾力性は極めて低い処理レベル(ほぼ塩素0.3 g/kg小麦粉)で改良された.

図1■小麦粉のクロリネーションによる変化;黒丸はホットケーキの容積,白丸は組織弾力性

クロリネーション小麦粉の改良効果について

本格的な小麦粉のクロリネーションの研究はSollars(17, 18)17) W. F. Sollars: Cereal Chem., 35, 85 (1968).18) W. F. Sollars & G. L. Rubenthaler: Cereal Chem., 48, 397 (1971).により行われた.はじめに小麦粉を水溶性(WS),グルテン(G),プライムスターチ(PS),テーリングス(T)区分に分け,さらに元の比率で混合して再構成粉を調製し,それによるケーキベーキングを行っている.この方法を使って小麦粉分画区分間のインターチェンジを行いながらクロリネーション小麦粉の研究を進めた.クロリネーションによるケーキ用小麦粉の変化はどの区分の変化したものかを調べている.そしてケーキに及ぼすクロリネーション小麦粉の効果がPS区分によるものであることを示した.その後,ほかの研究者ら(19~21)19) M. Seguchi & J. Matsuki: Cereal Chem., 54, 287 (1977).20) A. C. Johnson & R. C. Hoseney: Cereal Chem., 56, 443 (1979).21) C. S. Gaines: Cereal Chem., 59, 149 (1982).によって同様の結果が得られた.われわれ(19)19) M. Seguchi & J. Matsuki: Cereal Chem., 54, 287 (1977).は,クロリネーション未処理小麦粉,処理小麦粉からの各区分(WS, G, PS, T)の分画と各区分間で置き換え,再構成粉(たとえば,未処理小麦粉からのWS, G, T+処理小麦粉からのPS)によるホットケーキベーキング実験を進め,クロリネーション小麦粉のPS区分がホットケーキの組織弾力性の改良効果を示すことを明らかにした.ホットケーキ用小麦粉の分画(22)22) M. Seguchi & J. Matsuki: Cereal Chem., 54, 1056 (1977).は以下のように行われた(図2図2■小麦粉の酢酸分画法).小麦粉に水を加え,ワーリングブレンダーによる撹拌後,遠心分離して,小麦粉中の水溶性(WS)区分(水溶性多糖類,タンパク質,アミノ酸,ペプチド,糖質など)をまず分け,その沈殿物を酢酸溶液(pH 3.5)に懸濁し,これに溶けるものをグルテン(G)区分とした.さらに不溶のもののpHを5.0に戻し,撹拌して遠心分離すると沈殿物は2層に分かれる.上層の黄色いねっとりしたものがテーリングス(T)区分(水不溶性のタンパク質,多糖類,小麦デンプン小粒,脂質などのごみためという意味),底部の純白な区分がプライムスターチ(PS)区分(小麦デンプン大粒からなる)であった.小麦デンプン粒は大粒(平均20 µm)と小粒(平均2 µm)からなり生合成のメカニズムが違う.こうして小麦粉を4区分に分画しほぼ回収率は100%である(WS区分10%,G区分10%,T区分40%,PS区分40%の概比率).撹拌時間,液体/固体比率,オリジナルの小麦粉のpHに合わせてベーキングすると再現性よくホットケーキができた.クロリネーション小麦粉から取ったPS区分のみ入れ替えを行ったときに,ホットケーキに組織弾力性の生じることがわかった(19)19) M. Seguchi & J. Matsuki: Cereal Chem., 54, 287 (1977).表1表1■再構成粉ベーキング結果,PS区分のみクロリネーション小麦粉から).

図2■小麦粉の酢酸分画法

表1■再構成粉ベーキング結果,PS区分のみクロリネーション小麦粉から

ではクロリネーション小麦粉中で小麦デンプン粒(PS区分)にどのような変化が起こり,このホットケーキの組織弾力性に関係しているのか.Whistlerら(23~25)23) R. L. Whistler, T. W. Mitag & T. R. Ingle: Cereal Chem., 43, 362 (1963).24) N. Uchino & R. L. Whistler: Cereal Chem., 39, 477 (1962).25) T. R. Ingle & R. L. Whistler: Cereal Chem., 41, 474 (1964).は,クロリネーションによる小麦デンプンへの影響を研究した.彼らは低水分下でのクロリネーションによるユニークなデンプン分子の酸化的解重合反応を報告している.小麦粉WS区分,G区分,PS区分,T区分からなる再構成粉でホットケーキベーキングしたとき,PS区分のみをクロリネーション小麦粉からの区分に置き換えると,ホットケーキに弾力性が生じたが,このときショ糖脂肪酸エステル(SFAE=Sucrose Fatty Acid Ester)をこのバッター(生地)中に入れてやると得られた組織弾力性の消える結果が得られた(19)19) M. Seguchi & J. Matsuki: Cereal Chem., 54, 287 (1977).表1表1■再構成粉ベーキング結果,PS区分のみクロリネーション小麦粉から).

そのころTomieら(26)26) H. Tomie & K. Okubo: J. Home Econ. (Japanese), 35, 760 (1984).は,卵ゲルの〔す〕形成について,気泡がナイロンフィラメントなどで捕捉される方法で調べた.その気泡捕捉挙動は,木綿=麻<アクリル=ポリ塩化ビニル<絹<羊毛<ナイロンと,ほぼ疎水性の強い順に高い気泡付着性が見られた.彼らはそれらの繊維の親水性,疎水性の違いに注目して気泡の付着性を研究していた.すなわち疎水性という性質が繊維表面に泡(本来泡はその表面が疎水性)を付着させ泡を安定化したのである.われわれは,この実験からヒントを得て以下の実験を進めた.微生物実験に使うホールスライドグラスを用いた.デンプン粒水懸濁液(その中にデンプン粒数十個見られるようにしたもの)をカバーグラスに1滴つけ,これをホールスライドグラスのくぼみの上に,裏返してセットした.水滴中のデンプン粒は重力によって僅か数秒のうちに沈んでいくが,それを顕微鏡で観察した.この方法を使って,水中でのクロリネーション小麦粉からのデンプン粒と未処理小麦粉からのデンプン粒の挙動を比較した.前者は水中で粒同士が接近すると,デンプン粒表面のある位置に磁力があるように強い吸着が観察された.この挙動は後者では全く見られなかった.クロリネーション小麦粉のデンプン粒は粒同士接近し,都合のいい位置にくると次々に吸着していくことが判明したのである.すなわち粒表面に,何らかの反応基が生じているようであった.このとき,ショ糖脂肪酸エステル水溶液をこの中に入れると,この凝集(クラスター)の性質は一瞬のうちに消失した.このことからこの凝集の性質はクロリネーションによるデンプン粒表面に疎水基生成のためではなかろうかと推察した(図3図3■水中でのクロリネーションデンプン粒のクラスター形成(A)と,SFAE添加後(B)).ショ糖脂肪酸エステルをケーキバッターに添加するとホットケーキの弾力性獲得が消えることと相応して,顕微鏡下でショ糖脂肪酸エステルによりデンプン粒の凝集の性質の消失したことと直接に関係するものと推察した.クロリネーション小麦粉中PS区分(デンプン粒)の示す疎水化がホットケーキの組織弾力性に関係のあることが推察された(27)27) M. Seguchi: Cereal Foods World, 38, 493 (1993)..ショ糖脂肪酸エステル(SFAE)とは,親水性物質(ショ糖)と疎水性物質(脂肪酸)がエステル結合したものである.クロリネーションによってデンプン粒表面は何らかの変化を起こして疎水的になりそのことがホットケーキの組織弾力性改良に関与したのではと推察された.

図3■水中でのクロリネーションデンプン粒のクラスター形成(A)と,SFAE添加後(B)

A:クロリネーションデンプン粒の疎水基(—)は隣の疎水基(—)同士で引き合い,クラスターを形成する.B:SFAE(ショ糖脂肪酸エステル)の脂肪酸部は疎水性(~)でクロリネーションデンプン粒の疎水基(—)と結合する.ショ糖部は親水基であり,水中でクラスターは壊れる.

クロリネーションによるデンプン粒疎水化について

クロリネーション小麦粉によるホットケーキの組織弾力化獲得は,小麦粉の再構成実験の結果,薄力小麦粉中に約40%含まれているPS区分の変化であろうと推察された.PS区分のデンプン粒表面の疎水化はクロリネーションで生じ,この疎水性を定量する必要があることから,その親油性を調べた.試験管の中にクロリネーション小麦粉からのデンプン粒,クロリネーションしない小麦粉からのデンプン粒をそれぞれ入れ,水中で油(液状なら何でもよい)とともに激しく撹拌する実験である.クロリネーションしたものは強い親油性を示した.水中で油は水より軽く,水層の上に浮かぶが,このデンプン粒が油に付着するとこのデンプン粒の自重で油は水中に沈んだ(図4図4■水中での油とクロリネーションデンプン粒(2.0 gクロールガス/kg小麦粉)(A)と未クロリネーションデンプン粒(B),O=油,S=デンプン粒).クロリネーションレベルを上げるとそれに伴って沈殿量が増えてその量から疎水化の定量ができた(28~30)28) M. Seguchi: Cereal Chem., 61, 241 (1984).29) M. Seguchi: Starch, 37, 116 (1985).30) M. Seguchi: Cereal Chem., 64, 281 (1987).図5図5■クロリネーションによる小麦デンプン粒親油化).顕微鏡下で,このクロリネーション小麦粉からのデンプン粒がオイルに吸着している様子が観察されたが(28)28) M. Seguchi: Cereal Chem., 61, 241 (1984).,団子状になった油滴の表面に,さらにその中に,デンプン粒のぎっしり詰まっている様子が観察された(図6図6■団子状になった油滴の表面に,その中にぎっしり結合したクロリネーション小麦デンプン粒).未処理のデンプン粒にはこのような性質は観察されない.クロリネーションによる親油化はクロリネーション小麦粉からだけではなく,小麦デンプン粒表面に直接クロリネーションしても生じることがわかり,さらにデンプン粒は小麦デンプン粒以外,ポテト,大麦,米,トウモロコシ,くずデンプン粒など,いずれのデンプン粒でも各粉体へのクロリネーション処理により親油化の生じることがわかった(31)31) M. Seguchi: Cereal Chem., 61, 244 (1984)..さらにデンプン粒を各種溶媒,酵素処理などを行いその親油化の消失試験を行ったところ,ペプシンなどのプロテアーゼ処理で消失することがわかり,デンプン粒表面のタンパク質上にクロリネーション反応が起こり,それが原因で疎水化に至ったことが推察された(28)28) M. Seguchi: Cereal Chem., 61, 241 (1984).表2表2■クロリネーションした小麦デンプン粒の各種処理後の親油性の変化).各種デンプン粒でも同様のことが観察された(31)31) M. Seguchi: Cereal Chem., 61, 244 (1984)..20種類のアミノ酸のパウダーに直接クロリネーションし,ペーパークロマトグラフィー観察したところ,チロシン,リジンなどのアミノ酸にRfの異なるスポットが得られた(図7図7■アミノ酸のペーパークロマトグラム).チロシン,リジンなどのアミノ酸に塩素原子が入り込みRf値から疎水化に至ったことが推察された.市販のモノヨードチロシン,ジヨードチロシンへのクロリネーションから塩素原子の入る位置なども推察された.BSA(牛血清アルブミン)のような水に極めてよく溶けるタンパク質を乾燥後,クロリネーションすると再び水を加えても水不溶化することも確認された(32)32) M. Seguchi: Cereal Chem., 62, 166 (1985).