解説

美味によって引き起こされる摂食行動の脳メカニズム島皮質味覚野と胃腸感覚領野間の神経協調活動により生じる空腹感

Brain Mechanisms of Feeding Behavior Induced by Sweet and Umami Tastes

Youngnam Kang

英男

大阪大学大学院歯学研究科高次脳口腔機能学講座

ソウル大学歯学部神経生物学生理学教室

Hiroki Toyoda

豊田 博紀

大阪大学大学院歯学研究科高次脳口腔機能学講座

Published: 2017-06-20

生命活動を維持するための摂食行動は,視床下部による制御を受けることが知られている.しかしながら,美味の認知によりもたらされる情動的な摂食行動を引き起こす高次脳機能メカニズムは諸説あり,なかでも山本らによる報酬回路活性説が有力視されてきたが,いまだその全貌は確立されてはいない.本稿では,「甘味」や「うま味」といった味覚によりもたらされる情動的な摂食行動を引き起こす脳活動において,島皮質味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神経ネットワーク活動が中心的役割を果たしている可能性を紹介する.

はじめに

私たちの食欲は,腸管の内分泌細胞から分泌されるさまざまな内因性脂質によって調節されている.空腹時には,ラットやマウスの腸管において,脳内麻薬として知られるアナンダミドの血中濃度が増加し(1, 2)1) R. Gomez, M. Navarro, B. Ferrer, J. M. Trigo, A. Bilbao, I. Del Arco, A. Cippitelli, F. Nava, D. Piomelli & F. Rodriguez de Fonseca: J. Neurosci., 22, 9612 (2002).2) A. A. Izzo, F. Piscitelli, R. Capasso, G. Aviello, B. Romano, F. Borrelli, S. Petrosino & V. Di Marzo: Br. J. Pharmacol., 158, 451 (2009).N-オレオイルエタノールアミンの血中濃度が減少する.満腹時では,前者の血中濃度は減少し,後者の血中濃度は増加する(3, 4)3) J. Fu, G. Astarita, S. Gaetani, J. Kim, B. F. Cravatt, K. Mackie & D. Piomelli: J. Biol. Chem., 282, 1518 (2007).4) F. Reimann, G. Tolhurst & F. M. Gribble: Cell Metab., 15, 421 (2011)..また,空腹時,アナンダミドの濃度は,ラットやマウスのさまざまな脳領域において増加することが知られており,カンナビノイド受容体(CB1受容体)を活性化して食欲を亢進することが報告されている(5)5) L. Bellocchio, P. Lafenetre, A. Cannich, D. Cota, N. Puente, P. Grandes, F. Chaouloff, P. V. Piazza & G. Marsicano: Nat. Neurosci., 13, 281 (2010)..一方,N-オレオイルエタノールアミンを脳に投与すると,Gタンパク質共役型受容体119(GPR119)またはα型ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPARα)を活性化して,食欲を抑制することが報告されている(6)6) E. Soria-Gomez, K. Guzman, O. Pech-Rueda, C. J. Montes-Rodriguez, M. Cisneros & O. Prospero-Garcia: Pharmacol. Res., 61, 379 (2010).

ラットの島皮質には,CB1受容体が豊富に発現していることが知られている(7)7) L. Heng, J. A. Beverley, H. Steiner & K. Y. Tseng: Synapse, 65, 278 (2011)..解剖学的には,島皮質水平断切片において吻側から,皮質第IV層の顆粒細胞を欠く無顆粒皮質,顆粒層が乏しい異顆粒皮質,顆粒層が発達した顆粒皮質の順に配列されている(8)8) D. F. Cechetto & C. B. Saper: J. Comp. Neurol., 262, 27 (1987)..異顆粒皮質が舌の味細胞からの化学受容感覚を受容する島皮質味覚野であり,その尾側に隣接する顆粒皮質が胃腸管からの機械受容および化学受容感覚を受容する胃腸自律領野である(図1A, B図1■ラット脳における島皮質味覚野および胃腸自律領野の位置).このように,2つの領野が隣接しているため,空腹時または満腹時において,味覚野および胃腸自律領野で受容される感覚が統合される可能性が示唆される.

図1■ラット脳における島皮質味覚野および胃腸自律領野の位置

(A)ラット脳の側面観の模式図.赤線で囲まれた領域が島皮質で,味覚野および胃腸自律領野をそれぞれ矢印で示している.(B)島皮質をほぼ水平に切り出したニッスル染色切片標本.味覚野と胃腸自律領野が前後的(吻尾的)に隣接している.(C)島皮質スライス標本を膜電位感受性色素で染めると,神経細胞集団の電気的活動を光学的に観察することができる.

機能的磁気共鳴画像法を用いた実験により,胃腸自律領野の神経活動が空腹時に増加し(9)9) P. A. Tataranni, J. F. Gautier, K. Chen, A. Uecker, D. Bandy, A. D. Salbe, R. E. Pratley, M. Lawson, E. M. Reiman & E. Ravussin: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 4569 (1999).,満腹時に低下することが示されている(10)10) A. Del Parigi, J. F. Gautier, K. Chen, A. D. Salbe, E. Ravussin, E. Reiman & P. A. Tataranni: Ann. N. Y. Acad. Sci., 967, 389 (2002)..また,味覚刺激に応答する味覚野の神経活動は,空腹時に増強され(11)11) R. Uher, J. Treasure, M. Heining, M. J. Brammer & I. C. Campbell: Behav. Brain Res., 169, 111 (2006).,満腹時には抑制されることが示されている(12)12) D. M. Small, R. J. Zatorre, A. Dagher, A. C. Evans & M. Jones-Gotman: Brain, 124, 1720 (2001)..さらには,味覚野における「うま味」(13)13) U. Masic & M. R. Yeomans: Am. J. Clin. Nutr., 100, 532 (2014).や「甘味」(14)14) C. S. Zuker: Cell, 161, 9 (2015).の認知により,食欲亢進が引き起こされる一方,味覚の喪失または低下は,食欲低下につながることが知られている(15)15) S. S. Schiffman & B. G. Graham: Eur. J. Clin. Nutr., 54(Suppl 3), S54 (2000)..このような背景を踏まえると,味覚野における「うま味」や「甘味」の認知により,胃腸自律領野の神経活動が空腹か満腹かにはかかわらず増加し,食欲亢進が生じるものと考えることができる.したがって,味覚野と胃腸自律領野の神経活動が協調する可能性が考えられるが,実際に,どのような神経活動の協調が生じるのか,また,それがどのような神経メカニズムで引き起こされるのかについては不明であった.

筆者らはラットの島皮質のスライス標本を用いて,味覚野と胃腸自律領野の神経活動が,アナンダミドを含む人工脳脊髄液を灌流投与したときに協調するか否かを膜電位感受性色素を用いる方法で観察した(図1C図1■ラット脳における島皮質味覚野および胃腸自律領野の位置).その結果,シータリズムの振動興奮が味覚野において誘導された後,胃腸自律領野へ伝播し,味覚野と胃腸自律領野の神経細胞間にシータリズムの神経ネットワーク活動が生じることを見いだした(図2図2■アナンダミドの灌流投与によって生じる神経活動の時空間的興奮パターンの観察).また,アナンダミドにより誘発されるオシレーションは,CB1受容体拮抗薬およびN-オレオイルエタノールアミンによって抑制されることを見いだした.さらに,アナンダミド誘発性オシレーションは,PPARα作動薬でなく,GPR119作動薬により抑制されることを見いだした.また,そのような神経ネットワーク活動が,GABAB受容体を介するフィードフォワード側方抑制によって修飾されることも明らかにした(図2B–D図2■アナンダミドの灌流投与によって生じる神経活動の時空間的興奮パターンの観察).これらの結果から,CB1受容体とGPR119の相反する作用により,味覚野と胃腸自律領野の神経細胞間に生じるシータリズムの神経ネットワーク活動が制御され,味覚野と胃腸自律領野における満腹時または空腹時の神経活動の基盤となっている可能性が示唆された(図3図3■空腹時および満腹時における味覚野と胃腸自律領野神経細胞間の周期的同期化活動).

図2■アナンダミドの灌流投与によって生じる神経活動の時空間的興奮パターンの観察

(A) 島皮質スライス標本の明視野顕微鏡像.(B)味覚野で生じた興奮(赤い部分)は味覚野内で拡大した後,胃腸自律領野へと伝播している(ミリ秒=千分の一秒).青い部分は抑制を示す.(C)味覚野および胃腸自律領野における神経活動強度の変化の時間プロファイル.胃腸自律領野では抑制成分が認められる(黒矢印).興奮がシータリズムで繰り返し生じている.(D)味覚野から胃腸自律領野にかけての第III層(Aで示すピンクの線)に沿って連続した各点における神経活動強度の変化の時空間プロファイル(ラインプロファイル).胃腸自律領野の第III層では,興奮(赤色部分)に先行して,フィードフォワード抑制(青色部分)が認められる(白矢印).第III層(Aで示すピンクの線)に沿って連続した各点において,興奮がシータリズムで繰り返し生じている.

図3■空腹時および満腹時における味覚野と胃腸自律領野神経細胞間の周期的同期化活動

(A)空腹時,アナンダミド(AEA)の濃度が増加し,N-オレオイルエタノールアミン(OEA)の濃度が減少するため,味覚野と胃腸自律領野神経細胞間に周期的同期化活動が生じる.(B)満腹時,AEAの濃度が減少し,OEAの濃度が増加するため,味覚野と胃腸自律領野神経細胞間の周期的同期化活動が消失する.

味覚野におけるアナンダミド誘発性オシレーションの生成と胃腸自律領野への伝播

筆者らは以下の4つの観察結果に基づき,アナンダミドによるCB1受容体の活性化を介して,島皮質味覚野においてシータリズムオシレーションが誘発され,その神経活動が胃腸自律領野へ伝播すると結論した.第一に,オシレーションの5 Hzの成分のパワー密度は,胃腸自律領野と比較して,味覚野において有意に大きな値を示していた.第二に,アナンダミドにより誘発されるオシレーションは,常に味覚野から胃腸自律領野へ一方向に伝播したが,胃腸自律領野から味覚野へ伝播しなかった.第三に,味覚野と胃腸自律領野間の神経連絡を切断した際,アナンダミドは味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で,異なる周波数のオシレーションを引き起こした.味覚野においては,5.5 Hzの成分が主に観察されたが,胃腸自律領野においては,主に3 Hzの成分が観察された.このことから,アナンダミドによって誘発されるオシレーションの5~6 Hzの成分は味覚野において生成されるが,その後の胃腸自律領野への伝播は,神経連絡の切断により消滅したことが示唆される.第四番目に,脳スライス標本に味覚野が含まれていない場合は,オシレーションの生成や伝播は全く観察されなかった.オシレーションは味覚野で発生した後,胃腸自律領野へ伝播したが,その尾側の心臓自律領野へ伝播することなく胃腸自律領野の終端で終止した.したがって,味覚野と胃腸自律領野間には第三層錐体細胞の軸索側枝を介した皮質–皮質結合により媒介される神経ネットワーク活動が存在するものと考えることができる.認知・行動・情動などの高次脳機能は,一次皮質と高次連合野皮質等の異なる階層間での神経細胞群の機能協関の結果生じるものと考えられている(16)16) G. Buzsaki & A. Draguhn: Science, 304, 1926 (2004)..したがって,本研究において明らかになった味覚野と胃腸自律領野間の機能協関は,食欲亢進に関与する可能性が十分に考えられる.しかしながら,そうした活動が,実際に摂食中の動物標本の島皮質から記録されてはじめて本論文で提唱した仮説が実証されることになる.

アナンダミド誘発性オシレーションの生成メカニズム

CB1受容体はGiと共役して,cAMPの産生を減少させる(17)17) V. Di Marzo, D. Melck, T. Bisogno & L. De Petrocellis: Trends Neurosci., 21, 521 (1998)..また,内向き整流性Kチャネルを活性化し,Ca2+チャネルを抑制することも知られている(18)18) K. Mackie, Y. Lai, R. Westenbroek & R. Mitchell: J. Neurosci., 15, 6552 (1995)..ラット新皮質において,CB1受容体は主として,コレシストキニン/カルビンディン陽性GABA作動性介在ニューロンの軸索終末に発現しており(19)19) A. L. Bodor, I. Katona, G. Nyiri, K. Mackie, C. Ledent, N. Hajos & T. F. Freund: J. Neurosci., 25, 6845 (2005).,CB1受容体の活性化により,軸索終末のCa2+チャネルが抑制され,GABA放出の低下が引き起こされる可能性が示唆されている(20)20) J. Trettel & E. S. Levine: J. Neurophysiol., 88, 534 (2002)..また,新皮質の第II/III層錐体細胞における興奮性シナプス伝達も,CB1受容体の活性化により抑制されることが報告されている(21, 22)21) M. R. Domenici, S. C. Azad, G. Marsicano, A. Schierloh, C. T. Wotjak, H. U. Dodt, W. Zieglgansberger, B. Lutz & G. Rammes: J. Neurosci., 26, 5794 (2006).22) D. A. Fortin, J. Trettel & E. S. Levine: J. Neurophysiol., 92, 2105 (2004)..しかしながら,カンナビノイドは前頭皮質ニューロンにおいて,CB1受容体の活性化により,グルタミン酸作動性シナプス伝達を増加させることも報告されている(23)23) L. Ferraro, M. C. Tomasini, G. L. Gessa, B. W. Bebe, S. Tanganelli & T. Antonelli: Cereb. Cortex, 11, 728 (2001)..cAMP産生の増加により,前頭前野の第V/VI層錐体細胞からのグルタミン酸放出が低下することから(24)24) F. Luo, N. N. Guo, S. H. Li, H. Tang, Y. Liu & Y. Zhang: Neuropharmacology, 83, 89 (2014).,CB1受容体の活性化によるグルタミン酸放出の増加は,シナプス前終末のCa2+チャネルが抑制されたからではなく,cAMP産生が抑制されたからかもしれない.実際,5-HT1AまたはアデノシンA1受容体の活性化によるcAMP産生の減少により,GABA放出の減少がもたらされることが報告されている(25, 26)25) J. J. Lee, E. T. Hahm, C. H. Lee & Y. W. Cho: Neuropsychopharmacology, 33, 340 (2008).26) D. S. Yum, J. H. Cho, I. S. Choi, M. Nakamura, J. J. Lee, M. G. Lee, B. J. Choi, J. K. Choi & I. S. Jang: J. Neurochem., 106, 361 (2008).

アナンダミドが味覚野においてオシレーションを引き起こし,CB1受容体の拮抗薬であるAM251が,このオシレーションを抑制した.したがって,味覚野に生じたアナンダミド誘発性オシレーションは,CB1受容体の活性化により生じることが示された.また,cAMPの加水分解を抑制するロリプラムによって,アナンダミド誘発性オシレーションが消失したため,CB1受容体の活性化を介したcAMP産生の低下により,オシレーションが発生する可能性が強く示唆された.さらには,PPARαを活性するのではなく,GPR119の活性を介して,アナンダミド誘発性オシレーションを抑制することも以下のように明らかになった.第一に,N-オレオイルエタノールアミンがGW6471(PPARα拮抗薬)の存在下においてもアナンダミド誘発性のオシレーションを抑制し,GW7647(PPARα作動薬)やGW6471がアナンダミド誘発性オシレーションに影響を与えなかった.第二に,AR231453(GPR119作動薬)はアナンダミド誘発性オシレーションを抑制し,アルバニル(GPR119拮抗薬)はN-オレオイルエタノールアミンのオシレーション抑制効果を抑制した.これらの結果はまた,アナンダミド誘発性オシレーションの生成において,cAMPシグナル伝達が関与することを明確に示している(27)27) C. Lugnier: Pharmacol. Ther., 109, 366 (2006)..なぜなら,細胞内cAMP濃度がGPR119の活性化によって増加することが知られているからである(28, 29)28) H. A. Overton, A. J. Babbs, S. M. Doel, M. C. Fyfe, L. S. Gardner, G. Griffin, H. C. Jackson, M. J. Procter, C. M. Rasamison, M. Tang-Christensen et al.: Cell Metab., 3, 167 (2006).29) S. Patel, O. J. Mace, I. R. Tough, J. White, T. A. Cock, U. Warpman Berglund, M. Schindler & H. M. Cox: Int. J. Obes., 38, 1365 (2014).

N-オレオイルエタノールアミンを腹腔内(30)30) J. Fu, S. Gaetani, F. Oveisi, J. Lo Verme, A. Serrano, F. Rodriguez De Fonseca, A. Rosengarth, H. Luecke, B. Di Giacomo, G. Tarzia et al.: Nature, 425, 90 (2003).または視床下部(6)6) E. Soria-Gomez, K. Guzman, O. Pech-Rueda, C. J. Montes-Rodriguez, M. Cisneros & O. Prospero-Garcia: Pharmacol. Res., 61, 379 (2010).に投与すると,PPARαの活性化を介して肝臓および心臓の脂肪酸代謝および輸送を増加させることにより,N-オレオイルエタノールアミンが食物摂取の抑制効果を発揮することが報告されている(31)31) T. Lemberger, B. Desvergne & W. Wahli: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 12, 335 (1996)..したがって,N-オレオイルエタノールアミンにより生じるPPARαを介するシグナル伝達は,大脳皮質情報処理とは無関係であり,アナンダミド誘導性オシレーションに関与するcAMPシグナル伝達とは異なるものである.今後の研究として,GPR119のノックダウンまたはノックアウトを用いて,CB1受容体により誘導されるオシレーションを抑制するGPR119の詳細な役割を明らかにする必要がある.

筆者らは味覚野において,CB1受容体およびGPR119が,グルタミン作動性ニューロンおよびGABA作動性ニューロンの両方の軸索終末に発現していることを見いだしている(32)32) Y. Kang, H. Sato, M. Saito, D. X. Yin, S. K. Park, S. B. Oh, Y. C. Bae & H. Toyoda: Sci. Rep., 6, 32529 (2016)..したがって,樹状突起や軸索終末などにおいて,CB1受容体およびGPR119が共存している可能性があり,それらの働きが拮抗することにより,cAMPの産生が調節されていると考えられる.

島皮質味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神経ネットワーク活動に対するフィードフォワード抑制の役割

脳には多数の興奮性および抑制性神経細胞が存在し,抑制性神経細胞は興奮性神経細胞の活動を抑制することで,神経回路の動作を制御している.興奮性神経細胞が抑制性神経細胞を活性化することにより,ほかの興奮性神経細胞が興奮性入力を受ける前や直後に抑制性入力を受けて,スパイク発火タイミングが調節される.このような制御機構は,フィードフォワード抑制と呼ばれている(33)33) L. Gabernet, S. P. Jadhav, D. E. Feldman, M. Carandini & M. Scanziani: Neuron, 48, 315 (2005)..筆者らは,本研究において,味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神経ネットワーク活動が,GABAB受容体を介するフィードフォワード抑制によって修飾されることを見いだし,それを可視化することに初めて成功した(図2B–D図2■アナンダミドの灌流投与によって生じる神経活動の時空間的興奮パターンの観察).これまで,フィードフォワード抑制を検討した多くの研究が存在するが(33, 34)33) L. Gabernet, S. P. Jadhav, D. E. Feldman, M. Carandini & M. Scanziani: Neuron, 48, 315 (2005).34) F. Pouille & M. Scanziani: Science, 293, 1159 (2001).,フィードフォワード抑制の時空間的パターンを可視化した研究は見られない.本研究により可視化されたフィードフォワード抑制の時空間パターンは,高次脳情報処理機構の理解に大いに貢献するものと考えられる.

アナンダミドはコレシストキニンあるいはカルビンディン陽性GABA細胞の軸索終末に発現しているCB1受容体を活性化し,軸索終末からのGABA放出を抑制することにより大脳皮質錐体細胞に脱抑制を引き起こす(35)35) K. Wedzony & A. Chocyk: Pharmacol. Rep., 61, 1000 (2009)..したがって,アナンダミド投与により,味覚野に豊富に発現しているカルビンディン陽性GABA細胞からの脱抑制により錐体細胞の興奮性が上昇するが,その結果,CB1受容体を発現しないパルブアルブミン陽性GABA細胞が錐体細胞の軸索側枝からの入力により活性化される可能性がある.不全顆粒島皮質でのオシレーション波形に比べて,顆粒島皮質での波形は,その立ち上がり相が強く抑制されており(図2C図2■アナンダミドの灌流投与によって生じる神経活動の時空間的興奮パターンの観察),その軸索終末にCB1受容体を発現しないパルブアルブミン陽性GABA細胞によるフィードフォワード抑制への関与を強く示唆する.観察された抑制は,GABAA受容体拮抗薬(bicucullineやpicrotoxin)感受性ではなく,GABAB受容体拮抗薬(CGP55845)感受性であったことから,GABAB受容体により引き起こされていることが明らかになったが,シータリズムそのものは,bicuculline, picrotoxinやCGP55845により全く影響を受けなかった.このことは,リズム生成に抑制性ニューロンはほとんど関与しないことを示唆しており,錐体細胞の内因的性質あるいはネットワーク回路によりリズムが生成されていることを示唆している.したがって,フィードフォワード抑制の機能的意義は,隣接する2つの領野の同期化の度合いを調節するものである可能性が高い.

島皮質味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神経ネットワーク活動の機能的意義

筆者らは,島皮質味覚野におけるTRPV1の活性化により,味覚野と全自律機能関連領野間にシータリズム(4~8 Hz)の周期的同期化が誘導されることをすでに明らかにしている(36)36) M. Saito, H. Toyoda, S. Kawakami, H. Sato, Y. C. Bae & Y. Kang: J. Neurosci., 32, 13470 (2012)..TRPV1の活性化により誘導されるこの神経ネットワーク活動は,スパイシーな食物を味わう際に生じる自律神経応答に関与する可能性が示唆される.TRIPV1の活性化により生じる振動性光学的応答は,味覚野および自律機能関連領野の全域にわたって生じていた.一方,アナンダミドは,TRPV1受容体に対する作動薬であることも知られているが(37)37) R. A. Ross: Br. J. Pharmacol., 140, 790 (2003).,アナンダミド誘発性オシレーションは,心臓自律領野には伝播せず,胃腸自律領野の尾側端で留まっていた.したがって,この所見は,アナンダミドによるCB1受容体の活性化が,心血管活動を引き起こさず,食物摂取にのみ関与しうることを示唆している.近年,味物質情報が,味覚野の局所フィールド記録における4~5 Hz帯域の成分として符号化されることが報告されている(38)38) R. Pavao, C. E. Piette, V. Lopes-dos-Santos, D. B. Katz & A. B. Tort: J. Neurosci., 34, 8778 (2014)..一方,胃腸自律領野の神経活動は,情動や食欲に依存して変化することが知られている(11, 12, 39)11) R. Uher, J. Treasure, M. Heining, M. J. Brammer & I. C. Campbell: Behav. Brain Res., 169, 111 (2006).12) D. M. Small, R. J. Zatorre, A. Dagher, A. C. Evans & M. Jones-Gotman: Brain, 124, 1720 (2001).39) M. M. Mesulam: “Principles of Behavioral Neurology,” FA Davis, 1985..本研究結果はこうした先行研究の知見と矛盾せず,それらをさらに発展させたものと考えることができる.島皮質味覚野と胃腸自律領野間で生じるシータリズムの律動的神経協調が,快楽的な味覚認知による食欲亢進の新規脳メカニズムであり,こうした神経ネットワーク活動により,味覚野における味覚認知と胃腸自律領野における食欲認知が統合された結果として食欲亢進が生じる可能性を筆者らは初めて提唱した(32)32) Y. Kang, H. Sato, M. Saito, D. X. Yin, S. K. Park, S. B. Oh, Y. C. Bae & H. Toyoda: Sci. Rep., 6, 32529 (2016).

空腹時と満腹時では味覚が異なることの味覚野脳メカニズムは不明であるが,本研究で明らかにされた神経ネットワーク活動が関与する可能性がある.また,甘味や旨味の認知による食欲亢進は,空腹か否かにかかわらず生じ(13, 14)13) U. Masic & M. R. Yeomans: Am. J. Clin. Nutr., 100, 532 (2014).14) C. S. Zuker: Cell, 161, 9 (2015).,報酬系が重要な役割を果たす(40~42)40) A. E. Kelley, B. A. Baldo, W. E. Pratt & M. J. Will: Physiol. Behav., 86, 773 (2005).42) F. J. Meye & R. A. Adan: Trends Pharmacol. Sci., 35, 31 (2014).と想定されているが,味覚依存性の情動的摂食行動を制御する脳神経機構への島皮質の関与を除外する合理的理由はない.CB1受容体の拮抗薬により,甘味や旨味による食欲亢進が選択的に阻害されるが,通常の摂食行動は阻害されないと報告されている(43, 44)43) M. Arnone, J. Maruani, F. Chaperon, M. H. Thiebot, M. Poncelet, P. Soubrie & G. Le Fur: Psychopharmacology (Berl.), 132, 104 (1997).44) J. Simiand, M. Keane, P. E. Keane & P. Soubrie: Behav. Pharmacol., 9, 179 (1998)..したがって,本研究により見いだされた島皮質の味覚野と胃腸領域という細胞構築学的に異なる領野間のCB1受容体の活性化による機能協関は,甘味や旨味,つまり,美味による食欲亢進の脳メカニズムの基盤となる可能性がある.

甘い物は別腹と言われているが,山本らによると,甘いものを食べると脳内の快楽物質であるβ-エンドルフィンが分泌され,また,報酬回路が活性化され,その結果,視床下部で食欲を増進する働きがあるオレキシンの分泌が促進され,それにより胃や腸の動きが活発になり,胃の内容物を十二指腸へと送り出すことで胃に余裕ができるという(45)45) 山本 隆:“「おいしい」となぜ食べすぎるのか”,PHP新書,2004..しかし本研究は,脳のより高次な機能を営む島皮質が「別腹」の舞台である可能性を示唆し,「うま味」や「甘味」により味覚野に引き起こされるシータリズム神経活動が,胃腸の状態とは無関係に胃腸自律領野の神経活動を引き起こし,それを「食欲」や「空腹感」として脳が錯覚することにより,食欲亢進が起こる可能性が考えられる.

また,アナンダミドにより引き起こされた周期的同期化はGPR119の活性化により抑制されることも明らかにしたが,GPR119作動薬は,II型糖尿病や肝炎あるいは肥満の予防薬としても有望視されており,同時に過食の予防作用も明確になれば,GPR119の重要性はさらに高まることになる.

おわりに

味覚認知によりもたらされる情動的な摂食行動を引き起こす高次脳機能メカニズムは,未解明の問題である.しかしながら,本研究により,アナンダミドにより生じる味覚認知領域と胃腸自律領野間の神経ネットワーク活動が,そうした神経基盤となっている可能性が初めて明らかになった.今後,本研究が過食や肥満の制御,食習慣に起因する成人病予防などの応用研究へ発展することが期待される.

Reference

1) R. Gomez, M. Navarro, B. Ferrer, J. M. Trigo, A. Bilbao, I. Del Arco, A. Cippitelli, F. Nava, D. Piomelli & F. Rodriguez de Fonseca: J. Neurosci., 22, 9612 (2002).

2) A. A. Izzo, F. Piscitelli, R. Capasso, G. Aviello, B. Romano, F. Borrelli, S. Petrosino & V. Di Marzo: Br. J. Pharmacol., 158, 451 (2009).

3) J. Fu, G. Astarita, S. Gaetani, J. Kim, B. F. Cravatt, K. Mackie & D. Piomelli: J. Biol. Chem., 282, 1518 (2007).

4) F. Reimann, G. Tolhurst & F. M. Gribble: Cell Metab., 15, 421 (2011).

5) L. Bellocchio, P. Lafenetre, A. Cannich, D. Cota, N. Puente, P. Grandes, F. Chaouloff, P. V. Piazza & G. Marsicano: Nat. Neurosci., 13, 281 (2010).

6) E. Soria-Gomez, K. Guzman, O. Pech-Rueda, C. J. Montes-Rodriguez, M. Cisneros & O. Prospero-Garcia: Pharmacol. Res., 61, 379 (2010).

7) L. Heng, J. A. Beverley, H. Steiner & K. Y. Tseng: Synapse, 65, 278 (2011).

8) D. F. Cechetto & C. B. Saper: J. Comp. Neurol., 262, 27 (1987).

9) P. A. Tataranni, J. F. Gautier, K. Chen, A. Uecker, D. Bandy, A. D. Salbe, R. E. Pratley, M. Lawson, E. M. Reiman & E. Ravussin: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 4569 (1999).

10) A. Del Parigi, J. F. Gautier, K. Chen, A. D. Salbe, E. Ravussin, E. Reiman & P. A. Tataranni: Ann. N. Y. Acad. Sci., 967, 389 (2002).

11) R. Uher, J. Treasure, M. Heining, M. J. Brammer & I. C. Campbell: Behav. Brain Res., 169, 111 (2006).

12) D. M. Small, R. J. Zatorre, A. Dagher, A. C. Evans & M. Jones-Gotman: Brain, 124, 1720 (2001).

13) U. Masic & M. R. Yeomans: Am. J. Clin. Nutr., 100, 532 (2014).

14) C. S. Zuker: Cell, 161, 9 (2015).

15) S. S. Schiffman & B. G. Graham: Eur. J. Clin. Nutr., 54(Suppl 3), S54 (2000).

16) G. Buzsaki & A. Draguhn: Science, 304, 1926 (2004).

17) V. Di Marzo, D. Melck, T. Bisogno & L. De Petrocellis: Trends Neurosci., 21, 521 (1998).

18) K. Mackie, Y. Lai, R. Westenbroek & R. Mitchell: J. Neurosci., 15, 6552 (1995).

19) A. L. Bodor, I. Katona, G. Nyiri, K. Mackie, C. Ledent, N. Hajos & T. F. Freund: J. Neurosci., 25, 6845 (2005).

20) J. Trettel & E. S. Levine: J. Neurophysiol., 88, 534 (2002).

21) M. R. Domenici, S. C. Azad, G. Marsicano, A. Schierloh, C. T. Wotjak, H. U. Dodt, W. Zieglgansberger, B. Lutz & G. Rammes: J. Neurosci., 26, 5794 (2006).

22) D. A. Fortin, J. Trettel & E. S. Levine: J. Neurophysiol., 92, 2105 (2004).

23) L. Ferraro, M. C. Tomasini, G. L. Gessa, B. W. Bebe, S. Tanganelli & T. Antonelli: Cereb. Cortex, 11, 728 (2001).

24) F. Luo, N. N. Guo, S. H. Li, H. Tang, Y. Liu & Y. Zhang: Neuropharmacology, 83, 89 (2014).

25) J. J. Lee, E. T. Hahm, C. H. Lee & Y. W. Cho: Neuropsychopharmacology, 33, 340 (2008).

26) D. S. Yum, J. H. Cho, I. S. Choi, M. Nakamura, J. J. Lee, M. G. Lee, B. J. Choi, J. K. Choi & I. S. Jang: J. Neurochem., 106, 361 (2008).

27) C. Lugnier: Pharmacol. Ther., 109, 366 (2006).

28) H. A. Overton, A. J. Babbs, S. M. Doel, M. C. Fyfe, L. S. Gardner, G. Griffin, H. C. Jackson, M. J. Procter, C. M. Rasamison, M. Tang-Christensen et al.: Cell Metab., 3, 167 (2006).

29) S. Patel, O. J. Mace, I. R. Tough, J. White, T. A. Cock, U. Warpman Berglund, M. Schindler & H. M. Cox: Int. J. Obes., 38, 1365 (2014).

30) J. Fu, S. Gaetani, F. Oveisi, J. Lo Verme, A. Serrano, F. Rodriguez De Fonseca, A. Rosengarth, H. Luecke, B. Di Giacomo, G. Tarzia et al.: Nature, 425, 90 (2003).

31) T. Lemberger, B. Desvergne & W. Wahli: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 12, 335 (1996).

32) Y. Kang, H. Sato, M. Saito, D. X. Yin, S. K. Park, S. B. Oh, Y. C. Bae & H. Toyoda: Sci. Rep., 6, 32529 (2016).

33) L. Gabernet, S. P. Jadhav, D. E. Feldman, M. Carandini & M. Scanziani: Neuron, 48, 315 (2005).

34) F. Pouille & M. Scanziani: Science, 293, 1159 (2001).

35) K. Wedzony & A. Chocyk: Pharmacol. Rep., 61, 1000 (2009).

36) M. Saito, H. Toyoda, S. Kawakami, H. Sato, Y. C. Bae & Y. Kang: J. Neurosci., 32, 13470 (2012).

37) R. A. Ross: Br. J. Pharmacol., 140, 790 (2003).

38) R. Pavao, C. E. Piette, V. Lopes-dos-Santos, D. B. Katz & A. B. Tort: J. Neurosci., 34, 8778 (2014).

39) M. M. Mesulam: “Principles of Behavioral Neurology,” FA Davis, 1985.

40) A. E. Kelley, B. A. Baldo, W. E. Pratt & M. J. Will: Physiol. Behav., 86, 773 (2005).

41) T. Shimura, Y. Kamada & T. Yamamoto: Behav. Brain Res., 134, 123 (2002).

42) F. J. Meye & R. A. Adan: Trends Pharmacol. Sci., 35, 31 (2014).

43) M. Arnone, J. Maruani, F. Chaperon, M. H. Thiebot, M. Poncelet, P. Soubrie & G. Le Fur: Psychopharmacology (Berl.), 132, 104 (1997).

44) J. Simiand, M. Keane, P. E. Keane & P. Soubrie: Behav. Pharmacol., 9, 179 (1998).

45) 山本 隆:“「おいしい」となぜ食べすぎるのか”,PHP新書,2004.