セミナー室

大麦食品を用いた機能性の検証食物繊維が豊富な大麦ご飯はメタボ改善に効果あり!

Takashi Yanagisawa

柳澤 貴司

農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター

Published: 2017-06-20

はじめに

大麦は食物繊維が豊富に含まれている食材である.食物繊維のなかでも細胞壁多糖の一種である(1,3;1,4)-β-D-グルカン(以下,β-グルカンと略)は,大麦の胚乳に多く含まれる.

これまでのさまざまな学術的な報告からβ-グルカンの機能性が期待されていたため,農研機構では大麦に「価値」をつけて普及させるためにβ-グルカン含量が通常品種より高い系統を選抜し,品種化してきた.また,もち性の品種はうるち性の品種よりもβ-グルカン含量が高くなり,炊飯麦の食味試験を行うと粘りと柔らかさに優れる.こうした背景の下,医・食・農分野が連携して高β-グルカン品種である「ビューファイバー」(うるち性)(1)1) 塔野岡卓司,吉岡藤治,青木恵美子,小前幸三,一ノ瀬靖則,金子成延,河田尚之,吉田めぐみ:育種学研究,13, 74 (2011).,「キラリモチ」(もち性)(2)2) T. Yanagisawa, T. Nagamine, A. Takahashi, T. Takayama, Y. Doi, H. Matsunaka & M. Fujita: Breed. Sci., 61, 307 (2011).を用いた食材を使いヒト介入試験を実施して,メタボリックシンドロームを予防する食品の評価を行い,上記の品種の普及拡大を図ることとした.また喫食調査を通じておいしく食べやすい大麦食品の評価やβ-グルカンの量的・量的な変動についての研究にも取り組んだ.

ヒト介入試験

1. 麦ご飯を用いた長期摂取試験

男性85 cm以上,女性90 cm以上の腹囲をもち,体格指数(BMI)≧24 kg/cm2の100人の日本人被験者で実施した.100人を無作為に試験食50人,対象食50人に割りつけ,試験食,対照食ともに12週間,毎日2パック食べる無作為化二重盲検比較試験で実施した.二重盲検比較試験とは,試験食と対照食のどちらを食べているかを試験を実施する者と被験者の両方が知らない試験のことである.試験食と対照食のどちらも内容量は200 g/パックであり,表1表1■対照食と試験食の栄養成分表(/200 g当たり)に栄養成分を示す.試験食は「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯で1日当たり4.4 gのβ-グルカンを摂取することになる.米粒麦とは文字どおり大麦を米粒のような大きさまで精麦加工したものである.対照食はβ-グルカンを含まない大麦の精麦を入れた麦ご飯を用いた.図1図1■内臓脂肪面積の変化量に示すように試験食では開始前後で有意に内臓脂肪面積が低下した.また内臓脂肪面積が100 cm2を超える被験者間では試験食と対照食の試験群間で有意差があった.この結果は大麦のβ-グルカンが内臓脂肪面積を低下させることを実証できたことになる.また体重,BMI,腹囲も同様の結果であった(3)3) S. Aoe, Y. Ichinose, N. Kohyama, K. Komae, A. Takahashi, D. Abe, T. Yoshioka & T. Yanagisawa: Nutrition, in press (2017)..この試験結果の最大のポイントは日本人を対象にした試験であること,対照食にβ-グルカンを含まない大麦を用いたことである.対照食に白米を用いた試験はあるが,麦ご飯と白米ご飯を見れば,どちらを食べているかすぐにわかる.

表1■対照食と試験食の栄養成分表(/200 g当たり)
対照食試験食
エネルギー (kcal)300264
タンパク質(g)4.84.8
脂質(g)1.41.4
灰分(g)0.20.2
水分(g)126.4135.6
炭水化物(g)67.258.0
総食物繊維(g)1.44.0
β-Glucan含量(g)0.02.2

図1■内臓脂肪面積の変化量

試験前に100 cm2以上の方.

2. 麦ご飯,大麦入りパンなどの大麦食品を用いた単回摂取試験によるGI測定

GI(Glycemic Index)値はその食品が体内で糖に変わり血糖値が上昇するスピードを計ったものである.GIが低い食品では,糖がおだやかに体内に取り込まれるため血糖値の上昇が緩やかになり,肥満の原因であるインシュリンの分泌を抑制されると言われている.

試験には,同一ロットの包装した白米を対照食として,試験食は「キラリモチ」米粒麦が30, 50, 100%配合している麦ご飯を用いた.GI値,各人の最大血糖上昇値,各時間での血糖上昇値,血糖値上昇曲線下面積値を調べた.また以下の試験は対照食としてブドウ糖(グルコース)50g溶液を使用した.ビューファイバー(低粒度)粉30%食パンとビューファイバー(高粒度)粉30%食パンのGI測定を行い,大麦粉の粒度の違いがGIに及ぼす影響を明らかにした.同様にビューファイバー超高β-グルカン大麦粉15%食パン,超高β-グルカン大麦粉30%食パンのGI測定を行い,超高β-グルカン大麦粉の配合がGIに及ぼす影響を明らかにした.さらにビューファイバー(低粒度)粉30%うどんを試作し,嗜好性の高い麺を用いてGI測定を行った.これらのGI値の結果をグルコース基準に換算してまとめて図2図2■大麦配合食品GI値一覧に示す.最も低いGIは,超高β-グルカン大麦30%配合パンで,次いで30%大麦うどん,超高β-グルカン大麦30%配合パン,50%大麦ご飯の順であった.いずれも大麦の配合でGI値が低下し,β-グルカン含量が多いほどGI値が下がることが実証された.

図2■大麦配合食品GI値一覧

3. CGMを用いた「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯を使った血糖上昇抑制効果

CGM(Continuous Glucose Monitor)とは持続血糖測定システムであり,一定の間隔で継続的に血糖値を測定できる機器である.健常人18人を被験者として検証をした.検証期間は4日間で調査日1日目は自由食とし,CGMは1日目夕方挿入し,その日の夕食は21時までに摂取することとし,それ以降は糖質を含まない水分以外の摂取を中止した.調査日2日目は白米と副菜,3日目は麦ご飯と副菜を摂取し,副食は調査日2日とも同じ内容・量とした.また,提供食以外の摂取を禁止した.ただし,糖質を含まない水分の摂取は自由とした.就寝前,朝食前,朝食後30, 60, 120, 180分に自己血糖測定を実施した.血糖推移の結果から,「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯を主食とした場合,平均6%の血糖低下が見られた.また,CGMでは,最大血糖値,平均血糖値を3%低下させていたが,最小血糖値は6%上昇させていた.また,血糖日内変動幅を示す標準偏差は「キラリモチ」米粒麦入り50%入り麦ご飯に対して白米が有意に高かった.このことから健常者4人での中間評価においては,「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯は白米に比べて食後高血糖を抑制するとともに最低血糖値をさせ,日内血糖変動を低下させることがわかった.「キラリモチ」米粒麦50%入り麦ご飯の摂取は血糖値の上昇抑制だけではなく血糖値の低下も抑制し,食事による日内血糖変動の幅を減少させることが示唆された(図3図3■血糖推移).

図3■血糖推移

4. 大麦粉パンの種類によるGI値の違い

パンの種類の違いによるGI値の違いを調べるために以下の実験を実施した.パンに混合した大麦粉はビューファイバー60%搗精粉を使用し,30%大麦配合食パン(食パン),30%大麦配合バターロール(ロールパン),30%大麦配合フランスパン(フランスパン),30%大麦配合ドイツパン(ドイツパン)はリテールベーカリーで試験用として加工した.すべてのパンは焼成後に冷凍し,−20°Cに維持した冷凍庫で水分が抜けないように二重包装保管し,使用時に都度自然解凍して用いた.基準の米飯を100として大麦パンのGI値はドイツパン(102)>フランスパン(88)>ロールパン(85)>食パン(77)の順に低くなり,食パンが最も低値であった.食パンは,小麦全粒粉50%入り食パンや小麦食パンに比べて,最大血糖変動値を30%有意に低下させ,そこに到達する時間も延長する傾向が見られた.しかし,同じ割合で「ビューファイバー」を配合したフランスパンやドイツパンではこういった効果は見られず,パン調整の際に添加される副材料について今後検討する必要があると考えられた(4)4) 藤谷朝実,林 純平,吉川香奈,米山陽子,平尾和子,神山紀子,柳澤貴司,吉岡藤治,小前幸三,比嘉眞理子,青江誠一郎:愛国学園短大紀要,33, 19 (2015).

5. β-グルカン含量の異なる配合したパンの単回摂取試験

β-グルカンを多く含有する大麦粉を配合したパンについて,健常な成人を対象としてGIを測定するとともに,大麦粉の粒度およびβ-グルカン配合率によって食後血糖がどのように変化するかを調べた.試験食に用いた大麦パンは,高β-グルカン品種である「ビューファイバー」を低粒度および高粒度に調製したもの,「ビューファイバー」の粉を分級して調製したβ-グルカンを15%以上含有する超高β-グルカン大麦粉を15%および30%配合したものの4種類である.その結果,最も低GIは,超高β-グルカン大麦30%配合パンであった.大麦の配合でGI値が低下することが実証されてβ-グルカンを多く含む食品ほど,糖質の消化吸収が抑えられ急激な血糖上昇を抑制できると考えられた.

試験食品の喫食調査

試験食として用いた麦ご飯や大麦粉パンについて健康機能性に優れるだけでなく,継続的に喫食するために必要なのはおいしく,楽しく食べ続けられることが重要であり試験食の喫食調査を実施した.

1. 麦ご飯の喫食調査:「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯の喫食調査

「キラリモチ」米粒麦50%を使用した献立を作成し,市民公開講座に集まった地域住民の希望者に有料で試食してもらい,「キラリモチ」の麦ご飯,市販の押し麦ご飯,白米についてそれぞれの嗜好についてアンケート調査を行った(図4図4■アンケートの結果).アンケート回収できた32名のうち,72%は毎日,19%は1週間に1回程度摂取できると答えており,麦ご飯のそれぞれ58, 25%の評価に比べて好まれる傾向が見られた.押し麦の麦ご飯を摂取した経験がある人でも約70%の人が,「キラリモチ」米粒麦50%入りの麦ご飯であれば毎日摂取してもよいという回答であった.「キラリモチ」の麦ご飯は嗜好性が高く,継続的に摂取することが可能と評価するほうが多かった.

図4■アンケートの結果

2. 大麦パンの喫食調査

大麦パンについては,その嗜好性においてはロールパンが年齢にかかわりなく好まれた.大麦パンの色や香り,硬さ,弾力,味といったそれぞれの項目に対する評価は,年齢によって異なる傾向が見られたが,ロールパンは年齢に関係なく高い評価となった.病院給食として有用性が示されたのは,大麦食パンであったが,より好まれるものは卵やバターを含むロールパンで,パンの種類によって大麦パンに対する患者の受容が異なってくる可能性が示唆された(4)4) 藤谷朝実,林 純平,吉川香奈,米山陽子,平尾和子,神山紀子,柳澤貴司,吉岡藤治,小前幸三,比嘉眞理子,青江誠一郎:愛国学園短大紀要,33, 19 (2015).

β-グルカンの質的・量的な変動について

最後にβ-グルカン含量の変動に関する成果の概要を紹介する.農作物である大麦の成分は栽培する年次や環境によって含量の変動が避けられない.商品として流通する場合,特に関与成分の含量を示す機能性表示食品ではβ-グルカン含量の担保は重要な課題であり,研究を進める必要があると考えられる.栽培面においては,「キラリモチ」の施肥試験によれば出穂期以降に施用する実肥により,年次にかかわらず原麦・精麦のβ-グルカン含量が高くなることがわかった.加工品質面では,「ビューファイバー」の大麦搗精粉を用いた試験で30%加水・30°C加温で撹拌すると,β-グルカンの低分子量化が認められた.ビューファイバー大麦搗精粉を30%配合したパンや麺の分子量分布は,大きな変化は見られなかった.また「ビューファイバー」原麦の焙煎処理では品温が150°C程度の焙煎ではβ-グルカン含量がほぼ保たれることを示した.β-グルカン含量の変動に関する研究は緒についたばかりである.β-グルカンの測定法は確立されているが,商品管理や生産現場ではより簡易な測定技術を開発する必要があると考えている.

おわりに

ヒト試験で使った麦ご飯は大麦:白米=1 : 1の割合で混ぜたものであるが,筆者の研究グループでは食味試験で100%大麦の炊飯麦で実施している.初めて食べたときは白米とは異なる「プチプチ」とした食感に最初は戸惑ったが,何年も続けており今は違和感がない.麦ご飯自体は大手スーパーやコンビニエンスストアでもレトルトパックが販売されているのでぜひお試しいただきたい.今回のプロジェクトの研究成果を通じて大麦食品が健康機能性に優れるという科学的な証拠が得られたが,「薬」のような即効性はなく,継続的に「おいしく」,「楽しく」食べ続けることが重要である.筆者は大麦の品種育成に直接携わっており,今回紹介した品種が普及すればうれしいが,機能性が実証されたのは「特定の大麦品種」ではなく,β-グルカンを多く含む品種である.つまり大麦を用いた食品がもっともっと普及することが重要と考えている.コラムに書いたように「もち麦」(=もち性の大麦)と銘打った商品が多く流通し,急激に消費が伸びていることは間違いないが,外国産の大麦を使用している商品が多いのもまた現実である.日本国内で大麦生産を拡大するためにはさまざまな問題を解決する必要がある.特に高β-グルカン大麦品種は企業の要望や生産者の作付け意欲に応じた種子の供給体制の構築が不可欠であり,研究勢力だけでなく多方面の継続的な協力と意欲の持続,何より「国産大麦」に価値がついて消費が伸びることが一つの道であることは間違いない.品種育成には交配から品種登録までに10年以上かかり,品種登録されてもそれが普及拡大し,一般消費者の食卓に届くにはまた数年かかるのが普通である.研究は目先の結果を求められがちであるが,息の長い品種育成があったからこそ得られる研究成果があることを改めて実感している.大麦を用いた研究者が増え,β-グルカンそのものを対象とした研究がより盛んになることを祈りつつこの原稿を終えたい.

Acknowledgments

この研究は機能性をもつ農林水産物・食品開発プロジェクト(農研機構)で実施した内容であり,参画した方々は以下のとおりである.大妻女子大学の青江誠一郎,済生会横浜市東部病院の藤谷朝実,日清製粉グループ本社の福留真一・横塚章治・菊池洋介,みたけ食品工業の土屋紀之・田島康行・関根詳吾,農研機構・近畿中国四国農業研究センター(現西日本農業研究センター)の吉岡藤治・高橋飛鳥・野方洋一・阿部大吾・小前幸三,農研機構・作物研究所(現次世代作物開発研究センター)の一ノ瀬靖則・神山紀子・金子成延・青木恵美子・平 将人(敬称略)である.これらの方々のご尽力に深く感謝の意を表したい.

Reference

1) 塔野岡卓司,吉岡藤治,青木恵美子,小前幸三,一ノ瀬靖則,金子成延,河田尚之,吉田めぐみ:育種学研究,13, 74 (2011).

2) T. Yanagisawa, T. Nagamine, A. Takahashi, T. Takayama, Y. Doi, H. Matsunaka & M. Fujita: Breed. Sci., 61, 307 (2011).

3) S. Aoe, Y. Ichinose, N. Kohyama, K. Komae, A. Takahashi, D. Abe, T. Yoshioka & T. Yanagisawa: Nutrition, in press (2017).

4) 藤谷朝実,林 純平,吉川香奈,米山陽子,平尾和子,神山紀子,柳澤貴司,吉岡藤治,小前幸三,比嘉眞理子,青江誠一郎:愛国学園短大紀要,33, 19 (2015).