Kagaku to Seibutsu 55(7): 510-511 (2017)
追悼
千葉英雄先生を悼む
Published: 2017-06-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
日本農芸化学会の会長,日本学術会議の会員も歴任された京都大学名誉教授の千葉英雄先生が,2017年1月6日に91年の生涯を閉じられました.晩年になっても先生は,斯界の指導者としての矜持をもつべく努力をしておられました.本年の日本農芸化学会2017年度京都大会での挨拶をされることを楽しみにされ,挨拶でお話になるための学術的情報を集め,最後まで机に向かっておられたとご遺族にお聞きしました.
先生は昭和20年4月に京都帝国大学農学部農林化学科に入学され,昭和23年3月に京都大学農学部農林化学科を卒業になっておられます.先生の根底にあったのは,「文系の優秀な学生は戦地にかり出され,多くの方が亡くなった一方で,自分のような理系の学生は学問をすることを許された.だから,残された理系の学生は亡くなった優秀な学生の分も世の中に貢献しなければいけない」というお考えでした.学生時代,ならびに,先生の研究室の後継者として教員になってからも毎年お正月にご挨拶に伺うと,よくその話をされていました.ご卒業後,京都大学大学院特別研究生前期課程を修了後,昭和25年に京都大学農学部農林化学科栄養化学講座の助手に採用されました.近藤金助先生のもとで研鑽を積まれたとお聞きしておりますが,自由な学風の京都大学らしく,教官からの指導は「千葉君,これをやり給え」という一言だったと,お酒の席なのでどこまで事実かは定かではないですが,お聞きしたことがあります.まさに自学自習で研究を発展してこられたように拝察します.筆者は,直接その時代を一緒に過ごさせていただいた者ではなく(ずっと後の昭和56年に先生の研究室に4回生で配属後,博士の学位取得),定かではないですが,初期の論文を拝見すると,最初は植物の炭酸固定にかかわるcarbonic anhydraseに関する研究をされていたようです.昭和29年に助教授に昇任され,昭和43年には新設された京都大学農学部食品工学科食品化学講座の教授に就任され,平成元年に退官されました.その後,平成13年まで神戸女子大学家政学部教授として,後進の指導をなさいました.
千葉先生の明瞭な,力強い言動,そして豊かな包容力は多くの優れた弟子たちを育てることとなり,杉本悦郎先生(名古屋大学名誉教授)を筆頭に十数名の大学教授を輩出しております.「蛋白質の「蛋白」とは何か,君は知っているか」と聞かれたことを覚えています.「「蛋白」とは「卵白」のことだよ.そんなことも知らないで研究しているのかね」とお叱りを受けたことを思い出します.厳しい先生でしたが,実際はわれわれ後輩を非常に思いやる優しい先生でもありました.
ご研究の中心に据えられたのは「蛋白質」です.解糖系リン酸転移酵素類に関する研究を行われ,ホスホグリセロムターゼ(PGA mutase)と,ホスホグルコムターゼ(PG mutase)の研究に注力されました.当時の栄養・食品化学は定性的な研究が多かったなかで,現象を定量的に観察する酵素化学に着目された点に千葉先生の姿勢が現れているように思います.これらの酵素の,酵母,肝臓,赤血球からの精製・純化・結晶化に始まり,反応速度論的な解析による,反応機構の解明を行われました.特にPGA mutaseについては,3つの酵素活性を有する多機能酵素であることを発見されました.すなわち,PGA mutaseは2,3-diphosphoglycerate(2,3-DPG)を補酵素として,3-phosphoglycerateを2-phosphoglycerateに変換する酵素ですが,同じ活性中心を使って2,3-DPGを合成する活性も,2,3-DPGを分解する活性ももっている多機能酵素であることを明らかにされました.なお,2,3-DPGは赤血球中に多く存在し,ヘモグロビンによる末梢への酸素供給に重要な働きをしていることが明らかになり,その後の赤血球造血因子であるエリスロポエチンの研究につながりました.その際も微量なエリスロポエチンについて,再生不良性貧血患者さんの大量の尿からの精製が行われましたが,酵素の精製技術の裏打ちがあってこそだと思います.
一方で,酵素の食品化学的利用として,トランスグルタミナーゼ(TGase)やアルデヒド脱水素酵素(ALDH)に着目されました.TGaseは蛋白質間の架橋を促進する酵素であり,食品蛋白質の物性改変を目的としました.この発想は,実際に蒲鉾の製造に利用されています.ALDHは,大豆臭の原因であるアルデヒドの除去に著効を示し,大豆臭を嫌う欧米の研究者からは非常に注目されました.
さて,千葉先生のご業績の最も重要な点は,食品の「生体調節機能」としての三次機能を提唱された点にあります.食品の一次機能とは従来の栄養素としての機能であり,二次機能とは食品の食感としての機能です.この食品の三次機能の概念が,現在の食品機能に関する研究や機能性食品の開発の原点です.「ミルクは完全栄養食品だよ」と言っておられたのを思い出します.すなわち,乳児は母乳だけで成長できるからです.食品化学講座教授に就任された先生は,このミルクに関する研究を開始されました.ミルク蛋白質のカゼインの合成誘導や,遺伝子の解析が行われました.またカゼインのミセル形成やリン酸化,糖鎖付加などの翻訳後修飾にかかわる研究をされていましたが,その後,ミルク蛋白質をはじめ,多くの食品蛋白質の分解物,すなわち食品由来ペプチドにさまざまな生理活性があることを見いだされました.食品には潜在的な生理活性が潜んでいる,すなわち,三次機能をもつ食品蛋白質の重要性の提唱です.昭和59年より3年間行われた文部省科学研究費特定研究「食品機能の系統的解析と展開」では中心的な役割を果たされ,昭和63年から3年間行われた文部省科学研究費重点領域研究「食品の生体調節機能の解析」では研究代表者として,食品の機能に関する新しい学問領域の樹立に貢献されました.
これらのご業績が認められ,昭和55年に鈴木賞(現,日本農芸化学会賞),平成5年に紫綬褒章,平成11年に勲二等瑞寶章をご受賞になり,また平成10年に第三回安藤百福賞,平成22年には京都府文化賞特別功労賞などをご受賞になっておられます.
お通夜の席でご遺族から,70歳頃から約20年間はがんとの戦いだったとお聞きしました.私たち研究室の後輩には,「がん」という病名は一切明らかにされず,「同情では自分の体は良くならない.医師の協力の下,自分で直すのだ」という強い意志をもたれ,何度も病床から復帰されていたことをお聞きしました.お亡くなりになる直前まで家で机に向かう姿は,お孫さんたちの尊敬を集めていたようです.千葉先生は,いくつかの大学の寮歌や学歌(校歌)を口ずさみ,京都大学のボート部の歌である「琵琶湖周航の歌」,そして,アイルランドの子守歌,Too-ra-loo-ra-loo-ralをよく聞いておられたとお聞きしました.小さい頃にお父上を亡くされ,お母様のもとで育てられたということですので,ご母堂への思いがこの歌に詰まっているのかもしれません.最近,筆者の研究で,「食品に含まれる低分子化合物の解糖系酵素への作用の可能性」が考えられることがあり,千葉先生のお導きかと考えております.門下生を代表して,先生からいただきました数多くのご指導,ご厚情に感謝申し上げますとともに,これらの歌に送られて旅立たれた千葉先生のご冥福をお祈りいたします.