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鉄代謝のキープレイヤー・フェリチンの鉄給源としての可能性についてフェリチン鉄は「第三」の栄養鉄形態か?

Taro Masuda

増田 太郎

京都大学大学院農学研究科

Hiroshi Kawabata

川端

金沢医科大学大学院医学研究科

京都大学大学院医学研究科

Published: 2017-07-20

鉄はほぼすべての生物の生育に必須である反面,過剰に存在した場合,酸素との反応により活性酸素種の発生を惹起し,生体にとって大きな害となる.この両刃の剣とも言える鉄を御するため,生命は精緻な鉄の代謝制御系を発達させた.ヒトにおける鉄の吸収と利用,排出に関する分子細胞生物学的な研究は,1980年代半ばから1990年代にかけてトランスフェリン受容体(transferrin receptor 1; TfR1)遺伝子のクローニングなどを契機に黎明期を迎え,小腸における非ヘム鉄の吸収に主体的な役割をもつ輸送体divalent metal transporter 1(DMT1)(1)1) H. Gunshin, B. Mackenzie, U. V. Berger, Y. Gunshin, M. F. Romero, W. F. Boron, S. Nussberger, J. L. Gollan & M. A. Hediger: Nature, 388, 482 (1997).が見いだされた1997年以降,続々と鉄代謝関連分子の同定と機能解析がなされる勃興期となっている.鉄の過剰と欠乏,代謝異常は多くの疾病の原因となる.なかでも,鉄欠乏とそれに伴う鉄欠乏性貧血の罹患者数は,女性と乳幼児を中心に全世界で10億人以上に上り,最も深刻な食糧栄養学的問題となっている(2)2) M. B. Zimmermann & R. F. Hurrell: Lancet, 370, 511 (2007)..本稿では,鉄代謝の古典的キープレーヤーであるフェリチンについて,食品由来の安全な鉄給源としての可能性について考えたい.

フェリチンは原核生物から高等植物,脊椎動物に至るほぼすべての生物種に存在する鉄貯蔵タンパク質で,生体・細胞において,有害なFe2+イオンの無毒化と隔離に寄与する.フェリチンの単量体サブユニットは,脊椎動物の場合約20 kDa,細菌では約19 kDa,高等植物では約26 kDaで,24個のサブユニットからなる球状の多量体を形成する(図1図1■植物フェリチンの立体構造と小腸における鉄の吸収機構).フェリチン多量体は,内部の空洞に数千個に及ぶFe3+を水酸基やリン酸基を含む無毒な重合体(ferrihydrite)からなるナノ粒子として貯蔵するという類い希な機能をもつ.このフェリチン多量体は,サブユニット間で多数の水素結合,静電的・疎水的相互作用を形成しており,高い構造安定性を有している.ヒトのフェリチンは,主として細胞質に存在し,構成サブユニットとしてH鎖とL鎖がある.H鎖は第一鉄酸化部位(ferroxidase site,以下Fox site)を有しており,Fe2+をFe3+に酸化し鉄を多量体内に取り込む反応に必須である.一方,L鎖はFox siteをもたず,フェリチン内部における安定な鉄の保持に寄与する.哺乳類において,H鎖とL鎖は,細胞・組織によってさまざまな比率で組み合わさり,ヘテロ多量体を形成する(3)3) P. M. Harrison & P. Arosio: Biochim. Biophys. Acta, 1275, 161 (1996)..ヒトにおけるフェリチンの一生について,これまでに多くのことがわかってきた.すなわち,生合成時には細胞・生体の鉄ステータスを感知するiron responsive element(IRE)/iron regulatory protein(IRP)システムを介した転写後調節を受け(3)3) P. M. Harrison & P. Arosio: Biochim. Biophys. Acta, 1275, 161 (1996).,多量体への鉄集積には「鉄シャペロン」と呼ばれるタンパク質分子の支援を受ける(4)4) H. Shi, K. Z. Bencze, T. L. Stemmler & C. C. Philpott: Science, 320, 1207 (2008)..生体内の鉄ステータスが欠乏状態となった場合,あるいは細胞内での鉄需要が高まった場合には,フェリチン多量体がオートファジーによる分解を受けることで内部に蓄えられた鉄が放出される.オートファジーによるフェリチンの認識と分解には特異的cargo受容体であるNCOA4が主体的な役割を担っており,この過程は特にferritinophagyと呼ばれている(5)5) J. D. Mancias, X. Wang, S. P. Gygi, J. W. Harper & A. C. Kimmelman: Nature, 509, 105 (2014)..Ferritinophagy後のリソソーム内におけるFe3+からFe2+への還元,リソソームからのFe2+の排出にかかわる因子については,現在研究が進められている.

図1■植物フェリチンの立体構造と小腸における鉄の吸収機構

(左)フェリチンは,相同な24個のサブユニットからなる球状の多量体を形成する.多量体の外径は約120 Åで,内径約80 Åの空洞を備えている.(右)小腸上皮細胞における,鉄の吸収機構.Ft: ferritin, Dcytb: duodenal cytochrome b, DMT: divalent metal transporter, HCP: heme carrier protein, HO: heme oxygenase, HEPH: hephaestin, CP: ceruloplasmin, FPN: ferroportin, Tf: transferrin. 無機鉄,ヘム鉄,フェリチン鉄の小腸における吸収経路.ヘム鉄,フェリチン鉄は,未同定の受容体によるエンドサイトーシス,あるいはピノサイトーシスにより,小腸上皮細胞より取り込まれると考えられる.小腸において形成されたフェリチンの運命は詳らかではないが,細胞の新陳代謝とともに脱落するほか,ferritinophagyによる分解を受け,内部の鉄が利用される可能性も考えられる.

脊椎動物の場合とは対照的に,高等植物のフェリチンは,多くの場合葉緑体などのプラスチドに局在する.高等植物のフェリチンは,N-末端部に約30アミノ酸残基からなるエクステンション領域を有し,機能的には脊椎動物のH鎖とL鎖両方の特徴を併せもったハイブリッド型である.高等植物の鉄貯蔵に対するフェリチンの寄与は,植物種,組織,器官によっても大きく異なる.たとえば,主要作物のなかで,米,小麦など穀類種子の鉄分に対するフェリチンの寄与は些少であるが,大豆などマメ科植物の種子においては,鉄分の大半がフェリチンに含まれる(6)6) G. Zhao: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 815 (2010)..大豆をはじめとするマメ科種子は,植物性の食品のなかで非常に鉄含有量が高い.そして,その主体であるフェリチン鉄は,安定性の高いタンパク質外殻に覆われており,消化管においてフィチン酸など鉄分の吸収を妨げる低分子化合物との接触が軽減される可能性があるため,食事由来の有効な鉄の供給源として注目されている.

人体は積極的な鉄の排出機構を備えていないため,小腸における鉄の吸収調節が体内の鉄ステータスを維持するうえで極めて重要である(7)7) 篠田粧子:化学と生物,52, 7 (2014).生体内に存在する鉄の多くが体内でリサイクルされるが,細胞の剥離などで日常的に失われる1 mg程度を日々の食品より吸収する必要がある.非ヘム鉄は多くの場合,Fe3+として食品中に存在しており,duodenum cytochrome b(Dcytb)によってFe2+に還元され,DMT1により小腸上皮細胞の管腔側より吸収される(図1図1■植物フェリチンの立体構造と小腸における鉄の吸収機構).ここで,食品に含まれるフェリチンの運命について考えたい.筆者らの検討によると,ダイズ乾燥種子のフェリチンは多量体あたり約2,500の鉄原子を含有していた.まず,フェリチンの頑強なタンパク質殻は調理・加工過程でその構造を保ちうるのだろうか? ダイズ種子より,煮沸を伴う通常の加工過程を経て豆腐を調製した場合,大半のフェリチンがその多量体構造を保持し,内部に鉄を含んでいた.また,市販のダイズ加工食品(豆腐,薄揚げ,厚揚げなど)にも,鉄を蓄えた多量体フェリチンの存在が認められた(8)8) T. Masuda: J. Agric. Food Chem., 63, 8890 (2015)..疑似消化液を用いた検討では,植物型フェリチンがその多量体構造を維持したまま,腸管に達する可能性が示されている(9)9) C. Lv, G. Zhao & B. Lönnerdal: J. Nutr. Biochem., 26, 532 (2015)..フェリチン多量体は,高い熱安定性をもって知られるが,植物由来のフェリチンはその特有なN-末端ドメインによりさらに構造の安定性を増していることから(10)10) T. Masuda, F. Goto, T. Yoshihara & B. Mikami: J. Biol. Chem., 285, 4049 (2010).,調理,消化といった過酷な条件下でも構造を維持しうると考えられる.フェリチン鉄の消化吸収性に関しては,当初否定的な研究結果が示されたが,実験手法が確立された昨今は,むしろ鉄剤として用いられる硫酸第一鉄などの無機鉄と同等の吸収利用率が報告されている(11, 12)11) E. C. Theil, H. Chen, C. Miranda, H. Janser, B. Elsenhans, M. T. Nunez, F. Pizarro & K. Schumann: J. Nutr., 142, 478 (2012).12) B. Lonnerdal, A. Bryant, X. F. Liu & E. C. Theil: Am. J. Clin. Nutr., 83, 103 (2006)..さらに,腸管におけるフェリチン鉄の吸収に関し,caco-2培養細胞によるモデル系を用いた研究では,未変性のフェリチン多量体を受容体を介したエンドサイトシスによって直接細胞内に取り込む系の存在も指摘されている(13, 14)13) S. Kalgaonkar & B. Lonnerdal: J. Nutr. Biochem., 20, 304 (2009).14) C. D. San Martin, C. Garri, F. Pizarro, T. Walter, E. C. Theil & M. T. Nunez: J. Nutr., 138, 659 (2008)..血液細胞では,TfR1がフェリチン多量体を細胞内に取り込む受容体として機能することが報告されており(15, 16)15) L. Li, C. J. Fang, J. C. Ryan, E. C. Niemi, J. A. Lebron, P. J. Bjorkman, H. Arase, F. M. Torti, S. V. Torti, M. C. Nakamura et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3505 (2010).16) S. Sakamoto, H. Kawabata, T. Masuda, T. Uchiyama, C. Mizumoto, K. Ohmori, H. P. Koeffler, N. Kadowaki & A. Takaori-Kondo: PLoS ONE, 10, e0139915 (2015).,腸管においてもフェリチンの直接的な吸収に,未知の特異的受容体が関与するのかもしれない.

一方,フェリチン内のferrihydriteミネラル核を模した合成ナノ粒子(nano Fe(III))の消化吸収性と,鉄剤としての利用可能性についても最近活発に検討されている.Nano Fe(III)も貧血モデルマウスを用いた実験により,代表的な鉄剤である硫酸第一鉄と同等の消化吸収率を示し,フェリチン鉄と同様,腸管への吸収時にDcytbによる還元を必要とせず,一般的な非ヘム鉄の吸収経路であるDMT1とは別の経路で,エンドサイトシスを経て吸収されることが示されている(17, 18)17) G. O. Latunde-Dada, D. I. Pereira, B. Tempest, H. Ilyas, A. C. Flynn, M. F. Aslam, R. J. Simpson & J. J. Powell: J. Nutr., 144, 1896 (2014).18) J. J. Powell, S. F. Bruggraber, N. Faria, L. K. Poots, N. Hondow, T. J. Pennycook, G. O. Latunde-Dada, R. J. Simpson, A. P. Brown & D. I. Pereira: Nanomedicine (Lond.), 10, 1529 (2014)..以上の点から,フェリチン鉄,nano Fe(III)とも,①Fe3+の状態でありながら,小腸上皮細胞による吸収の際にFe2+への還元を必要としない.したがって,食品中に含まれる通常のFe3+よりも良好な吸収率を示し,②鉄剤として服用した場合,反応性が低いことから,硫酸第一鉄で見られる吐き気や腹痛,下痢といった副作用のリスクが軽減される(17)17) G. O. Latunde-Dada, D. I. Pereira, B. Tempest, H. Ilyas, A. C. Flynn, M. F. Aslam, R. J. Simpson & J. J. Powell: J. Nutr., 144, 1896 (2014).,といった利点が考えられる.

近年,怒濤の勢いで鉄代謝関連分子が同定され,人体における特に無機鉄の吸収利用の分子機構についてその輪郭が浮かび上がりつつある.しかし,小腸におけるヘム鉄の吸収利用に直接かかわる輸送体として同定されたヘムキャリアプロテイン(HCP)が,主として葉酸輸送体として機能する事実が明らかになったことから(19)19) A. Qiu, M. Jansen, A. Sakaris, S. H. Min, S. Chattopadhyay, E. Tsai, C. Sandoval, R. Zhao, M. H. Akabas & I. D. Goldman: Cell, 127, 917 (2006).,ヘム鉄の利用に関する分子機序はいまだ混沌としており,教科書的には優れた鉄供給源と記されているヘム鉄の吸収に関する分子機構について実験的な再評価が必要であると考えられる.フェリチン内包鉄は,植物由来の食品において可食部分における鉄成分の主要な部分を占める場合がある.また,外来フェリチン遺伝子の過剰発現により,作物の鉄含有量を増強する試みがなされており,可食部分におけるフェリチンの蓄積と鉄含有量の増大が認められている(20, 21)20) F. Goto, T. Yoshihara, N. Shigemoto, S. Toki & F. Takaiwa: Nat. Biotechnol., 17, 282 (1999).21) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012)..近年,このフェリチン内包鉄を,無機鉄,ヘム鉄に続く,食品栄養学的な見地から第三の鉄形態として考える動きがあるが,広く認知されるためには,食品中のフェリチンの動態,小腸における吸収メカニズムなどに関するさらなる研究が期待される.

Reference

1) H. Gunshin, B. Mackenzie, U. V. Berger, Y. Gunshin, M. F. Romero, W. F. Boron, S. Nussberger, J. L. Gollan & M. A. Hediger: Nature, 388, 482 (1997).

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8) T. Masuda: J. Agric. Food Chem., 63, 8890 (2015).

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10) T. Masuda, F. Goto, T. Yoshihara & B. Mikami: J. Biol. Chem., 285, 4049 (2010).

11) E. C. Theil, H. Chen, C. Miranda, H. Janser, B. Elsenhans, M. T. Nunez, F. Pizarro & K. Schumann: J. Nutr., 142, 478 (2012).

12) B. Lonnerdal, A. Bryant, X. F. Liu & E. C. Theil: Am. J. Clin. Nutr., 83, 103 (2006).

13) S. Kalgaonkar & B. Lonnerdal: J. Nutr. Biochem., 20, 304 (2009).

14) C. D. San Martin, C. Garri, F. Pizarro, T. Walter, E. C. Theil & M. T. Nunez: J. Nutr., 138, 659 (2008).

15) L. Li, C. J. Fang, J. C. Ryan, E. C. Niemi, J. A. Lebron, P. J. Bjorkman, H. Arase, F. M. Torti, S. V. Torti, M. C. Nakamura et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3505 (2010).

16) S. Sakamoto, H. Kawabata, T. Masuda, T. Uchiyama, C. Mizumoto, K. Ohmori, H. P. Koeffler, N. Kadowaki & A. Takaori-Kondo: PLoS ONE, 10, e0139915 (2015).

17) G. O. Latunde-Dada, D. I. Pereira, B. Tempest, H. Ilyas, A. C. Flynn, M. F. Aslam, R. J. Simpson & J. J. Powell: J. Nutr., 144, 1896 (2014).

18) J. J. Powell, S. F. Bruggraber, N. Faria, L. K. Poots, N. Hondow, T. J. Pennycook, G. O. Latunde-Dada, R. J. Simpson, A. P. Brown & D. I. Pereira: Nanomedicine (Lond.), 10, 1529 (2014).

19) A. Qiu, M. Jansen, A. Sakaris, S. H. Min, S. Chattopadhyay, E. Tsai, C. Sandoval, R. Zhao, M. H. Akabas & I. D. Goldman: Cell, 127, 917 (2006).

20) F. Goto, T. Yoshihara, N. Shigemoto, S. Toki & F. Takaiwa: Nat. Biotechnol., 17, 282 (1999).

21) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012).