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ヒノキ花粉症発症に関する新知見ヒノキ花粉主要アレルゲンCha o 3の同定とその特徴

Toshihiro Osada

長田 年弘

大鵬薬品工業株式会社第二研究所,久留米大学先端癌治療研究センター

Published: 2017-07-20

ヒノキ花粉症は,スギ花粉症とならび日本において注目すべき重要な樹木花粉症である.スギ花粉飛散期ピークである2月から4月に続いて,3月から5月頭にかけて大量のヒノキ花粉が飛散する.ヒノキは特に西日本において広く植林されており,スギ花粉同様に年々ヒノキ花粉飛散量も増加している.地域によってはヒノキ花粉飛散量がスギ花粉飛散量を超えるケースも報告されてきている.したがって今後ヒノキ花粉症はスギ花粉症同様,患者が増加し社会問題化するリスクをはらんでおり,その病態と発症機序に関する研究は不可欠である.

スギとヒノキは密接な関係にある.分類学上,スギとヒノキはいずれも同じヒノキ科に属する樹木であり,花粉症発症の主な原因である両者のアレルゲンはとてもよく似ていることが知られている(1)1) G. Di Felice, B. Barletta, R. Tinghino & C. Pini: Int. Arch. Allergy Immunol., 125, 280 (2001)..具体的には,スギ花粉の主要アレルゲンとしてCry j 1とCry j 2が,ヒノキ花粉ではCha o 1とCha o 2がそれぞれ同定されており,Cry j 1とCha o 1のアミノ酸配列の相同性は80%,Cry j 2とCha o 2では74%の相同性がある(図1図1■スギ・ヒノキ花粉主要アレルゲンとCha o 3の関係).これら両者の花粉アレルゲンの高い相同性を裏づけるように,Cry j 1とCha o 1, Cry j 2とCha o 2には共通抗原性が報告されている.たとえば,Cry j 1特異的に反応するT細胞や,1型アレルギー反応を惹起するCry j 1特異的IgEは,ヒノキ花粉のCha o 1にも反応してしまう,ということである.これらの共通抗原性により,スギ花粉症患者の多くでスギ花粉だけでなくヒノキ花粉にも感作されていることが知られているほか,スギ花粉症患者の約70%がヒノキ花粉によっても症状が誘発されるとの報告もある.したがって,スギ花粉症患者の多くは結果としてスギ花粉飛散期だけでなくヒノキ花粉飛散終了までの1月から5月の長期間にわたり,鼻症状や眼症状をはじめとしたアレルギー症状に苦しめられてしまう.

図1■スギ・ヒノキ花粉主要アレルゲンとCha o 3の関係

スギ花粉の標準化アレルゲンエキスを用いたアレルゲン免疫療法(ASIT)は,その共通抗原性によりスギ・ヒノキ花粉主要アレルゲン両者への免疫応答を制御しうる.しかし,Cha o 3への免疫応答制御は不十分であり,ヒノキ花粉飛散により症状が誘発される可能性がある.

スギ・ヒノキ花粉症の治療には薬物療法による対症療法に加えて,アレルゲン免疫療法(ASIT)が有用である.その作用機序は諸説あるが,簡単に言えばアレルゲンに体を慣れさせることで,アレルゲンに対する過剰な免疫応答を変化させ根治までが期待できる治療法である(2)2) 永田 真:アレルギー,64, 781(2015)..日本ではスギ花粉標準化アレルゲンエキスを皮下に投与する皮下免疫療法が可能であるほか,近年では舌下にスギ花粉標準化アレルゲンエキスを滴下投与することで治療効果が発揮される舌下免疫療法薬も薬事承認された.先に述べたスギ花粉とヒノキ花粉アレルゲンの共通抗原性を鑑みれば,スギ花粉エキスを用いたASIT実施によりスギ・ヒノキ花粉症の両者を治療できるものと推察できよう.事実,スギ花粉エキスASITによりCry j 1やCry j 2だけでなく,Cha o 1およびCha o 2特異的2型ヘルパーT細胞(Th2)応答も抑制される.しかしながら,岡野らの報告(3)3) M. Okano, T. Fujiwara, H. Takaya, S. Makihara, T. Haruna & K. Nishizaki: Clin. Exp. Allergy Rev., 12, 1 (2012).によると,スギ花粉ASITによる治療効果はヒノキ花粉飛散期に減弱すると言われている.原因はいくつか考えられるが,筆者らは一つの仮説としてヒノキ花粉に特有の未知アレルゲンが存在し,スギ花粉エキスASITではヒノキ花粉に対するTh2応答を完全に抑制しきれない可能性について考え,新規アレルゲン探索を実施した.

まず筆者らは新規アレルゲン探索に先立ち,ヒノキ花粉抽出液から既知アレルゲンCha o 1を得るに近い条件にて粗精製を実施していたところ偶然,SDS-PAGE後のゲル染色にて,Cha o 1とは異なる分子量に無視できない大量のタンパク質の存在を発見した.その分子量からおそらく,未報告のメジャータンパク質(後にCha o 3と命名)ではないかと考え,アレルゲン活性有無を評価した.その結果,Cha o 3はCha o 1やCha o 2と同等以上のT細胞活性化能をもち,好塩基球活性化を惹起した.さらにスギ・ヒノキ花粉症患者血漿中Cha o 3特異的IgE抗体価を評価した結果,Cha o 3特異的IgE陽性率はCha o 1特異的IgE陽性率とほぼ同等の高い陽性率(約90%)であったため,Cha o 3はヒノキ花粉アレルゲンであると断定した.興味深いことに,Cha o 1またはCha o 3特異的IgE抗体価とヒノキImmunoCAP検査値(臨床における特異的IgEを指標としたアレルギー検査)の相関関係を調べたところ,既知主要ヒノキ花粉アレルゲンCha o 1よりも,Cha o 3特異的IgE抗体価のほうがより強くヒノキImmunoCAP検査値と正の相関関係にあることが示された(4)4) T. Osada, T. Harada, N. Asaka, T. Haruma, K. Kino, E. Sasaki, M. Okano, A. Yamada & T. Utsugi: J. Allergy Clin. Immunol., 138, 911 (2016)..これまでヒノキImmunoCAP臨床検査結果はCha o 1やCha o 2特異的IgE抗体価を反映していると考えられていたが,われわれの知見によれば,少なくともCha o 1よりもCha o 3特異的IgEがより強く検査結果に反映されていたことが示唆される.以上の知見より,Cha o 3はCha o 1やCha o 2に並び,新規なヒノキ花粉主要アレルゲンであると考えられた.近年,アレルギー原因物質粗抽出液を用いた臨床検査方法に対し,Component-resolved diagnosis(CRD),すなわち各々個別のアレルゲン特異的IgEをより詳細に測定することによりアレルギー疾患診断の精度を向上させる試みが実用化されてきている.新たなヒノキ花粉アレルゲンコンポーネントであるCha o 3の発見は,新たなヒノキ花粉症における臨床検査法の開発につながる可能性があると考えられる.

次に,Cha o 3が先述の「スギ花粉ASITによる治療効果がヒノキ花粉飛散期に減弱する」原因かどうかを精査する目的で,スギ花粉症患者末梢血単核球(PBMC)をアレルゲンにて刺激した際に誘導されるTh2応答について,2年以上スギ花粉エキスを用いた皮下ASIT施行患者,もしくは未施行患者で比較検討した.その結果,前述のとおりスギ花粉ASIT施行患者においては未施行患者に比べ,Cha o 1特異的Th2応答は90%以上抑制されていたのに対し,Cha o 3特異的Th2応答は約70%の抑制にとどまっていた.これは,スギ花粉ASITだけではCha o 3特異的Th2応答抑制効果が弱く,結果としてヒノキ花粉飛散期に症状が惹起される可能性が考えられた.したがって,スギ・ヒノキ花粉症を総合的に治療するためには,スギだけでなくヒノキ花粉エキスや,Cha o 3を用いた新規ASIT法を開発し,これらに対する強い免疫抑制環境を誘導するアプローチが有用であると考えられる.さらに少し視点を変えてTh2応答抑制があったことから考察すると,恐らくスギ花粉中にCha o 3に対応する相同アレルゲンの存在が示唆される.加えてTh2応答抑制が部分的であった事実から,そのスギ花粉中Cha o 3相同アレルゲンは相同性が低いか,もしくは量が少ないかもしれない.今後,Cha o 3ファミリーアレルゲン研究を発展させることで,スギ,ヒノキ,ひいてはヒノキ科花粉症のより詳細な病態解明につながることが期待される.

Reference

1) G. Di Felice, B. Barletta, R. Tinghino & C. Pini: Int. Arch. Allergy Immunol., 125, 280 (2001).

2) 永田 真:アレルギー,64, 781(2015).

3) M. Okano, T. Fujiwara, H. Takaya, S. Makihara, T. Haruna & K. Nishizaki: Clin. Exp. Allergy Rev., 12, 1 (2012).

4) T. Osada, T. Harada, N. Asaka, T. Haruma, K. Kino, E. Sasaki, M. Okano, A. Yamada & T. Utsugi: J. Allergy Clin. Immunol., 138, 911 (2016).