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ザゼンソウの恒温性を支配する負の活性化エネルギー化学平衡の移動による体温調節の原理が明らかとなる

Yui Umekawa

梅川

岩手大学農学部特任研究員

Kikukatsu Ito

伊藤 菊一

岩手大学農学部応用生物化学科・附属寒冷バイオフロンティア研究センター

Published: 2017-07-20

温度は生命現象に影響を与える大きな要因の一つである.温度の影響を回避するため,哺乳類および鳥類を含む動物は,恒温性と呼ばれる自律性体温調節システムを介し,外気温から独立した体温を維持している(1, 2)1) R. R. J. Chaffee & J. C. Roberts: Annu. Rev. Physiol., 33, 155 (1971).2) S. F. Morrison & K. Nakamura: Front. Biosci., 16, 74 (2011)..動物における恒温性は,神経系を介した複雑なメカニズムにより達成されているが,興味深いことに,開花期特異的な熱産生を行うある種の植物においてもこのような恒温性が観察される.たとえば,早春の寒冷環境下で開花するザゼンソウ(座禅草,学名Symplocarpus renifolius)は,氷点下を含む外気温の変動においても,肉穂花序と呼称される花器の温度を23°C内外に維持できる恒温性を有している(3)3) R. S. Seymour, Y. Ito, Y. Onda & K. Ito: Biol. Lett., 5, 568 (2009)..ザゼンソウにおいて観察される恒温性は,肉穂花序の温度と逆相関を示す可逆的な呼吸調節により達成される.本植物の呼吸調節が観察される温度域(15~30°C)においては,発熱器官である肉穂花序の温度が低下すると呼吸速度が増大し,逆に,当該器官の温度が上昇すると,その呼吸速度は低下する(4)4) R. S. Seymour, G. Lindshau & K. Ito: Planta, 231, 1291 (2010)..一方,肉穂花序温度が15°C未満の温度域では,肉穂花序の温度が低下すると呼吸速度も減少し,その恒温性は失われることが明らかとなっている.神経系をもたない植物における恒温性は,動物とは異なる制御メカニズムを有していると考えられるが,その詳細は長い間不明のままであった.本稿においては,最近われわれが明らかにした本植物の恒温性を支配するメカニズムについて紹介したい.

ザゼンソウの肉穂花序で観察される発熱は,炭水化物を基質とする呼吸反応の亢進により生じた代謝熱によるものである.呼吸を含む酸化反応は,通常は温度の上昇とともにその反応速度が増大するが,上述したように,ザゼンソウ肉穂花序においては,温度変化と逆相関を示す呼吸調節メカニズムが存在する.われわれはこの問題に対し,「肉穂花序における呼吸反応にかかわる活性化エネルギー(Eo)が,温度変化によって特異的に変動することにより本植物の恒温性が達成される」との仮説に基づき,一連の実験と熱力学的解析を行った.具体的には,フィールドにおいて発熱している肉穂花序の温度を5から30°Cの種々の温度に人為的に固定し,それぞれの温度における呼吸速度を測定した.さらに,得られたデータに対し,Eoと温度との関連性を明らかにできる修正アレニウスモデル(5)5) J. Kruse, H. Rennenberg & M. A. Adams: New Phytol., 189, 659 (2011).を適用した.その結果,ザゼンソウ肉穂花序における呼吸反応にかかわるEo値の算出に成功するとともに,得られたEo値が温度に対して動的に変動し,本植物の恒温性が観察される呼吸調節範囲においては,負の値を示すことを突き止めた(6)6) Y. Umekawa, R. S. Seymour & K. Ito: Sci. Rep., 6, 24830 (2016)..生物分野においては,負の活性化エネルギーという概念はあまり馴染みのないものであるが,化学分野においては,負の活性化エネルギーは温度上昇が化学反応速度の低下を引き起こす反応において観察されることが知られており,この現象には前駆平衡と呼ばれる特異な化学平衡が関与していることが報告されている(7)7) U. Maharaj & M. A. Winnik: J. Am. Chem. Soc., 103, 2328 (1981)..これらの知見は,負の活性化エネルギーが観察されたザゼンソウ肉穂花序においても,前駆平衡反応に基づいた呼吸調節が行われていることを示唆している.

前駆平衡反応は,反応の速い可逆的反応と,その後の不可逆的反応から構成される(図1A図1■ザゼンソウの恒温性にかかわる化学平衡).すなわち,発熱反応および吸熱反応から構成される可逆的な反応が不安定な中間体を形成し,その後の中間体を基質とした不可逆的な反応が全体の反応速度を決定する.このような前駆平衡反応においては,3つの活性化エネルギーが関与している.すなわち,それぞれEaおよびEa′で示される可逆的反応における発熱反応および吸熱反応に関する活性化エネルギーと,Ea″で示される不可逆的反応における発熱反応の活性化エネルギーである(図1B図1■ザゼンソウの恒温性にかかわる化学平衡).ここで,全体の活性化エネルギーであるEoは,温度により個別に変化するEa, Ea′,およびEa″の相対的な大きさによって以下のように決定される.

ここに示す前駆平衡反応において,Eoが正の値を示す場合(EaEa″>Ea′),反応系の温度が上昇すると,個別の活性化エネルギーの値が小さくなることでEo値も低下し,全体の反応速度は上昇する.やがて温度上昇によりEo値がゼロになると,反応の障壁となる全体の活性化エネルギーが最小となることから,反応速度が最大となる.一方,反応系の温度がさらに上昇すると,Eoが負の値を示し(EaEa″<Ea′),吸熱反応の影響が大きくなり,化学平衡が左に移動し,全体の反応速度は低下する.先述のとおり,ザゼンソウ肉穂花序における呼吸は炭水化物を基質としていることから,本植物の熱制御にかかわる呼吸反応は脱水素酵素を介した可逆的反応と,それにより生じる電子を用いたミトコンドリア末端呼吸酵素(AOX:シアン耐性呼吸酵素,および,COX:チトクロームcオキシダーゼ)を介した不可逆的な酸化反応が前駆平衡を構成していると考えられる.

図1■ザゼンソウの恒温性にかかわる化学平衡

(A)前駆平衡反応.炭水化物をRH2と表記している.(B)全体の活性化エネルギー(Eo)と温度との関係.ザゼンソウの温度調節域(15~30°C)において,Eoは負の値を示す.

さらに,われわれは,負の活性化エネルギーが生じる実験系をin vitroにおいて再構成することを目的に,ザゼンソウ発熱組織から単離したミトコンドリアを用いた呼吸解析を行った.その結果,前駆平衡に基づく呼吸反応を再構成した場合においてのみ,負の活性化エネルギーが特異的に観察されることが判明した(6)6) Y. Umekawa, R. S. Seymour & K. Ito: Sci. Rep., 6, 24830 (2016)..また,in vitroにおける再構成系における前駆平衡の形成には,ミトコンドリアのマトリクス内でNADPH産生にかかわるイソクエン酸デヒドロゲナーゼによる吸熱反応が重要であることが示された.さらに,AOXおよびCOXを介したそれぞれの呼吸経路の温度感受性を解析したところ,肉穂花序のターゲット温度である23°Cにおいては,AOX経路がより高い温度感受性を示すことが判明した.ATP合成に関与しないAOXを介した酸素消費は熱散逸的に働くことから,熱産生への関与が指摘されているが(8)8) A. L. Moore, T. Shiba, L. Young, S. Harada, K. Kita & K. Ito: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 637 (2013).,AOXが触媒する呼吸はザゼンソウの恒温性においても重要な機能を有していることが考えられる.

以上のように,ザゼンソウの恒温性においては,発熱反応のみならず吸熱反応を含む化学平衡が重要な役割を担っている.従来の植物の熱制御にかかわる研究は,発熱反応と温度との関係の解明に主眼を置くものであったが,今回,ザゼンソウの恒温性メカニズムにおける吸熱反応の重要性が明らかとなったことは,従来にはない新しい視点である.また,温度変化は化学平衡の平衡点のシフトを引き起こすことから,本メカニズムは,植物の熱制御のみならず,より広範囲の生命現象において温度センシングメカニズムとしても機能している可能性が考えられる.

ザゼンソウ肉穂花序で観察される恒温性は,Zazen attractorで特徴づけられる決定論的現象である(9)9) T. Ito & K. Ito: Phys. Rev. E Stat. Nonlin. Soft Matter Phys., 72, 051909 (2005)..今回明らかとなった負の活性化エネルギーがZazen attractorを生み出すメカニズムにいかにかかわっているかという点も,今後の興味ある問題である.

Reference

1) R. R. J. Chaffee & J. C. Roberts: Annu. Rev. Physiol., 33, 155 (1971).

2) S. F. Morrison & K. Nakamura: Front. Biosci., 16, 74 (2011).

3) R. S. Seymour, Y. Ito, Y. Onda & K. Ito: Biol. Lett., 5, 568 (2009).

4) R. S. Seymour, G. Lindshau & K. Ito: Planta, 231, 1291 (2010).

5) J. Kruse, H. Rennenberg & M. A. Adams: New Phytol., 189, 659 (2011).

6) Y. Umekawa, R. S. Seymour & K. Ito: Sci. Rep., 6, 24830 (2016).

7) U. Maharaj & M. A. Winnik: J. Am. Chem. Soc., 103, 2328 (1981).

8) A. L. Moore, T. Shiba, L. Young, S. Harada, K. Kita & K. Ito: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 637 (2013).

9) T. Ito & K. Ito: Phys. Rev. E Stat. Nonlin. Soft Matter Phys., 72, 051909 (2005).