Kagaku to Seibutsu 55(8): 523-525 (2017)
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スピノシンAの全合成新たなスピノシン系殺虫剤の創製に向けて
Published: 2017-07-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
スピノシンA(図1図1■スピノシンAおよびDの構造)は放線菌の一種であるSaccharopolyspora spinosaより単離・構造決定された化合物である(1)1) H. A. Kirst, K. H. Michel, J. S. Mynderase, E. H. Chio, R. C. Yao, W. M. Nakasukasa, L. D. Boeck, J. L. Occlowitz, J. W. Paschal, J. B. Deeter et al.: Synthesis and Chemistry of Agrochemicals III, 20, 214 (1992)..その生物活性として昆虫の神経伝達系におけるニコチン性アセチルコリン受容体およびGABA受容体に作用することが知られており,昆虫を異常興奮状態に陥れ,死に至らしめる効果をもつ(2)2) T. C. Sparks, G. D. Crouse & G. Durst: Pest Manag. Sci., 57, 896 (2001)..一方,ヒトへの毒性は低く,かつ光によって分解を受ける特性がある(3)3) Ó. López, J. G. Fernández-Bolaños & M. V. Gil: Green Chem., 7, 431 (2005)..このことから,スピノシンAおよび類縁化合物であるスピノシンDの混合物は,マクロライド系殺虫剤「スピノサド」として本邦でも用いられている.しかしながら,近年になって交差耐性が確認され,次世代のスピノシン系殺虫剤の開発が期待されている(4)4) T. Su & M. L. Cheng: J. Med. Entomol., 51, 428 (2014)..
新規スピノシン系殺虫剤の開発のために,多様な類縁体の合成を可能にする柔軟かつ簡便な化学合成法の確立は有望な手段となる.これまでにスピノシンAは,3例の全合成(5~9)5) D. A. Evans & W. C. Black: J. Am. Chem. Soc., 115, 4497 (1993).6) L. A. Paquette, Z. Gao, Z. Ni & G. F. Smith: J. Am. Chem. Soc., 120, 2543 (1998).7) L. A. Paquette, I. Collado & M. Purdie: J. Am. Chem. Soc., 120, 2553 (1998).8) D. J. Mergott, S. A. Frank & W. R. Roush: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 11955 (2004).9) S. M. Winbush, J. D. Mergott & W. R. Roush: J. Org. Chem., 73, 1818 (2008).と1例の化学反応と酵素反応を組み合わせた合成(10)10) H. Kim, S.-H. Choi, B.-S. Jeon, N. Kim, R. Pongdee, Q. Wu & H.-W. Liu: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 13553 (2014).が報告されている.しかしながら,これまでの合成は工程数が長く簡便さに欠け,類縁体合成に不向きであった.スピノシンAは,三環性の炭素骨格(5–6–5縮環構造)に12員環マクロラクトン環が縮環した中心骨格をもち,2種の糖とそれぞれグリコシド結合でつながっている.合成においては,この中心骨格をいかに効率的に組み上げるかが鍵となる.今回Daiらは,Heck反応,カルボニル化反応,マクロラクトン化反応を一挙に行うタンデム反応を鍵反応として用いてこの中心骨格を効率的に構築し,これまでの合成に比べてより短工程かつ収束性の高いスピノシンAの全合成を達成したので紹介する(11)11) Y. Bai, X. Shen, Y. Li, & M. Dai: J. Am. Chem. Soc., 138, 10838 (2016)..
彼らはまず,単純な基質である1を用いて,タンデム反応を含む中心骨格の構築に関する初期検討を行った(図2図2■単純な基質を用いた中心骨格構築の初期検討).N-ヨードコハク酸イミド(NIS)存在下,一価の金触媒と銀触媒を作用させることで,プロパルギルエステルの転位とヨウ素化を行い,目的とするヨードエノン2を61%の収率で得ることに成功した(12)12) M. Yu, G. Zhang & L. Zhang: Org. Lett., 9, 2147 (2007)..つづいて鍵となるタンデム反応の検討を一酸化炭素雰囲気下,酢酸パラジウムを作用させることで行った.その結果,新たに5員環および12員環マクロラクトン環の形成を行うことに成功し,目的とする化合物3を58%の収率で得た.この反応は,まず反応系中にて還元され0価となったPd種に対し,炭素–ヨウ素結合が酸化的付加した後,近傍のオレフィンおよび一酸化炭素が順次挿入し,最後に分子内の水酸基と反応しラクトンを形成することで進行している.彼らはこの結果をもとにスピノシンAの全合成研究を開始した.
各々数段階にてジブロモアルケン4とアルデヒド6を合成した(図3図3■スピノシンAの合成).これらのユニットの連結には,Corey–Fuchsアルキン合成が用いられた.ジブロモアルケン4よりアセチリド5が生じ,アルデヒド6と反応することでプロパルギルアルコキシド7が生成する.その後,このアルコキシドイオンを無水酢酸で捕捉することで,プロパルギルエステル8を合成した.次にセレニドのセレノキシドへの酸化を経る脱離反応により末端オレフィンを形成し(8→9),プロパルギルエステルの転位反応を試みた.しかしながら,近傍にある末端オレフィンが反応へと関与し,初期検討では見られなかったシクロプロパン環の形成が進行してしまい(9→10),目的とするヨードエノン11はほとんど得られなかった.そこで末端オレフィン形成の前段階において,プロパルギルエステルの転位反応を行うこととした.
プロパルギルエステル8を基質として用いた膨大な検討の結果,同一反応系内で,プロパルギルエステルの転位反応に付随して,セレニドの酸化を経由する脱離反応と脱TBS化をも行う反応条件の確立に成功し,目的とするヨードエノン11を58%の収率で得た.この成功の鍵となったのは銀塩とNISの当量比である.銀塩の当量がNISよりも少ないと反応系が複雑化し,目的の転位成績体はほとんど得られないようである.つづくヨードエノン11を用いたタンデム反応は,酢酸パラジウム存在下,リガンドとして(2-furyl)3Pを,一酸化炭素を3気圧で作用させることにより進行し(11→12),スピノシンAの中心骨格の構築に成功した.
最後に,保護された2つの水酸基に対して,それぞれ脱保護およびグリコシル化を適用することで,糖ユニットの導入を行った.α-トリ-O-メチル-ラムノースの導入にはSchmidt法を用い(12→13),つづいてβ-D-ホロサミンの導入には,近年Yuらによって開発された手法(13)13) Y. Zhu & B. Yu: Chem. Eur. J., 21, 8771 (2015).を用いて行った.これにより,スピノシンAの合成に成功した.
今回Daiらは殺虫成分であるスピノシンAを,これまでの合成と比較し最も短工程にて全合成を達成した.短工程化を可能としたのは,鍵となるHeck反応,カルボニル化反応,そしてマクロラクトン化反応を一挙に行うタンデム反応の成功にほかならない.さらに本合成は,二環性のアルデヒドとジブロモアルケンの2つのユニットから僅か3工程にて中心骨格の構築を行い,その後2つの糖ユニットを選択的に導入するのみでスピノシンAへと至ることができ,収束性が非常に高い.つまりあらかじめ多様なユニットを合成しておけば,それらを組み合わせることで簡便に構造類縁体の創製を行えるだろう.本合成が,交差耐性の問題を解決する新規スピノシン系殺虫剤開発の基盤となることを期待する.
Reference
2) T. C. Sparks, G. D. Crouse & G. Durst: Pest Manag. Sci., 57, 896 (2001).
3) Ó. López, J. G. Fernández-Bolaños & M. V. Gil: Green Chem., 7, 431 (2005).
4) T. Su & M. L. Cheng: J. Med. Entomol., 51, 428 (2014).
5) D. A. Evans & W. C. Black: J. Am. Chem. Soc., 115, 4497 (1993).
6) L. A. Paquette, Z. Gao, Z. Ni & G. F. Smith: J. Am. Chem. Soc., 120, 2543 (1998).
7) L. A. Paquette, I. Collado & M. Purdie: J. Am. Chem. Soc., 120, 2553 (1998).
8) D. J. Mergott, S. A. Frank & W. R. Roush: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 11955 (2004).
9) S. M. Winbush, J. D. Mergott & W. R. Roush: J. Org. Chem., 73, 1818 (2008).
11) Y. Bai, X. Shen, Y. Li, & M. Dai: J. Am. Chem. Soc., 138, 10838 (2016).