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メチオニン代謝が鍵となる酵母の長寿の仕組み突然変異株取得のすすめ

Takafumi Ogawa

小川 貴史

広島大学大学院先端物質科学研究科,広島大学健康長寿拠点(HiHA)

Masaki Mizunuma

水沼 正樹

広島大学大学院先端物質科学研究科,広島大学健康長寿拠点(HiHA)

Published: 2017-07-20

老化・寿命制御機構の解明は,ヒトの老化を理解し,健康寿命(日常生活に制限のない期間)の延長を実現するうえで極めて重要な課題である.寿命メカニズムは,酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウス,サルなどのモデル生物を用いて解析され,基本的な仕組みには共通点が多いことが明らかにされてきた(1)1) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 1 (2008)..たとえば,カロリー制限(1)1) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 1 (2008).やメチオニン制限(2)2) N. Orentreich, J. R. Matias, A. Defelice & J. A. Zimmerman: J. Nutr., 123, 2 (1993).などの食餌制限は酵母からほ乳類に共通して寿命を延長する.モデル生物で保存された寿命制御経路として,TOR(Target of Rapamycin)複合体1経路やAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)経路が著名である(1)1) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 1 (2008)..TOR複合体1は,酵母からヒトにまで高度に保存されたプロテインキナーゼでアミノ酸などに応答してタンパク質合成などの同化作用を制御しており,免疫抑制剤ラパマイシンの標的因子としても知られている.実際,ラパマイシンを投与してTOR複合体1を阻害すると,酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウスの寿命が延長する.AMPKは酵母からヒトにまで高度に保存されたセリン・スレオニンキナーゼで,細胞内のエネルギー状態をモニターし,グルコース欠乏などで細胞内ATP量が不足すると,TOR複合体1を阻害し異化作用を促進する(1)1) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 1 (2008).

近年,α-ケトグルタル酸(3)3) R. M. Chin, X. Fu, M. Y. Pai, L. Vergnes, H. Hwang, G. Deng, S. Diep, B. Lomenick, V. S. Meli, G. C. Monsalve et al.: Nature, 510, 7505 (2014).や硫化水素(H2S)(4)4) C. Hine, E. Harputlugil, Y. Zhang, C. Ruckenstuhl, B. C. Lee, L. Brace, A. Longchamp, J. H. Trevino-Villarreal, P. Mejia, C. K. Ozaki et al.: Cell, 160, 1 (2015).などの代謝産物がTOR複合体1を阻害し寿命が延長したことから,代謝産物が関与する寿命制御機構が注目されている.さらに,S-アデノシルメチオニン(SAM)によるメチル基転移がかかわる寿命制御も報告された(5, 6)5) F. Obata & M. Miura: Nat. Commun., 6, 8332 (2015).6) M. Schosserer, N. Minois, T. B. Angerer, M. Amring, H. Dellago, E. Harreither, A. Calle-Perez, A. Pircher, M. P. Gerstl, S. Pfeifenberger et al.: Nat. Commun., 6, 6158 (2015)..SAMは,メチオニン代謝経路においてメチオニンとATPにより生合成され,メチル基供与体としてタンパク質,DNA,脂質などさまざまな生体分子のメチル化反応に利用される.SAMはメチル基を供与した後S-アデノシルホモシステイン(SAH)となる.SAHは,SAMのメチル化反応の競合阻害物質として働くため,速やかに分解される必要がある(図1A図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改変)).SAMやSAHそのものと寿命との関連は不明であった.本稿では,出芽酵母のメチオニン代謝が関与する寿命メカニズムついて最新の知見について紹介したい.

図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改変)

(A)メチオニン代謝経路.(B)新規寿命延長変異株SSG1-1は,sah1-1変異株の高温における増殖遅延を抑圧する優性変異株として取得され,寿命が延長した.(C) SSG1-1変異株はSAMの生合成の促進により,メチオニンとATPが消費され,既知の長寿遺伝子AMPK Snf1が活性化し長寿となる.青線:減少,赤線:増加/延長をそれぞれ意味する.詳細は本文参照.

単細胞真核生物の酵母はさまざまな生命現象の仕組みを明らかにする格好の材料として利用されているが,寿命研究にも大きく貢献している.出芽酵母には「複製寿命」と「経時寿命」という2つの寿命がある.複製寿命は,母細胞が一生の間に産生する娘細胞の数で,経時寿命は,栄養分を枯渇させたときに分裂しない細胞が生きたままでいる時間の長さで定義される(7)7) M. Kaeberlein: Nature, 464, 7288 (2010).

筆者らの研究室で取得した出芽酵母のS-アデノシルホモシステイン水解酵素SAH1に変異をもつsah1-1変異株は制限温度(36~37°C)で増殖遅延を示した(8)8) M. Mizunuma, K. Miyamura, D. Hirata, H. Yokoyama & T. Miyakawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16 (2004)..さらに,sah1-1変異株は経時寿命が顕著に短かったことから,sah1-1変異株の制限温度における増殖遅延の抑圧を指標に変異株を選抜すれば長寿変異株を取得できると予想した.期待どおり,長寿変異株の取得に成功しこの株をSSG1-1(spontaneous suppression of growth-delay in sah1-1)変異株と命名した(9)9) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fujii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 42 (2016).図1B図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改変)).SSG1-1変異株では,SAMおよびSAHの高蓄積が観察された.野生株においてSAM合成酵素(Sam1およびSam2,図1A図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改変))を過剰発現させたところ,コントロールと比較して約1.6倍の寿命延長効果が観察された.培地中にSAMを加え野生株にSAMを高蓄積させても寿命延長効果が観察されなかったことから,SAMを細胞内で過剰に生合成させることが寿命延長に重要であった.SSG1-1変異株では,SAM合成に関与するメチオニン代謝経路の遺伝子群やグルコース代謝に関与する遺伝子群も高発現しており,カロリー制限で誘導される遺伝子との重複も観察された.実際,カロリー制限(2%グルコースから0.5%グルコース濃度の培地にシフト)を行ったSSG1-1変異株の寿命は,カロリー制限した野生株の寿命と同程度となったことから,SSG1-1変異はカロリー制限を模倣することが示唆された.さらに,SSG1-1変異株はSAM合成が促進されているため,メチオニンとATPが消費され,酵母AMPKであるSnf1の高活性が観察された(図1C図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改変)).SAM合成酵素過剰発現株においてもSnf1が活性化され,SSG1-1変異株の寿命延長にはSnf1が重要であった.

興味深いことに,SAHを添加した野生株はSAHのみならずSAMの高蓄積と寿命延長が観察された.この作用は,SAHの毒性を回避するためにSAM合成を活性化させる未知のメカニズムが作動したことが予想され,これは弱いストレス(低濃度の有害物質)を作用させるとストレス耐性効果をもたらすことが知られる“ホルミシス”効果かもしれない.

SSG1-1変異の原因遺伝子はYHR032W遺伝子で,酵母DKD-5D-H株において高発現によりエチオニン(メチオニンの構造アナログ)耐性を獲得する遺伝子ERC1として報告されている(10)10) N. Shiomi, H. Fukuda, Y. Fukuda, K. Murata & A. Kimura: J. Ferment. Bioeng., 71, 4 (1991)..驚いたことに,実験室酵母のYHR032W遺伝子とDKD-5D-H株や清酒酵母のYHR032W遺伝子を比較すると,DKD-5D-H株や清酒酵母ではSSG1-1変異と同様な変異を有していた.古くから清酒酵母はSAMを高蓄積することが知られていたがこの原因は不明であった(11)11) S. Shiozaki, S. Shimizu & H. Yamada: Agric. Biol. Chem., 48, 9 (1984)..最近のQTL(Quantitative Trait Gene)解析から,SSG1-1/ERC1が清酒酵母におけるSAM高蓄積の要因の一つであることが明らかにされた(12)12) M. Kanai, T. Kawata, Y. Yoshida, Y. Kita, T. Ogawa, M. Mizunuma, D. Watanabe, H. Shimoi, A. Mizuno, O. Yamada et al.: J. Biosci. Bioeng., 123, 8 (2017).SSG1-1変異株は飢餓や高温などのストレスに対して耐性を獲得していたことから,清酒酵母はSAM合成活性化とカップルした形で清酒醸造中の過酷なストレス環境下に適応していると想像される.一方,なぜ実験室酵母はSSG1-1変異を失ったのか? 実験室酵母は家畜化されており,つまり細胞増殖(同化)が活発な株が選抜されてきた結果,SSG1-1変異のような異化にシフトした変異は排除されたと推察される.以上のような知見は酵母を使った遺伝子と表現型の因果関係を分子レベルで解明する分子遺伝学,すなわち突然変異株のスクリーニングを実施した賜物であり,酵母遺伝学の魅力は尽きない.

SAMは抗鬱,肝機能,アルツハイマー病などの疾患や質の高い睡眠にも効果があることも示唆されており,清酒酵母を利用したSAM高蓄積株の育種などの応用が期待される.老化を抑制・遅延させることは老化に伴って発症する疾患の予防につながる.代謝産物はヒトなどの高等生物にも高く保存されていることから,代謝産物による寿命制御メカニズム解明は,がん・糖尿病の予防に期待され,ひいては“健康寿命”の延長に貢献するかもしれない.

Reference

1) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 1 (2008).

2) N. Orentreich, J. R. Matias, A. Defelice & J. A. Zimmerman: J. Nutr., 123, 2 (1993).

3) R. M. Chin, X. Fu, M. Y. Pai, L. Vergnes, H. Hwang, G. Deng, S. Diep, B. Lomenick, V. S. Meli, G. C. Monsalve et al.: Nature, 510, 7505 (2014).

4) C. Hine, E. Harputlugil, Y. Zhang, C. Ruckenstuhl, B. C. Lee, L. Brace, A. Longchamp, J. H. Trevino-Villarreal, P. Mejia, C. K. Ozaki et al.: Cell, 160, 1 (2015).

5) F. Obata & M. Miura: Nat. Commun., 6, 8332 (2015).

6) M. Schosserer, N. Minois, T. B. Angerer, M. Amring, H. Dellago, E. Harreither, A. Calle-Perez, A. Pircher, M. P. Gerstl, S. Pfeifenberger et al.: Nat. Commun., 6, 6158 (2015).

7) M. Kaeberlein: Nature, 464, 7288 (2010).

8) M. Mizunuma, K. Miyamura, D. Hirata, H. Yokoyama & T. Miyakawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16 (2004).

9) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fujii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 42 (2016).

10) N. Shiomi, H. Fukuda, Y. Fukuda, K. Murata & A. Kimura: J. Ferment. Bioeng., 71, 4 (1991).

11) S. Shiozaki, S. Shimizu & H. Yamada: Agric. Biol. Chem., 48, 9 (1984).

12) M. Kanai, T. Kawata, Y. Yoshida, Y. Kita, T. Ogawa, M. Mizunuma, D. Watanabe, H. Shimoi, A. Mizuno, O. Yamada et al.: J. Biosci. Bioeng., 123, 8 (2017).