Kagaku to Seibutsu 55(8): 529-531 (2017)
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γ-ヘキサクロロシクロヘキサン(γ-HCH)分解遺伝子を導入したカボチャ毛状根の作出実用的な残留性有機汚染物質(POPs)ファイトレメディエーション植物の創出に向けて
Published: 2017-07-20
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残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants: POPs)は,環境中での残留性や生物への蓄積性,長距離移動性,生物への高い毒性,という性質をもつ有機ハロゲン化合物の総称であり,ダイオキシン類やポリ塩化ビフェニル(PCB),DDTなどはその代表である.国際条約「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(1)1) 環境省:POPs(Persistent Organic Pollutants: 残留性有機汚染物質).http://www.env.go.jp/chemi/pops/.が締結され,POPs廃絶・削減に向けた国際的な取り組みが継続的に進められているが,農作物や飲用水への残留,POPsで汚染された食物の摂取に起因する母乳のPOPs汚染は,世界中で深刻な問題となっている.
POPsにより広範囲に汚染された土壌の環境修復の方法について,土壌の入れ替えや洗浄などの物理化学的な処理は,莫大なコストがかかるため現実的とはいえない.一方,植物を利用した環境汚染物質の浄化(ファイトレメディエーション)は,現場の土壌機能を維持しつつ,簡便かつ低コストで広範囲の浄化が可能であることから,POPs汚染土壌の修復には最適な方法として期待されながらも限定的な利用にとどまっている.POPs汚染土壌のファイトレメディエーション技術を確立するため解決すべき大きな問題が2点ある.第一に,一般的にPOPsのような疎水性の高い有機化合物は植物の根に強力に吸着し,植物の地上部へはほぼ移行しない点と,第二に,植物にはPOPsを効率良く分解できる酵素が存在しない点である.つまり,仮に土壌からPOPsを効率良く吸収できたとしても,POPsがそのままの形で体内に残存する限り,その処分に対するコストが問題になる.第一の問題を解決するため,われわれはカボチャに着目した.ウリ科植物のなかでも,特にカボチャ属は土壌から吸収したPOPsを茎葉部に移行する能力が高いことが知られており(2)2) 大谷 卓:化学と生物,49,474 (2011).,POPsのファイトレメディエーションへの応用が期待される.第二の問題への対処として,POPsを特異的に分解できる微生物からPOPs分解遺伝子を単離してカボチャに導入できれば,POPsの吸収・分解を同時併行して行う,実用的なファイトレメディエーション植物が創出できると考えた(補足:POPs分解菌を直接現場の土壌に添加しても,温度やpH,土壌微生物相などの環境要因によりPOPs分解菌の生育が安定せず,十分な結果が得られないケースが多いことが知られている).
γ-ヘキサクロロシクロヘキサン(γ-HCH,別名リンデン)は,日本においても農薬や殺虫剤,医療用など広い分野で使用されていた天然には存在しない有機合成化合物だが,生物への毒性や環境への残留性などから,1970年代に使用などが規制された.2010年には化審法に基づく第一種特定化学物質に指定され,製造・輸入・使用が事実上禁止され,2011年には異性体であるα体,β体とともに新規POPsとして指定されている.日本において残留または保管されているγ-HCHの量は76,000 tにも及ぶという試算がある(3)3) J. Vijgen, P. C. Abhilash, Y.-F. Li, R. Lal, M. Forter, J. Torres, N. Singh, M. Yunus, C. Tian, A. Schäffer et al.: Environ. Sci. Pollut. Res., 18, 152 (2011)..このγ-HCHを完全に分解する細菌Sphingobium japonicum UT26株は日本で最初に単離され,長年にわたる詳細な解析からγ-HCHの分解経路およびγ-HCH分解酵素群が解明されている(4)4) Y. Nagata, R. Endo, M. Ito, Y. Ohtsubo & M. Tsuda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 741 (2007)..そこで,われわれは新規POPs分解植物のモデルとして,γ-HCHの初発分解を担うデハロゲナーゼであるLinAをコードするlinAのカボチャへの導入を試みた.
われわれはすでにニホンカボチャ(Cucrubita moschata)の形質転換系の開発に成功していたが(5)5) Y. Nanasato, K. Konagaya, A. Okuzaki, M. Tsuda & Y. Tabei: Plant Cell Rep., 30, 1455 (2011).,カボチャの形質転換個体を作出するには多くの時間を要するため,迅速な遺伝子機能解析には不向きであった.そこで,培養細胞の一種である毛状根に着目した(図1図1■カボチャ(Cucurbita moschata)の毛状根).毛状根とはリゾビウム属の一種であるAgrobacterium rhizogenesに感染することで誘発され,植物ホルモン無しに旺盛に増殖する.カボチャでは比較的短期間に(1~2カ月)形質転換毛状根を作製することが可能であった.あらかじめ植物に最適なコドン頻度に改変したlinA(relinAと呼ぶ)を導入した形質転換カボチャ毛状根を作製し,γ-HCH分解能を検証した(6)6) Y. Nanasato, S. Namiki, M. Oshima, R. Moriuchi, K. Konagaya, N. Seike, T. Otani, Y. Nagata, M. Tsuda & Y. Tabei: Plant Cell Rep., 35, 1963 (2016)..しかし,当初relinAの転写は確認されたものの,LinAタンパク質は検出されず,γ-HCHの分解も認められなかった.この理由としてLinAタンパク質の量が非常に少ないか,またはLinAタンパク質が細胞質で速やかに分解されてしまうからだと推測した.そこで,細胞内での分解を避けるため,LinAに小胞体輸送シグナルペプチドを付加することでLinAを細胞外へ局在させたところ,LinAタンパク質の蓄積が確認され,γ-HCHの分解も認められた.また,γ-HCHの代謝物である1,2,4-トリクロロベンゼンも検出され,LinAがカボチャの細胞で機能していることが証明された.1 ppmの濃度で培地に添加したγ-HCHの約90%が1日で分解されるという非常に高い分解効率が得られ,微生物の遺伝子を植物で発現させてPOPsを分解させることに初めて成功した.HCHを特異的に分解する酵素を導入した環境浄化に利用可能なウリ科植物は,われわれの知る限りほかに例がなく,この解析により得られる知見は,実用的なPOPs分解植物の創出に向け大きな寄与を果たすと確信している.
Agrobacterium rhizogenesの感染に伴い誘導される不定根の一種であり,培養細胞として液体・寒天培地どちらでも維持が可能である.1~2カ月という短期間で作出でき,遺伝子組換え体の作製も可能である.
今後の展望として,LinAにより代謝されたγ-HCH代謝産物のさらなる代謝・無毒化やHCH異性体の分解が挙げられる.現在HCH分解遺伝子群を導入したカボチャ植物個体を作製しており,HCH類汚染土壌の浄化能力を詳細に検証する予定である(図2図2■LinA導入カボチャによるγ-HCHの分解・無毒化).また,ほかのPOPs分解遺伝子の利用も考えられる.たとえば,DDTの変換により生じるDDEについては,DDE分解遺伝子群がすでに単離されている(7)7) A. T. P. Nguyen, T. T. H. Trinh, Y. Fukumitsu, J. Shimodaira, K. Miyauchi, M. Tokuda, D. Kasai, E. Masai & M. Fukuda: J. Biosci. Bioeng., 116, 91 (2013).ほか,日本でもしばしば土壌残留が問題となるPOPsのヘプタクロルやドリン類については分解遺伝子の探索が続いており,これらの成果が期待される.このような新規機能を付加した植物は,遺伝子組換え技術を高度に活用した結果として得られるものである.残念ながら遺伝子組換え技術についていまだに懸念をもつ方もおられるが,POPsのファイトレメディエーションによる環境負荷軽減や,高度な機能性を有する遺伝子組換え農作物など,遺伝子組換え技術を用いるメリットを知ってもらうことによって,本技術の理解が進むものと考えている.
Acknowledgments
本研究は農林水産省「新農業展開プロジェクト(GMB-0002およびGMB-0004)」の一環として行われました.この場を借りて御礼申し上げます.
Reference
1) 環境省:POPs(Persistent Organic Pollutants: 残留性有機汚染物質).http://www.env.go.jp/chemi/pops/.
4) Y. Nagata, R. Endo, M. Ito, Y. Ohtsubo & M. Tsuda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 741 (2007).
5) Y. Nanasato, K. Konagaya, A. Okuzaki, M. Tsuda & Y. Tabei: Plant Cell Rep., 30, 1455 (2011).