解説

ω3系脂肪酸の脳機能への影響と周産期(妊娠期,授乳期)での重要性現代の「油断大敵」を考える

The Role of ω3 Fatty Acids in the Brain Function: Let’s Intake ω3 Fatty Acid in Your Eating Habits

Akiko Harauma

原馬 明子

麻布大学生命・環境科学部海洋素材機能解析研究室

Toru Moriguchi

守口

麻布大学生命・環境科学部食品生命科学科食品栄養学研究室

Published: 2017-07-20

「油断大敵」という四字熟語の意味にはいろいろな説があるようだが,戦国時代に明かりの油を絶やすことは敵の侵入を許すことから,“注意を少しでも怠れば,思わぬ失敗を招くので十分に気をつけるべきである”という戒めとして用いられている.しかし,現在は,昔とは少し異なり,“良質な油を断ってしまうと,大きな健康上の問題を引き起こす”という意味にも取れる.脂質のとり過ぎは肥満につながり,循環器系疾患や糖尿病を引き起こすとして制限されてきたが,体にはとらなければいけない脂質(必須脂肪酸)がある.この必須脂肪酸について紹介したい.

脂質

「あぶら(油脂)」は,「油」と「脂」に分けられ,一般的に,「油」は主に植物性油脂を指し,常温で液体の大豆油,コーン油,菜種油,ごま油,オリーブ油などがある.「脂」は動物性油脂で,常温で固体のバター,ラード,牛脂などがある.しかし,植物性であるが常温で固体のココナッツ脂やカカオ脂,動物性で常温液体の魚油などが例外としてある.このように「油脂」と一言で言っても性状が異なるのは,油脂を構成する脂肪酸の種類が異なるためである.脂肪酸は,飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に大別でき,不飽和脂肪酸はさらに一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分類される(図1図1■脂肪酸の種類).

図1■脂肪酸の種類

多価不飽和脂肪酸,必須脂肪酸

多価不飽和脂肪酸のω3系脂肪酸とω6系脂肪酸は,生体内では生成できないため,食事による摂取が必要な必須脂肪酸である(図1図1■脂肪酸の種類).生体内では,リノール酸(LA, 18 : 2n-6)は,アラキドン酸(ARA, 20 : 4n-6)に,α-リノレン酸(ALA, 18 : 3n-3)はエイコサペンタエン酸(EPA, 20 : 5n-3)やドコサヘキサエン酸(DHA, 22 : 6n-3)に代謝していくが,これらは同じ代謝酵素で競合的に代謝されるため,ω6とω3の両者のバランスが重要となる(図2図2■多価不飽和脂肪酸(必須脂肪酸)の代謝).ω6系脂肪酸は必須脂肪酸であるものの,さまざまな食材に多く含まれているので摂取不足を心配する必要はないが,ω3系脂肪酸を多く含む食材は一部の植物油や魚介類に限られている.そのため,意識してω3系脂肪酸を摂取しなければ,ω6/ω3(理想値は2~4)が上昇して生体内の必須脂肪酸バランスが崩れ,慢性的なω3系脂肪酸不足状態となってしまう.

図2■多価不飽和脂肪酸(必須脂肪酸)の代謝

ω6系脂肪酸のARAは生体内のあらゆる組織に存在し,ARAカスケードによりプロスタグランジンやロイコトリエンなどのエイコサノイドが産生され,炎症反応,胃腸粘膜の保護,骨格筋の増大,骨代謝など,さまざまな場所で生理作用に関与している.一方,ω3系脂肪酸のDHAは,神経系組織に高濃度蓄積しており,脳や視覚機能に対して有効であることが多数報告されている.たとえば,脳内DHA濃度は,記憶・学習などの脳機能と正の相関があることが示されている(1~5)1) M. Murthy, J. Hamilton, R. S. Greiner, T. Morogichi, N. Salem, Jr. & H. Y. Kim: J. Lipid Res., 43, 611 (2002).2) T. Moriguchi, R. S. Greiner & N. Salem, Jr.: J. Neurochem., 75, 2563 (2000).3) J. Catalan, T. Moriguchi, B. Slotnick, M. Murthy, R. S. Greiner & N. Salem, Jr.: Behav. Neurosci., 116, 1022 (2002).4) R. S. Greiner, T. Moriguchi, B. M. Slotnick, A. Hutton & N. Salem, Jr.: Physiol. Behav., 72, 379 (2001).5) T. Moriguchi & N. Salem, Jr.: J. Neurochem., 87, 297 (2003)..近年では,若者のキレやすさや打たれ弱さ,不安状態の異常な上昇などの情動にかかわる脳高次機能とω3系脂肪酸の関係に注目が集まっている(6~9)6) T. Hamazaki, S. Sawazaki, M. Itomura, E. Asaoka, Y. Nagao, N. Nishimura, K. Yazawa, T. Kuwamori & M. Kobayashi: J. Clin. Invest., 97, 1129 (1996).7) S. Delion, S. Chalon, D. Guilloteau, J. C. Besnard & G. Durand: J. Neurochem., 66, 1582 (1996).8) I. Fedorova & N. Salem, Jr.: Prostaglandins Leukot. Essent. Fatty Acids, 75, 271 (2006).9) A. Harauma & T. Moriguchi: Lipids, 46, 409 (2011).

DHAは神経系組織に不可欠な脂肪酸であるにもかかわらず,成熟個体での脳組織へのDHA取込み速度は血液や肝臓などに比べて緩慢で,十分な蓄積量に達するまでには長期間を必要とする(10)10) T. Moriguchi, J. Loewke, M. Garrison, J. N. Catalan & N. Salem, Jr.: J. Lipid Res., 42, 419 (2001)..また,DHAの取込み時期は,脳の発達・形成期である胎児や乳幼児期が重要で,この時期のDHAの蓄積速度は成獣時よりも速いことが報告されている(11~13)11) D. C. Kuhn & M. A. Crawford: Prog. Lipid Res., 25, 345 (1986).12) M. Ruyla, W. E. Connor, G. J. Anderson & R. I. Lowensohn: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 7902 (1990).13) P. Haggarty, K. Page, D. R. Abramovich, J. Ashton & D. Brown: Placenta, 18, 635 (1997)..しかし,胎児,乳幼児の栄養供給は母体に依存しており,加えて脂質の代謝酵素活性も低いので,母乳を介した直接的なARAやDHAの十分な供給が必要である(14~16)14) S. E. Carlson, S. H. Werkman, J. M. Peeples, R. J. Cooke & E. A. Tolley: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 1073 (1993).15) G. Kohn, G. Sawatzki & J. P. van Biervliet: Eur. J. Clin. Nutr., 48(Suppl. 2), S1 (1994).16) H. Weiler, W. S. Fitzpatrick, J. Schellenberg, U. McCloy, R. Veitch, H. Kovacs, J. Kohut & Y. C. Kin: Pediatr. Res., 58, 1254 (2005)..つまり妊娠,授乳期間中の母体は,自身のためだけでなく,胎児,乳幼児への必須脂肪酸の供給を考慮して食物をとらなければならないのである.

日本においても現代の食生活ではω3系脂肪酸を摂取する機会が減少し続けており(17, 18)17) 水産庁:水産白書,2015, pp. 18–30.18) 水産庁:水産白書,2015, pp. 110–123.,ω3系脂肪酸の欠乏状態に陥りやすい状況にある.これまでわれわれは,食餌性ω3系脂肪酸欠乏マウスを用いて,ω3系脂肪酸とそれに対応したω6系脂肪酸の役割を,胎仔期から老齢期までライフステージに合わせて検討している.本稿ではこれらの結果を紹介するとともに,ω3系脂肪酸の脳機能への影響や,妊娠期,授乳期(周産期)でのω3系脂肪酸の重要性について考えてみたい.

ω3系脂肪酸の必要性:ω3系脂肪酸欠乏マウスを用いて

1. ω3系脂肪酸欠乏マウスの作製

一般に,実験動物用飼料は,適切量のDHAを含むω3系脂肪酸を含有しているため,ω3系脂肪酸の作用を評価するためには,まずω3系脂肪酸を含まない特殊飼料を用いてω3系脂肪酸欠乏(ω3欠乏)動物を作製する必要がある.また,通常飼育の動物は出生前から離乳までの間に胎盤や母獣乳から十分なDHAを摂取しているので,第1世代で目的とするω3欠乏動物を作製することは容易ではない.このことを考慮して,われわれはAIN-93GまたはAIN-93Mを基礎飼料としたALAをほとんど含まないLA豊富なω3欠乏飼料で実験動物の飼育,繁殖を行っている.通常飼料で飼育した離乳直後(3週齢)と成熟期(7週齢)のマウスにω3欠乏飼料を与え,脳内ならびに血漿中のDHA量を10週間にわたって測定し,その減少過程を見てみると,血漿中DHA量は,僅か2週間で半減するのに対して,脳内DHA量の低下は,ω3欠乏飼料を10週間摂取しても正常マウスの約70%程度にとどまっていた(19)19) T. Moriguchi, A. Harauma & N. Salem, Jr.: Lipids, 48, 343 (2013)..これらのことを考慮してわれわれは,離乳直後(3週齢)の雌性マウスにω3欠乏飼料を与えて飼育し,成熟させた後に交配を行うことで,脳内DHA量が,正常飼料で飼育したマウスの約30~50%まで低下した第2世代のω3欠乏マウスを作製している.

2. ω3系脂肪酸欠乏マウスの学習行動

モリス水迷路試験(Morris water maze)は,げっ歯類の水からの回避行動を利用して,マウスを円形プールで泳がせ,周りの景色を手掛かりに水中に沈めたプラットホームを探させて,空間学習能や記憶力を測定する代表的な行動実験である(図3A図3■行動試験の装置).したがって,記憶・学習能が高いマウスほど,早くにプラットホームの場所を覚え,たどり着き,その時間は日ごとに短くなる.これまでに,ω3欠乏動物を用いた空間学習試験については多数報告されている.われわれもω3欠乏飼料で継代を重ねて飼育すると,第2世代よりも第3世代のほうが脳内DHAは減少し,プラットホームにたどり着く時間が遅く,学習曲線に顕著な違いが認められ,第3世代の学習能の低下が著しいことを確認している(2)2) T. Moriguchi, R. S. Greiner & N. Salem, Jr.: J. Neurochem., 75, 2563 (2000).

図3■行動試験の装置

ω3欠乏による学習能の低下は,脳内のDHA減少を伴う脂肪酸バランスが崩れていることに起因していると考えられるが,再び,ω3系脂肪酸を摂取することで可逆的に回復し,その程度は,より若齢時期から長期間摂取するほうが有効であることもわかっている(5)5) T. Moriguchi & N. Salem, Jr.: J. Neurochem., 87, 297 (2003).

3. ω3系脂肪酸欠乏マウスの情動行動

喜怒哀楽と言ったような感情の動きは,情動行動としてその変化を捉えることができる.情動行動にかかわる試験には,うつや不安を評価するものとして,強制水泳試験(Forced swimming test)や高架式十字迷路試験(Elevated plus maze test),新奇環境摂食抑制試験(Novelty Suppressed Feeding paradigm)などが知られている.これらの試験は,抗不安や抗うつ薬のスクリーニングにも用いられているが,記憶・学習能が低下しているω3欠乏動物の評価を考慮すると,認知要因の影響を受けにくいものが好ましい.

高架式十字迷路試験は,高さのある十字型の装置を用いる.4本のアームのうち1対のアームには壁があり(クローズドアーム),もう1対は壁のない(オープンアーム)構造になっており,アーム上に置いた動物の行動から不安レベルを評価する試験である.不安レベルの高いマウスは安全なクローズドアームでの滞在時間が長く,オープンアームへののぞき込み回数や滞在時間が短くなる(図3B図3■行動試験の装置).ω3欠乏マウスと正常マウスを用いて,音のない静寂環境(非ストレス)で不安レベルを評価すると両マウスの間に大きな行動変化はなかった.しかし,120 db(携帯用防犯ブザーレベルの音)の騒音環境(騒音ストレス)で同様の試験を行うと,両群ともオープンアームへののぞき込み回数や滞在時間が減少したが,ω3欠乏マウスは正常マウスに比べてより減少度合いが顕著であった(8)8) I. Fedorova & N. Salem, Jr.: Prostaglandins Leukot. Essent. Fatty Acids, 75, 271 (2006).

新奇環境摂食抑制試験は,一晩絶食したマウスを中央に飼料を置いたオープンフィールドに入れ,その飼料を摂食するまでの行動を観察する試験で,空腹状態とオープンフィールド中央にまで出ていく恐怖との葛藤を利用し不安レベルを評価している(図3C図3■行動試験の装置(20~22)20) S. R. Bondnoff, B. Suranyi-Cadotte, R. Quirion & J. M. Meaney: Psychopharmacology (Berl.), 97, 277 (1989).21) L. Santarelli, G. Gobbi, P. C. Debs, E. L. Sibille, R. Hen & M. J. S. Heath: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 1912 (2001).22) D. J. David, K. C. Klemenhagen, A. K. Holick, M. D. Saxe, I. Mendez, L. Santarelli, D. A. Craig, H. Zhong, C. J. Swanson, L. G. Hegde et al.: J. Pharmacol. Exp. Ther., 321, 237 (2007)..したがって,不安レベルの高いマウスは,飼料を摂食するまでの時間が長くなる.今回の評価では,群飼育(非ストレス)と個別飼育(慢性ストレス)環境下のω3欠乏マウスと正常マウスを用いて,試験時間内(5または10分間)に飼料を摂食できた個体の割合(課題獲得率)を測定した.試験開始から5分間の課題獲得率は,ω3欠乏の群飼育と個別飼育の両マウスともに30%程度であったのに対して,正常の個別飼育マウスは50%,正常の群飼育マウスでは90%以上とほとんどの個体が摂食していた.また,評価時間を10分まで延長し観察すると,正常の個別飼育マウスやω3欠乏の群飼育マウスの課題獲得率は上昇したが,ω3欠乏の個別飼育マウスは全く上昇しなかった(9)9) A. Harauma & T. Moriguchi: Lipids, 46, 409 (2011)..これは,正常マウスでも個別飼育するとストレスによる不安レベルが上昇するものの,ω3欠乏マウスは正常マウスよりも明らかに不安レベルが上昇しており,短時間では環境に順応できずに飼料を食べることができない状態であったことを意味している.

これら2つの試験結果から,脳内DHA量の減少を伴うω3欠乏マウスは,通常よりもストレスに対する閾値が低下しており,騒音のような急性ストレスや個別飼育のような慢性ストレスによって,過度の不安や興奮状態に陥りやすいことが考えられた(23)23) L. Valzelli: Psychopharmacology (Berl.), 31, 305 (1973)..これは,十分な食餌性ω3系脂肪酸の摂取が,正常な情動機能を維持して精神疾患のリスクを軽減する可能性のあることを示唆している.

4. ω3欠乏マウスの母性行動への影響(24)

妊娠,授乳期間である周産期の女性は,母性により児への愛情が高まるが,妊娠や出産などの外因,または内因的ストレスを受け,気分障害を呈する場合がある.これが重篤化すると産後うつ病にまで発展し,育児放棄や虐待など児にまで悪影響を及ぼす可能性がある(25~28)25) J. Zonana & J. M. Gorman: CNS Spectr., 10, 792, 805 (2005).26) S. Gale & B. L. Harlow: J. Psychosom. Obstet. Gynaecol., 24, 257 (2003).27) M. C. Logsdon, K. L. Wisner & M. D. Pinto-Foltz: J. Obstet. Gynecol. Neonatal Nurs., 35, 652 (2006).28) S. L. Grace, A. Evindar & D. E. Stewart: Arch. Women Ment. Health, 6, 263 (2003)..周産期の気分障害の治療は,胎盤や母乳を介した新生児への影響を考慮して,薬物療法よりも食事による予防,改善が望ましい.実際,魚介類を多く摂取する国ほど,産後うつ病の有病率が低いという疫学報告もあることから(29)29) J. R. Hibbeln: J. Affect. Disord., 69, 15 (2002).,ω3系脂肪酸は,周産期における気分障害を予防する可能性があると期待される.

ω3欠乏または正常の妊娠マウスの妊娠後期から出産後の行動を観察してみると,正常母獣は新生仔を出産し通常どおり育仔したが,ω3欠乏母獣は食殺や育仔放棄するものが30~40%も観察された.また,出産以降,正常母獣は新生仔への授乳のために大きく丈夫な巣を作製していたが,ω3欠乏母獣の巣は小さく粗雑なもので,育仔環境に大きな違いが見られた.ω3欠乏の食殺した母獣に至っては,出産前からほとんど巣を作製しておらず,出産の準備すらできていない状態であった.また,巣から離した新生仔を回収する試験では,ω3欠乏母獣は正常母獣よりも新生仔の回収や保温行動までに時間を要し,新生仔への愛着が薄いことが考えられた.母獣の脳DHA量では,ω3欠乏母獣は正常母獣よりも著しく低下し,ω3欠乏の食殺母獣でさらに低下していた.さらにすべての母獣の海馬DHAとモノアミンを測定したところ,海馬のDHA量に対して,心身の安定や心の安らぎなどにかかわるセロトニン量には正の相関が認められた.

周産期でのω3欠乏状態の母体は,出産に対して神経過敏となり,母性発動の遅延や低下を引き起こすことが推察されたことから,周産期の母親の気分障害の予防と母子間の良好な関係の構築のために妊娠早期から十分なω3系脂肪酸の摂取が望まれる.

マウス母乳中の必須脂肪酸量

乳幼児期は,脳や身体が大きく成長・発達する時期であり,特に,DHAやARAの供給は重要である(30)30) R. A. Bowen & M. T. Clandinin: Br. J. Nutr., 93, 601 (2005)..乳幼児の栄養供給は主に母乳から摂取しているが,近年の魚食離れにより,母乳中のω3系脂肪酸低下と,それに伴う児への影響が懸念されている.そこで,ω3欠乏または正常母獣の授乳中のマウス胃内容物を母乳として採取し,脂肪酸組成の経日的変化と脳や身体の成長・発達との関連性を検討した.ω3欠乏または正常の新生仔マウスの体重は,開眼する14日齢以降,正常マウスのほうがω3欠乏マウスよりもやや高値を示したが,脳重量に差はなかった.正常マウスの胃内容物中(母乳)にはDHA, ARAともに出生直後に高濃度含まれており,4~7日齢にかけて減少した.また,DHAとARAの含有量を比較するとARAのほうが多く含まれていた.一方,ω3欠乏マウスの母獣乳中のARAは十分に含まれているものの,DHAは,出産直後から極めて少ない量しか含まれていなかった.これらの母乳で育ったマウス脳内DHAやARAの蓄積量は,正常マウスでは7日齢から14日齢で両脂肪酸共に急激に上昇し,それ以降は緩やかな上昇が続いた.しかし,ω3欠乏マウスの脳内DHAは,正常マウスよりも著しく少なく,代わりにDHAと同じ炭素数22個のω6系ドコサペンタエン酸(DPAn-6)の蓄積が確認された.母獣乳の脂肪酸組成は,母獣の脂質栄養状態を大きく反映しており,ω3欠乏または正常母獣に授乳された新生仔脳の多価不飽和脂肪酸の総量は一定に保たれているものの,ω3欠乏母獣の母乳を摂取した新生仔は明らかなDHA欠乏状態となっていた.このことから,母親のω3系脂肪酸供給不足に基づいた乳幼児期の脳発育への悪影響を避けるためにも,日頃からω3系脂肪酸の積極的な摂取が望まれる.

おわりに

これまで,脳内DHA量の低下したω3欠乏動物は,細胞膜の流動性の低下や水迷路試験,受動的回避反応試験による学習機能の低下など多く報告されているが,今回,それに加えて,脳高次機能にあたる情動や母性行動に着目し,ω3欠乏マウスの行動を観察した.ω3欠乏状態では,ストレスに対する閾値が低下し,ストレス負荷によりさらに情動が不安定になると考えられる.また,周産期マウスでは,脳内DHA量とモノアミン量が相関しており,脳内DHA量の低下が,不安レベルを高め,母性の発動を阻んでいることもわかった.このように,現代社会に生きるわれわれにω3系脂肪酸は必須の栄養素であるにもかかわらず,DHAを豊富に含む魚介類の摂取量は年々減少しており,日本でもω3系脂肪酸を継続的に摂取することは容易ではない.妊婦においては,魚介類に含まれる重金属の新生胎児の成長・発達への影響が憂慮され,魚食摂取の慎重な指導が行われているのが現状である.多くの人々がω3系脂肪酸の重要性を理解し,積極的に摂取して食生活に取り込んで慢性的な摂取不足が解消され,現代病とも言われる不安・うつなどの気分障害を起こしにくい社会環境になることを望んでやまない.

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