Kagaku to Seibutsu 55(8): 573-579 (2017)
テクノロジーイノベーション
遺伝子発現の揺らぎを瞬時に可視化する新手法の開発チオフラビンTの新たな機能の発見とその応用
Published: 2017-07-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
ある微生物集団における遺伝子発現のばらつき(揺らぎ)が,その集団の生存・環境応答・薬剤耐性・病原性のようなさまざまな表現型に大きく影響することが明らかとなってきた.その結果,集団に含まれる細胞の平均的な振る舞いではなく,個々の細胞の動態を直接観察することで,その集団の全体としての機能や集団における役割分担などを総合的に理解することが重要であると認識されつつある.このような概念の誕生には,1分子・1細胞レベルでの解析技術の進展が大きく寄与してきたが,そういう観点からの研究は遺伝子組換えが容易に行える生物を用いたものが主流であった.幅広い生物種について研究するためには,汎用性の高い研究ツール・手法の開発が必要であると考えられる.近年,筆者らはアミロイド線維を検出するのに広く利用されているチオフラビンT(4-(3,6-dimethyl-1,3-benzothiazol-3-ium-2-yl)-N,N-dimethylaniline chloride)という蛍光プローブ(図1A図1■チオフラビンTの特性)がRNAにも結合することを偶然にも発見した(1)1) S. Sugimoto, K. Arita-Morioka, Y. Mizunoe, K. Yamanaka & T. Ogura: Nucleic Acids Res., 43, e92 (2015)..本稿では,その経緯と農芸化学分野を含めたさまざまな研究分野における応用性について紹介したい.
アミロイド線維は,アルツハイマー病やプリオン病などの重篤な神経変性疾患に共通して見られる線維状のタンパク質凝集体である.これらの疾患では異常な構造をとったタンパク質が深くかかわっていることから,タンパク質フォールディング病とも呼ばれる.アミロイド線維は分子内にβシート構造を多く含み,SDSなどの変性剤に対して極めて難溶性の凝集体である.アミロイド研究の歴史は,1854年のVirchowらがヒトの組織から発見したヨウ素デンプン反応を示す沈着物(アミロイド;amyloid)に始まる(2)2) J. D. Sipe & A. S. Cohen: J. Struct. Biol., 130, 88 (2000)..その約100年後,アミロイドの主成分が微細線維状のタンパク質沈着であることが発見され,アミロイド線維(amyloid fibril)と呼ばれるようになった.チオフラビンTは溶液中に遊離して存在する場合,ほとんど蛍光を発しないが,アミロイド線維に結合すると非常に強い蛍光(励起波長385~450 nm,蛍光波長445~492 nm)を発する.そのため,洗浄することなく直接蛍光を測定することが可能である(図1B図1■チオフラビンTの特性).チオフラビンTは臨床検体におけるアミロイドーシスの診断のみならず,基礎研究においても非常に有用なツールとなっており,アミロイド線維の形成過程を高感度かつリアルタイムで観察することも可能である(3, 4)3) H. LeVine III: Protein Sci., 2, 404 (1993).4) H. Naiki, K. Higuchi, M. Hosokawa & T. Takeda: Anal. Biochem., 177, 244 (1989)..また,チオフラビンTは水への溶解性が高く,アミロイド線維への親和性が適度(数百nM~数μM)であるため,さまざまな実験系に利用されている.しかし,チオフラビンTのアミロイド線維への結合様式は十分には理解されていない.その原因は,アミロイド線維は不溶性かつ不均一な分子であるため,生体高分子の構造解析に利用されるX線結晶構造解析や溶液核磁気共鳴スペクトル解析が適用できないからである.これまで,in silicoでのシミュレーションやモデルペプチドを使って形成させたアミロイド線維の解析から,チオフラビンTのアミロイド線維への結合様式を推定する試みはなされているものの,原子レベルでの理解には至っていない(5)5) M. Biancalana & S. Koide: Biochim. Biophys. Acta, 1804, 1405 (2010)..
アミロイド線維は生物界に広く分布しており,動植物だけでなく,細菌の菌体外にも存在し,バイオフィルムと呼ばれる微生物の集合体の形成や宿主細胞への接着・感染にも重要である(6)6) N. Van Gerven, R. D. Klein, S. J. Hultgren & H. Remaut: Trends Microbiol., 23, 693 (2015)..また,あらゆるタンパク質が極端な温度やpH条件にさらされた場合にアミロイド線維を形成する可能性があることが報告され,アミロイド線維の形成に重要なアミノ酸配列を予測するプログラムも開発されている(7)7) L. Goldschmidt, P. K. Teng, R. Riek & D. Eisenberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3487 (2010)..しかし,細菌の菌体内にも生理的な条件下でアミロイド線維を形成するタンパク質が存在するかは不明であった.筆者らは酵母においてプリオンとして振舞うSup35というタンパク質とそのアミロイド線維の形成を制御するHsp104という分子シャペロンに関する研究の過程で,次のような奇妙な現象に遭遇した.当時,大腸菌で大量発現したHsp104を各種クロマトグラフィーで精製し,Sup35アミロイド線維に対する効果を試験管内で評価していた.そのとき,Sup35のアミロイド線維形成の変化をチオフラビンTを用いて解析していたのだが,コントロールとして行ったHsp104にADP添加するという実験の過程で,予想外にもチオフラビンTの蛍光強度が時間とともに増加するという現象を確認した.当時,DNA結合タンパク質がDNAに結合することで構造が変化し,アミロイド線維を形成することが報告されたばかりであり(8)8) M. E. Fernández-Tresguerres, S. M. De La Espina, F. Gasset-Rosa & R. Giraldo: Mol. Microbiol., 77, 1456 (2010).,Hsp104もしくは精製標品に含まれる微量の大腸菌由来のタンパク質(コンタミネーション)がADPに結合することで構造変化し,アミロイド線維を形成するのではと考えた.もしそのようなタンパク質が大腸菌にも存在するのであれば,そのタンパク質は酵母プリオンのようにある特定の形質を次世代へと継代するうえでタンパク質性の感染因子(プリオン)として振る舞い,バクテリアにおけるプリオン現象の発見につながるかもしれないと考えた.その後,Hsp104ではなく精製標品に含まれていたPNPase(polynucleotide phosphorylase; E.C. 2.7.7.8)(9)9) A. J. Carpousis, G. Van Houwe, C. Ehretsmann & H. M. Krisch: Cell, 76, 889 (1994).というタンパク質がこの現象を引き起こす本体であることがわかった.PNPaseとADPを混合したときに形成されたSDSに難溶性の凝集体はチオフラビンTと結合し,非常に明るい蛍光を発した.さらに,①透過型電子顕微鏡で線維状の凝集体が観察されたこと,②上述のアミロイド線維形成配列の予測プラグラム(7)7) L. Goldschmidt, P. K. Teng, R. Riek & D. Eisenberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3487 (2010).を使って,PNPaseのC末端の構造をとらない領域(Intrinsically disordered region)がアミロイド線維を形成しうることを見いだし,③実際にその配列をもったペプチドを化学合成すると自発的にβシート構造に富んだ線維状凝集体を形成することがわかった.これらの結果から,PNPaseがADPに結合することで,C末端領域がβシート構造へと大きく構造変化し,アミロイド線維を形成すると予想した.しかし,透過電顕で観察された凝集体(PNPase+ADP)は,PNPaseのC末端ペプチドで形成されたアミロイド線維や既知のアミロイド線維に比べると,非常にコントラストが低く,専門家を納得させるだけの説得力に欠けるものであった.ましてや,PNPase全長とADPを混合したときに形成された凝集体はβシート構造をとるというアミロイド線維の基準を満たしておらず,この研究は数年の間,世に出ることもなく,忘却の彼方に追いやられるところであった.そのようななか,分岐点となったのがドイツ留学中に作製していたPNPase変異体タンパク質を用いた実験結果であった.PNPaseはbifunctionalなRNA代謝酵素であり(9, 10)9) A. J. Carpousis, G. Van Houwe, C. Ehretsmann & H. M. Krisch: Cell, 76, 889 (1994).10) A. Jarrige, D. Bréchemier-Baey, N. Mathy, O. Duché & C. Portier: J. Mol. Biol., 321, 397 (2002).,リボヌクレオチド二リン酸(rNDP)濃度が高く,無機リン酸(Pi)濃度が低い場合には,rNDP間でリン酸ジエステル結合を形成させると同時に無機リン酸を生じる(図2A図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).それにより,リボヌクレオチド一リン酸(rNMP)の重合体であるRNAを生成する.一方,リボヌクレオチド二リン酸(rNDP)の濃度が低く,無機リン酸(Pi)の濃度が高い場合には,RNAの3′末端からリン酸ジエステル結合を開裂し,末端のrNMPに無機リン酸を結合することにより,rNDPを遊離させる(図2A図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).筆者らは,RNA重合活性および分解活性を大きく低下させる変異(10)10) A. Jarrige, D. Bréchemier-Baey, N. Mathy, O. Duché & C. Portier: J. Mol. Biol., 321, 397 (2002).を導入したPNPase変異体タンパク質をADPと混合した場合,チオフラビンTの蛍光が増加しないことに気がついていた(図2B図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).当初は,その活性がPNPaseのアミロイド線維形成に重要だと考えていたわけだが,実はPNPaseとADPを混合したときに生じるポリリボアデニル酸(poly-A)がチオフラビンTに結合することが判明した.つまり,上記のPNPase変異体タンパク質を用いた実験では,ADP存在下でpoly-Aが生成されなかったため,チオフラビンTの蛍光が増加しなかったと解釈できる.以上の結果より,PNPaseがADP存在下でアミロイド線維を形成するというモデルは自分たち自身で否定することとなり,チオフラビンTはRNAにも結合すると結論づけた.皮肉なことに,本稿を書いている2017年1月,米国ハーバード大学のグループによって細菌におけるプリオン現象の存在を示唆する世界初の論文がサイエンス誌に報告された(11)11) H. Yuan & A. Hochschild: Science, 355, 198 (2017)..
当然のことながら,当時の筆者らはそのような研究の存在を知る由もなく,自分たちの研究を一から見直さざるをえない状況となった.選択肢は,そこで諦め別の研究をやるか,チオフラビンTがRNAにも結合するという現象を掘り下げていくかの2つである.それまで筆者らは,タンパク質のフォールディングや品質管理を担う分子シャペロンの研究を行っていたため(12)12) S. Sugimoto, K. Yamanaka, S. Nishikori, A. Miyagi, T. Ando & T. Ogura: J. Biol. Chem., 285, 6648 (2010).,前者を選択するほうが自然だったのかもしれない.しかし筆者らは,核酸分野におけるチオフラビンTの応用例がほとんどないことを頼りに,もう少しだけ悪あがきをすることにした.まず,チオフラビンTがpoly-Aに結合することがわかったため,それ以外の核酸に対する反応性を調べた.その結果,DNA(大腸菌ゲノムDNA)よりもRNA(大腸菌トータルRNA)に結合しやすいことを見いだした(図3A図3■RNAに対するチオフラビンTの反応特性).次に,RNAの濃度依存性を調べたところ,少なくとも0.5~10 µg/mLの濃度範囲においてチオフラビンTの蛍光強度に直線性が見られ,RNAを定量的に検出できることが示された(図3B図3■RNAに対するチオフラビンTの反応特性).さらに,ポリリボヌクレオチドを用いてチオフラビンTの反応特異性を調べた.その結果,poly-Aあるいはpoly-Gと混合した場合に蛍光強度の増大が見られたが,poly-Uやpoly-C存在下では蛍光強度に変化は見られなかった(図3C図3■RNAに対するチオフラビンTの反応特性).このことから,チオフラビンTはプリン塩基を多く含むRNAに結合しやすいことがわかった.また,RNAの鎖長について検討し,25塩基のRNA(A25)よりも50塩基のRNA(A50)のほうがチオフラビンTの蛍光強度が格段に高いことから(図3D図3■RNAに対するチオフラビンTの反応特性),ある一定の長さのRNAがチオフラビンTの結合に必要であることが示された.興味深いことに,チオフラビンTと同様にアミロイド線維の検出によく使われているチオフラビンSはRNAとは反応しなかった.これらのことから,チオフラビンTはアミロイド線維とは異なる様式でRNAに結合すると予想される.
従来,RNA代謝酵素の活性測定には,放射性同位元素などで標識した基質(RNAもしくはリボヌクレオチド)を用いたアクリルアミドゲル電気泳動による解析が主流であった.しかし,①取り扱いが煩雑で時間がかかる,②リアルタイムでの観察が困難であるという問題点が存在した.上述のとおり,チオフラビンTを用いたRNAの検出法は,迅速かつ定量的である.そのため,チオフラビンTを利用することでRNA代謝酵素の活性をリアルタイムかつハイスループットに評価できると考えた.筆者らはすでに,大腸菌の野生型PNPaseおよび変異型PNPaseを取得していたため,それらを用いてチオフラビンTの応用性を評価した.PNPaseは基質であるリボヌクレオチド二リン酸と無機リン酸の濃度に依存してRNAの合成と分解を触媒するbifunctionalな酵素である(図2A図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).そこでまず,チオフラビンT存在下で野生型PNPaseとADPをバッファー中で混合し,25°Cでインキュベートしながら蛍光強度(励起波長438 nm/蛍光波長491 nm)の変化をリアルタイムで測定した.その結果,時間とともに蛍光強度が増加した(図2B図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).一方,RNAの重合・分解活性を失った変異型PNPaseとADPを混合した場合では,蛍光強度の増加は見られなかった(図2B図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).次に,RNAの分解反応への応用を試みた.チオフラビンT存在下で,野生型PNPaseあるいは変異型PNPaseとpoly-Aおよびリン酸カリウムを混合し,25°Cにおいて蛍光強度の変化を経時的に測定した.その結果,野生型PNPaseでは速やかに蛍光強度が減少したが,変異型PNPaseではほとんど変化しなかった(図2C図2■PNPaseの性質とチオフラビンTを用いた酵素活性の測定).以上より,チオフラビンTを用いることによって,RNA代謝酵素の活性(合成と分解)をリアルタイムかつ定量的に解析できることを示すことができた(1)1) S. Sugimoto, K. Arita-Morioka, Y. Mizunoe, K. Yamanaka & T. Ogura: Nucleic Acids Res., 43, e92 (2015)..
生体内において,ATPやGTPのようなヌクレオチドはエネルギー通貨として用いられるだけでなく,生体分子の構成成分となったり,タンパク質の構造変化に伴うさまざまな生理機能と深くかかわっている.そのため,それらの濃度を測定することはさまざまな研究分野において重要であり,より高感度かつ簡便な手法が開発されれば,非常に応用価値が高いと考えられる.これまで,ATPやADPの定量には,ルシフェリン–ルシフェラーゼ反応による生物発光の検出,乳酸脱水素酵素とピルビン酸キナーゼを共役させたNADHに由来する吸光度(340 nm)の減少を検出する方法,高速液体クロマトグラフィーを用いた方法,キャピラリー電気泳動と質量分析を組み合わせた方法などが用いられてきた.筆者らは,チオフラビンTの蛍光検出とPNPaseの酵素活性を組み合わせることでADPの濃度を測定できると考えた.すなわち,一定濃度のPNPaseに異なる濃度のADPを混合すると,最終的に生成されるpoly-Aの量は,最初に加えたADPの量に依存するため,生成されるpoly-A量をチオフラビンTの蛍光強度として検出できるはずである.実際に,チオフラビンT存在下で一定濃度のPNPaseに異なる濃度のADPを混合し,蛍光強度の増加をモニターしたところ,30分ほどで反応がプラトーに達した.その時点での蛍光強度をADPの濃度に対してプロットすると高い正の相関(相関係数:0.995)が見られた.この結果より,反応溶液のADP濃度を定量的に測定できることが示された(1)1) S. Sugimoto, K. Arita-Morioka, Y. Mizunoe, K. Yamanaka & T. Ogura: Nucleic Acids Res., 43, e92 (2015)..しかし,夾雑するほかのrNDPや溶液中の無機リン酸がチオフラビンTの蛍光強度とPNPaseの反応効率に大きく影響するため,複雑な試料に含まれる特定のrNDPのみを測定することは現時点では困難だと思われる.チオフラビンTのRNAへの結合機構を明らかにしたうえで,特定のポリリボヌクレオチドのみと反応するチオフラビンT類縁体を作製することができれば,目的に応じたヌクレオチドの定量法を開発できるかもしれない.
チオフラビンTはin vitroにおいて大腸菌のゲノムDNAよりもトータルRNAに結合して強い蛍光を発することが示されたため(図3A図3■RNAに対するチオフラビンTの反応特性),大腸菌の細胞内RNAの量的変動を可視化することにもチオフラビンTを利用できると予想した.しかし,生きた菌の細胞内におけるRNAを特異的に検出することは可能なのか,そもそもチオフラビンTは菌の細胞膜を通過して細胞質に到達するのか,いくつもの障壁が存在することは容易に予想できた.幸いにも,当時そのような試みは報告されておらず,昨今のシングルセル解析の盛隆も拍車をかけることとなり,一見無謀とも思われる(?)挑戦への第一歩を踏み出すこととした.まず,大腸菌K-12株という非常に有名な実験室株を適度に培養し,その培養液にチオフラビンTを添加し,そのままスライドガラスの上にのせて蛍光顕微鏡下で観察してみた.すると,実験を行う前の懸念は単なる杞憂であったと瞬時に理解できた.真っ黒な背景のなか,大腸菌がきれいに輝いていたのである.しかも,その明るさは細胞ごとに適度にばらついており,あたかもそれらの細胞内における遺伝子発現(mRNAの量)の揺らぎを反映しているかのようであった.さらに,一部の細胞の中心付近はチオフラビンTに染まっておらず,大腸菌の核様体の部分が抜け落ちているように見える細胞も観察された.この結果は,核様体の周囲の細胞質に存在するRNAにチオフラビンTが結合して蛍光を発しているということを連想させるのに十分であった.核様体とその周囲の空間をより明確に識別するため,細胞分裂が異常で長い線維状の形態を示す大腸菌ftsZ84変異株をチオフラビンTとDAPIで共染色し,蛍光顕微鏡で観察した.予想どおり,チオフラビンTに由来する蛍光は細胞質において観察され,その局在は明らかに核様体とは異なるものであった.このことから,チオフラビンTは細胞質のDAPIで染色される核様体以外の成分に結合することが示唆された.次に,リファンピシンでRNA合成を阻害した大腸菌とチオフラビンTを混合した.このとき,蛍光強度の増大は観察されなかったことから(図4A図4■チオフラビンTを用いた大腸菌内RNAレベルの可視化),チオフラビンTは菌体内のRNA,特にmRNAと結合することを確信した.
A)リファンピシン処理によるRNA合成の阻害とチオフラビンTで染色した大腸菌K-12株の蛍光顕微鏡観察.リファンピシンを添加しなかった場合には,明るい蛍光を発する菌が多く観察され,リファンピシリンを添加した場合には明るい蛍光を発する菌は観察されなかった.B)RpoS :: mCherryを発現する大腸菌を各培養時間においてチオフラビンTで染色し,蛍光顕微鏡を用いて観察した.取得した画像をImage Jで解析し,それぞれの蛍光強度を定量化した.Nは解析に用いた細胞数を示す.
このような発見があった当時,筆者らの研究室(慈恵医大・細菌学講座)では定期的に行っているジャーナルクラブでパーシスタンスという現象が紹介され,にわかに注目を集めていた.薬剤感受性菌の集団中のごく少数の菌は,休眠状態にあってmRNAやタンパク質の合成が低下しており,薬剤寛容性(トレランス)を示す.興味深いことにそれらの菌は,抗菌薬を除くと増殖を開始し,再び抗菌薬にさらされるとある一定の菌のみが生き残る.この生き残った菌は変異株ではなく,野性株の表現型の一種で,休眠という状態を経ることで死滅を逃れているらしい.このような細菌集団中の薬剤寛容性を示す少数の菌は“パーシスター(persister)”と呼ばれている.パーシスターは,抗生物質が感染を排除できなくなる大きな理由の一つだと考えられており,その識別は臨床的にも極めて重要であると考えられる(13)13) J. Bigger: Lancet, 244, 497 (1944)..そこで筆者らは,チオフラビンTを用いることでパーシスターとそうではない菌を識別できるかを検討した.チオフラビンTに染まらない細胞がパーシスターに相当すると考えられたため,それを別の視点からも検証する必要があった.コペンハーゲン大学のGerdes博士らは,大腸菌の集団中のごく少数の細胞が定常期特異的なシグマ因子であるRpoSを過剰に発現しており,それらが薬剤寛容性示すことを報告していた(14)14) E. Maisonneuve, M. Castro-Camargo & K. Gerdes: Cell, 54, 1140 (2013)..彼らはゲノムからRpoS :: mCherryを発現する大腸菌株(MG1655 rpoS :: mcherry)を使用した一細胞リアルタイム解析により,RpoS高産生細胞とパーシスターの相関性を見事に示していた.筆者らは早速Gerdes博士にメールを送り,MG1655 rpoS :: mcherryを分与していただいた.この株とチオフラビンTを併用することで,通常の状態からパーシスターが出現していく様子を経時的に観察することができた(1)1) S. Sugimoto, K. Arita-Morioka, Y. Mizunoe, K. Yamanaka & T. Ogura: Nucleic Acids Res., 43, e92 (2015).(図4B図4■チオフラビンTを用いた大腸菌内RNAレベルの可視化).さらに,チオフラビンTを用いた菌体内RNAの量的変動を可視化する方法は,大腸菌のみならず,黄色ブドウ球菌・表皮ブドウ球菌・バチルス属細菌・コレラ菌・緑膿菌などさまざまな細菌にも適用可能であった(1)1) S. Sugimoto, K. Arita-Morioka, Y. Mizunoe, K. Yamanaka & T. Ogura: Nucleic Acids Res., 43, e92 (2015)..チオフラビンTはRNA代謝をモニタリングできる濃度でこれらの細菌の生育を阻害しなかったことから,一細胞ライブイメージングにも応用できると考えられる.
近年,チオフラビンTがグアニン四重鎖(G-quadruplex)DNAを検出する蛍光センサーとして利用できることが報告され(15~17)15) V. Gabelica, R. Maeda, T. Fujimoto, H. Yaku, T. Murashima, N. Sugimoto & D. Miyoshi: Biochemistry, 52, 5620 (2013).16) J. Mohanty, N. Barooah, V. Dhamodharan, S. Harikrishna, P. I. Pradeepkumar & A. C. Bhasikuttan: J. Am. Chem. Soc., 135, 367 (2013).17) A. Renaud de la Faverie, A. Guédin, A. Bedrat, L. A. Yatsunyk & J. L. Mergny: Nucleic Acids Res., 42, e65 (2014).,アミロイド以外の研究分野における応用性にも注目が集まっている.グアニン四重鎖は,グアニン塩基を多く含む一本鎖の核酸の中の異なる位置の4つのグアニンが,特殊な水素結合によりコンパクトな正方形へと折り畳まれて形成される.生体内での機能や形成メカニズムは明らかになっていないが,真核生物のDNA鎖の端にあってDNAを保護しているテロメアや,発がん作用のある遺伝子の発現調節にかかわるゲノム領域,およびmRNAの非翻訳領域にもグアニン四重鎖を形成する配列が存在することが示唆されいる(18)18) S. Burge, G. N. Parkinson, P. Hazel, A. K. Todd & S. Neidle: Nucleic Acids Res., 34, 5402 (2006)..それ以外にも,DNA methyltransferase(E.C. 2.1.1.72)(19)19) C. Ma, H. Liu, W. Li, H. Chen, S. Jin, J. Wang & J. Wang: Mol. Cell. Probes, 30, 118 (2016).,T4 polynucleotide kinase/phosphatase(E.C. 2.7.1.78)(20)20) C. Ma, H. Liu, J. Wang, S. Jin & K. Wang: Anal. Bioanal. Chem., 408, 3275 (2016).,DNA polymerase(EC 2.7.7.7)(21)21) F. Zhou, G. Wang, D. Shi, Y. Sun, L. Sha, Y. Qiu & X. Zhang: Analyst (Lond.), 140, 5650 (2015).などの酵素活性の測定においてもチオフラビンTが利用可能であることが報告されている.今後,さらに核酸研究分野においてチオフラビンTの利用価値が高まると予想される.また,筆者らはバイオフィルムと呼ばれる構造的・機能的に分化した微生物集団におけるRNA代謝の時空間的変動の可視化にもチオフラビンTを応用できることを見いだしている(杉本ら未発表データ).今後,さらにさまざまな研究分野において応用され,未解明の課題を解明するうえでの一助になることを期待したい.
Acknowledgments
本稿で紹介した研究は,熊本大学発生医学研究所分子細胞制御分野(小椋 光教授),ハイデルベルク大学ZMBH(Bernd Bukau教授),東京慈恵会医科大学医学部細菌学講座(水之江義充教授)において遂行された.当初の目的から大きく逸脱した研究を寛大なお心で見守っていただいた諸先生方に深く感謝いたします.また,熊本大学小椋研究室の山中邦俊准教授・有田健一博士(現福岡歯科大),同大学医学部腫瘍医学分野の荒木令江准教授・小林大樹博士,ハイデルベルク大学Bukau研究室のAxel Mogk博士・小口友樹博士(現Octapharma社)・Fabian Seyffer博士(現PromoCell社),コペンハーゲン大学のKenn Gerdes博士をはじめとする多くの方々のご協力の賜物である.さらに,本研究の一部は日本学術振興会特別研究員(PD)奨励費,日本学術振興会優秀若手研究者海外派遣プログラム,日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B),同若手研究(A),熊本大学発生医学研究所共同利用・共同研究拠点「発生医学の共同研究拠点」による研究費・旅費支援,ならびに私立大学戦略的研究基盤形成支援事業によるサポートを受けました.ここに厚く御礼申し上げます.
Reference
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