Kagaku to Seibutsu 55(9): 581 (2017)
巻頭言
分析機器と「見える化」
Published: 2017-08-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
近年,「見える化」という言葉がいろいろな分野で使われ重要視されています.この言葉はもともとビジネスの世界において,日常業務の改善や効率化を目的とした業務内容やプロセスを定量化・ビジュアル化する試みとして使われ始めたようです.今日では「可視化」全般に対して用いられているようです.科学の世界でも従来見えてなかったものを「可視化」,「見える化」することは極めて重要であると言えます.医用・医療の分野ではすでに各種病気の診断にMRI・CT・PETが用いられ治療への心強い武器となっています.最近では新たな測定原理や検出試薬などの開発に加え,分析機器開発やコンピューター解析技術の向上により医療のみならず生命科学分野におけるイメージングや気象や環境科学分野における大気・海流などの可視化技術も大きく発展しています.
筆者が関心をもち続けている食品科学分野においても,食品の産地偽装,粉ミルクへのメラミン混入など偽和物,残留農薬,環境ホルモン,遺伝子組換え食品,食品微生物汚染など食の安全・安心を脅かす問題の解決,さらには最近発展著しい機能性食品成分の動態解析などには可視化技術の発展が必須のように感じられます.このような状況のなかで,質量分析イメージング法,免疫組織学的解析,蛍光指紋イメージング,蛍光標識化によるイメージングなどが食品分野に応用され着実に発展を遂げているようです.
なかでも,質量分析イメージング法はマトリックス支援型レーザー脱離イオン化(MALDI)法と質量分析(MS)を組み合わせたもので,一度の測定で,1枚の切片から抗体や染色剤を必要とせず,複数の標的物質群の局在を解析できる特徴をもっているといわれています.すでに食品分野にも応用されコメの代謝物成分の局在や経口摂取したエイコサペンタエン酸の体内動態なども調べられています.筆者の所属していた研究室でも血管弛緩機能を有するジペプチドの腸管吸収動態の可視化が試みられています.低分子ペプチドのMALDI-MS検出は困難であるため,キレート作用を有するフィチン酸をマトリックス補助剤として添加することにより可視化に成功したと聞き,誠に喜ばしいことと思っています.
思えば50年ほど前,研究室へ入ったころは新設の研究室ということもあり部屋には分析機器らしいものはほとんどない状態でした.地方大学では機器の充実も遅々として進まない状況でしたが,それでも概算要求や科学研究費などへの申請を根気強く続け少しずつ充実していきました.「思えば遠くへ来たもんだ」というのが実感です.機器管理についても,最近では幸い高度な実験技術を習得した技術補佐員の一元配置が模索され教育研究支援センター(バーチャル)による集中化が試みられているようで心強く感じています.
農芸化学は「生命・食・環境」をキーワードとする広い範囲の実学を実践する学問です.今後,最先端分析機器の性能を十分に発揮して可視化の効果を上げ質の高い研究が行われることを期待しています.