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植物色素ベタレイン—分布,生合成および生理機能謎に包まれた多機能性植物色素

Yasuko Sakihama

崎浜 靖子

北海道大学大学院農学研究院

Published: 2017-08-20

ベタレインは,植物の花や果実などを赤紫や黄色に彩る植物色素であり,われわれの身の回りでは,菓子類を赤色に着色する食品着色料“アカビート(ビートレッド)色素”として使用されている.これまでは,主に視覚を刺激する色材として扱われてきた.しかし,近年,このベタレイン色素がラジカル除去能や抗酸化能,抗腫瘍作用などをもつ多機能分子群であることがわかってきたことから,機能性食品として注目を集めベタレインを含む代表的植物であるアカビートは“スーパーフード”としてさまざまなメディアで取り上げられている(1)1) M. I. Khan: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 15, 316 (2016)..しかしながら,まだ耳慣れない方も多いこのベタレイン色素について,その生合成経路や機能など最近の知見を紹介する.

植物二次代謝産物であるベタレインは,赤~赤紫色を呈するベタシアニンと黄色を呈するベタキサンチンの2種に分けられ,緑色を呈するクロロフィル,黄~橙色を呈するカロチノイド,黄,橙,赤,青,紫と幅広い色を発色するフラボノイドとともに植物四大色素に挙げられる色素である.四大色素のうち,クロロフィルやカロチノイドは光合成細菌から藻類,高等植物に広く分布し,フラボノイドはシダ以上の高等植物に普遍的に分布している.一方,ベタレインは,アカビート,オシロイバナ,マツバボタン,サボテンなど,中心子目のうちヒユ科・オシロイバナ科・サボテン科など17科の植物とベニテングダケなど一部の真菌にのみ分布が限定されている.さらに,ベタレインと同様に水溶性が高い赤色系フラボノイドのアントシアニンとは排他的,つまり,同じ細胞には決して共存しないという特徴的な分布様式を有している.また,クロロフィル,カロチノイド,フラボノイドに関しては,生合成にかかわる酵素のほとんどが遺伝子レベルで明らかにされているが,ベタレインは最も研究が遅れており,生合成経路や生合成遺伝子はまだ完全には解明されていない(2,3)2) Y. Tanaka, N. Sasaki & A. Ohmiya: Plant J., 54, 733 (2008).3) 作田正明:“植物色素フラボノイド”,武田幸作,齋藤規夫,岩科 司編,文一総合出版,2013, p. 413.

ベタレインは分子内に窒素を含んでいることから,古くは含窒素アントシアニンと呼ばれていた.ベタシアニンとベタキサンチンは,どちらも基本共通骨格としてベタラミン酸をもっており,そのベタラミン酸に,ベタシアニンはシクロドーパおよびその配糖体が,ベタキサンチンにはプロリンなどの生体アミノ酸またはアミンがそれぞれ結合している.先に述べたように,ベタレインの生合成経路についてまだ完全には理解されていないが,現在予想されているベタレイン生合成経路を図1図1■ベタレイン生合成経路に示した.チロシンの水酸化によりL-ドーパが合成され(Step 1),さらにドーパ4,5-ジオキシゲナーゼ(DOD)によってベタレインの基本共通骨格であるベタラミン酸が合成される(Step 2).また,ベタシアニンの構成要素であるシクロドーパは,L-ドーパがチロシナーゼによって酸化されドーパキノンとなった後,自発的反応によって非酵素的に生成されると考えられてきた.しかし2012年に,L-ドーパからシクロドーパへの変換(Step 3)を触媒する酵素としてCYP76AD1が同定され,酵素反応による生成経路が発見されている.また,CYP76AD1は,シクロドーパ合成だけでなくチロシン水酸化(Step 1)も触媒するバイファンクショナル酵素であり,ベタシアニンだけでなくベタレイン合成全体において重要な機能を有すると考えられる(4, 5)4) G. J. Hatlestad, R. M. Sunnadeniya, N. A. Akhavan, A. Gonzalez, I. L. Goldman, J. M. McGrath & A. M. Lloyd: Nat. Genet., 44, 816 (2012).5) G. Polturak, D. Breitel, N. Grossman, A. Sarrion-Perdigones, E. Weithorn, M. Pliner, D. Orzaez, A. Granell, I. Rogachev & A. Aharoni: New Phytol., 210, 269 (2016).

図1■ベタレイン生合成経路

Step 1~4(→)は酵素触媒反応,S(⇢)は自発的反応と考えられる.Tyr: チロシナーゼ,PPO: ポリフェノールオキシダーゼ,CYP76AD1: シトクロムP450酸化還元酵素,DOD: ドーパ4,5-ジオキシゲナーゼ,GT: グルコシルトラスフェラーゼ.

生成されたベタラミン酸とシクロドーパまたはアミノ酸/アミンは自発的反応(S)によって縮合し,ベタシアニンまたはベタキサンチンが生成される.ベタシアニンは通常配糖体として蓄積しており,配糖体化には2通りの経路が推定されている.一つ目は,シクロドーパが配糖体化(Step 4-1)された後にベタラミン酸と縮合する経路,2つ目は,シクロドーパとベタラミン酸が縮合しベタシアニンとなった後に配糖体化(Step 4-2)される経路である.両経路とも配糖体化はグルコシルトランスフェラーゼによって触媒されると考えられる.

近年,ベタレイン生合成の鍵となる酵素が同定されたことによって,生合成経路の解明が進むとともに,これらの遺伝子群の分子系統解析により,CYP76AD1DODの遺伝子重複とそれに続く機能多様化がベタレイン生合成の起源に深く関与していることが示唆されている(6)6) S. F. Brockington, Y. Yang, F. Gandia-Herrero, S. Covshoff, J. M. Hibberd, R. F. Sage, G. K. S. Wong, M. J. Moore & S. A. Smith: New Phytol., 207, 1170 (2015)..今後,さらにベタレイン生合成系遺伝子解析が進展することによって,アントシアニンとの排他的な分布の謎や混乱した被子植物の分類系統の理解に大きく寄与することが期待される.

ベタレインの生理機能については,in vitro系において有毒な活性酸素などを消去するラジカル除去能あるいは抗酸化機能をもつことが示されている(1)1) M. I. Khan: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 15, 316 (2016)..また,筆者らは,活性酸素と同様に反応性が高い活性窒素に対しても,アカビートベタレインが代表的抗酸化剤であるアスコルビン酸(ビタミンC)以上の高い消去活性をもち,DNA損傷を抑制することを見いだした(7)7) Y. Sakihama, M. Maeda, M. Hashimoto, S. Tahara & Y. Hashidoko: Free Radic. Res., 46, 93 (2012)..活性窒素は,核酸やタンパク質,脂質などの細胞構成成分を酸化および,ニトロソ化あるいはニトロ化する能力をもち,がんやアルツハイマー病など多くの疾病への関与が指摘されている.そのため,ベタレインがin vivoにおいても,活性酸素や活性窒素からの保護や抗酸化,抗がん作用を示すことが期待されており,動物細胞やマウス個体を対象にした研究が年々増加している.その結果,ベタレインはコレステロール(LDL)酸化抑制作用,炎症性サイトカイニン上昇抑制による抗炎症作用,薬物代謝酵素の誘導による肝臓保護作用などをもつことが示されている.しかしながら,ベタレインは酸化されやすいシッフ塩基あるいはイミニウムカチオン構造をもっており,非常に不安定な性質をもつ.そのため,精製された色素を用いた検討はごく限られており,その多くは未精製または粗精製のベタレインを使用した研究となっている(1)1) M. I. Khan: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 15, 316 (2016)..このことは,ベタレイン色素の機能あるいは,その反応分子機構の解明に至っていない一因となっており,高度精製ベタレイン色素を用いた検証が望まれている.

ベタレインの機能については動物細胞における研究が先行しており,ベタレインを生合成する植物細胞における機能に関しては報告例が非常に少ないのが現状である.ベタレインはさまざまな花色の素になっていることから,花粉媒介者誘引のための視覚的シグナルという生態学的な機能,さらに葉において,過剰な光から細胞を保護する光フィルター機能をもつと言われている.しかし,花や葉以外の茎,根などの器官にもベタレインが蓄積しており,低温や乾燥,塩などのストレス負荷によってベタレイン色素含量が上昇すること,またベタレイン含有植物であるヒユ科やサボテン科の植物は,熱帯や乾燥地帯,海浜など厳しい環境に生育する植物が多いことも知られている.これらの事実は,ベタレインには環境適応にかかわる生理学的な機能があることを示唆しているのではないだろうか.ベタレイン生合成酵素遺伝子の同定によって,ベタレインの種類や蓄積量を制御することが可能となってきた.今後,ベタレイン生合成変異体を用いた解析によってベタレインの植物における生理機能についても明らかになることが期待される.

Reference

1) M. I. Khan: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 15, 316 (2016).

2) Y. Tanaka, N. Sasaki & A. Ohmiya: Plant J., 54, 733 (2008).

3) 作田正明:“植物色素フラボノイド”,武田幸作,齋藤規夫,岩科 司編,文一総合出版,2013, p. 413.

4) G. J. Hatlestad, R. M. Sunnadeniya, N. A. Akhavan, A. Gonzalez, I. L. Goldman, J. M. McGrath & A. M. Lloyd: Nat. Genet., 44, 816 (2012).

5) G. Polturak, D. Breitel, N. Grossman, A. Sarrion-Perdigones, E. Weithorn, M. Pliner, D. Orzaez, A. Granell, I. Rogachev & A. Aharoni: New Phytol., 210, 269 (2016).

6) S. F. Brockington, Y. Yang, F. Gandia-Herrero, S. Covshoff, J. M. Hibberd, R. F. Sage, G. K. S. Wong, M. J. Moore & S. A. Smith: New Phytol., 207, 1170 (2015).

7) Y. Sakihama, M. Maeda, M. Hashimoto, S. Tahara & Y. Hashidoko: Free Radic. Res., 46, 93 (2012).