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オリザレキシン生合成における酸化酵素の働き化学構造の多様性はどのようにもたらされるか?

Naoki Kitaoka

北岡 直樹

富山県立大学工学部生物工学科

Published: 2017-08-20

植物は絶えず病原菌の脅威にさらされている.植物はそれら病原菌に対する巧みな防御応答機構を有しており,その一つに抗菌性化合物の生産がある.抗菌性化合物のうち病原菌などの感染によって生産が誘導されるものはファイトアレキシンと称されるが,その化学種は植物種によって様々である.イネ(Oryza sativa)は10種類以上のジテルペノイドを防御応答物質として生合成しており,それらの多くは日本の研究者によって単離構造決定された化合物である(1, 2)1) 赤塚尹巳:植物の化学調節,28, 145 (1993).2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013)..ジテルペノイド型ファイトアレキシンの多様性は,「炭素骨格」と「水酸基やカルボニル基などの官能基」によってもたらされる.「炭素骨格」はジテルペン環化酵素によって形成され,イネのファイトアレキシンの生合成にかかわるジテルペン環化酵素の多くは同定されている(2, 3)2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013).3) 豊増知伸:植物の生長調節,51, 8 (2016)..「水酸基やカルボニル基などの官能基」はシトクロムP450(CYP)や短鎖型脱水素酵素/還元酵素(SDR)などの酸化酵素によって導入される.ファイトアレキシンの生合成にかかわると予想されるCYPの酵素活性は数多く同定されている一方で(4)4) N. Kitaoka, X. Lu, B. Yang & R. J. Peters: Mol. Plant, 8, 6 (2015).,イネのジテルペノイドの生合成にかかわるSDRの酵素活性については,モミラクトンA生合成の最終段階を触媒するモミラクトンA合成酵素が同定されているのみであった(2, 3)2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013).3) 豊増知伸:植物の生長調節,51, 8 (2016)..興味深いことに,イネのジテルペノイド型ファイトアレキシンのうち,ファイトカサンおよびモミラクトンの生合成遺伝子群は,それぞれ2番染色体上と4番染色体上で遺伝子クラスターを形成している(2, 3, 5, 6)2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013).3) 豊増知伸:植物の生長調節,51, 8 (2016).5) 岡田憲典:化学と生物,47, 43 (2009).6) 宮本皓司,岡田憲典:化学と生物,51, 310 (2013)..本稿ではイネのファイトアレキシンの一つであるオリザレキシンの生合成について,最近明らかとなったCYPおよびSDRによる官能基の導入機構に焦点を当てて説明したい.

オリザレキシン類は現在までにイネより6化合物が同定されており,環状炭化水素であるent-sandaracopimaradieneが酸化修飾を受け各化合物が生合成される(図1図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路).ent-sandaracopimaradieneの水酸化を触媒する酵素として,CYP76M5, CYP76M6, CYP76M8,およびCYP701A8が同定されている(4)4) N. Kitaoka, X. Lu, B. Yang & R. J. Peters: Mol. Plant, 8, 6 (2015)..ファイトカサン生合成遺伝子クラスターに存在するCYP76M5, CYP76M6,およびCYP76M8は,ent-sandaracopimaradieneの7位水酸化を触媒する(図1図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路).ジベレリンの生合成酵素であるent-kaurene酸化酵素のパラログであるCYP701A8は,ent-sandaracopimaradieneの3位水酸化を触媒する(図1図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路).以上より,ent-sandaracopimaradiene生合成遺伝子群とともに, CYP701A8とCYP76Mサブファミリーに属する遺伝子を導入した大腸菌では,3位と7位に水酸基が導入されたオリザレキシンDが生成することが予想された.しかし,CYP701A8とCYP76M8を共発現した大腸菌では予想どおりオリザレキシンDが生成したものの,CYP701A8とCYP76M6を共発現した大腸菌では3位と9位に水酸基が存在するオリザレキシンEが生成した(4)4) N. Kitaoka, X. Lu, B. Yang & R. J. Peters: Mol. Plant, 8, 6 (2015).図1図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路).オリザレキシンDの3位と7位の水酸基はカルボニル基へとさらに酸化されることにより,オリザレキシンA, B, Cへと変換される.そこで,水酸基からカルボニル基への酸化反応を触媒し,モミラクトン合成酵素が属するSDRに着目し,キチンエリシターによって遺伝子発現が誘導されるSDRを候補として検討した.その結果,モミラクトン合成酵素と同じクレードに存在するOsSDR110C-MS3がオリザレキシンDを基質としてオリザレキシンA, B, Cの混合生成物を与える一方で,モミラクトン合成酵素とは異なるクレードに属するOsSDR110C-MI3がオリザレキシンDの3位水酸基の酸化反応を触媒しオリザレキシンBを与えることが明らかになった(7)7) N. Kitaoka, Y. Wu, J. Zi & R. J. Peters: Plant J., 88, 271 (2016).図1図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路).

図1■イネにおけるオリザレキシンの生合成経路

上記の酵素のうち,CYP76M8やCYP701A8はオリザレキシン以外のファイトアレキシン生合成経路における酵素機能も報告されており(4)4) N. Kitaoka, X. Lu, B. Yang & R. J. Peters: Mol. Plant, 8, 6 (2015).,「同一の酸化酵素」が「異なるファイトアレキシンの生合成」にかかわる可能性がある.テルペン環化酵素の機能が分化した際に,既存の酸化酵素によってさまざまな修飾基を有するジテルペノイドが複数生み出されてきたのかもしれない.本稿で説明したオリザレキシンの生合成経路は,大腸菌を宿主として発現させた組換えタンパク質を用いた酵素活性試験から提唱されたものである.各生合成遺伝子の発現抑制株や破壊株におけるファイトアレキシンおよびその生合成中間体の内生量分析を行うことにより,植物体内での生合成機構の全体像が明らかになるであろう.

近年,栽培イネの祖先種および近縁種との比較ゲノム解析を用いたファイトアレキシン生合成遺伝子クラスター形成における進化モデルの提唱(8)8) K. Miyamoto, M. Fujita, M. R. Shenton, S. Akashi, C. Sugawara, A. Sakai, K. Horie, M. Hasegawa, H. Kawaide, W. Mitsuhashi et al.: Plant J., 87, 293 (2016).,コケ植物ハイゴケ(Hypnum plumaeforme)におけるモミラクトン生合成に関与する遺伝子の単離と生物学的な機能の解明(9)9) K. Okada, H. Kawaide, K. Miyamoto, S. Miyazaki, R. Kainuma, H. Kimura, K. Fujiwara, M. Natsume, H. Nojiri, M. Nakajima et al.: Sci. Rep., 6, 25316 (2016).,さらにはイネのジテルペノイド型ファイトアレキシン生合成の制御を司るbHLH型転写因子の同定(10)10) C. Yamamura, E. Mizutan, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji et al.: Plant J., 84, 1100 (2015).など興味深い研究結果が次々と報告されている.その一方で,モミラクトンやファイトカサンの生合成経路の全容はわかっておらず,イネのジテルペノイド型ファイトアレキシン研究には未解明の部分が存在する.今後の研究の行方を楽しみにしている.

Reference

1) 赤塚尹巳:植物の化学調節,28, 145 (1993).

2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013).

3) 豊増知伸:植物の生長調節,51, 8 (2016).

4) N. Kitaoka, X. Lu, B. Yang & R. J. Peters: Mol. Plant, 8, 6 (2015).

5) 岡田憲典:化学と生物,47, 43 (2009).

6) 宮本皓司,岡田憲典:化学と生物,51, 310 (2013).

7) N. Kitaoka, Y. Wu, J. Zi & R. J. Peters: Plant J., 88, 271 (2016).

8) K. Miyamoto, M. Fujita, M. R. Shenton, S. Akashi, C. Sugawara, A. Sakai, K. Horie, M. Hasegawa, H. Kawaide, W. Mitsuhashi et al.: Plant J., 87, 293 (2016).

9) K. Okada, H. Kawaide, K. Miyamoto, S. Miyazaki, R. Kainuma, H. Kimura, K. Fujiwara, M. Natsume, H. Nojiri, M. Nakajima et al.: Sci. Rep., 6, 25316 (2016).

10) C. Yamamura, E. Mizutan, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji et al.: Plant J., 84, 1100 (2015).