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地球規模の大気水素循環に重要な役割を果たす鍵微生物群の発見と生理生態学的特性超低濃度の水素を酸化可能な新規ヒドロゲナーゼをもつ植物共生放線菌

Manabu Kanno

菅野

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Published: 2017-08-20

大気中の水素は,メタンに次いで多く存在する還元性ガスである.燃料電池自動車の普及などに伴う人為的な水素放出量の増大は,地球温暖化の促進やオゾン層の破壊を引き起こすと懸念されており,水素の地球環境への影響は無視できない(1)1) T. K. Tromp, R. L. Shia, M. Allen, J. M. Eiler & Y. L. Yung: Science, 300, 1740 (2003)..大気中に存在する水素の約80%にも相当する量(年間0.4~0.9億トン)は陸地表層で取り込まれることが観測されている(2)2) P. Constant, L. Poissant & R. Villemur: Sci. Total Environ., 407, 1809 (2009)..しかしながら,過去数十年の間,この消費過程を担うプレーヤーは不明のままであった.では,誰が,空中の水素を消費しているのだろうか? 本稿では,大気水素を酸化する微生物群(高親和性水素酸化細菌)の最近の発見からこれまでに得られた知見を紹介したい.

まず,水素の地球化学的循環を俯瞰する(図1図1■生物圏における水素の発生および消費にかかわる反応の概略図).水素の大部分は嫌気的な環境で生物学的,もしくは非生物学的に発生する.発生したほとんどの水素は嫌気性の微生物によって消費されるが,好気条件では,取込み型ヒドロゲナーゼをもつ好気性の水素酸化細菌が水素を直接酸化してエネルギー源とする.陸域における主な水素の発生源は,マメ科植物の根粒などに住む窒素固定細菌であり,窒素固定を行う際の副産物として水素が発生する.大気濃度の約2万倍の水素が発生するとされる根粒表層には,水素酸化細菌が優占し,土壌からの水素放出を抑制することで農耕地全体のエネルギーロスを防ぐ(3)3) S. Piché-Choquette, J. Tremblay, S. G. Tringe & P. Constant: Peer J, 4, e1782 (2016)..しかし,大気中にいったん水素が放出されて濃度が約0.00005%まで低下してしまうと,既知の水素酸化細菌のもつヒドロゲナーゼでは親和性が低く反応することは不可能である.このことから,大気水素を利用できる生物はいないとされていた.

図1■生物圏における水素の発生および消費にかかわる反応の概略図

嫌気環境から好気環境に移行するにつれて,より低濃度の水素と反応可能な微生物代謝となる.

ところが,2008年,大気濃度レベルの極めて希薄な水素を酸化する微生物がついに土壌から分離された(4)4) P. Constant, L. Poissant & R. Villemur: ISME J., 2, 1066 (2008)..このStreptomyces属の放線菌株は,既知の酵素の下限からさらに100倍低濃度の水素を酸化可能な全く新しい[NiFe]ヒドロゲナーゼを有しており,グループ1h/5の酵素分類群が新しく設けられた(5, 6)5) P. Constant, S. Chowdhury, L. Hesse, J. Pratscher & R. Conrad: Appl. Environ. Microbiol., 77, 6027 (2011).6) C. Greening, A. Biswas, C. R. Carere, C. J. Jackson, M. C. Taylor, M. B. Stott, G. M. Cook & S. E. Morales: ISME J., 10, 761 (2016).図2図2■[NiFe]ヒドロゲナーゼの大サブユニットのアミノ酸配列を基にした分子系統樹).この高親和性ヒドロゲナーゼの遺伝子が初めて報告されたのは,2015年に大村 智先生がノーベル賞を受賞なされた抗寄生虫薬エバーメクチンの生産菌Streptomyces avermitilisのゲノムからであった.登録ゲノム情報の探索結果から,この酵素遺伝子をもつ微生物株の約9割は放線菌(39属:Streptomyces, Frankia, Mycobacterium, Nocardia, Rhodococcusなど)で占められることが明らかとなった.これまでに放線菌とアシドバクテリウム門細菌とウェルコミクロビウム門細菌の分離株のみで,高親和な水素酸化活性が報告されている(7, 8)7) C. Greening, C. R. Carere, R. Rushton-Green, L. K. Harold, K. Hards, M. C. Taylor, S. E. Morales, M. B. Stott & G. M. Cook: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10497 (2015).8) S. Mohammadi, A. Pol, T. A. van Alen, M. S. M. Jetten & H. J. M. Op den Camp: ISME J., 11, 945 (2016)..ちなみに,高親和性水素酸化の分析には,水素の検出に一般に用いられる熱伝導度検出器(TCD: Thermal Conductivity Detector)ではなく,より高感度な還元性ガス検出器(RGD: Reduced Gas Detector)が不可欠となる.プロテオバクテリア門細菌やクロロフレキシ門細菌からもこの酵素遺伝子が見いだされているものの,水素酸化活性はいまだ確認されていない.

図2■[NiFe]ヒドロゲナーゼの大サブユニットのアミノ酸配列を基にした分子系統樹

新しく見いだされた高親和性ヒドロゲナーゼは,水素取込み型,膜結合型といった特徴からグループ1に大別されるが,既知の酵素とは明確に別のクラスターを形成する.

高親和性ヒドロゲナーゼの大サブユニットをコードする遺伝子(hhyL)を分子マーカーとして,高親和性水素酸化細菌の分布範囲や存在量,多様性といった生態学的特性を調べることが可能である.土壌における分布調査は国外の他チームにより進められた.その結果,この微生物グループは,森林や農耕地,泥炭地,砂漠などあらゆる生態系の土壌に普遍的に存在することが明らかとなり,グローバルな大気水素の循環に主要な役割を担う可能性が示唆された(5)5) P. Constant, S. Chowdhury, L. Hesse, J. Pratscher & R. Conrad: Appl. Environ. Microbiol., 77, 6027 (2011)..一方で,筆者らは,土壌以外の別の生物圏である植物表面や植物体内に住む微生物に着目した.地球上の陸地表層の50%以上を占める植生地においても,水素の放射性同位体であるトリチウムを用いて大気からの取り込みが報告されているものの,それを担う微生物は当時明らかとなっていなかった(9, 10)9) J. C. McFarlane: Environ. Exp. Bot., 18, 131 (1978).10) M. Ichimasa, M. Suzuki, H. Obayashi, Y. Sakuma & Y. Ichimasa: J. Radiat. Res., 40, 243 (1999)..植物体内は通気組織の発達した好気的環境であり,植物1グラム当たり102~107個もの細菌が存在することが知られる(11)11) S. Compant, C. Clément & A. Sessitsch: Soil Biol. Biochem., 42, 669 A (2010)..そこで,「植物共生微生物も大気水素の循環にかかわる隠れた生態系機能を有しているのではないか」との作業仮説を立て,分子生態解析,微生物の分離培養,植物接種試験,蛍光顕微鏡観察,ガス分析などを駆使することで,高親和性水素酸化細菌は土壌だけでなく植物にも広く存在することを初めて明らかとした(12)12) M. Kanno, P. Constant, H. Tamaki & Y. Kamagata: Environ. Microbiol., 18, 2495 (2016).図3図3■高親和性ヒドロゲナーゼをもち大気水素を利用可能な放線菌は環境中の植物に広く棲息する).具体的には,(i)試験した野生植物6科6種のすべてから多様なhhyL遺伝子が検出され, そのすべてが放線菌の遺伝子クラスターに属した.(ii)シロイヌナズナおよびイネの体内から高親和な水素酸化活性を有するStreptomyces属放線菌株を獲得した.(iii)放線菌特異的な蛍光可視化技術によって,接種4週間後に植物表面および植物体内にて分離株の局在を観察した.微生物1細胞当たりの水素酸化活性は土壌と植物で同等であり,微生物が共生した植物体でのみ,フィールドの観測報告値と同等の大気水素の消費を確認した.地球上には草本植物約640億トン,木本植物約7,360億トンの膨大なバイオマスが存在するが,これら植物に高親和性水素酸化細菌が普遍的に存在していると仮定した場合,共生微生物の地球規模での大気水素循環への寄与は多大なものと推測される.

図3■高親和性ヒドロゲナーゼをもち大気水素を利用可能な放線菌は環境中の植物に広く棲息する

写真の微生物は,放線菌に特異的な蛍光標識DNAプローブを用いたFISH法(Fluorescence in situ hybridization)によって可視化した.

さて,超低濃度の水素を利用可能な放線菌群の発見からは,さらなる疑問が生じる.従属栄養生物として知られる放線菌は,そもそも何のために大気中の水素を利用するのだろうか? とりわけ,植物との共生関係において大気水素を利用できることのメリットはあるのだろうか? 非常に興味深いことに,栄養制限下の非増殖期の細胞やStreptomyces属の胞子において,高親和性ヒドロゲナーゼ遺伝子の発現と水素消費が見られている(13, 14)13) P. Constant, S. Chowdhury, J. Pratscher & R. Conrad: Environ. Microbiol., 12, 821 (2010).14) L. K. Meredith, D. Rao, T. Bosak, V. Klepac-Ceraj, K. R. Tada, C. M. Hansel, S. Ono & R. G. Prinn: Environ. Microbiol. Rep., 6, 226 (2013)..このことは,放線菌が非増殖の状態で長期生存するためのエネルギーが大気水素の酸化によって獲得される可能性を示唆している.実際に,高親和性ヒドロゲナーゼの遺伝子破壊株の解析より,Mycobacterium属細菌の栄養制限下の生存率や,Streptomyces属胞子の発芽率は,それぞれ野生株と比較して60%, 24%に低下することが報告されており,筆者らが作製した遺伝子破壊株においてもこれを支持する結果を得ている(15, 16)15) M. Berney & G. M. Cook: PLoS ONE, 5, e8614 (2010).16) Q. Liot & P. Constant: Microbiology Open, 5, 47 (2015)..放線菌が住処とする土壌中や植物体内の導管や細胞間隙は,有機物が常に安定的に得られる環境とは考えにくく,従属栄養生物にとって我慢を強いられる局面も多いと推察される.そのような環境でも生物集団を維持する(共生関係を維持する)放線菌の頑強さの一因は,大気水素酸化の代謝様式を併せ持つことにあるのかもしれない.

以上述べてきたように,放線菌は,医薬・工業分野や農業分野において有用のみならず,大気水素の循環の立役者といった重要な生態学的役割を演じる.この類いまれなる生物機能は,水素社会の到来が予想される将来にますます重要になるものと考えられる.また,今回見つかったグループ1h/5の[NiFe]ヒドロゲナーゼは,既知酵素にない高親和性かつ酸素耐性といった特徴を有するため,たとえば燃料電池の酵素電極としての活用など,生体触媒として魅力的である.さらに今後は,Streptomyces属放線菌の生物間相互作用や複雑な形態分化,多種多様な二次代謝産物の生産誘導に関して,大気水素の利用といった切り口から新知見の獲得が期待される.

Acknowledgments

本研究を遂行するにあたり,鎌形洋一氏,玉木秀幸氏(産業技術総合研究所),Dr. Philippe Constant(INRS-Institut Armand-Frappier, Canada)にご協力を賜りました.本研究の一部は,科研費およびアサヒビール学術振興財団の支援を受けて行われました.

Reference

1) T. K. Tromp, R. L. Shia, M. Allen, J. M. Eiler & Y. L. Yung: Science, 300, 1740 (2003).

2) P. Constant, L. Poissant & R. Villemur: Sci. Total Environ., 407, 1809 (2009).

3) S. Piché-Choquette, J. Tremblay, S. G. Tringe & P. Constant: Peer J, 4, e1782 (2016).

4) P. Constant, L. Poissant & R. Villemur: ISME J., 2, 1066 (2008).

5) P. Constant, S. Chowdhury, L. Hesse, J. Pratscher & R. Conrad: Appl. Environ. Microbiol., 77, 6027 (2011).

6) C. Greening, A. Biswas, C. R. Carere, C. J. Jackson, M. C. Taylor, M. B. Stott, G. M. Cook & S. E. Morales: ISME J., 10, 761 (2016).

7) C. Greening, C. R. Carere, R. Rushton-Green, L. K. Harold, K. Hards, M. C. Taylor, S. E. Morales, M. B. Stott & G. M. Cook: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10497 (2015).

8) S. Mohammadi, A. Pol, T. A. van Alen, M. S. M. Jetten & H. J. M. Op den Camp: ISME J., 11, 945 (2016).

9) J. C. McFarlane: Environ. Exp. Bot., 18, 131 (1978).

10) M. Ichimasa, M. Suzuki, H. Obayashi, Y. Sakuma & Y. Ichimasa: J. Radiat. Res., 40, 243 (1999).

11) S. Compant, C. Clément & A. Sessitsch: Soil Biol. Biochem., 42, 669 A (2010).

12) M. Kanno, P. Constant, H. Tamaki & Y. Kamagata: Environ. Microbiol., 18, 2495 (2016).

13) P. Constant, S. Chowdhury, J. Pratscher & R. Conrad: Environ. Microbiol., 12, 821 (2010).

14) L. K. Meredith, D. Rao, T. Bosak, V. Klepac-Ceraj, K. R. Tada, C. M. Hansel, S. Ono & R. G. Prinn: Environ. Microbiol. Rep., 6, 226 (2013).

15) M. Berney & G. M. Cook: PLoS ONE, 5, e8614 (2010).

16) Q. Liot & P. Constant: Microbiology Open, 5, 47 (2015).