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和食のサイエンス—フードメタボロミクスによる展開伝統的食文化を新しい成分分析技術で紐解く

Yoko Iijima

飯島 陽子

神奈川工科大学応用バイオ科学部栄養生命科学科

Published: 2017-08-20

2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されて以来,和食の美しさ,奥深さ,健康とのかかわりが再認識され,国の内外を問わず注目を浴びている.和食の主な特徴は,その見た目と独特な風味(味・香り)であり,日本の気候に合わせた先人の知恵・技術の継承の賜物として,まさに文化として発展してきた.食品科学の観点から和食を切り崩していくと,それは主に 1)日本独自の食材の活用と2)発酵・保存技術の開発と発展が挙げられる.しかしながら,和食に関する学術研究は圧倒的に少ないのが現状であり,未知,解明されていない部分も多々ある.その理由として,地域性が高い食材,遺伝的背景がよくわかっていない食材が多いこと,品種が同じでも生育状態や環境によって品質が変わることや,発酵食品にいたってはその製造の複雑性が挙げられる.

近年生命科学の分野において,網羅的な代謝物解析によって生体内の代謝物挙動を捉え,生命活動を解明しようとするメタボローム解析(メタボロミクス)が導入されるようになった.食品も元をたどれば動植物や微生物から成り立ち,代謝物には食品成分として有用なものも多い.また,食品科学分野において,品質管理の最適化や食品の鮮度や加工の評価,食材品種の判別,嗜好性や機能性の因子解明という点で,“フードメタボロミクス”として網羅的成分分析に基づくメタボローム解析を活用した報告が増えている(1~3)1) D. S. Wishart: Trends Food Sci. Technol., 19, 482 (2008).2) J. M. Cevallos-Cevallos, J. I. Reyes-De-Corcuera, E. Etxeberria, M. D. Danyluk & G. E. Rodrick: Trends Food Sci. Technol., 20, 557 (2009).3) S. D. Johanningsmeier, G. K. Harris & C. M. Klevorn: Annu. Rev. Food Sci. Technol., 7, 413 (2016)..筆者らは現在,和食材をテーマとして特に風味に着目し,メタボロミクスを研究手法に取り入れ,香気組成と官能特性の相関(4)4) Y. Iijima, Y. Iwasaki, Y. Otagiri, H. Tsugawa, T. Sato, H. Otomo, Y. Sekine & A. Obata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 2401 (2016).,品種判別,鮮度変化,香気生合成などについて研究を進めているが,ここではその一例として,和食においてポピュラーな薬味であるショウガを対象にした研究について紹介する.

ショウガはその根茎が世界的にもよく使用される香辛料であり,その特徴はさわやかな香りと辛味にある.和食においても,寿司の“ガリ”や牛丼の“紅ショウガ”など,その使用頻度は高い.未熟な根茎は“新ショウガ”として特に初夏の旬の時期に販売されているが,成熟保存した根茎は“ひねショウガ”として1年中入手可能である.その硬さや風味が異なるため,別々の料理に用いられることが多く,市場でも区別して売られている.われわれは,食用で使用される大ショウガの新ショウガとひねショウガの風味の違いに着目し,香気成分をガスクロマトグラフィ質量分析計(GC-MS)で,不揮発性成分は液体クロマトグラフィ質量分析計(LC-MS)で網羅的に分析し,主成分分析により組成比較を行った.香気成分では,新ショウガではgeranyl acetateを主とするモノテルペンアルコールの酢酸エステル化合物が多く,ヒネショウガではcitral(geranial)およびセスキテルペン類の寄与が高かった(図1図1■ショウガ根茎の香りメタボローム解析により導かれた成熟度と香気成分変化の関係).特に,量的に差が大きいgeranyl acetateとcitralは香気特性が異なるうえ官能的寄与度が大きく,新ショウガとヒネショウガの香気特徴を差別化する成分であることがわかった.いずれも構造的にgeraniol類縁化合物であり,ショウガ根茎の成熟中にgeranyl acetateが減少しcitralが増加すること,安定同位体を用いた代謝比較解析から,根茎が新ショウガからひねショウガに成熟することにより,geranyl acetate→geraniol→citralの反応が起こっていることを確認した.さらに,geranyl acetateからgeraniolの生成には加水分解酵素(GeAcH)が,geraniolからcitralの生成には脱水素酵素(GeDH)が関与し,特にGeDHをコードするZoGeDH1の発現増大がひねショウガのcitralの生成に関与することを見いだした(5)5) Y. Iijima, T. Koeduka, H. Suzuki & K. Kubota: Plant Biotechnol., 31, 525 (2014).

図1■ショウガ根茎の香りメタボローム解析により導かれた成熟度と香気成分変化の関係

一方,LC-MSの網羅的分析結果から,ショウガ根茎には辛味成分であるgingerolを中心とする多くのフェノール性成分が検出された.しかしショウガのフェノール性成分についての単離,構造決定の報告は過去に多くあるものの(6)6) Y. Masuda, H. Kikuzaki, M. Hisamoto & N. Nakatani: Biofactors, 21, 293 (2004).,標準品の入手が困難であるため,その定量データは少ない.筆者らは,多段階MS/MS分析によるマスフラグメントパターンを解析した結果,ショウガのフェノール化合物群は,フェノール部の構造の違い,側鎖の長さと修飾により分類できることを明らかにした(7)7) Unpublished data..多変量解析により新ショウガとひねショウガでは,辛味成分のgingerolには量的な違いが見られなかったが,それ以外の成分で違いが見られるものがあった.また,そのなかからショウガの黄色に関与する成分も見いだされた(8)8) Y. Iijima & A. Joh: Food Sci. Technol. Res., 20, 971 (2014).

このように,和食材一つをとってもメタボローム解析により新たに見えてくるものが多い.和食に使われる食材は,世界的にはマイナーであり,国内でも産地や生育方法によって形質や風味が異なる.食品におけるメタボローム解析が有用な点は,特定成分の定量分析にとどまらず,異なる条件下(品種や生育条件,季節など)で採取したサンプルデータに対し,多成分の代謝や加工による変動を同時に捉え,検出された成分間の関連性を見いだすことができる点にあると考える.さらに官能評価データなどほかの機能性データが取得できれば,成分との機能の相関性を見いだすことが可能となる.すでに日本酒(9)9) M. Sugimoto, T. Koseki, A. Hirayama, S. Abe, T. Sano, M. Tomita & T. Soga: J. Agric. Food Chem., 58, 374 (2009).やお茶(10)10) L. Tarachiwin, K. Ute, A. Kobayashi & E. Fukusaki: J. Agric. Food Chem., 55, 9330 (2007).,醤油(11)11) S. Yamamoto, T. Bamba, A. Sano, Y. Kodama, M. Imamura, A. Obata & E. Fukusaki: J. Agric. Food Chem., 114, 170 (2012).などの嗜好性評価とメタボローム解析によるモデル構築の報告もされている.今後,和食研究におけるフードメタボロミクスの活用は,先人の知恵や職人の勘によって発展した和食を科学的エビデンスとして解明するだけでなく,食材の生産管理,質の向上維持など和食の継承発展に役立つといえる.

Reference

1) D. S. Wishart: Trends Food Sci. Technol., 19, 482 (2008).

2) J. M. Cevallos-Cevallos, J. I. Reyes-De-Corcuera, E. Etxeberria, M. D. Danyluk & G. E. Rodrick: Trends Food Sci. Technol., 20, 557 (2009).

3) S. D. Johanningsmeier, G. K. Harris & C. M. Klevorn: Annu. Rev. Food Sci. Technol., 7, 413 (2016).

4) Y. Iijima, Y. Iwasaki, Y. Otagiri, H. Tsugawa, T. Sato, H. Otomo, Y. Sekine & A. Obata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 2401 (2016).

5) Y. Iijima, T. Koeduka, H. Suzuki & K. Kubota: Plant Biotechnol., 31, 525 (2014).

6) Y. Masuda, H. Kikuzaki, M. Hisamoto & N. Nakatani: Biofactors, 21, 293 (2004).

7) Unpublished data.

8) Y. Iijima & A. Joh: Food Sci. Technol. Res., 20, 971 (2014).

9) M. Sugimoto, T. Koseki, A. Hirayama, S. Abe, T. Sano, M. Tomita & T. Soga: J. Agric. Food Chem., 58, 374 (2009).

10) L. Tarachiwin, K. Ute, A. Kobayashi & E. Fukusaki: J. Agric. Food Chem., 55, 9330 (2007).

11) S. Yamamoto, T. Bamba, A. Sano, Y. Kodama, M. Imamura, A. Obata & E. Fukusaki: J. Agric. Food Chem., 114, 170 (2012).