Kagaku to Seibutsu 55(9): 602-610 (2017)
解説
花の形づくりを決める遺伝子ネットワークシロイヌナズナ花研究のこれまでとこれから
Gene Regulatory Network for Reproductive Development Mediated by Floral Homeotic Genes
Published: 2017-08-20
1991年に遺伝学的な解析によって,がく,花びら,おしべ,めしべという4つの花器官は3つのクラスの遺伝子の組み合わせ「ABCモデル」によってつくられることが報告された.その後の研究により,これらの3つのABC遺伝子がどの組み合わせではたらくのかを決める分子的なメカニズムが明らかになっている.さらにABC遺伝子がはたらき始めるための上流の仕組み,およびABC遺伝子が制御する多種多様なイベントと複雑な下流のネットワークの一端もわかってきた.この解説では,近年の研究から見えてきたABC遺伝子が花をつくるための仕組みと順序,およびそこから見えてきた今後の課題を述べる.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
花器官の性質を決定するABCモデルは,アブラナ科のシロイヌナズナ,およびオオバコ科のキンギョソウを用いて突然変異体を単離するという遺伝学的なアプローチから始まった.一見複雑に見える花を,それぞれ外側から内側へ続く同心円状につくられる4種類の花器官,がく,花びら,おしべ,めしべとして,単純化して捉えることが遺伝学的なモデルをつくる第一段階であった.ABCモデルは以下の2つの条件を満たすものとして提唱された(1, 2)1) J. L. Bowman, D. R. Smyth & E. M. Meyerowitz: Development, 112, 1 (1991).2) E. S. Coen & E. M. Meyerowitz: Nature, 353, 31 (1991)..1)A遺伝子はがくを,AとB遺伝子は花びらを,BとC遺伝子はおしべを,C遺伝子はめしべをつくるために必要である.2)A遺伝子とC遺伝子は互いを抑えるようにはたらく(図1図1■シロイヌナズナの花の形づくり).これまでにシロイヌナズナではこの定義を満たすと考えられる遺伝子が5つ同定されている.Aクラス遺伝子にはAPETALA1(AP1),APETALA2(AP2)が,Bクラス遺伝子にはAPETALA3(AP3),PISTILLATA(PI)が,Cクラス遺伝子にはAGAMOUS(AG)が属する.1990年代の後半までには,ABC遺伝子のはたらきを強めると,花器官の性質がほかの花器官のものに変わってしまうことが確認されている(3~5)3) Y. Mizukami & H. Ma: Cell, 71, 119 (1992).4) T. Jack, G. L. Fox & E. M. Meyerowitz: Cell, 76, 703 (1994).5) B. A. Krizek & E. M. Meyerowitz: Development, 122, 11 (1996)..遺伝子のクローニングの結果,5つとも遺伝子がはたらく場所や時期を決める転写因子であることがわかった.AP1, AP3, PI, 遺伝子はMADSボックス転写因子のファミリーを,AP2遺伝子はAP2型転写因子をコードしていた(6~9)6) M. F. Yanofsky, H. Ma, J. L. Bowman, G. N. Drews, K. A. Feldmann & E. M. Meyerowitz: Nature, 346, 35 (1990).7) T. Jack, L. L. Brockman & E. M. Meyerowitz: Cell, 68, 683 (1992).8) K. Goto & E. M. Meyerowitz: Genes Dev., 8, 1548 (1994).9) M. A. Mandel, C. Gustafson-Brown, B. Savidge & M. F. Yanofsky: Nature, 360, 273 (1992)..
野生型は,外側からがく,花びら,おしべ,めしべで構成されている.ap2変異体は,がくがめしべ,花びらがおしべに変わる.pi変異体は,花びらががく,おしべがめしべに変わる.ag変異体の花は,おしべが花びら,めしべががく,花びら,花びらの繰り返し構造をもつ.
2000年代の始めに,シロイヌナズナの全ゲノム配列が明らかになり,ほとんどすべての遺伝子の突然変異体が利用可能になると,これまでの遺伝学的なアプローチではあつかうことが難しかった多重変異体を自在につくれるようになった(10, 11)10) The Arabidopsis Genome Initiative: Nature, 408, 796 (2000).11) J. M. Alonso, A. N. Stepanova, T. J. Leisse, C. J. Kim, H. Chen, P. Shinn, D. K. Stevenson, J. Zimmerman, P. Barajas, R. Cheuk et al.: Science, 301, 653 (2003)..このようなアプローチによるブレイクスルーと言えるのが,のちにEクラス遺伝子と呼ばれるようになるMADSボックス転写因子をコードする4つのSEPALLATA(SEP)遺伝子の発見である(12, 13)12) S. Pelaz, G. S. Ditta, E. Baumann, E. Wisman & M. F. Yanofsky: Nature, 405, 200 (2000).13) G. Ditta, A. Pinyopich, P. Robles, S. Pelaz & M. F. Yanofsky: Curr. Biol., 14, 1935 (2004)..sep四重変異体では花器官が葉に変わってしまうだけでなく,ABC遺伝子とSEP遺伝子のはたらきを強めることによって葉を花器官に変えることができた.この結果からABCモデルは,AとE遺伝子はがくを,AとBとE遺伝子は花びらを,BとCとE遺伝子はおしべを,CとE遺伝子はめしべをつくるために必要であるというABCEモデルへとリニューアルされた(図2図2■MADSボックス転写因子複合体のモデル).葉から花をつくるための条件が明らかになったことから,花器官の性質を与えるための主要な因子は出そろったと考えられた(14, 15)14) G. Theissen & H. Saedler: Nature, 409, 469 (2001).15) G. Theissen: Curr. Opin. Plant Biol., 4, 75 (2001)..
AP1, AP3, PI, AGはEクラスのSEPと複合体を形成する.がく複合体はAP1, SEP, 花びら複合体はAP1, AP3, PI, SEP, おしべ複合体はAP3, PI, AG, SEPめしべ複合体はAG, SEPが複合体を形成して,花器官の性質を決定している.
このABCEモデルでは,A, B, C, E遺伝子がそれぞれの決まった領域で発現する必要があるのだが,その仕組みは説明されていない.そこで,以降の研究の対象は,モデルの定義であったAとC遺伝子が互いを抑えるようにはたらくことと,ABC遺伝子がはたらく前にどのような遺伝子がはたらくのかという上流の遺伝子ネットワークの解明へと移行していく.また,もう一つのモデルの定義である組み合わせではたらく仕組みや,ABC遺伝子がはたらくと動き出す下流のネットワークも大きな未解決の問題であった.この総説では最近の知見とそこから見えてきた課題と疑問点を述べる.
Aクラスに分類されるAP1, AP2遺伝子は,がくと花びらの性質決定を行うよりも早い時期から発現していることがわかっている.ABCモデルで期待されるとおり,ap2突然変異体では,がくがめしべに変化する.一方,ap1突然変異体においてはがくが葉に変化しており,その内側に新たな花がつくられる.このことはAP1が花メリステムの性質決定の機能ももつことを示す.このため,AP1がAクラス遺伝子として認識されたのは遺伝子がクローニングされ,分子遺伝学的な解析が進んだ後のことであった.
ABCモデルの定義であるAP1遺伝子とAG遺伝子は互いを抑えるようにはたらくという分子メカニズムの一部は解析されている.AP1とSEPはどちらもAGの2番目のイントロンに結合する(16, 17)16) K. Kaufmann, J. M. Muino, R. Jauregui, C. A. Airoldi, C. Smaczniak, P. Krajewski & G. C. Angenent: PLoS Biol., 7, e1000090 (2009).17) K. Kaufmann, F. Wellmer, J. M. Muino, T. Ferrier, S. E. Wuest, V. Kumar, A. Serrano-Mislata, F. Madueno, P. Krajewski, E. M. Meyerowitz et al.: Science, 328, 85 (2010)..さらに転写を抑制する共役因子であるLEUNIG(LEU)やSEUSS(SEU)もAGの2番目のイントロンに結合すること,およびSEUを介してLEUとAP1, SEP3が大きな複合体を形成することから,この複合体がAG遺伝子の発現を直接抑制していると考えられている(18~21)18) C. Smaczniak, R. G. Immink, J. M. Muino, R. Blanvillain, M. Busscher, J. Busscher-Lange, Q. D. Dinh, S. Liu, A. H. Westphal, S. Boeren et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1560 (2012).19) V. V. Sridhar, A. Surendrarao & Z. Liu: Development, 133, 3159 (2006).20) V. Gregis, A. Sessa, L. Colombo & M. M. Kater: Plant Cell, 18, 1373 (2006).21) V. Gregis, A. Sessa, C. Dorca-Fornell & M. M. Kater: Plant J., 60, 626 (2009)..AP1, SEPの複合体の構成因子であるホメオドメイン転写因子であるBELLRINGER(BLR)もAGの発現を抑制するようにはたらくことから,複数のDNA結合ドメインをもつ複雑な転写を抑制する複合体をつくっていると予想される(18, 22)18) C. Smaczniak, R. G. Immink, J. M. Muino, R. Blanvillain, M. Busscher, J. Busscher-Lange, Q. D. Dinh, S. Liu, A. H. Westphal, S. Boeren et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1560 (2012).22) X. Bao, R. G. Franks, J. Z. Levin & Z. Liu: Plant Cell, 16, 1478 (2004)..一方で,AGがAP1遺伝子の発現を抑える分子メカニズムははっきりしておらず,ag変異体ではAP1遺伝子が普段は発現しない場所で発現するという報告にとどまっている(23)23) C. Gustafson-Brown, B. Savidge & M. F. Yanofsky: Cell, 76, 131 (1994)..
AP2型の転写因子をコードするAP2遺伝子についても,どのようにしてAP2遺伝子とAG遺伝子が互いを抑えるようにはたらくのかという分子メカニズムが調べられている.まずクリアしなければならなかったのは発現部位の問題であった.ほかのABC遺伝子は花器官の性質を与える場所だけで発現しているのに対して,AP2遺伝子はどの花器官でも発現すると報告されていた.近年になって,AP2の転写産物を分解するmiR172がめしべで強く,おしべで弱く発現し,花器官ごとにAP2の転写産物の蓄積量の濃度勾配をつくっていることがわかった(24~26)24) X. Chen: Science, 303, 2022 (2004).25) M. J. Aukerman & H. Sakai: Plant Cell, 15, 2730 (2003).26) H. Wollmann, E. Mica, M. Todesco, J. A. Long & D. Weigel: Development, 137, 3633 (2010).(図3図3■AP2転写因子複合体のモデルとその複合体によるAG遺伝子の制御).一方で,AGだけのはたらきではAP2遺伝子の発現を抑制するには不十分であることがわかってきている(26)26) H. Wollmann, E. Mica, M. Todesco, J. A. Long & D. Weigel: Development, 137, 3633 (2010)..AP2によるAG遺伝子の発現の抑制については,AP1と同じように直接の作用であることがわかっている.AP2は,TOPLESS(TPL)とHISTONE DEACETYLASE 19(HDA19)と物理的に相互作用して複合体を形成し,AGの2番目のイントロンに結合して,転写を抑制する(27, 28)27) N. T. Krogan, K. Hogan & J. A. Long: Development, 139, 4180 (2012).28) T. T. Dinh, T. Girke, X. Liu, L. Yant, M. Schmid & X. Chen: Development, 139, 1978 (2012).(図3図3■AP2転写因子複合体のモデルとその複合体によるAG遺伝子の制御).AP1の複合体の構成因子であったLEUやSEUもAP2と物理的に相互作用して,AGの転写を抑制する可能性がある(29)29) B. Grigorova, C. Mara, C. Hollender, P. Sijacic, X. Chen & Z. Liu: Development, 138, 2451 (2011)..以上のように,まず,Aクラス遺伝子は花全体で発現して,花メリステムの性質を決定する.その後,Cクラス遺伝子と拮抗的に作用することでA遺伝子とC遺伝子の境界をつくり,花器官の性質決定を行う.次に,ABC遺伝子に共通した上流遺伝子について概説する.
ABC遺伝子の発現量を調節する遺伝子は数多く報告されているが(30, 31)30) D. S. O’Maoileidigh, E. Graciet & F. Wellmer: New Phytol., 201, 16 (2013).31) B. Sun & T. Ito: Front. Plant Sci., 6, 17 (2015).,それらの突然変異体の中で花器官の性質が大きく変わるものはほとんどない.これまでに報告されている変異体の中で最も欠損が大きいものが,leafy(lfy)変異体である.lfy変異体ではABC遺伝子がすべてはたらかない変異と同様に器官が葉に変わってしまう(32)32) D. Weigel, J. Alvarez, D. R. Smyth, M. F. Yanofsky & E. M. Meyerowitz: Cell, 69, 843 (1992).(図4図4■ABC遺伝子の転写を制御するLFYの役割).LFY遺伝子はヘリックスターンヘリックスに似たDNA結合配列をもつ転写因子をコードし,日長,温度,植物ホルモンにより,はたらく時期や場所が指定される(33~35)33) C. Hames, D. Ptchelkine, C. Grimm, E. Thevenon, E. Moyroud, F. Gerard, J. L. Martiel, R. Benlloch, F. Parcy & C. W. Muller: EMBO J., 27, 2628 (2008).34) C. Liu, H. Chen, H. L. Er, H. M. Soo, P. P. Kumar, J. H. Han, Y. C. Liou & H. Yu: Development, 135, 1481 (2008).35) N. Yamaguchi, M. F. Wu, C. M. Winter, M. C. Berns, S. Nole-Wilson, A. Yamaguchi, G. Coupland, B. A. Krizek & D. Wagner: Dev. Cell, 24, 271 (2013)..LFYタンパク質は,ABC遺伝子に直接的に結合して活性化することが報告されている.以下にLFYが複数の遺伝子カスケードや共役因子,クロマチン因子のはたらきによって,ABC遺伝子の転写を活性化する仕組みの詳細を述べる(図4図4■ABC遺伝子の転写を制御するLFYの役割).
LFYタンパク質は単量体,あるいは二量体として,AP1プロモーター上の3つのLFY結合配列(CCANTG)に直接結合する(36~43)36) F. Parcy, O. Nilsson, M. A. Busch, I. Lee & D. Weigel: Nature, 395, 561 (1998).37) D. Wagner, R. W. Sablowski & E. M. Meyerowitz: Science, 285, 582 (1999).38) D. Wagner, F. Wellmer, K. Dilks, D. William, M. R. Smith, P. P. Kumar, J. L. Riechmann, A. J. Greenland & E. M. Meyerowitz: Plant J., 39, 273 (2004).39) R. Benlloch, M. C. Kim, C. Sayou, E. Thevenon, F. Parcy & O. Nilsson: Plant J., 67, 1094 (2011).40) C. M. Winter, R. S. Austin, S. Blanvillain-Baufume, M. A. Reback, M. Monniaux, M. F. Wu, Y. Sang, A. Yamaguchi, N. Yamaguchi, J. E. Parker et al.: Dev. Cell, 20, 430 (2011).41) E. Moyroud, E. G. Minguet, F. Ott, L. Yant, D. Pose, M. Monniaux, S. Blanchet, O. Bastien, E. Thevenon, D. Weigel et al.: Plant Cell, 23, 1293 (2011).42) C. Sayou, M. Monniaux, M. H. Nanao, E. Moyroud, S. F. Brockington, E. Thevenon, H. Chahtane, N. Warthmann, M. Melkonian, Y. Zhang et al.: Science, 343, 645 (2014).43) J. O. Brunkard, A. M. Runkel & P. C. Zambryski: Science, 347, 621 (2015)..さらにLFYはAP1遺伝子の転写を,複数のフィードフォワードループによって間接的に促進している.CALIFLOWER(CAL),LATE MERISTEM IDENTITY 1(LMI1),LMI2,はLFYの直接の標的であり,転写因子としてAP1遺伝子を活性化することができる(44~46)44) D. A. William, Y. Su, M. R. Smith, M. Lu, D. A. Baldwin & D. Wagner: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 1775 (2004).45) L. A. Saddic, B. Huvermann, S. Bezhani, Y. Su, C. M. Winter, C. S. Kwon, R. P. Collum & D. Wagner: Development, 133, 1673 (2006).46) J. J. Pastore, A. Limpuangthip, N. Yamaguchi, M. F. Wu, Y. Sang, S. K. Han, L. Malaspina, N. Chavdaroff, A. Yamaguchi & D. Wagner: Development, 138, 3189 (2011)..また,EUI-LIKE P450 A1(ELA1)というLFYの標的は,ジベレリンの濃度調節を介して,AP1遺伝子の量を増やす(47)47) N. Yamaguchi, C. M. Winter, M. F. Wu, Y. Kanno, A. Yamaguchi, M. Seo & D. Wagner: Science, 344, 638 (2014)..一方,LFYがAP2遺伝子を転写することを示すような知見は得られていない(40, 41)40) C. M. Winter, R. S. Austin, S. Blanvillain-Baufume, M. A. Reback, M. Monniaux, M. F. Wu, Y. Sang, A. Yamaguchi, N. Yamaguchi, J. E. Parker et al.: Dev. Cell, 20, 430 (2011).41) E. Moyroud, E. G. Minguet, F. Ott, L. Yant, D. Pose, M. Monniaux, S. Blanchet, O. Bastien, E. Thevenon, D. Weigel et al.: Plant Cell, 23, 1293 (2011)..
クロマチンリモデリング因子であるSPLAYED(SYD)は,LFYがAP3やPI遺伝子の転写を開始するための共役因子としてはたらく(48, 49)48) I. Lee, D. S. Wolfe, O. Nilsson & D. Weigel: Curr. Biol., 7, 95 (1997).49) D. Wagner & E. M. Meyerowitz: Curr. Biol., 12, 85 (2002)..AP3やPIのような花器官の性質を与える遺伝子のクロマチン領域は,コンパクトに折り畳まれ,転写されにくい状態に維持されていると考えられている(50, 51)50) J. Goodrich, P. Puangsomlee, M. Martin, D. Long, E. M. Meyerowitz & G. Coupland: Nature, 386, 44 (1997).51) J. Xiao & D. Wagner: Curr. Opin. Plant Biol., 23, 15 (2015)..LFYとSEP3はSYDと物理的に相互作用して,クロマチンを開いた状態に構造を変化させて転写可能な状態にしているのであろう(52)52) M. F. Wu, Y. Sang, S. Bezhani, N. Yamaguchi, S. K. Han, Z. Li, Y. Su, T. L. Slewinski & D. Wagner: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 3576 (2012)..Fボックスタンパク質であるUNUSUAL FLORAL ORGANS(UFO)もLFYを介してAP3のプロモーターに結合してはたらく転写共役因子である(40, 41, 53)40) C. M. Winter, R. S. Austin, S. Blanvillain-Baufume, M. A. Reback, M. Monniaux, M. F. Wu, Y. Sang, A. Yamaguchi, N. Yamaguchi, J. E. Parker et al.: Dev. Cell, 20, 430 (2011).41) E. Moyroud, E. G. Minguet, F. Ott, L. Yant, D. Pose, M. Monniaux, S. Blanchet, O. Bastien, E. Thevenon, D. Weigel et al.: Plant Cell, 23, 1293 (2011).53) E. Chae, Q. Tan, T. A. Hill & V. F. Irish: Development, 135, 1235 (2008)..UFOを含むSCFユビキチンリガーゼ複合体はLFYタンパク質をユビキチン化して分解するようにはたらく(53, 54)53) E. Chae, Q. Tan, T. A. Hill & V. F. Irish: Development, 135, 1235 (2008).54) D. Zhao, Q. Yu, M. Chen & H. Ma: Development, 128, 2735 (2001)..この結果は一見矛盾しているように見えるが,Irishらは古いLFYタンパク質を新しいものへと入れ換えていくことが転写活性を維持するために必要であると主張している(53)53) E. Chae, Q. Tan, T. A. Hill & V. F. Irish: Development, 135, 1235 (2008)..UFOの分子的なはたらき方から,こちらの経路は転写の開始というよりは転写レベルの維持においてより重要であるように思われる.
LFYはAGと幹細胞の決定因子であるホメオドメインタンパク質をコードするWUSCHEL(WUS)遺伝子とを誘導する(36, 55)36) F. Parcy, O. Nilsson, M. A. Busch, I. Lee & D. Weigel: Nature, 395, 561 (1998).55) M. A. Busch, K. Bomblies & D. Weigel: Science, 285, 585 (1999)..LFYとWUSは互いに独立にAGの2番目のイントロンに結合して,転写を促すと考えられている(40, 41, 56, 57)40) C. M. Winter, R. S. Austin, S. Blanvillain-Baufume, M. A. Reback, M. Monniaux, M. F. Wu, Y. Sang, A. Yamaguchi, N. Yamaguchi, J. E. Parker et al.: Dev. Cell, 20, 430 (2011).41) E. Moyroud, E. G. Minguet, F. Ott, L. Yant, D. Pose, M. Monniaux, S. Blanchet, O. Bastien, E. Thevenon, D. Weigel et al.: Plant Cell, 23, 1293 (2011).56) M. Lenhard, A. Bohnert, G. Jurgens & T. Laux: Cell, 105, 805 (2001).57) J. U. Lohmann, R. L. Hong, M. Hobe, M. A. Busch, F. Parcy, R. Simon & D. Weigel: Cell, 105, 793 (2001)..WUSは花メリステムの中心部で発現しており,AGはメリステム全体で発現する(58, 59)58) K. F. Mayer, H. Schoof, A. Haecker, M. Lenhard, G. Jurgens & T. Laux: Cell, 95, 805 (1998).59) M. F. Yanofsky, H. Ma, J. L. Bowman, G. N. Drews, K. A. Feldmann & E. M. Meyerowitz: Nature, 346, 35 (1990)..この空間的なずれに対する説明はこれまでになされていない.WUSもLFYも細胞間を移動できるようなタンパク質であり,このようなタンパク質は濃度に依存してはたらくという報告例がある(60, 61)60) X. Wu, J. R. Dinneny, K. M. Crawford, Y. Rhee, V. Citovsky, P. C. Zambryski & D. Weigel: Development, 130, 3735 (2003).61) R. K. Yadav, M. Perales, J. Gruel, T. Girke, H. Jonsson & G. V. Reddy: Genes Dev., 25, 2025 (2011)..タンパク質の濃度の違いとその組み合わせを見ることで,はたらきの違いを説明できるのかもしれない.またWUSはPERIANTHIAを介してAGを転写するようなフィードフォワードループも報告されており,ほかの経路の重要性もうかがえる(62)62) A. T. Maier, S. Stehling-Sun, H. Wollmann, M. Demar, R. L. Hong, S. Haubeiss, D. Weigel & J. U. Lohmann: Development, 136, 1613 (2009)..また上記で説明したSYDはLFYと複合体を形成して,AGの転写を活性化する.そのため,LFYとSYDによるAGのクロマチンの構造変化は,ここでも転写を開始するために必要なのだろう.以上のように,ABC遺伝子の活性化にはたらく主要因子が同定されてきた.また,Bクラス遺伝子のAP3とPIはヘテロ二量体を形成し,それぞれ自らの発現維持に機能している.種々の転写活性化/抑制化因子の相互作用,クロマチンの制御,フィードバック制御によりABC遺伝子の発現パターンが形成されていることが予想される.次に,ABCタンパク質がどのように作用しているかを紹介する.
動物のMADSボックス転写因子であるMYOCYTE ENHANCER FACTOR2はヘテロ二量体やホモ二量体としてはたらくという報告例から,シロイヌナズナのMADSボックス転写因子もヘテロ多量体としてはたらくためにその組み合わせが重要になるのではないか? と予想された(63, 64)63) P. Shore & A. D. Scharrocks: Eur. J. Biochem., 229, 1 (1995).64) B. L. Black & E. N. Olson: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 14, 167 (1998)..MADSボックス転写因子は,N末側にDNAの結合能をもつMADSドメイン,そのほかにIドメイン,Kドメイン,Cドメインの4つのドメインをもっている.タンパク質の結晶構造解析によって,Kドメインは2つの両親媒性のαヘリックスを形成していることがわかった(65)65) S. Puranik, S. Acajjaoui, S. Conn, L. Costa, V. Conn, A. Vial, R. Marcellin, R. Melzer, E. Brown, D. Hart et al.: Plant Cell, 26, 3603 (2014)..MADSボックス転写因子はこのKドメイン間の相互作用によって多様な複合体を形成する.生化学的な解析によって,in vitroでヘテロ四量体としてはたらくことが明らかにされ,のちにin vivoでもその結論が支持されている(66~69)66) M. Egea-Cortines, H. Saedler & H. Sommer: EMBO J., 18, 5370 (1999).67) H. Y. Fan, Y. Hu, M. Tudor & H. Ma: Plant J., 12, 999 (1997).68) T. Honma & K. Goto: Nature, 409, 525 (2001).69) R. G. Immink, I. A. Tonaco, S. de Folter, A. Shchennikova, A. D. van Dijk, J. Busscher-Lange, J. W. Borst & G. C. Angenent: Genome Biol., 10, R24 (2009)..異なる4つの花器官に異なるヘテロ四量体が存在して,花器官の性質を与えると推測されるが,どのようなヘテロ四量体が形成されるのか? は単量体の濃度に依存する(18)18) C. Smaczniak, R. G. Immink, J. M. Muino, R. Blanvillain, M. Busscher, J. Busscher-Lange, Q. D. Dinh, S. Liu, A. H. Westphal, S. Boeren et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1560 (2012)..さらにヘテロ四量体のはたらき方でユニークであったのは,ヘテロ四量体が近傍に存在する2つのMADSボックス転写因子結合配列(CArGボックス)の両方に接するようにDNAがループを作っていることである.さらにin vivoの実験で新しく見えてきたのは,MADSボックス転写因子が生体内ではヘテロ四量体(約120 kD)よりもはるかに大きな分子量(約500~700 kD)で存在することである.その理由の一つは,転写因子より比較的分子量が大きいクロマチン因子と相互作用して,より大きな複合体を形成しているためであることがわかった(18)18) C. Smaczniak, R. G. Immink, J. M. Muino, R. Blanvillain, M. Busscher, J. Busscher-Lange, Q. D. Dinh, S. Liu, A. H. Westphal, S. Boeren et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1560 (2012)..クロマチンリモデリング因子であるSYDやPICKLE,ヒストン脱メチル化酵素であるRELATIVE OF EARLY FLOWERING6(70~73)70) D. Wagner & E. M. Meyerowitz: Curr. Biol., 12, 85 (2002).71) J. Ogas, S. Kaufmann, J. Henderson & C. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 13839 (1999).72) F. Lu, X. Cui, S. Zhang, T. Jenuwein & X. Cao: Nat. Genet., 43, 715 (2011).73) X. Cui, F. Lu, Q. Qiu, B. Zhou, L. Gu, S. Zhang, Y. Kang, X. Cui, X. Ma, Q. Yao et al.: Nat. Genet., 48, 694 (2016).などが複合体の構成因子であったことから,MADSボックス転写因子が花器官の性質を与えるためにはクロマチンの構造やヒストン修飾のパターンを変化させていると予想された.
AP3とPIの複合体形成は遺伝学的にも,生化学的にも支持されている.ゲノム上での結合部位の網羅的同定によって,両者は共通の部位に結合することがわかった.また,CArGボックスだけでなく,塩基性ロイシンジッパーモチーフ(bZIP)や塩基性ヘリックスループヘリックス(bHLH)が認識するGボックスにも結合することが示唆された.bZIPもbHLHも二量体の塩基性領域がDNAを認識することが知られており,AP3とPIの複合体はほかの転写因子の二量体を含む高次な複合体を形成しているのだろう.いまだに解決できていないのはAP2がどのようにして,AP3やPIと組み合わせによってはたらくのか? という点である.現在までにAP2とAP3がタンパク質間で相互作用することを報告した例はなく,AP2がAP3のプロモーターに直接的に結合することのみがわかっている.しかし,多くの場合においてAP2は転写抑制因子としてはたらき,むしろAP3をはたらかないようにしているように見える(27)27) N. T. Krogan, K. Hogan & J. A. Long: Development, 139, 4180 (2012).(図3図3■AP2転写因子複合体のモデルとその複合体によるAG遺伝子の制御).今後は,花びらの性質を実際に決めている細胞群のみを用いて,組織特異性を高めた生化学実験や遺伝子発現解析を行い,AP2の機能を理解していく必要がある.
興味深いことに,AP1の複合体の構成因子には,MADSボックス転写因子とは異なるファミリーに属するホメオドメイン転写因子であるBLR, BEL1-LIKE HOMEODOMAIN1, KNOTTED-LIKE3,オーキシン応答性転写因子であるAUXIN RESPONSE FACTOR2, SQUAMOSA PROMOTER BINDING PROTEIN-LIKE8などが含まれていた.今後はこれらの多様な複合体がいつ,どこで,どのようにはたらくのかという詳細な解析が待たれる.
2000年代始め頃から,薬剤による転写因子の機能誘導系とマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析によって,転写因子の機能獲得後すぐに発現が誘導される新規の下流遺伝子を多数単離する試みが開始された(74~78)74) R. W. Sablowski & E. M. Meyerowitz: Cell, 92, 93 (1998).75) T. Ito, F. Wellmer, H. Yu, P. Das, N. Ito, M. Alves-Ferreira, J. L. Riechmann & E. M. Meyerowitz: Nature, 430, 356 (2004).76) T. Ito, K. H. Ng, T. S. Lim, H. Yu & E. M. Meyerowitz: Plant Cell, 19, 3516 (2007).77) C. D. Mara & V. F. Irish: Plant Physiol., 147, 707 (2008).78) C. D. Mara, T. Huang & V. F. Irish: Plant Cell, 22, 690 (2010)..2013年までには,次世代シーケンサー技術の向上とバイオインフォマティクスの発展により6つの転写因子の結合部位の網羅的な同定が完了し,花器官の性質を与えるという生命現象を包括的に捉えることが可能になっている(16, 17, 40, 41, 79, 80)16) K. Kaufmann, J. M. Muino, R. Jauregui, C. A. Airoldi, C. Smaczniak, P. Krajewski & G. C. Angenent: PLoS Biol., 7, e1000090 (2009).17) K. Kaufmann, F. Wellmer, J. M. Muino, T. Ferrier, S. E. Wuest, V. Kumar, A. Serrano-Mislata, F. Madueno, P. Krajewski, E. M. Meyerowitz et al.: Science, 328, 85 (2010).40) C. M. Winter, R. S. Austin, S. Blanvillain-Baufume, M. A. Reback, M. Monniaux, M. F. Wu, Y. Sang, A. Yamaguchi, N. Yamaguchi, J. E. Parker et al.: Dev. Cell, 20, 430 (2011).79) L. Yant, J. Mathieu, T. T. Dinh, F. Ott, C. Lanz, H. Wollmann, X. Chen & M. Schmid: Plant Cell, 22, 2156 (2010).80) S. E. Wuest, D. S. O’Maoileidigh, L. Rae, K. Kwasniewska, A. Raganelli, K. Hanczaryk, A. J. Lohan, B. Loftus, E. Graciet & F. Wellmer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13452 (2012).41) E. Moyroud, E. G. Minguet, F. Ott, L. Yant, D. Pose, M. Monniaux, S. Blanchet, O. Bastien, E. Thevenon, D. Weigel et al.: Plant Cell, 23, 1293 (2011)..AP1, AP2, AGタンパク質は約2,000遺伝子,AP3とPIタンパク質は約1,500, SEP3タンパク質は約4,000遺伝子と直接的に結合する.そのうち遺伝子の発現量が突然変異体や誘導系で変化するようなものは数百個に限定される.どのタンパク質もCArGボックスと結合して,遺伝子の発現を促進と抑制のどちらも行うことができ,細胞の発生,分化の制御,新たな遺伝子カスケードの制御,ホルモンの調節,フィードバック制御を行っている(図5図5■ABC遺伝子の下流遺伝子のネットワーク).以下にABC遺伝子の下流の遺伝子ネットワーク解析から見えてきた知見を概説する.
ゲノムワイドな結合解析と誘導系を用いた遺伝子発現解析によって,ABC遺伝子の下流遺伝子が多数単離された.それらの遺伝子は,細胞の発生,分化,新たな遺伝子カスケード,ホルモンを制御することが明らかになっている.
AP1の結合部位を網羅的に同定し,SEP3の結合部位とよく一致することが確認されたため,AP1とSEP3が複合体としてはたらくというモデルが支持された.さらにAP1は茎のメリステムの性質決定にかかわるTERMINAL FLOWER1(TFL1)遺伝子の発現を抑制する.AP1は,TFL1遺伝子の転写終止点から下流に約1 kbpほど離れた領域に結合して,クロマチンの構造に影響を及ぼすことで転写調節をしている(17, 81)17) K. Kaufmann, F. Wellmer, J. M. Muino, T. Ferrier, S. E. Wuest, V. Kumar, A. Serrano-Mislata, F. Madueno, P. Krajewski, E. M. Meyerowitz et al.: Science, 328, 85 (2010).81) C. Liu, Z. W. Teo, Y. Bi, S. Song, W. Xi, X. Yang, Z. Yin & H. Yu: Dev. Cell, 24, 612 (2013)..AP1はホルモンのバランスを変える役割も担っている.たとえば,AP1はジベレリンの活性化酵素をコードするGA3ox1や,不活性化酵素をコードするELA1やGA20ox1遺伝子の転写を直接的に促進して,ジベレリンの量を調節する(17, 82)17) K. Kaufmann, F. Wellmer, J. M. Muino, T. Ferrier, S. E. Wuest, V. Kumar, A. Serrano-Mislata, F. Madueno, P. Krajewski, E. M. Meyerowitz et al.: Science, 328, 85 (2010).82) C. M. Winter, N. Yamguchi, M. F. Wu & D. Wagner: Physiol. Plant., 155, 55 (2015)..それらの下流遺伝子がいつ,どこで,どのような役割を担っているのかは,今後明らかにすべき課題であろう.また,AP1はLONELY GUY1とCYTOKININ OXDASE遺伝子の直接の転写を介してサイトカイニンの量を減らして,新たな器官をつくらないようにする(83)83) Y. Han, H. Yang & Y. Jiao: Front. Plant Sci., 5, 669 (2014)..
AP2の結合部位の網羅的同定とAGの結合部位の比較から,その重なりはほとんどないことがわかった(84)84) D. S. O’Maoileidigh, S. E. Wuest, L. Rae, A. Raganelli, P. T. Ryan, K. Kwasniewska, P. Das, A. J. Lohan, B. Loftus, E. Graciet et al.: Plant Cell, 25, 2482 (2013)..一方でAGとAP2は,それぞれの標的の発現に対して拮抗的にはたらいている例も報告されている.AP2はAUXIN RESPONSE FACTOR3(ARF3)遺伝子を介して花メリステムの増殖を維持する.AGはARF3を活性化することでその増殖の抑制にはたらく(85)85) X. Liu, T. T. Dinh, D. Li, B. Shi, Y. Li, X. Cao, L. Guo, Y. Pan, Y. Jiao & X. Chen: Plant J., 80, 629 (2014)..また,AGは花メリステムの増殖活性を決めるWUSの転写を直接的に結合して抑制するが,AP2はWUSの発現を間接的に促進しうる(86)86) Z. Huang, T. Shi, B. Zheng, R. E. Yumul, X. Liu, C. You, Z. Gao, L. Xiao & X. Chen: New Phytol., DOI: 10.1111/nph.14151 (2016)..以上のように,AP2はAGの標的の発現を拮抗的に制御することで,AGを抑えるはたらきをより強固なものにしている可能性がある.そのため,お互いが直接的に拮抗する相互作用点になるのではなく,それらの下流遺伝子の制御などさまざまな情報が統合された結果として逆の相互抑制的な機能を示すのかもしれない.
AP3とPIが花びらとおしべをつくるのに必要な遺伝子を理解するための,下流の標的の機能解析がなされている.AP3とPIは,クロロフィルの合成にかかわるGAT A型転写因子をコードするGATA NITRATE-INDUCIBLE CARBON-METABOLISM-INVOVLED, GNC-LIKEやbHLH型の転写因子をコードするBANQUO1(BNQ1),BNQ2, BNQ3などの転写を制御することがわかっている(77, 78)77) C. D. Mara & V. F. Irish: Plant Physiol., 147, 707 (2008).78) C. D. Mara, T. Huang & V. F. Irish: Plant Cell, 22, 690 (2010)..またXYLOGLUCAN ENDOTRANSGLUCOSYLASE24など,細胞壁のリモデリングにかかわるような遺伝子の発現も制御することから,花びらやおしべの性質の付与とともに,色も機能も全く異なる性質の細胞をつくるための細胞の分化を積極的に促すようである(77)77) C. D. Mara & V. F. Irish: Plant Physiol., 147, 707 (2008)..
AGの結合部位の網羅的同定や誘導系を用いた解析から,AGがさまざまなイベントを制御することがわかっている.AGはEARモチーフをもつ転写因子をコードするSPOROCYTELESS/NOZZLE(SPL/NZZ)遺伝子を転写して,花粉をつくる(75)62) A. T. Maier, S. Stehling-Sun, H. Wollmann, M. Demar, R. L. Hong, S. Haubeiss, D. Weigel & J. U. Lohmann: Development, 136, 1613 (2009)..SPL/NZZ遺伝子は,AGのはたらきに依存せずに花粉の形成を促すことができる花粉形成誘導のマスター制御遺伝子である.しかしながら,AGがSPL/NZZの発現を即座に誘導しないこと,およびAGを異所的に発現してもSPL/NZZは花びらの一部でしかはたらかないなど,その発現制御機構にはいくつかの疑問が残されている.また,AGはDEFECTIVE IN ANTHER DEHISCENCE1というジャスモン酸の合成酵素の発現も調節して,おしべの発達の制御をしている(76)76) T. Ito, K. H. Ng, T. S. Lim, H. Yu & E. M. Meyerowitz: Plant Cell, 19, 3516 (2007)..そのほかにも,YABBY型転写因子であるCRABS CLAWを介しためしべの形づくり(87)87) C. Gomez-Mena, S. de Folter, M. M. Costa, G. C. Angenent & R. Sablowski: Development, 132, 429 (2005).,MYB様転写因子であるGLABRA1を介したトライコームの形成抑制なども制御している(84)84) D. S. O’Maoileidigh, S. E. Wuest, L. Rae, A. Raganelli, P. T. Ryan, K. Kwasniewska, P. Das, A. J. Lohan, B. Loftus, E. Graciet et al.: Plant Cell, 25, 2482 (2013)..
AGの下流の遺伝子のネットワークでは,花幹細胞の増殖抑制機構が最もよく研究されており,遺伝子がいつ,どこではたらくのか? というメカニズムの詳細が明らかになっている.花幹細胞はおしべ,めしべをつくった後に,細胞の増殖を積極的に停止する.AGは以下に示す直接および間接的な2つの経路を介して,WUS遺伝子の発現を抑制して,花メリステムにおいて幹細胞の増殖を抑制する.AGタンパク質はWUSプロモーター領域に直接結合して,遺伝子の発現を抑えるはたらきがあるポリコームタンパク質依存的に転写を抑制する.さらにAGは,WUSの抑制因子であるKNUCLES(KNU)の発現時期を制御して,花幹細胞の増殖を抑制する(88)88) B. Sun, Y. Xu, K. H. Ng & T. Ito: Genes Dev., 23, 1791 (2009)..その時間的制御には,細胞分裂の進行にともなって起きるヒストン修飾が機能している.KNUプロモーター上には,抑制的ヒストン修飾の導入,維持にかかわるポリコームタンパク質が結合しており,KNU遺伝子の発現を抑えている(89)88) B. Sun, Y. Xu, K. H. Ng & T. Ito: Genes Dev., 23, 1791 (2009)..AGの発現が誘導されると,KNUプロモーター上のポリコーム応答配列に競合的に結合し,ポリコームタンパク質を追放する.その後,数回の細胞分裂をへることで,抑制的なヒストン修飾はじょじょに希釈されて細胞周期による時間のずれを伴いKNUの発現は誘導される(89)89) B. Sun, L. S. Looi, S. Guo, Z. He, E. S. Gan, J. Huang, Y. Xu, W. Y. Wee & T. Ito: Science, 343, 1248559 (2014)..さらにAGの下流では細胞周期の制御因子が複数同定されており,細胞周期を介した遺伝子が発現する時間を決める制御機構は,幹細胞の役割である自己増殖と分化の両方をバランス良く制御するために機能していることが予想される.このようにAGは極めて複雑な形態および機能をもつおしべ,めしべを誘導するために,それぞれの下流の遺伝子をいつ,どこではたらくのかというタイミングを厳密に決めるために多くの機能をもっているのであろう.
ABCE遺伝子の下流の遺伝子の探索と機能解析から,これらのマスター遺伝子は花器官形成のネットワークの中心に位置する“ハブ遺伝子”となり,次のイベントを起こすように促すことがわかった.これまでの下流の遺伝子の解析はすべて組織をすりつぶしても遺伝子の発現に大きな変化があったものに限定されている.今後は,花発生の同調系や特定のマーカー遺伝子によって細胞タイプ特異的なサンプル調製を行う手法を活用することにより,細胞,組織や器官レベルでの詳細な振る舞いを調べていく必要がある.またタンパク質が結合していたが,発現が変化しなかったものは生物学的に重要ではないと結論するのは短絡的ではないかと思う.異なる研究室で得られた下流の遺伝子に対するタンパク質の結合部位は一部異なっており,生育条件が結果に大きく影響するのではないかと予想される.実際に野外の動的に変化する環境下では,遺伝子の発現をいつでも変えられるように準備しているのではないだろうか? ABC遺伝子の突然変異体でも温度などの環境を変化させると,表現型が変化するものもある.今後は環境変化に応答した結合部位と遺伝子発現の動的な変化も捉えてく必要があるだろう.
この25年間,シロイヌナズナの花の形づくりの研究は,植物の分子遺伝学研究の進め方のお手本の役割を果たしてきた.順遺伝学は,遺伝子がはたらかなくなると花の形が変わるという明確な因果関係とともに,花の形づくりという生命現象の骨格を明らかにした.さらに順遺伝学の短所である冗長性や致死性の問題を解決するために,ゲノミクス,トランスクリプトーム,プロテオミクスと逆遺伝学を組み合わせた遺伝子の同定も積極的に行われた.オミックス解析は花の形づくりの下流の遺伝子のネットワークの包括的な理解を可能としたが,いつ,どこで,どの遺伝子が働くことが大事なのか? という疑問に答えている報告例は極めて少ない.今後は単一細胞を用いた絶対量の定量が可能なオミックス解析,エピジェネティクス解析,精緻なイメージングと数理解析によって,下流の遺伝子の重要性さえも網羅的に評価可能であるというお手本を示してくれることを期待している.一方,上流の遺伝子を網羅的に同定するという技術は確立しておらず,変異体の表現型の類似点から上流因子を推測して,個々に検証している状況にある.そのような技術ができれば,上流遺伝子のネットワークの包括的理解も飛躍的に進み,花の形づくりという生命現象の全体像を初めて見ることができるだろう.
Reference
1) J. L. Bowman, D. R. Smyth & E. M. Meyerowitz: Development, 112, 1 (1991).
2) E. S. Coen & E. M. Meyerowitz: Nature, 353, 31 (1991).
3) Y. Mizukami & H. Ma: Cell, 71, 119 (1992).
4) T. Jack, G. L. Fox & E. M. Meyerowitz: Cell, 76, 703 (1994).
5) B. A. Krizek & E. M. Meyerowitz: Development, 122, 11 (1996).
7) T. Jack, L. L. Brockman & E. M. Meyerowitz: Cell, 68, 683 (1992).
8) K. Goto & E. M. Meyerowitz: Genes Dev., 8, 1548 (1994).
9) M. A. Mandel, C. Gustafson-Brown, B. Savidge & M. F. Yanofsky: Nature, 360, 273 (1992).
10) The Arabidopsis Genome Initiative: Nature, 408, 796 (2000).
12) S. Pelaz, G. S. Ditta, E. Baumann, E. Wisman & M. F. Yanofsky: Nature, 405, 200 (2000).
13) G. Ditta, A. Pinyopich, P. Robles, S. Pelaz & M. F. Yanofsky: Curr. Biol., 14, 1935 (2004).
14) G. Theissen & H. Saedler: Nature, 409, 469 (2001).
15) G. Theissen: Curr. Opin. Plant Biol., 4, 75 (2001).
19) V. V. Sridhar, A. Surendrarao & Z. Liu: Development, 133, 3159 (2006).
20) V. Gregis, A. Sessa, L. Colombo & M. M. Kater: Plant Cell, 18, 1373 (2006).
21) V. Gregis, A. Sessa, C. Dorca-Fornell & M. M. Kater: Plant J., 60, 626 (2009).
22) X. Bao, R. G. Franks, J. Z. Levin & Z. Liu: Plant Cell, 16, 1478 (2004).
23) C. Gustafson-Brown, B. Savidge & M. F. Yanofsky: Cell, 76, 131 (1994).
24) X. Chen: Science, 303, 2022 (2004).
25) M. J. Aukerman & H. Sakai: Plant Cell, 15, 2730 (2003).
26) H. Wollmann, E. Mica, M. Todesco, J. A. Long & D. Weigel: Development, 137, 3633 (2010).
27) N. T. Krogan, K. Hogan & J. A. Long: Development, 139, 4180 (2012).
28) T. T. Dinh, T. Girke, X. Liu, L. Yant, M. Schmid & X. Chen: Development, 139, 1978 (2012).
30) D. S. O’Maoileidigh, E. Graciet & F. Wellmer: New Phytol., 201, 16 (2013).
31) B. Sun & T. Ito: Front. Plant Sci., 6, 17 (2015).
32) D. Weigel, J. Alvarez, D. R. Smyth, M. F. Yanofsky & E. M. Meyerowitz: Cell, 69, 843 (1992).
36) F. Parcy, O. Nilsson, M. A. Busch, I. Lee & D. Weigel: Nature, 395, 561 (1998).
37) D. Wagner, R. W. Sablowski & E. M. Meyerowitz: Science, 285, 582 (1999).
39) R. Benlloch, M. C. Kim, C. Sayou, E. Thevenon, F. Parcy & O. Nilsson: Plant J., 67, 1094 (2011).
43) J. O. Brunkard, A. M. Runkel & P. C. Zambryski: Science, 347, 621 (2015).
47) N. Yamaguchi, C. M. Winter, M. F. Wu, Y. Kanno, A. Yamaguchi, M. Seo & D. Wagner: Science, 344, 638 (2014).
48) I. Lee, D. S. Wolfe, O. Nilsson & D. Weigel: Curr. Biol., 7, 95 (1997).
49) D. Wagner & E. M. Meyerowitz: Curr. Biol., 12, 85 (2002).
51) J. Xiao & D. Wagner: Curr. Opin. Plant Biol., 23, 15 (2015).
53) E. Chae, Q. Tan, T. A. Hill & V. F. Irish: Development, 135, 1235 (2008).
54) D. Zhao, Q. Yu, M. Chen & H. Ma: Development, 128, 2735 (2001).
55) M. A. Busch, K. Bomblies & D. Weigel: Science, 285, 585 (1999).
56) M. Lenhard, A. Bohnert, G. Jurgens & T. Laux: Cell, 105, 805 (2001).
58) K. F. Mayer, H. Schoof, A. Haecker, M. Lenhard, G. Jurgens & T. Laux: Cell, 95, 805 (1998).
63) P. Shore & A. D. Scharrocks: Eur. J. Biochem., 229, 1 (1995).
64) B. L. Black & E. N. Olson: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 14, 167 (1998).
66) M. Egea-Cortines, H. Saedler & H. Sommer: EMBO J., 18, 5370 (1999).
67) H. Y. Fan, Y. Hu, M. Tudor & H. Ma: Plant J., 12, 999 (1997).
68) T. Honma & K. Goto: Nature, 409, 525 (2001).
70) D. Wagner & E. M. Meyerowitz: Curr. Biol., 12, 85 (2002).
72) F. Lu, X. Cui, S. Zhang, T. Jenuwein & X. Cao: Nat. Genet., 43, 715 (2011).
74) R. W. Sablowski & E. M. Meyerowitz: Cell, 92, 93 (1998).
76) T. Ito, K. H. Ng, T. S. Lim, H. Yu & E. M. Meyerowitz: Plant Cell, 19, 3516 (2007).
77) C. D. Mara & V. F. Irish: Plant Physiol., 147, 707 (2008).
78) C. D. Mara, T. Huang & V. F. Irish: Plant Cell, 22, 690 (2010).
81) C. Liu, Z. W. Teo, Y. Bi, S. Song, W. Xi, X. Yang, Z. Yin & H. Yu: Dev. Cell, 24, 612 (2013).
82) C. M. Winter, N. Yamguchi, M. F. Wu & D. Wagner: Physiol. Plant., 155, 55 (2015).
83) Y. Han, H. Yang & Y. Jiao: Front. Plant Sci., 5, 669 (2014).
86) Z. Huang, T. Shi, B. Zheng, R. E. Yumul, X. Liu, C. You, Z. Gao, L. Xiao & X. Chen: New Phytol., DOI: 10.1111/nph.14151 (2016).
88) B. Sun, Y. Xu, K. H. Ng & T. Ito: Genes Dev., 23, 1791 (2009).